はじめに
こんにちは!超局所層理論の第2回です.今回はマイクロ台が様々な層の操作によってどのようにふるまうかを調べていきたいと思います.今回も証明はほとんどしないでお気持ちだけ説明します.
前回の復習
を有限な大域次元を持つ環,を多様体とします.
前回
は上の加群の層の複体に対して,そのコホモロジーが伝播しない余方向として層のマイクロ台というの余接束の錐状閉集合を定義したのでした.マイクロ台に入っているかどうかは相対コホモロジーの茎によって決まっているのでした.そして様々な層についてそのマイクロ台がどうなっているのか見ました.また良い状況ではマイクロ台が層の形を強く制限することがあることも見ました.
層の演算とマイクロ台
層にはGrothendieckの六演算をはじめとする様々な演算があったのでした.これらの演算に対して層のマイクロ台がどのようにふるまうのか,特に操作を施した後のマイクロ台を元のマイクロ台で評価する方法について考えます.
順像と逆像のマイクロ台
多様体の射による順像・逆像のマイクロ台について考えます.射は次の可換図式を誘導します:
ここで,右の四角は引き戻しの図式(よっては標準的な射影)では微分写像の転置から誘導される射です.
多様体の射の記号について
Sheaves on Manifoldsでは上の射はという記号で書かれていた.別の文献ではを,をと書くこともあるので注意せよ.
さて上の記号の準備の下で,まず順像のマイクロ台について考えます.
順像のマイクロ台の評価
として,が上固有であると仮定する.このとき,
が成立する.さらにが閉埋め込みの場合は等式が成立する.
概略
としてをとなる級函数とすると,同形
が得られる.ここで二つ目の同形に固有であることを用いた.よって包含が成立することが分かる.閉埋め込みの場合はゼロ拡張なのでもう少し頑張ればよい.
次に逆像について考えましょう.まずは沈めこみの場合を述べたいのですが,その前に前に本質的な例を見てみます.
2次元から1次元への射影による引き戻し
を第一射影とする.このとき,に対して
が成り立つ.は第2成分の方向には同じものを並べているので,この方向に動かしても層は変化しないからである.
第1射影による引き戻しのマイクロ台
大事なことは,ある意味でこの逆が成立することである.すなわち,が
を満たせば,あるが存在してを満たす.これもマイクロ台が層の形を制限するタイプの主張である.
上の例は次のように沈めこみに一般化できます.が沈めこみの場合はは単射であることに注意します.主張は沈めこみによる逆像はマイクロ台の定義に出てくる相対コホモロジーの茎が計算できることから示すことができますが詳細は省略します.
マイクロ台と沈めこみによる逆像の性質
が沈めこみであると仮定する.
(i) に対して,
が成り立つ.
(ii) に対して次の3条件は同値である.
(1) のファイバー上では局所定数層である.
(2) 上局所的にが存在してが成り立つ.
(3) が成り立つ.
(ii)もやはりマイクロ台が層の形を制限するというタイプの主張であることにも注目しましょう.
次に一般の射に対する逆像を考えます.評価の主張を述べるためには次の非特性的という概念が必要になります.
非特性的な条件
をの錐状閉部分集合とする.このとき,がに対して非特性的であるとは
を満たすことをいう.のとき,がに対して非特性的であるとはに対して非特性的であることをいう.が埋め込みであるときはが非特性的ともいう.
が沈めこみならばなので,の任意の錐状閉部分集合に対して非特性的であることに注意しましょう.がに対して非特性的ならばはの錐状閉部分集合であることが示せます.
次が射がマイクロ台に対して非特性的な場合の逆像の性質です.上付きびっくりの性質(
層理論第8回
)で見たように,に対して標準的な射があることを思い出しましょう.
マイクロ台と逆像の性質
として,がに対して非特性的であると仮定する.このとき,
(i) が成り立つ.
(ii) 自然な射に対して標準的な射は同形である.
概略
をグラフへの埋め込みと射影に分解する.よく考えると,とに付随したファイバー積の図式があるので,とについてそれぞれ示せば十分である.については命題2で示した.閉部分多様体の埋め込みの場合は,順像のマイクロ台の評価(命題1)を用いて頑張ることで示せる.
上の(ii)が
層理論第8回
で予告していた「上付きびっくりと逆像が(相対向き付け層の差を除いて)同形になる条件を層に応じて述べたもの」なのです.沈めこみは任意の層に対して非特性的なので以前見た主張はこの特殊な場合と思うこともできます.このようにして基本的な同形が成り立つ条件を述べる際にもマイクロ台の概念が必要なのです.
