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現代数学解説
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【超局所層理論第1回】層のマイクロ台の定義と例

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はじめに

こんにちは!今回から超局所層理論について説明していきます.超局所層理論は柏原とSchapiraによって創始された理論で,層を方向も含めて解析する枠組みを提供します.これは様々な分野のいろいろな定理の統一的な理解はもちろん,解析学や幾何学における多くの応用も与えます.この理論について筆者が説明できる部分をゆっくり時間をかけて説明していきたいと思います.全般的に証明はあまりせずに気持ちだけを伝えるため,実際の証明ではあとで説明することを使うこともあり得ることを注意しておきます.

層とその導来圏のおさらい

Xを位相空間,kを有限な大域次元を持つ可換環とします.このとき,X上のk加群の層の圏Mod(kX)はアーベル圏になるのでした( 層理論第2回 ).ここから,層の導来圏D(kX):=D(Mod(kX))を考えることができ,そこにはGrothendieckの六演算が定まって随伴の関係を満たすのでした( 層理論第6回 第7回 ).多様体だけを考えると六演算は有界導来圏Db(kX)たちの間の函手に落ちるのでした( 層理論第8回 ).

さて,今回たくさん出てくる台の切り落としと相対コホモロジーについてもうちょっとだけ思い出しておきましょう.詳しくは 層理論第5回 第6回 を参照してください.i:ZXXの局所閉部分集合の埋め込みとします.このとき,層FD+(k)に対して
FZ:=i!i1F D+(kX)
と定めたのでした.特にFが定数層MX (MD+(k))のときはMZ:=(MX)Zと書いてしまうのでした.また,Zに台を持つ層を対応させる函手ΓZの右導来函手としてRΓZ:D+(kX)D+(kX)を定めると,同形RΓ(F)RHom(kZ,F)が成り立つのでした.この相対コホモロジーで大事な完全三角は,Zが閉集合のときにj:U:=XZXを開埋め込みとしてとして
RΓZ(F)FRjj1FRΓZ(F)[1]
なるものでした.大域切断を取れば
RΓZ(X;F)RΓ(X;F)RΓ(U;F|U)RΓZ(X;F)[1]
となるので,対象RΓZ(X;F)を使って射RΓ(X;F)RΓ(U;F|U)の同形が判定できるのでした.ひとつ前の完全三角はこれを層のまま扱っているので,層RΓZ(F)FUへの制限がどうなっているかを局所的にあらわすものだと思えます.

層のマイクロ台の定義

超局所層理論は何かというといろいろな答えがありうると思うのですが,一つの捉え方は「層に対するモース理論」(のようなもの)というものです.モース理論は多様体上のモース函数φ:XRがあったときに,その劣位集合{φ<c}={xXφ(x)<c}のトポロジーがcRによってどのように変化するかを知ることができるものでした.そこではcφの臨界値を越えるときのみにトポロジーの変化が起こるのでした.特に,モース理論によってk係数のコホモロジーHn({φ<c};k)の変化も知ることができます.ここで係数を定数層kXから一般の層(正確には層の導来圏の対象)FDb(k)に取り換えて,F係数の劣位集合のコホモロジーHn({φ<c};F)については何が分かるだろうか?という問いが考えられます.このとき,cがどんな値を越えるときにコホモロジーが変化しうるでしょうか?これを記述するのが層のマイクロ台というものなのです.

