こんにちは!層理論の第7回です.今回はいよいよGrothendieckの六演算の最後の一つである「上付きびっくり」と呼ばれる函手について説明したいと思います.まず上付きびっくりの存在について説明して,それがPoincaré双対性などを含むということを話して,最後に上付きびっくりの存在がどのように証明されるのかの概略を説明します.
可換環$\bfk$上の加群に値を取る位相空間$X$上の層のアーベル圏$\Mod(\bfk_X)$に対して,その導来圏$\D^*(\bfk_X):=\D^*(\Mod(\bfk_X)) \ (*=\emptyset, +,-,\mathbb{b})$が考えられて 第4回 ・ 第5回 で定義した層に対する演算であるsheaf Hom・テンソル積・順像・逆像・固有順像が導来圏の間の函手として持ち上がるのでした.そして,テンソル積とsheaf Hom・逆像と順像は導来圏においても随伴の関係にあるのでした( 第6回 ).
さて,おさらいで見たようにテンソル積とsheaf Hom・逆像と順像は随伴になっていましたが,固有順像にはまだ随伴がいなくて寂しくて死んでしまいそうなのでした.上付きびっくりは何度か予告しているように固有順像(の右導来函手)の右随伴函手です.その存在を述べるためには固有順像に以下で説明する仮定が必要です.今回の記事の最後まで$f \colon X \to Y$を次の仮定を満たす(局所コンパクトハウスドルフ空間の間の)連続写像,$\bfk$を弱大域次元が有限な可換環とします.
仮定 固有順像函手$f_! \colon \Mod(\bfk_X) \to \Mod(\bfk_Y)$は有限のコホモロジー次元を持つ.すなわち,ある$N \in \bbZ_{\ge 0}$が存在して
$$
R^nf_! := H^n Rf_! \simeq 0 \quad (n > N)
$$
を満たす.
この仮定は例えば$X$が位相多様体の場合,もっと一般にpseudomanifoldの場合は満たされます.$X$が$d$次元の位相多様体の場合は,任意の$G \in \Mod(\bfk_{\bbR^d})$に対して$H^n_c(\bbR^d;G)=0 \ (n > d)$であってc-柔軟性が局所的な性質なので,$X$上の任意の層$F \in \Mod(\bfk_X)$は長さ$d$以下のc-柔軟分解を持つことから示せます.実際,$Rf_!F$を計算するには,この長さが$d$以下のc-柔軟分解$F'$を使って$f_!F$とすれば良いですが,これは$d$より上の部分が$0$だからです.
上の仮定のもとで,函手$f^! \colon \Dp(\bfk_Y) \to \Dp(\bfk_X)$であって,$F \in \Dp(\bfk_X), G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して自然な同形
$$
\RHom_Y(Rf_!F,G) \simeq \RHom_X(F,f^!G)
$$
が成り立つものが存在する.特に$f^!$は$Rf_!$の右随伴函手である.また,$f^!$は$\Dp(\bfk_Y)$の完全三角を$\Dp(\bfk_X)$の完全三角に送る.
上の定理で存在が分かる函手$f^! \colon \Dp(\bfk_Y) \to \Dp(\bfk_X)$を上付きびっくり (upper shriek) 函手とかねじれ逆像とかexceptional inverse imageとか呼びます.定理中の同形をVerdier双対性またはPoincaré-Verdier双対性と呼びます.随伴の一意性により,函手$f^!$は一意であることに注意しましょう.特に$j \colon U \hookrightarrow X$を開部分集合の包含写像とすると,制限が右随伴となっていたので$j^!=j^{-1}$となります.上の随伴から$F \in \Dp(\bfk_X), G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して,標準的な射
$$
F \to f^!Rf_!F, \quad Rf_!f^!G \to G
$$
が存在します(随伴のunit・counit).
固有順像の連続写像に関する函手性および固有基底変換と随伴から次がすぐに分かるので述べておきます.
