はじめに
こんにちは!層理論の第5.5回です.今回も層理論から外れてホモロジー代数の道具である導来圏とその間の導来函手について説明します.証明を全部書くと終わらないので,かなり省略してだいたいの気持ちだけ説明できたらと思います.今回の導来圏の説明は古くて(モデル圏などの話を使わない),有界なものに限るのでご容赦ください.
前回までのおさらい
位相空間上のアーベル群の層の圏を考えると,大域切断函手は左完全函手となって,層の短完全列からは最後の部分の大域切断の全射性は一般には成り立たないのでした(
第1回
・
第2回
).そこでこの列を右側に完全になるように伸ばしていける層係数コホモロジーというものを導入したのでした(
第3回
).もっと一般に,入射的対象を十分持つアーベル圏からの左完全函手に対する右導来函手というものを考えることができて,層係数コホモロジーはその特殊な場合ともみなせました(
第3.5回
).また,層に対してテンソル積・sheaf Hom・逆像・順像・固有順像の五つの演算を定義して,それらの間の随伴を調べたりしました(
第4回
・
第5回
).
アーベル圏の導来圏
まず一般論としてアーベル圏の導来圏について説明します.これは以前にもちょっと説明したように「コホモロジーのことを考えたいけどコホモロジーは取りたくない」という悩みをある意味で解決してくれる道具なのです.
以下ではずっとをアーベル圏とします.における複体とに対して,その複体の次コホモロジーとは
のことをいうのでした.複体の射はコホモロジーに射を誘導して,とがチェインホモトピックならば全てのに対してとなるのでした.
分解について考え直してみる
導来圏の定義をする前に,(かなり天下り的ですが)どうしてそのようなものを考えたいのかについて説明します.そのために層係数コホモロジーや導来函手を定義するときに使った分解というものについて,もう一度考え直してみましょう.
の対象の分解とは完全列のことでした.ここでたちは良い対象(層係数コホモロジーでは脆弱層,一般の右導来函手では入射的対象)を取ったのでした.さて,この分解を次のように書いてみます:
すると,上の行は次にだけがいて他はである複体であって,下の行は次から始まっている複体だと思えます.当たり前ですが縦の射たちと複体の微分は可換なので,縦の射たちは複体の射を定めています.さて,分解であることは
と言い換えられます.これらの条件と上の図式をよく見比べてみましょう.すると,条件は複体のコホモロジーに誘導される射がすべてのに対して同形であることと同値になっています.このような観察から次のように考えてみます.
- コホモロジーに同形を誘導する複体の射があったとき,二つの複体は「同じもの」であるとみなしたい.上ではとは同じものである.特にコホモロジーに同形を誘導する複体の射が同形となる圏があればうれしい.
- というの対象からスタートしても「同形」で複体に取り替えるので,はじめから複体の圏を考えて,そこにコホモロジーに同形を誘導する射の逆を付け加えればよい.の対象は上で考えたように次にだけがいて他はという複体とみなせば良さそう.
これらを実現したのが次に説明する導来圏というものなのです.ここで何回も「コホモロジーに同形を誘導する複体の射」というのが面倒なので用語を導入しておきましょう.
擬同形
複体の射が擬同形 (quasi-isomorphism) であるとは,任意のに対してがにおける同形となることである.これを単にと書いたりする.
導来圏の定義
さて,導来圏を作るには上で言った二つのことを実行すればよいだけなのですが,
第3.5回
で入射分解を考えたときには「チェインホモトピックを除いて」というものが出てきたのでまずこの関係で割った圏,ホモトピー圏を考えると良いことがありそうです.実は導来圏を考えるとこれまでたくさん使ってきて重要だった短完全列という概念がなくなってしまうのですが,それに代わる概念として「完全三角」というものを導入できます.これを考える際にもホモトピー圏が役立ちます.
これまでは複体であることを強調するのに,複体の射であることを強調するのにと書いてきましたが,今後はめんどくさいのと複体と複体でないの対象を区別する必要がないので単にとかと書いてしまいます.
