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留数と漸化式と円周率の平方根

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問題

複素関数の本で、次のような問題を見た。

\begin{align*} \int_{-\infty}^{\infty} \frac{\cos x}{x^2+1} dx = \frac{\pi}{e}, \quad \int_{-\infty}^{\infty} \frac{\cos x}{(x^2+1)^2} dx = \frac{\pi}{e} \end{align*}

これらの問題自体は難しくはない。簡単に証明を述べる。
まず2つの関数$\displaystyle f_1(x) = \frac{e^{ix}}{x^2+1}$, $\displaystyle f_2(x) = \frac{e^{ix}}{(x^2+1)^2}$を考える。
さらにこれらの関数を、複素数平面上で原点中心半径$R$の上半円の周$C$に沿って反時計回りに積分する。
\begin{align*} \int_C f_1(z) dz = \mathrm{Res}(f_1, i)\times 2\pi i =\frac{\pi}{e}, \quad \int_C f_2(z) dz = \mathrm{Res}(f_2, i)\times 2\pi i =\frac{\pi}{e} \end{align*}
さらに円弧の上での積分は$R\to\infty$$0$に収束することを使う。

私はこれらの問題を見て、ふと疑問に思った。

$n\ge1$に対し $\displaystyle I_n := \int_{-\infty}^{\infty} \frac{\cos x}{(x^2+1)^n} dx$ を計算せよ。
すなわち関数 $\displaystyle f_n(x)= \frac{e^{ix}}{(x^2+1)^n}$ の点 $i=\sqrt{-1}$ における留数$\omega_n$を計算せよ。

この値は何か規則性を持つのだろうか。

まずは計算機にかける

ということで、以下は$1\le n\le 10$におけるこれらの積分$I_n$の値である。

$n$$I_n \,\, \left(\times \frac{\pi}{e}\right)$
$1$$1$
$2$$1$
$3$$\displaystyle \frac{7}{8}$
$4$$\displaystyle \frac{37}{48}$
$5$$\displaystyle \frac{133}{192}$
$6$$\displaystyle \frac{2431}{3840}$
$7$$\displaystyle \frac{27007}{46080}$
$8$$\displaystyle \frac{176761}{322560}$
$9$$\displaystyle \frac{5329837}{10321920}$
$10$$\displaystyle \frac{12994393}{26542080}$

こういうものが秒でわかる時代になったのは文明の功績を感じる。
それはともかく、一見規則性がなさそうに見える。

Note: 留数$\omega_n$は上の表に書かれてある値の$\displaystyle -\frac{i}{2e}$倍である。

漸化式を導きたい

さて$I_n$$I_{n-1}$$I_{n-2}$を用いて表せればいいなぁと思う。
具体的に計算をする。部分積分を実行してみる。

\begin{align*} I_n &=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{\cos x}{(x^2+1)^n} dx \\ &=\left[\frac{\sin x}{(x^2+1)^n}\right]_{-\infty}^{\infty} +2n\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x\sin x}{(x^2+1)^{n+1}} dx \\ &=2n\int_{-\infty}^{\infty}\frac{x\sin x}{(x^2+1)^{n+1}} dx \\ &=\left[-2n\frac{x\cos x}{(x^2+1)^{n+1}}\right] _{-\infty}^{\infty} +2n\int_{-\infty}^{\infty} \frac{\{1-(2n+1)x^2\}\cos x}{(x^2+1)^{n+2}} dx \\ &=2n\int_{-\infty}^{\infty} \frac{\{-(2n+1)(x^2+1)+2n+2\}\cos x}{(x^2+1)^{n+2}} dx \\ &=-2n(2n+1)I_{n+1}+4n(n+1)I_{n+2} \end{align*}
となり漸化式が求まった。$I_{n+2}$について解き直すと以下を得る。
以下面倒なので$I_n=I_n\times\frac{e}{\pi}$と置き直す。
(分数部分だけ取り出している;漸化式自体は変わらない)

$I_n$に関する漸化式

\begin{align*} I_{n+2}=\frac{2n+1}{2n+2}I_{n+1}+\frac{1}{4n(n+1)}I_n, \quad I_1=I_2=1 \end{align*}