(i) $f \colon X \to Y, g \colon Y \to Z$を連続写像とすると,自然同値$(g \circ f)^! \simeq f^! \circ g^! \colon \Dp(\bfk_Z) \to \Dp(\bfk_X)$が成り立つ.
(ii) 位相空間のファイバー積の図式
\begin{xy}
\xymatrix{
X' \ar[r]^-{f'} \ar[d]_-{g'} & Y' \ar[d]^-{g} \\
X \ar[r]_-{f} & Y
}
\end{xy}
に対して,自然同値$f^! \circ Rg_* \simeq Rg'_* \circ {f'}^! \colon \Dp(\bfk_{Y'}) \to \Dp(\bfk_X)$が成り立つ.
定理を認めると,テンソル積とsheaf Hom・逆像と順像・固有順像と上付きびっくりという六つの演算の間の三つの随伴関係が得られたことになります.この六つの演算をGrothendieckの六演算と呼びます.これらを組み合わせることで層を様々な形に変形して調べるというのが層理論の基本方針なのです.
さて,上のように随伴函手があると言われても何がうれしいのかよく分からないかもしれないので,$f \colon X \to Y$と$F,G$が特殊な場合に何を意味するかを見てみましょう.ここではPoincaré双対性・Alexander双対性・Thom同形がVerdier双対性から得られることを見ます.その他に上付きびっくりがあると演算の随伴を構成できることも簡単に説明します.
まず初めにVerdier双対性の同形からPoincaré双対性が得られることを見ます.$X$を連結な$d$次元位相多様体として,$f=a_X \colon X \to \pt$を一点への写像,$F=\bfk_X, G=\bfk_{\pt}=\bfk$としてみましょう.ここで$\Mod(\bfk_{\pt})$は$\bfk$上の加群のなすアーベル圏$\Mod(\bfk)$と同一視しました.$R{a_X}_! \simeq \RG_c(X;\ast)$を使って定理の同形を書いてみると
$$
\RHom(\RG_c(X;\bfk_X),\bfk) \simeq \RHom(\bfk_X,a_X^! \bfk) \simeq \RG(X;a_X^! \bfk)
$$
となります.
さて,$a_X^! \bfk \in \Dp(\bfk_X)$というのは何でしょうか?$\omega_X:=a_X^!$と置いて($X$の双対化複体と呼びます),これをちょっと計算してみましょう.$X$の開部分集合$U$に対して$\RG(U;\omega_X) \simeq \RHom(\bfk_U,a_X^! \bfk_X)$ですが,右辺にもう一度随伴の同形を用いると,これは
$$
\RHom(\bfk_U, a_X^! \bfk_X) \simeq \RHom(\RG_c(X;\bfk_U), \bfk) \simeq \RHom(\RG_c(U;\bfk_U), \bfk)
$$
が得られます.$U$として$\bbR^d$と同相なものを取ると$\RG_c(U;\bfk_U) \simeq \bfk[-d]$,つまり次数$d$にだけ集中した$\bfk$となります(
第5回
の例3).よって,このときは最後のものは$\bfk[d]$になります.$U$は各点の十分小さい近傍として取れるので,これは$a_X^! \bfk$について$H^k(\omega_X)=0 \ (k \neq -d)$で$H^{-d}(\omega_X)$が階数$1$の局所定数層になることを意味しています.言い換えると$\or_X:=H^{-d}(\omega_X) \in \Mod(\bfk_X)$と定めると,$\or_X$は$X$上の階数$1$の局所定数層で$\omega_X \simeq \or_X[d]$となるということです.$\or_X$は前層$U \mapsto \Hom(H^d_c(U;\bfk_U),\bfk)$の層化です.実は$X$が$C^\infty$級多様体のとき,$X$が向き付け可能ならば$\or_X \simeq \bfk_X$と$X$上の定数層と同形になることがチェックできます.このことから$\or_X$のことを$X$の向き付け層と呼び,同形$\or_X \simto \bfk_X$のことを$X$の向き付けと呼びます.