さてマイクロ台を定義するために,以下ずっと,おそらく超局所層理論の連載記事の最後までXを境界のないC級多様体とします.このとき,π:TXXXの余接束をあらわし,その局所斉次座標を(x;ξ)であらわします.「超局所 (microlocal)」という言葉は「余接束内で局所」という意味で佐藤幹夫一派が使いだしたと言われています.つまり超局所とは考えている多様体X内で局所的に考えるのみならず,その(余)方向である余接束も考えて解析することを言います.層FDb(kX)のマイクロ台SS(F)は余接束TX内の部分集合として定義されます.正確な定義を与える前に,マイクロ台の気持ちを説明しておきましょう.X=Rのとき,余接束の点p=(x0;ξ0)TXがマイクロ台に入っていない,つまりpSS(F)であるとはpの方向にすべてのコホモロジー類が少しは一意に拡張できることをいいます.もっと正確に言うと,pが定める半空間Ω={xXξ0,xx0<0}上の任意のコホモロジー類がx0を中心とした十分小さい球Bを付け加えた空間に一意的に拡張できる,すなわち任意のnZに対して,制限写像
limx0BHn(ΩB;F)Hn(Ω;F)
が同形になることをいいます(図1参照).
マイクロ台の気持ち マイクロ台の気持ち
気持ちとしてはpの方向に"解析接続できる"といった感じでしょうか(実際マイクロ台の定義は微分方程式の解の解析接続がもともとの動機になっています).柏原・Schapiraではマイクロ台は「コホモロジーが伝播しない(余)方向」と表現されています.上記の条件は開集合への制限が同形になることを判定すればよいので,相対コホモロジーで書き下すことができそうです.しかもごく小さい近傍に一意に拡張できるという話なので,おさらいのところでも述べたように層バージョンの相対コホモロジーを使って,その茎を調べればよさそうです.というわけで正確には次のように定義ができます.

層のマイクロ台

FDb(kX)に対して,そのマイクロ台SS(F)TXを次のように定める.
pSS(F)であるとは,TX内のpの開近傍Uが存在して,任意のx0Xと任意のC級函数φ:XRdφ(x0)Uを満たすものに対して
RΓ{xXφ(x)φ(x0)}(F)x00
を満たすことをいう.

別の言い方をすると,
SS(F):={(x0;ξ0)|φ:XCR s.t. dφ(x0)=ξ0,RΓ{xXφ(x)φ(x0)}(F)x00}TX
である.

以下しばしば簡単のため{xXφ(x)φ(x0)}を単に{φφ(x0)}などとも書いてしまいます.完全三角を考えるとj:{φ<φ(x0)}Xを開部分集合の埋め込みとして
RΓ{φφ(x0)}(F)x0Fx0(Rjj1F)x0RΓ{φφ(x0)}(F)x0[1]
というDb(k)における完全三角が得られます.よって,pSS(F)の条件は射Fx0(Rjj1F)x0が同形であることと同値です.コホモロジーを取って帰納極限で表示すれば,任意のnZに対して,射
limx0BHn(B;F)limx0BHn({φ<0}B;F)
が同形であることと同値です.切除を考えればこれは射limx0BHn({φ<0}B;F)Hn({φ<0};F)が同形ということと同じなので,上の説明と整合性が取れました.
マイクロ台の説明 マイクロ台の説明

上で見たようにマイクロ台の定義出てくる相対コホモロジー層の茎
RΓ{xXφ(x)φ(x0)}(F)x0Db(k)
コホモロジーが同形に拡張されるための障害をあらわしています.pの方向に「壁」があってそれをpの方向にグッと押し出すことができるかというイメージを筆者は持っています.ここで「壁」という表現はSchapiraのノートから拝借しました.この障害をあらわす対象は結構大事で特性サイクルを考えるときにも出てきます.実はある条件のもとでは,函数φから定まる適当な次数のシフトを施してRΓ{φφ(x0)}(F)x0[nφ,p]を考えるとφの取り方によらないことが分かるので,最近ではこれはϕp(F)とかμp(F)などと書かれてFpにおける超局所的茎 (microlocal stalk/microstalk) などと呼ばれています.Kashiwara-Schapiraでは(超局所的)タイプなどと呼ばれていました.