うーん・・・

これで終わりにしても良いのだが、いまいち納得がいかない。もう少し見栄えのいい式は出来ないのだろうか。

気になるのは、$\displaystyle \frac{2n+1}{2n+2}$という、ほぼ$1$にしか見えない分数の存在である。それを念頭に変形すると
\begin{align*} &I_{n+2}=\left\{1-\frac{1}{2(n+1)}\right\}I_{n+1}+\frac{1}{4n(n+1)}I_n \\ &\Leftrightarrow I_{n+2}-I_{n+1}=-\frac{1}{4n(n+1)}(2nI_{n+1}-I_n) \end{align*}
惜しい。(全然惜しくはない)なおこの方法で係数を合わせるのはほぼ無理の予感である。

・・・うーん。

せめても$n\to\infty$における振る舞いとか知りたい。
間違いなく言えることは、$I_n\to 0$であること: 被積分関数は($x\neq0$で)$0$に各点収束し、絶対値を取っても積分可能なので、ルベーグの収束定理より従う。

オーダーはどのくらいだろうか。

こういう時は。あれに限る。十分値が大きければ何でも良いが。

$n$$I_n$ (分数部分のみ)
$10$$\displaystyle \frac{12994393}{26542080}$
$20$$\displaystyle \frac{10996483739066355827053}{31888533201572855808000}$

ということで、
\begin{align*} \frac{I_{20}}{I_{10}} &=\frac{10996483739066355827053}{15611893740610604236800} =0.70436578174123974638... \end{align*}
この値は
\begin{align*} \sqrt{0.5}=0.70710678118654752440... \end{align*}
とほぼほぼ一致している。すなわち$n$$2$倍になるとおよそ$1/\sqrt{2}$倍。
オーダーとしては$O(n^{-\frac{1}{2}})$であることが予想される。

$J_n=\sqrt{n}I_n$と置き直す

ということで、$J_n$が満たす漸化式は
\begin{align*} J_{n+2} =\frac{2n+1}{2n+2}\sqrt{\frac{n+2}{n+1}}J_{n+1} +\frac{1}{4n(n+1)}\sqrt{\frac{n+2}{n}}J_n \end{align*}
この値が、どんな値に収束するのだろうか。
計算機による結果は

$n$$J_n$
$5$$1.54894292191391682095...$
$10$$1.54817854106944019508...$
$20$$1.54217724588289436865...$
$50$$1.53730529466230572651...$
$100$$1.53550538220722546459...$
$200$$1.53457542412237145696...$

これ収束値$\frac{3}{2}$とかなら面白いのにな。と思った。

そもそも、もっと簡単な場合に

ここまで書いて、ふと思った。
$\displaystyle I_n':=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{dx}{(x^2+1)^n}$で抑えられるから、それが生きてくるだろう。
これは有名な積分である。$I_1'=\pi$かつ$\displaystyle I_{n+1}'=\frac{2n-1}{2n}I_n' $と書けることから
\begin{align*} I_n'=\frac{(2n-3)!!}{(2n-2)!!}\pi \end{align*}
がわかる。さらにWallisの公式の派生形として
\begin{align*} \lim_{n \to \infty} \sqrt{n}\frac{(2n)!!}{(2n+1)!!} =\frac{\sqrt{\pi}}{2} \end{align*}
が知られているので(これを分母分子逆にして使う)、以上より
\begin{align*} \lim_{n \to \infty}\sqrt{n}I_n' &=\lim_{n \to \infty} \left\{\sqrt{n-2}\frac{(2n-4)!!}{(2n-3)!!}\right\}^{-1} \frac{\sqrt{n}\sqrt{n-2}}{2n-2}\pi \\ &=\left(\frac{\sqrt{\pi}}{2}\right)^{-1}\frac{\pi}{2} =\sqrt{\pi} \end{align*}

嫌な予感がする・・・予想を立てよう

まさか。

$n=200$の時の$J_n$の値が、いくつだっけ、
$1.53457542412237145696...$か。
元の値に戻すために$\frac{\pi}{e}$をかけると
$1.77355078797522804626...$となる。

で、今の$\displaystyle \lim_{n \to \infty}\sqrt{n}I_n'=\sqrt{\pi}$っていくつなんだ?
\begin{align*} \sqrt{\pi} = 1.77245385090551602729... \end{align*}

おいおいおい!!!そんなことがあってええんか?