向き付け層を使って最初の同形を書き直してみると
$$
\RHom(\RG_c(X;\bfk_X),\bfk) \simeq \RG(X;\or_X)[d]
$$
となります.おや,なんだか知っているような関係が出てきました.ここでさらに$\bfk$を体として,$n \in \bbZ$に対して両辺の$(-n)$次のコホモロジー$H^{-n}$を取ってみましょう.すると,ベクトル空間の複体$V \in \Dp(\bfk)$に対して$H^{-n} \RHom(V,\bfk) \simeq (V^n)^\vee := \Hom(V^n,\bfk)$であることから,
$$
H^n_c(X;\bfk_X)^\vee \simeq H^{d-n}(X;\or_X)
$$
が得られます.特に$X$がコンパクト向き付け可能なら$H^n(X;\bfk_X)^\vee \simeq H^{d-n}(X;\bfk_X)$となります.したがって,上の同形は一般の多様体に対するPoincaré双対性を意味しています!見直してみるとVerdier双対性の一般論を先に得ておけば,局所的に計算できる層の利点を生かして$a_X^!\bfk$を局所的に計算して向き付け層を得て,それを随伴に放り込んでやることでPoincaré双対性を導出できるという仕組みになっていました.また,こう見るとVerdier双対性はPoincaré双対性を射$f \colon X \to Y$に相対的にしたものと考えることもできます.
普通のPoincaré双対性はペアリングを使っても理解できましたが,それはVerdier双対性から得たやり方からも可能です.上でも見た$\id_{\omega_X} \in \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\omega_X,\omega_X)$の随伴の同形よる像を
$$
\int_X \colon \RG_c(X;\omega_X)=R{a_X}_! a_X^! \bfk \to \bfk
$$
と書いて積分射と呼びます.これは$\RG_c(X;\or_X)[d] \to \bfk$のことなので,$0$次コホモロジーに誘導される唯一非自明な射$H^d_c(X;\or_X) \to \bfk$も$\int_X$と書くことにしましょう.$X$が$C^\infty$級多様体で$\bfk=\bbR$または$\bfk=\bbC$のときは,この射は微分形式を使って定義される積分の写像$\int_X \colon H^d_c(X;\or_X) \to \bfk$と$0$でない定数を除いて一致することが示せます.さて,$G \in \Dp(\bfk_X)$に対して,同形$\RHom(\bfk_X,G) \simeq \RG(X;G)$でコホモロジーを取れば$\Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,G[n])$となることが分かります.つまりコホモロジー類は導来圏の射ともみなせるのです!(やる気があったら次回また説明します.)こう考えれば,上で考えた随伴の同形は
$$
H^{d-n}(X;\or_X) \simeq \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\omega[-n]) \simto \Hom_{\Dp(\bfk)}(\RG_c(X;\bfk_X),\bfk[n]) \simeq H^n_c(X;\bfk_X)^\vee, \quad
\alpha \mapsto \int_X \circ \alpha
$$
となっています.ここで$\alpha$が誘導する射$H^n_c(X;\bfk_X) \to H^n_c(X;\or_X[d-n]) \simeq H^d_c(X;\or_X)$も$\alpha$と書いてしまいましたが,これは実はカップ積$\alpha \cup (\ast)$とみなすことができます(やる気があったら次回また説明します).すると,最終的にはペアリング
$$
H^{d-n}(X;\or_X) \times H^n_c(X;\bfk_X) \xrightarrow{\cup} H^d_c(X;\or_X) \xrightarrow{\int_X} \bfk
$$
が非退化であって,同形
$$
H^{d-n}(X;\or_X) \simto H^n_c(X;\bfk_X)^\vee, \alpha \mapsto \int_X \alpha \cup (\ast)
$$
を誘導しているということも分かります.