記号と名称について

マイクロ台は柏原・Schapiraのもともとの呼称ではmicrosupportと呼ばれていた.何故SSと書くかというと,もともと佐藤超函数の理論( この記事 も参照)では,多様体X上の佐藤超函数fの方向別の特異性を調べるために余接束(またはその球面束)の部分集合である特異スペクトラム (singular spectrum) SS(f)を定めてそれを調べていた(余談だがこれはC級超局所解析のwave front setに対応する).この概念を函数ではなく層に対して定義したのが柏原とSchapiraであった.おそらく佐藤超函数理論に敬意を表してSSと書かれていると思われる(著者の想像).

しかしながら,近年はSSという記号から逆にsingular support・特異台と呼ばれることも多い.数論幾何の分野でマイクロ台の類似物を研究している人々はほぼ特異台と呼んでいるように思われる.実はこの呼び方は佐藤超函数論での呼称と互換性がないのが問題である.佐藤超函数論ではfの制限f|Uが実解析的になる最大の開部分集合Uの補集合を特異台と呼んだ.すなわち,特異スペクトラムからゼロ集合を除いたTXの部分集合のXへの射影の像π(SS(f)0X)が特異台である.この名称と互換性を保つために「層Fの特異台」でπ(SS(F)0X)を意味する人もいる(ほぼ特異台という語は使わないが使う場合は筆者もこの意味で使う)ため,呼称に混乱が生じている.

記号についてもSSのほかにμsuppμSなどといった記号も提案されているが,今だ定着したものはないように思われる.

マイクロ台の例を見る前にすぐに分かる性質について見ておきましょう.0XまたはTXXで余接束TXのゼロ切断をあらわします.

マイクロ台の基本性質

FDb(X)とする.

(i) マイクロ台SS(F)TX内の閉錐状部分集合である.すなわち,閉部分集合であってR>0の作用で不変である.

(ii) SS(F)0X=Supp(F)が成り立つ.

(iii) マイクロ台について三角不等式が成り立つ.すなわち,FGHF[1]Db(kX)の完全三角とするとき,SS(G)SS(F)SS(H)が成り立つ.

概略

(i) pSS(F)の定義が開条件なのでSS(F)が閉部分集合であることが分かる.またSS(F)の定義は方向だけを見ておりR>0倍しても変わらないので,錐状であることも分かる.

(ii) φ0と定数函数を取れば{φφ(x0)}=Xであるから,相対コホモロジーの消滅条件はFx00となる.だいたいこのことから分かる.

(iii) RΓ{φφ(x0)}()x0を施すと完全三角
RΓ{φφ(x0)}(F)x0RΓ{φφ(x0)}(G)x0RΓ{φφ(x0)}(H)x0RΓ{φφ(x0)}(F)x0[1]
が得られる.Fの項とHの項が消滅すればGの項も消滅するので結論が得られる.

層のマイクロ台の例

それではいくつか層のマイクロ台の例を見てみましょう.

局所定数層

FDb(kX)として任意のnZに対してHn(F)Mod(kX)が局所定数層であるとする.以降はこの条件を満たす導来圏の対象を単に局所定数層と呼ぶことにする.F0ならば,Fのマイクロ台はゼロ切断,すなわち
SS(F)=0X
である.

実際このとき,函数φdφ(x0)0Xを満たすならばRΓ{φφ(x0)}(F)x00である.局所的なので定数層について考えればよいが,そのときはどの小さい開集合上の切断も同形であるからである.言い換えると局所定数層はどの方向にも同形に拡張することができるのでゼロ切断の外にはマイクロ台は現れない.

マイクロ台を使うことでうれしい点の一つはマイクロ台が層の形を決めてしまう場合があることです.層の形が分かっていれば,その相対コホモロジーを計算すればよいのでマイクロ台の形は分かるのは良いでしょう.大事なのはこの逆でマイクロ台が分かると層自体の形が制限されてしまう場合があります.これを使って,マイクロ台を知ることで層のことを知り層の様々な性質を引き出そうというのが超局所層理論の基本的なアプローチです.このタイプの主張の最初で最も簡単なものは次のもので,ある意味で上の例の逆が成り立つというものです.証明は次節の超局所的モースの補題を使いますのであとで概略を説明します.