テンソル積とsheaf Homのマイクロ台
次にテンソル積とsheaf Homのマイクロ台について考えます.そのために外テンソル積と直積上のsheaf Homのマイクロ台はどうなるかを述べておきましょう.ここで余接束の錐状閉部分集合に対して,で対蹠写像によるの像をあらわします.証明はとの側で別々に分解されていることからできますが詳細は省略します.
外テンソル積と直積上のsheaf Homのマイクロ台の評価
を多様体,をそれぞれ射影とし,とする.
(i) .
(ii) .
さて上の直積上の評価に基づいてテンソル積とsheaf Homのマイクロ台の評価を与えましょう.余接束の二つの錐状閉部分集合に対して,の部分集合を
により定めます.もしならば,もの錐状閉部分集合となることがチェックできます.
とする.
(i) ならば,が成り立つ.
(ii) ならば,が成り立つ.
概略
を対角射とする.すると,
が成り立つ.ゆえに逆像のマイクロ台の評価(命題3)と上の命題4から結果が従う.
以上が基本的な層の演算に対するマイクロ台のふるまいです.しかしながら,上で見た主張たちには非特性的という条件に由来する仮定がついていました.一般の状況で逆像・テンソル積・sheaf Homのマイクロ台を知りたい場合もあり,そのときはやファイバーごとの和だけではない,もっと高度な余接束の部分集合に対する操作を考える必要があります.ここでは詳細は述べませんが,以降ではそれを使うことがあります(そのうち元気があれば書くかも).なんにせよ大事なことは,層から基本演算の組合せで新しい層を作れば,その層のマイクロ台を評価することができるということです.またここでは説明しませんでしたが,
層理論第6回
で見た層の合成演算(積分変換)についても,非特性的な条件下でマイクロ台を評価することができることにも注意しておきましょう.
超局所切り落とし
上で層の演算を施した後のマイクロ台の評価を見てきました.これらに基づいて「マイクロ台を切り落とす」ことができないかということを考えます.すなわち,有限次元実ベクトル空間との閉凸錐に対して,上の層に対する演算でマイクロ台がに入るようになるものを作ることを考えます.ここでは双対錐でした.もしこれができれば層に対して,閉部分集合への台の切り落としが出来たように,余接束の中でマイクロ台の切り落としができることになります.このアナロジーで考えると切り落としの操作はの中ではなるべく層を変更しないようにもなっていてほしいわけです.
上で述べたマイクロ台の切り落としは次のように実現することができます.をを第成分に射影する射,をにおける加法による射とします.ここでのマイクロ台はであったことを思い出しましょう(
第1回
の例3).すると,逆像・順像・テンソル積のマイクロ台の評価を用いるとに対して
となることがチェックできます.ここで,順像は台の上で固有とは限らないので命題1をそのまま使うことはできないのですが,が線形写像であることを使うと評価ができます.そこでと置きましょう.実はこの操作はマイクロ台の切り落としができるのみでなく,またしても「層のマイクロ台がこの錐状集合に入っていればこの形に書ける」というタイプの命題が成り立ちます.任意のの閉凸錐に対してという標準的な射が存在して,しかもが成り立つことに注意します.したがって,任意のに対して,標準的な射
が存在します.
超局所切り落とし
とする.
(i) であることと標準的な射が同形であることは同値である.
(ii) 完全三角であってとなるものが存在する.ここではの内部をあらわす.
超局所切り落としの主張について
上の定理はSheaves on Manifoldsでは位相を用いて主張が述べられていたが,ここでは近年のシンプレクティック幾何学への応用で発展した層の畳み込みを用いた主張に書き直した.これは例えばGuillermou-Schapiraで見つけられる.
(ii)はだけで見て,それ以外のところのマイクロ台を無視してやれば標準的な射が同形のように思えるということを述べています.このように余接束の中である部分だけに着目して局所的に見ることを超局所的な考え方というのでした.こうして段々と超局所的な見方が現れてきたと思います.(ii)の証明は完全三角を考えてであることを使えば得られます.定理よりは余接束内でマイクロ台をうまく切り落としているため超局所切り落としと呼ばれています.函手はを満たし射影子となります.この射影子は近年(2021年現在)特にシンプレクティック幾何学との関係で有効に用いられています.
まとめ
今回は
- 様々な層の演算に対するマイクロ台のふるまい
- マイクロ台を閉凸錐状集合に切り落とす超局所切り落とし
について説明しました.次回は余接束の中で局所的に見る・ある部分の外のマイクロ台は無視するという考え方を推し進めて圏論的超局所化を導入したいと思います.それではまた!