次にAlexander双対性も得られることをさっと見ましょう.$X$を連結な$d$次元位相多様体で$Z$を$X$の閉部分集合,$f=a_X \colon X \to \pt$を一点への写像,$F=\bfk_Z, G=\bfk_{\pt}=\bfk$としてみましょう.すると,随伴の同形をそのまま書いてみると
$$
\RHom(\RG_c(X;\bfk_Z),\bfk) \simeq \RHom(\bfk_Z, \omega_X) \simeq \RG_Z(X;\omega_X)
$$
となります.$\RG_c(Z;\bfk_Z) \simeq \RG_c(Z;\bfk_Z)$であることとPoincaré双対性のところで見た$\omega \simeq \or_X[d]$を使うと,この同形は
$$
\RHom(\RG_c(Z;\bfk_Z),\bfk) \simeq \RG_Z(X;\or_X)[d]
$$
になります.$\bfk$が体のときは,$n \in \bbZ$に対して$(-n)$次コホモロジーを取れば
$$
H^n_c(Z;\bfk_Z) \simeq H^{d-n}_Z(X;\or_X)
$$
というAlexander双対性が得られました.ここで$H^k_Z(X;\or_X)=H^k\RG_Z(X;\or_X)$は相対コホモロジー(
第5回
を参照)で,$X$が向き付け可能のときは通常のトポロジーの記号で書けば$H^k(X,X \setminus Z)$のことです.
Thom同形もVerdier双対性の一部として捉えられることも説明しましょう.$\pi \colon E \to X$を階数$r$の実ベクトル束とします.Verdier双対性で$f=i \colon X \hookrightarrow E$をゼロ切断,$F=\bfk_X, G=\bfk_E$として同形を書き下してみると
$$
\RHom(i_!\bfk_X,\bfk_E) \simeq \RHom(\bfk_X,i^!\bfk_E) \simeq \RG(X;i^!\bfk_E)
$$
となります.左辺は$\RG_X(E;\bfk_E)$と同形になるのでした.右辺についてですが,$\omega_{X/E}:=i^!\bfk_E$と置いて双対化複体のときの議論と同様に考えると,$X$の開部分集合$U$に対して$\RG(U;\omega_{X/E}) \simeq \RG_U(\pi^{-1}(U);\bfk_{\pi^{-1}(U)})$となります.ここで完全三角を考えると$\RG_{\{0\}}(\bbR^r;\bfk_{\bbR^r}) \simeq \bfk[-r]$となることが分かるので,茎を考えることで$H^n(\omega_{X/E})=0 \ (n \neq r)$で$H^r(\omega_{X/E})$は階数$1$の局所定数層になることが分かります.つまり$\or_{X/E}:=H^r(\omega_{X/E})$とすれば,$\or_{X/E}$は$X$上の階数$1$の局所定数層で$\omega_{X/E} \simeq \or_{X/E}[-r]$となるということです.実はベクトル束$E$が向き付け可能ならば$\or_{X/E} \simeq \bfk_X$と定数層と同形になることがチェックできます.このことから$\or_{X/E}$を相対向き付け層とも呼んだりします.これを戻してあげると
$$
\RG_X(E;\bfk_E) \simeq \RG(X;\or_{X/E})[-r]
$$
となるので,$n \in \bbZ$に対して$(n+r)$次のコホモロジーを取れば
$$
H^{n+r}_X(E;\bfk_E) \simeq H^n(X;\or_{X/E})
$$
が得られます.これはThom同形というものです.実際,通常のトポロジーの記号で書けば左辺は$H^{n+r}(E,E \setminus X)$のことです.