マイクロ台がゼロ切断に含まれていれば局所定数層

FDb(kX)とする.SS(F)0XならばFは局所定数層である.

次にXの部分集合に台がある定数層(のゼロ拡張)のマイクロ台を考えましょう.Xの閉部分多様体Mに対して,TMXMに対するX内の余法束をあらわします.

部分多様体に台を持つ定数層

MXの閉部分多様体として,M上の定数層のゼロ拡張kMDb(kX)を考える.このとき,kMのマイクロ台はMに対するX内の余法束,すなわち
SS(kM)=TMX
である.これはMに沿って動いても層は変わらないが,Mから法方向に動くと茎がkだったものが急に0に変化することを反映している.
閉部分多様体に台を持つ層のマイクロ台 閉部分多様体に台を持つ層のマイクロ台
これは局所的に相対コホモロジーを計算すればよい.局所的なのでXがベクトル空間でMが部分ベクトル空間となるときを考えればよい.本質的なX=R2,M={x2=0}の場合を考えよう.まず{x2=0}の外では0なので相対コホモロジーの茎も0でありマイクロ台はない.p=(x1,0;ξ1,ξ2)TR2とする.ξ10ならばΩ={(y1,y2)(y1x1,y2),(ξ1,ξ2)<0}は図3左のように斜めになっているので,ここにMの一部が含まれている.よって,RΓ(Ω;kM)kでありpの方向に少しずらしても切断は変わらず同形である.しかし,ξ1=0ならばΩは図3右のようになりMを含まないのでRΓ(Ω;kM)0となり,pの方向に少しでもずらすと切断はkになって同形ではなくなってしまう.この考察からマイクロ台は{(x1,0;0,ξ2)}という部分であることが分かり,これは余法束なのであった.

ベクトル空間内の閉凸錐に台を持つ層のマイクロ台を考えてみましょう.Eをベクトル空間としたとき,部分集合γが錐であるとはR>0の作用で閉じていることをいうのでした.E内の閉錐γに対して,その双対錐 (dual cone) γ
γ:={ξEξ,v0 (vγ)}
で定めます.

閉凸錐に台がある定数層

Eを有限次元ベクトル空間,γEの閉凸錐としてkγDb(kE)を考える.このとき,
SS(kγ)π1(0)=γ
が成り立つ.
閉凸錐に台を持つ定数層のマイクロ台 閉凸錐に台を持つ定数層のマイクロ台
これも上の例と同様にpTEに対して内積して0より小になる空間を考えてやれば議論は同様である.pの方向にその半空間をずらしたときにγに侵入してしまう方向がγだからである.

次はもう少し面白味がある例です.

区間上の定数層の実数上へのゼロ拡張

Db(kR)の二つの対象k[0,1]k[0,1)を考えよう.前者は閉区間[0,1]上の定数層のゼロ拡張であり,後者は半開区間[0,1)上の定数層のゼロ拡張である.これらのマイクロ台は以下の図5のようになる.
区間上の定数層のゼロ拡張のマイクロ台 区間上の定数層のゼロ拡張のマイクロ台

まずF=k[0,1]のマイクロ台を考えよう.ゼロ切断との共通部分に関しては命題2の(ii)から得られる.0のファイバーにおけるマイクロ台について考える.(0;1)がマイクロ台SS(F)に入っているかどうか確認するには十分小さいε>0に対して,切断の間の制限射
RΓ((,ε);F)RΓ((,0);F)
が同形であるかどうか調べればよい.RΓ((,ε);F)k (0<ε<1)でありRΓ((,0);F)0なので,上の制限射は同形ではなく(0;1)の方向には障害があり(0;1)SS(F)である.一方で,(0;1)については,制限射
RΓ((ε,);F)RΓ((0,);F)
を考えればよい.これらはどちらもkで射は恒等射と同一視できるので,(0;1)の方向には障害がなく(0;1)SS(F)である.全く同様に考えると1のファイバーについても得られる.