複体の圏とホモトピー圏
(i) 対象が複体で射が複体の射である圏をと書き,の複体の圏と呼ぶ.の充満部分圏で対象が()を満たすもの全体からなるものを()と書き,の下に(上に)有界な複体の圏と呼ぶ.また,の充満部分圏で対象がを満たす複体全体からなるものをと書き,の有界な複体の圏と呼ぶ.
(ii) に対して,とがチェインホモトピックであるとき,と書くと,は同値関係になる.圏を
と定め,のホモトピー圏と呼ぶ.をに取り替えても同様に定める.
(iii) とに対して,複体を
により定める.すると,は自己同形函手となる.これを次のシフト函手と呼ぶ.次のシフト函手はの自己同形函手も引き起こすが,これも次のシフト函手と呼び,同じであらわす.何も言わずシフト函手と言ったら次のシフト函手のことを指す.
擬同形はホモトピー圏の射に対してもwell-defined
チェインホモトピックな二つの射はコホモロジーに同じ射を誘導することから,擬同形の概念はホモトピー圏の射に対しても定義される.
以下,導来函手の手前まで述べることは有界・非有界共通に成り立つので,と書いて,には何も入らないかが入る(これをと書いてしまいます)として議論します.
さて,複体の圏はアーベル圏だったので短完全列が考えられましたが,ホモトピー圏に行くとチェインホモトピックな射を同一視してしまったので,これはアーベル圏ではなくなってしまい短完全列を考えることができなくなってしまいました.その代わりに次の完全三角というものを使います.
写像錐と完全三角
(i) の射に対して,の写像錐を
によって定める.また,複体の射を
により定める.
(ii) ホモトピー圏における射の列が完全三角であるとは,ある複体の射とホモトピー圏で同形となる複体の射が存在して,図式
がの可換図式となることをいう.
上の(ii)の可換図式は実は三角の同形という概念ですが完全三角しか使わないので飛ばしました.完全三角を三角形の図式
や最後の射にをつけてであらわすこともあります.完全三角については次のような性質があります.これらのいくつかの可換性は複体の圏では成り立たず,ホモトピー圏でないと正しくありません.
完全三角の性質
における完全三角の集まりは次の性質を満たす.
(TR1) 任意のに対しては完全三角である.
(TR2) 任意のの射に対して,完全三角が存在する.
(TR3) が完全三角であることとが完全三角であることは同値である.
(TR4) 二つの完全三角との射であってを満たすものに対して,における射が存在して(一意であることは仮定しない)次の図式が可換となる:
八面体公理と三角圏
自明に「(TR0) 完全三角と同形な三角は完全三角である」も満たしている.実は八面体公理と呼ばれる(TR5)の条件も満たすが,しばらく使わないのでここでは省略した.逆に圏で自己同形函手と完全三角と呼ばれるの射の列の集まりが定まっていて,(TR0)から(TR5)までを満たすとき,(と自己同形函手と完全三角の集まりの三つ組)は三角圏と呼ばれる.
性質のうち面白いのは(TR3)です.完全三角があったとき,それをクルクルと回しても完全三角になることを言っています.そうすると完全三角に対して完全列を返すような函手を考えたくなってきますが,それが次のコホモロジー的函手です.
コホモロジー的函手
をアーベル圏とする.加法的函手がコホモロジー的函手であるとは,任意の完全三角に対して,における列が完全となることをいう.
上の定義を見て「あれ?完全列三つだけでよいのかな?」と思うかもしれませんが,これで十分なのです.実際,(TR3)からクルっと回したも完全三角なので,列も完全です.これを繰り返すことで
という長完全列を得ることができます.コホモロジー的函手は完全三角があれば定義できるので,注で述べた三角圏からの函手に対して定義できることにも注意しましょう.
コホモロジー的函手の例
(i) 函手はコホモロジー的函手である.
(ii) に対して函手およびはコホモロジー的函手である.
(i) の形の完全三角について示せばよいが,はにおける短完全列なので,は完全列である.
(ii) を完全三角として,
が完全であることを示せばよい.
まず(TR1)と(TR4)から次の図式で点線の射が存在して図式を可換にする:
よって,である.
次にがを満たしたとすると,(TR1), (TR3), (TR4)から次の図式で点線の射が存在して図式を可換にする:
これはが存在してを満たすことを意味する.
とに対してなので,完全三角に対して上で見たことから
という長完全列が得られます.