上付きびっくりを使うと層の積分変換の右随伴を具体的に書けることも見ておきましょう.$X,Y$をコホモロジー次元が有限な位相空間とします.このとき,核$K \in \Dp(\bfk_{X \times Y})$による$F \in \Dp(\bfk_Y)$の積分変換は$R{q_X}_! (K \lten q_Y^{-1}F) \in \Dp(\bfk_X)$と定義されたのでした.ここで$q_X \colon X \times Y \to X, q_Y \colon X \times Y \to Y$はそれぞれ射影です.この操作は逆像・テンソル積・固有順像の組合せでできており,それぞれ順像・sheaf Hom・上付きびっくりの左随伴函手になることが分かったのでした.ゆえに一つずつ随伴で右にうつしてやることで
\begin{align}
\Hom_{\Dp(\bfk_X)}(R{q_X}_! (K \lten q_Y^{-1}F),G)
& \simeq
\Hom_{\Dp(\bfk_{X \times Y})}(K \lten q_Y^{-1}F, q_X^!G) \\
& \simeq
\Hom_{\Dp(\bfk_{X \times Y})}(q^{-1}F, \cRHom(K,q_X^!G)) \\
& \simeq
\Hom_{\Dp(\bfk_Y)}(F, R{q_Y}_*\cRHom(K,q_X^!G))
\end{align}
が得られます.つまり,$R{q_Y}_*\cRHom(K,q_X^!(\ast))$として積分変換の右随伴が具体的に書けました.このように随伴を具体的な層の演算の組合せで書いておくことで,操作を施した後の層についての様々な情報を得ることが出来るのです.
それでは上付きびっくりの存在はどうやって示すのでしょうか?ここではその概略を説明したいと思います.
まず$f^!G$が存在すればその切断がどのようになるかを見て,なぜ導来圏に行かないと$f^!$が作れないのかについて説明します.まず仮に導来圏に行かずに層のアーベル圏の間の函手$f^! \colon \Mod(\bfk_Y) \to \Mod(\bfk_X)$が存在して,$F \in \Mod(\bfk_X), G \in \Mod(\bfk_Y)$に対して自然な同形
$$
\Hom_Y(f_!F,G) \simeq \Hom_X(F,f^!G)
$$
が成り立ったとしましょう(一般には正しくありません).するとPoincaré双対性のところで$\omega_X$の切断を計算したのと同じように,$X$の開部分集合$U$に対して$F=\bfk_U \in \Mod(\bfk_X)$とすれば
$$
\Hom_Y(f_!\bfk_U,G) \simeq \Hom_X(\bfk_U,f^!G) \simeq \Gamma(U;f^!G)
$$
が得られます.ということは$f^!G$は必然的に$U \mapsto \Hom_Y(f_!\bfk_U,G)$と定めないといけないということです!問題は一般にはこの対応が層にならないということなのです.実はあとの構成の概略を見る際に分かるのですが,層にならない原因は固有順像函手$f_!$が完全ではないからなのです.実際,$f_!$が完全になる状況である$f$が局所閉集合の埋め込み$i \colon X \hookrightarrow Y$のときは,導来圏に行かなくても$f^!G=i^{-1} \Gamma_Z$と作れます(上の対応をよく見れば分かります).
こうして構成に詰まったわけですが,函手が完全にならなくて困るという問題にはあるところで既に遭遇していました.それは函手を導来圏の間の函手に持ち上げるところです.導来函手を作る際のアイデアは,函手が完全にふるまうような良い部分圏の対象からなる複体に取り換えて函手を適用するというものでした.今回もそれを行えばよいのです!つまり$f_!$が完全にふるまう部分圏の対象からなる複体$K$で定数層$\bfk_X$を取り換えてやって,$U \mapsto \Hom_Y(f_!K_U,G)$のようなものを考えればよいわけです.この「取り換える」という操作は複体$K$に擬同形でつながるということなので,導来圏で話を進めないといけないという仕組みになっています.