次にG=k[0,1)のマイクロ台を考える.マイクロ台は局所的な概念なので0におけるファイバーについてはk[0,1]の場合と同様である.1のファイバーについて考えよう.(1;1)について見るために制限射
RΓ((1ε,);G)RΓ((1,);G)
を調べると,RΓ((1ε,);G)0,RΓ((1,);G)0なのでこれは同形である.実際,完全三角k[0,1)k[0,)k[1,)k[0,1)[1]の切断を考えると
RΓ((1ε,);G)kidkRΓ((1ε,);G)[1]
なる完全三角が得られるのでRΓ((1ε,);G)0である.一方で,RΓ((,1);G)kでありRΓ((,1+ε);G)0なので,制限射
RΓ((,1+ε);G)RΓ((,1);G)
は同形ではない.実際,上でも見た完全三角にRΓ((,1+ε);)を施すと
RΓ((,1+ε);G)kidkRΓ((,1+ε);G)[1]
が得られるので,RΓ((,1+ε);G)0となることが分かる.したがって,(1;1)の方向には障害があり(1;1)SS(G)となる.

上の例を一般化すると次のようになります.証明は上の議論をもっと精密にやることでできますが,ここでは省略します.

定数層のゼロ拡張

ψ:XRC級函数として,任意のxψ1(0)に対してdψ(x)0であると仮定する.このとき,Xの閉部分集合{ψ0}と開部分集合{ψ>0}上の定数層のゼロ拡張のマイクロ台について
SS(k{ψ0})={(x;λdψ(x))λψ(x)=0,λ0,ψ(x)0}SS(k{ψ>0})={(x;λdψ(x))λψ(x)=0,λ0,ψ(x)0}
が成り立つ.式で書くと分かりづらいが,図は以下のようになる.ここで2次元空間の余接束はそのままでは図示できないので,各点でファイバーのどの方向にマイクロ台があるかを表示した.
閉集合と開集合上の定数層のゼロ拡張のマイクロ台 閉集合と開集合上の定数層のゼロ拡張のマイクロ台
大事なことは,閉集合は境界でマイクロ台が内向きにあり,開集合は境界でマイクロ台が外向きにあるということである.上のk[0,1],k[0,1)の例でもそのようになっている.

最後にD加群との関わりを述べておきます.D加群を知らない人は飛ばしてください.

D加群の解複体のマイクロ台は特性多様体

Xを複素多様体,Mを連接DX加群とする.このとき,Mの解複体RHomDX(M,OX)Db(CX)のマイクロ台はMの特性多様体と一致する.すなわち,
SS(RHomDX(M,OX))=char(M)
が成り立つ.これにより,Mの解は特性多様体に入っていない方向に解析接続できることが分かる.

筆者は歴史のことは良く知らないのですが,おそらく上記のマイクロ台と特性多様体の一致がマイクロ台導入のきっかけになったものと思われます.もともと先にD加群の理論があって特性多様体も定義されていて,ホロノミー加群の解複体の構成可能性定理や解の解析接続に関する定理などに使われていたはずです.これら定理の証明を通して,一般の実多様体上の層に対してその特異性をあらわす余接束内の部分集合を定義しようとしたのだと思われます.

超局所的モースの補題

さて,上のたくさんの例からマイクロ台は層のコホモロジーの同形拡張の方向をあらわしていることがよくわかったと思います.しかし,もともとマイクロ台を導入した動機は「層に対する臨界点」を記述したいということでした.次の定理は超局所層理論の根幹をなす重要なもので,超局所的モースの補題 (microlocal Morse lemma) とか(もっと一般の主張として)非特性変形補題 (non-characteristic deformation lemma) と呼ばれています.

超局所的モースの補題

FDb(kX)φ:XRC級写像とする.さらにa,bR,a<bとする.ここで次の二つを仮定する.
(1) φSupp(F)上固有である.
(2) 任意のxφ1([a,b))に対してdφ(x)SS(F)である.