上の命題2を使うと色々なことが系として得られます.
射が擬同形であることと写像錐が非輪状であることは同値
この補題はいろいろなところで有用です.射が擬同形かチェックしたいときに,その写像錐という対象を使って判定できるからです.つまり,射の情報を対象としてエンコード出来るのが写像錐ということで,その点で制限写像の情報をエンコードしていた相対コホモロジーと似ています.
完全三角の射において二つが同形ならば残り一つも同形
とを二つの完全三角とする.このとき,の可換図式
においてが同形ならばも同形である.
概略
任意にを取りコホモロジー的函手を施すと長完全列の間の射が得られて,に関する射は全て同形である.したがって,五項補題よりに関する射も同形であるから結論は米田の補題から従う.
さて,上で説明したように私達は擬同形を同形だと思いたいのでした.これにはどうすれば良いでしょうか?擬同形の逆元を付け加えてやれば良いのです.それには整数環から有理数体を作る,より一般に環を積閉集合で局所化してを作るのと同じ考え方をします.実はにおける擬同形の集まりは積閉系と呼ばれる良い条件を満たす射の集まりとなっていることがチェックできます.
一般に圏とその射の集まり積閉系が与えられたとします.このとき,のによる局所化をで
と定めます.ここで,同値関係とはである可換図式
が存在することとします.これはたちという気持ちなのです.写像の合成はとに対して,積閉の条件から可換図式
が存在するので,をそれらの合成とすればうまく定まっていることもチェックできます.これは
という気持ちなのです.における射に対してを対応させることで,局所化函手が定まります.この新しい圏ではに入っている射は同形になります.つまり,に対してはにおける同形です.,つまりという逆が存在するからです.しかも,このとは次の普遍性を満たします:任意のであってに対してがの同形になるものに対して,函手が一意的に存在してを満たす.図式で書くと次の通りです:
実際,(これはという気持ちでした)に対して,を対応させてを定めることができます.
こうして導来圏の定義にたどり着きました.
導来圏
をの中の擬同形の集まりとする.このとき,をのによる局所化
と定めて,の(非有界な・下に有界な・上に有界な・有界な)導来圏と呼ぶ.
導来圏における完全三角はにおける完全三角の局所化函手による像(と同形なもの)全体として定める.
導来圏の完全三角
導来圏における完全三角の集まりも(TR0)から(TR5)までの条件を満たすので,導来圏も三角圏の構造を持つ.導来圏においてもおよびはコホモロジー的函手となる.実際,については完全三角の定義から従い,Hom函手については命題2の証明では(TR1), (TR3), (TR4)しか使っていないので同じように証明が進む.
アーベル圏では短完全列が考えられましたが,それは導来圏の完全三角を与えます.
複体の短完全列は導来圏で完全三角
をの短完全列とする.このとき,と定めるとは擬同形である.特に,なる完全三角が存在する.
は導来圏の次に集中している複体からなる充満部分圏と同一視されます.
アーベル圏は導来圏の次に集中している複体からなる部分圏
標準的な函手によりはを満たす対象からなるの充満部分圏と圏同値である.
導来圏の射の集まりは局所化で定義したので一般にはよく分からないですが,が十分多くの入射的対象を持つ場合は入射的対象からなるの部分圏のホモトピー圏と圏同値になります.ここで,ホモトピー圏はコホモロジーをまだ考えていなかったので加法圏に対して定義されることに注意します.次は下に有界なものを有界なものに単純に取り替えるだけでは成立しません.
アーベル圏の導来圏は入射的対象の部分圏のホモトピー圏と圏同値
は十分多くの入射的対象を持つと仮定して,で入射的対象からなるの充満部分圏をあらわす.このとき,圏同値が成り立つ.
概略
入射的分解の間に誘導される複体の射がチェインホモトピックを除いて一意に存在する(
第3.5回
の命題3(i))ことの証明から,が入射的対象からなる複体でを満たせば(だけでなく)の対象としてであることが分かる.ゆえに,の射が擬同形ならばは入射的対象からなる複体でコホモロジーが全てなのでにおいてだから,実ははで同形である.
一方で入射分解の存在をもう少し頑張ると,任意のに対して,と擬同形が作れる.これはナイーブには下に有界であることを使う.