(無事証明できました、追記参照)

\begin{align*} \lim_{n \to \infty} \sqrt{n}\int_{-\infty}^{\infty} \frac{\cos x}{(x^2+1)^n} dx =\sqrt{\pi} \left( =\lim_{n \to \infty} \sqrt{n}\int_{-\infty}^{\infty} \frac{1}{(x^2+1)^n} dx \right) \end{align*}

数値的には正しそうである。すなわち分数部分の極限は3/2とかではなく$\displaystyle \frac{e}{\sqrt{\pi}}$であるということになる。($\displaystyle \frac{e}{\sqrt{\pi}}=1.53362629276374222515...$)
問題は$I_n$の一般項が出ないのでその方法では計算できないことである。$I_n'$の方が大きいので、$\sqrt{\pi}$以下になることは自明として。

なんか上手く処理すれば出来そうな気がするが、パッと思いつかない。

追記

  1. 早速コメントいただきました。ありがとうございます。
    以下はコメントの補足(予想の証明)です。
    変数$t$$t=\sqrt{n}x$として定めると、$dt=\sqrt{n}dx$より
    \begin{align*} \lim_{n \to \infty} \sqrt{n}\int_{-\infty}^{\infty} \frac{\cos x}{(x^2+1)^n} dx = \lim_{n \to \infty} \int_{-\infty}^{\infty} \frac{\cos \frac{t}{\sqrt{n}}}{(n^{-1}t^2+1)^n} dt \end{align*}
    被積分関数は、まず分子$\cos\frac{t}{\sqrt{n}}$$n\to\infty$$\cos0=1$に各点収束。次に分母$(1+\frac{t^2}{n})^n$$n\to\infty$の極限を取ると($e$の定義式より)$e^{t^2}$に収束。
    被積分関数が絶対可積分であることは、分子$\cos$の項は絶対値1以下、分母$(1+\frac{t^2}{n})^n$$n$に関して単調増加なので、$n=1$の時の値を取り$(1+\frac{t^2}{n})^n\ge (1+t^2)$がわかる。積分$\displaystyle \int_{-\infty}^\infty \frac{dt}{1+t^2}=\pi$は有限の値であることから従う。
    以上よりルベーグの収束定理を用いて
    \begin{align*} \lim_{n \to \infty} \int_{-\infty}^\infty \frac{\cos \frac{t}{\sqrt{n}}}{(n^{-1}t^2+1)^n} dt =\int_{-\infty}^\infty e^{-t^2}dt=\sqrt{\pi} \end{align*}
    今回の影の主人公はガウス積分だったかもしれない...
    Note: ガウス積分とウォリスの公式は密接な関係にあるらしい。不勉強が過ぎる...

  2. $I_n$の漸化式について。
    $I_n'$を見習って、次のように文字を変換させる。
    \begin{align*} I_n=\frac{(2n-3)!!}{(2n-2)!!}K_n \end{align*}
    すると$K_n$が満たす漸化式は
    \begin{align*} K_{n+2}=K_{n+1}+\frac{K_n}{4n^2-1} \end{align*}
    のようにかける。("ほぼ1にしか見えない分数"の項を消した)
    今のところこれが1番綺麗かも。

終わりに...

徒然なるままに、日暮らし(ではない。ものの数時間)コンピューターに向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、

あやしうこそものぐるほしけれ大丈夫まだ正気は失っていない

まだまだ調べ甲斐がありそうだなぁと思った。そんな時間。

<お知らせ>. 続きの記事は こちら

投稿日:20231215
更新日:20231229

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整数論を研究中。 本音は組合せ論がやりたい。 最近は直交多項式・超幾何級数にお熱。 だけど幾何と解析は鬼弱い。

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