このとき,劣位集合上の切断の間の制限射
RΓ(φ1((,b));F)RΓ(φ1((,a));F)
は同形である.

お気持ち

証明をちゃんとやるにはいろいろと必要なので気持ちだけ説明する.(2)の条件からレベル集合φ1(a)の各点xにおいてdφ(x)はマイクロ台SS(F)に属していないので,φ1((,a))上の切断はこの方向に同形に拡張できる.非常に雑には各点で拡張できるので,切断はφ1((,a+ε))まで同形に拡張できる.今度はレベル集合φ1(a+ε)で同じ議論をすればさらに同形に拡張していくことができる.これを繰り返してφ1((,b))上の切断まで到達する.
超局所的モースの補題の証明の気持ち 超局所的モースの補題の証明の気持ち

実際の証明には上でごまかしたε延ばせるという部分を正確にするための帰納極限と逆極限を用いた同形の判定法および非ゼロの次数の下からの帰納法という柏原による巧妙な議論を用いる.この議論では帰納法を回すために下に有界であることが必要であったが,近年では帰納法に頼らない議論(Robalo-Schapiraを参照)が確立されたので非有界導来圏の対象に対しても適用可能になった.

定数層に対する適用

X上の定数層kXに対して,超局所的モースの補題を適用するとどうなるか考えてみる.(1)の条件はXがコンパクトであることに対応する.上の例で見たように定数層のマイクロ台はゼロ切断なので,(2)の条件は区間[a,b)φの臨界値がないことに対応する.したがって,この場合は臨界値を越えない限り定数層のコホモロジーは同形のままであるという普通の古典的なモース理論(のコホモロジーに関する部分)を回復する.

こうしてマイクロ台が「層に対する臨界点」を記述するものだと確認できました.この定理は局所から大域へという層の基本方針をさらに推し進めて,超局所的な情報から大域的な情報を引き出せる点で非常に有用です.ここからも方向まで含めて解析するという超局所解析的な考え方が層と非常に相性が良いことが分かるでしょう.

マイクロ台を越える際のコホモロジーの挙動も層に対するモース不等式という形でとらえることができますが,それについては今回は説明しません.境界付き多様体Mを境界のない多様体Xの部分集合とみなしてkMDb(kX)に層に対するモース不等式を使うことで,境界付き多様体に対するモース不等式も直ちに得られることだけ述べておきます.

さて,最後に命題2の証明の概略を述べておきましょう.

命題2の証明の概略

各点x0Xに対してある近傍Uが存在してxUに対してRΓ(U;F)Fxが同形であることを示せばよい.十分小さい近傍上で局所的に考えればよいのでユークリッド空間としてよい.Ux0を中心とする十分小さい開球とする.すると任意のxに対してC球函数φ:XRであって
(1) φ(x)=0,
(2) 任意のyxに対してφ(y)>0,
(3) φ1((,1))=U,
(4) 任意のyφ1((0,1))に対してdφ(y)0

となるものが存在する.x0中心の十分大きな半径を持つ開球B(x0;R)で台を切り落としてFを取り換えることで初めからφSupp(F)上固有であるとしてよい.SS(F)0Xなのでφに対して超局所的モースの補題を適用できて
RΓ(U;F)RΓ(φ1((,ε));F)
が十分小さいε>0に対して成立する.よって,同形RΓ(U;F)Fxが成り立つ.

まとめ

今回は

  • 層のマイクロ台の定義・超局所的な障害の捉え方
  • マイクロ台の例
  • 超局所的モースの補題・層に対する臨界点としての見方

について説明しました.超局所層理論はあんまり一気に書かないで小出しにしてゆっくり書いていこうと思います.次回は層の演算とマイクロ台との関係について説明したいと思います.それではまた!

参考文献

投稿日:2021313
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  2. 層とその導来圏のおさらい
  3. 層のマイクロ台の定義
  4. 層のマイクロ台の例
  5. 超局所的モースの補題
  6. まとめ
  7. 参考文献