さて,上で方針は説明したので構成をどのようにやるかの流れをざっと説明しましょう.まず$f_!$が完全にふるまう部分圏を考える必要があります.c-柔軟層のなす部分圏はこれを満たしていましたが( 第6回 の命題9),ファイバーごとに考えることにして少し条件を緩めます.
$F \in \Mod(\bfk_X)$が$f$-柔軟であるとは,任意の$y \in Y$に対して$F|_{f^{-1}(y)}$がc-柔軟であることをいう.
第6回
の命題8からc-柔軟な層の制限はc-柔軟なので,$X$上のc-柔軟層は$f$-柔軟です.固有順像の茎はファイバーのコンパクト台切断$(f_!F)_y \simeq \Gamma_c(f^{-1}(y);F)$だったので,c-柔軟層の性質から,$0 \to F' \to F \to F'' \to 0$が$\Mod(\bfk_X)$の完全列で$F'$が$f$-柔軟ならば$0 \to f_!F' \to f_!F \to f_!F'' \to 0$は完全であることが分かります.いま$R^nf_!=0 \ (n>N)$と仮定していたので,$\Mod(\bfk_X)$の完全列
$$
F^0 \to F^1 \to \cdots \to F^{N-1} \to F^N \to 0
$$
に対して,$F^0,F^1,\dots,F^{N-1}$が$f$-柔軟なら$F^N$も$f$-柔軟であることがチェックできます.実際,これは「$F$が$f$-柔軟$\Leftrightarrow$任意の$X$の開部分集合$U$に対して$R^nf_!F_U \simeq 0 \ (n \neq 0)$」と完全列を短完全列に分解してdimension shiftingの議論を行うことで示せます.これを使うと定数層$\bbZ_X$を有限長さの良い層で分解することができます.
定数層$\bbZ_X \in \Mod(\bbZ_X)$の$\Mod(\bbZ_X)$の対象による分解
$$
0 \to \bbZ_X \to K^0 \to K^1 \to \cdots \to K^N \to 0
$$
であって,各$K^n$が$\bbZ$上平坦かつ$f$-柔軟なものが存在する.
第3回 で定義した$\bbZ_X$の標準脆弱分解$0 \to \bbZ_X \to C^0(\bbZ_X) \to C^1(\bbZ_X) \to \cdots$を考える.各$C^n(\bbZ)$は脆弱なのでc-柔軟,特に$f$-柔軟である.しかも,茎を考えれば$\bbZ$上平坦であることも分かる.$K^n:=C^n(\bbZ_X) \ (n=0,\dots,N-1)$として$K^N:=\Coker(K^{N-2} \to K^{N-1})$とする.すると上で見たことから$K^N$も$f$-柔軟であり,茎を考えれば$\bbZ$上平坦でもある.
このように得られた複体$\cdots \to 0 \to K^0 \to K^1 \to \cdots K^{N^1} \to K^N \to 0 \to \cdots$を$K \in \Kb(\bbZ_X)$と書くことにしましょう.つまり$\bbZ \underset{\text{qis}}{\simto} K$となっているということです.さて,$F \in \Dp(\bfk_X)$に対して$Rf_!F$は$K$を使って$f_!(F \otimes^\bullet K)$と計算することができます.実際,$f$-柔軟な層のなす$\Mod(\bfk_X)$の部分圏は$f_!$-入射的であって,次が成り立つからです.
$L \Mod(\bfk_X)$を$\bbZ$上平坦な$f$-柔軟な層とする.
(i) 任意の$F \in \Mod(\bfk_X)$に対して,$F \otimes_\bbZ L$は$f$-柔軟である.
(ii) 函手$F \mapsto f_!(F \otimes_\bbZ L)$は完全である.
$G \in \Mod(\bfk_Y)$と$X$の開部分集合$U$に対して
$$
f^!(L,G)(U):=\Hom_Y(f_!(\bfk_U \otimes_\bbZ L),G)
$$
と定める.
(iii) $f^!(L,G)$は$X$上の層である.
(iv) $F \in \Mod(\bfk_X), G \in \Mod(\bfk_Y)$に対して,自然な同形
$$
\Hom_Y(f_!(F \otimes_\bbZ L),G) \simto \Hom_X(F,f^!(L,G))
$$
が成り立つ.特に$G$が入射的層ならば$f^!(L,G)$も入射的層である.
(i)は結構テクニカルで, 第6回 の補題2で平坦層からの全射を作る際に$X$開部分集合$U_i$たちを使って$\bigoplus_i \bbZ_{U_i}$の形の層からの全射を構成した.よって各項がこの形の$F$の分解が取れることが分かり$\bbZ_{U_i} \otimes_\bbZ L$は$f$-柔軟なので上の方で見たように長さ$N$まで考えれば結論が得られる.(ii)は(i)から従う.
(iii)が一番重要なところである.$f^!(L,G)$が前層であることはよい.任意の$X$の開部分集合$U$とその開被覆$\{U_i\}_i$を取る.すると,層の列
$$
\bigoplus_{i,j} \bfk_{U_i \cap U_j} \to \bigoplus_i \bfk_{U_i} \to \bfk_U \to 0
$$
は完全である.ここで一つ目の射は第1成分への包含からは正・第2成分への包含からは負の符号を付ける.ここに完全函手$f_!((\ast) \otimes_\bbZ L)$を施すと,完全列
$$
\bigoplus_{i,j} f_!(\bfk_{U_i \cap U_j} \otimes_\bbZ L) \to \bigoplus_i f_!(\bfk_{U_i} \otimes_\bbZ L) \to f_!(\bfk_U \otimes_\bbZ L) \to 0
$$
が得られる.ここが$f_!$が完全でない場合,$f_!$を施すだけだと完全性を保たないので成り立たない部分である.この完全列に左完全函手$\Hom_Y(\ast,G)$を施すと,完全列
$$
0 \to \Hom_Y(f_!(\bfk_U \otimes_\bbZ L), G) \to \Hom_Y(\bigoplus_i f_!(\bfk_{U_i} \otimes_\bbZ L), G) \to \Hom_Y(\bigoplus_{i,j} f_!(\bfk_{U_i \cap U_j} \otimes_\bbZ L),G)
$$
が得られるが,これは完全列
$$
0 \to f^!(L,G)(U) \to \prod_i f^!(L,G)(U_i) \to \prod_{i,j} f^!(L,G)(U_i \cap U_j)
$$
のことであり,これは$f^!(L,G)$が層であることを意味している.
(iv)も$G'' \to G' \to G \to 0$なる完全列で$G',G''$が$\bfk_V$($V$は$Y$の開部分集合)の直和の形となるものが取れることと五項補題から証明できる.実際,$G$が$\bfk_V$の直和に対しては同形がすぐに分かるからである.詳細は省略する.
さて最後のパートを説明します.$\cI_X$で入射的層のなす$\Mod(\bfk_X)$の充満部分圏をあらわすと,圏同値$\Kp(\cI_X) \simeq \Dp(\bfk_X)$が成り立つのでした.$G \in \Kp(\cI_Y)$と$X$の開部分集合$U$に対して,
$$
f^!_K G(U):= \Hom^\bullet_X(f_!(\bfk_U \otimes^\bullet K), G)
$$
と定めます.ここで$\Hom^\bullet$と$\otimes^\bullet$は
第6回
で導来函手を作る際に用いた二重複体を単化して作る複体でした.ゆえに$f^!_K G(U)^n=\bigoplus_{j \in \bbZ} f^!(K^j,G^{n+j})$です.上の命題から各項は入射的層なので$f^!_K G \in \Kp(\cI_X)$を定めることが分かります.しかも,上の命題を使って符号の計算を頑張れば
$$
\Hom^\bullet_Y(f_!(F \otimes^\bullet K),G) \simeq \Hom^\bullet_X(F,f^!_K G)
$$
が得られます.上で見たように$\Dp(\bfk_Y)$において$Rf_!F \simeq f_!(F \otimes^\bullet K)$だったので,これは$\RHom(Rf_!F,G) \simeq \RHom(F,f^!_K G)$を意味します.こうして函手$f^!_K \colon \Dp(\bfk_Y) \simeq \Kp(\cI_Y) \to \Kp(\cI_X) \simeq \Dp(\bfk_X)$が条件を満たすことが分かりました.
(i) Gelfand-Maninなどでは次の主張を使って層$f^!(L,G)$を得ている.
函手$T \colon \Mod(\bfk_X) \to \Mod(\bfk)^\op$が表現可能であることと,$T$が$\Mod(\bfk_X)$の帰納極限を$\Mod(\bfk)$の射影極限に送ることは同値である.
$F \mapsto \Hom(f_!F,G)$は$f_!$が完全でないのでそのままでは後者の条件を満たさず,平坦かつ$f$-柔軟な$L$を用いて$F \mapsto \Hom(f_!(F \otimes L),G)$を考える必要がある.
(ii) 固有順像の右導来函手を$Rf_! \colon \D(\bfk_X) \to \D(\bfk_Y)$と非有界導来圏に拡張しておけば,$Rf_!$が直和を直和にうつすこととBrownの表現定理から右随伴$f^! \D(\bfk_Y) \to \D(\bfk_X)$の存在が示せる.(著者は詳しくないのでこれ以上述べない.)
上の構成で$\Hom^\bullet$を$\cHom^\bullet$に置き換えることで次も得られています.
$F \in \Db(\bfk),G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して,$\Dp(\bfk_Y)$における自然な同形
$$
\cRHom_Y(Rf_!F,G) \simeq Rf_* \cRHom_X(F,f^!G)
$$
が成り立つ.
これ以降は数学的に意味のある主張を含みませんが,構成における定数層$\bbZ_X$の分解$K$が何なのかの私見を述べたいと思います.解析学ではしばしば$\delta$関数$\delta(x)$を軟化子$\rho_\varepsilon(x)$で近似して様々なことを証明したりしました.軟化子$\rho_\varepsilon(x)$は普通は$C^\infty$級関数のクラスに属していて,$\varepsilon \to 0$で$\rho_\varepsilon(x) \to \delta(x)$と収束するのでした.$\delta(x)$は畳み込みに関する単位元になっているので,これでもって勝手な関数$f$に対して
$$
\rho_\varepsilon \ast f \to \delta \ast f = f \quad (\varepsilon \to 0)
$$
と$C^\infty$級関数による近似ができるのでした.つまり軟化子を畳み込みすることで勝手な関数の良い関数クラスによる近似を一度に得られるわけです.上付きびっくりの構成における$K$の働きはこれによく似ています.すなわち,テンソル積の単位元である定数層$\bbZ_X$をある意味で軟化して分解$\bbZ_X \underset{\text{qis}}{\simto} K$を得ておくと,勝手な$F \in \Dp(\bfk_X)$に対して擬同形
$$
F \simeq F \otimes_\bbZ \bbZ_X \underset{\text{qis}}{\simto} F \otimes^\bullet K
$$
が得られます.こうして定数層の分解$K$を取っておけば,これをテンソルすることで勝手な層の複体から良いクラスの層の複体への擬同形が一度に得られるわけです.関数では$\varepsilon \to 0$での収束として処理したところが,層の複体では擬同形になって導来圏では同形として処理したとみなせます.この軟化のさせ方$K$に依存して上付きびっくりを構成したというのが上の証明なのです.
今回は
について説明しました.今回はある意味で層理論の一つの山場でとっても面白い部分でしたね!この後は上付きびっくり周りについてやりのこしたこと・層の導来圏と特性類などについてお話ししようかなと考えています.それではまた!