以上から,自然な函手は忠実充満で本質的全射が分かるので圏同値である.
導来函手
アーベル圏の間の加法函手を導来圏の間に持ち上げることを考えてみましょう.は複体の圏の間の函手とホモトピー圏の間の函手を誘導します.これらも同じ記号と書いてしまいます.もしが完全函手ならば,写像錐を考えることでの擬同形をの擬同形に送ることが分かるので,導来圏の間の函手を誘導します(同じ記号であらわします).この場合は複体にただを施しているだけなので,函手は有界性を保ちます.
導来圏の間の逆像函手
連続写像に対して,逆像函手は完全函手であった(
第4回
の命題10).ゆえに,導来圏の間の函手が誘導される.
問題は一般には函手はの擬同形をの擬同形に送るとは限らないことです.導来圏では同形だったものをで同形なものにうつすか分からないので導来圏の函手は一般には誘導されません.これを回避するのが導来圏の間の導来函手というものなのです.
さて,前考えた導来函手の作り方を思い出してみましょう.が十分多くの入射的対象を持つ場合は,をアーベル圏の間の左導来函手に対して,以前の意味での導来函手は
- に対して入射分解を取る.
- という複体を考える.実際,二つの入射分解はホモトピー同値なので分解の取り方によらない.
- そのコホモロジーを取りと定める.
という手順で定義したのでした.私たちはもうコホモロジーを取らずともコホモロジーが同じものは同一視できているので最後の3のステップは要らなさそうです.下に有界な複体に対しても,上の命題7の証明中で使ったようにと擬同形が作れるので,を導来函手の出力として採用すればよさそうです(取り替えが存在するところに下に有界であることを使いました).この手順がなぜうまく働いて上で述べた問題を回避しているかを説明するのがここでの目標です.
上の説明は導来函手の手順としては分かった気がしますが,これでは導来函手の定義としてはなんだか気持ちが悪いし,前に見たように入射分解でしか導来函手が計算できないわけでもありませんでした.なので一度抽象的に導来函手を考え直してみたくなります.そこで思い出したいのが普遍函手というものです.右導来函手は普遍函手として特徴づけられたのでした(
第3.5回
の定理5).この特徴づけを導来圏を使ってもうちょっとだけ抽象化してみます.
導来圏の間の導来函手
をアーベル圏の間の左完全函手とする.によってホモトピー圏の間に誘導される函手もと書く.このとき,と自然変換の組であって次の普遍性を満たすものをの右導来函手と呼ぶ:
任意の加法函手と自然変換に対して,自然変換が一意的に存在してを満たす.
Kan拡張としての導来函手
図式で書くと
である.別の言い方をすると,右導来函手とはに沿ったの左Kan拡張のことである.
次の射が全体に持ち上がるというのが少し変わっただけで,持ち上がる写像の向きは普遍函手のときと一緒になっています.普遍性からは存在すれば同形を除いて一意に定まります.射の向きを全部逆にすることで右完全函手の左導来函手も定義されます.
さて定義はこれで良いとして,右導来函手が存在するための十分条件を考えましょう.これを考える中で導来函手の計算の仕方も明らかになってくるのです.
函手に対して入射的な部分圏
をアーベル圏の間の左完全函手とする.このとき,の加法的充満部分圏が-入射的であるとは次の三つの条件を満たすことをいう:
(1) 任意の対象に対して,と単射が存在する.
(2) がにおける短完全列でならばである.
(3) がにおける短完全列でならばはにおける短完全列である.
函手に対して入射的な部分圏の例
(i) とすると,脆弱層からなるの加法的充満部分圏は-入射的である.実際,任意の層は脆弱層に単射に埋め込めて(
第3回
の補題1),条件(2)と(3)は
第3回
の命題2そのものである.
(ii) が十分多くの入射的対象を持つならば,の入射的対象からなる加法的充満部分圏は任意の左完全函手について-入射的である.実際,条件(1)が十分多くの入射的対象を持つことそのもので,(2)と(3)はが入射的ならば短完全列が分裂することから従う.
この-入射的な部分圏を用いて右導来函手の存在の十分条件が次のように述べられます.ここでやっている証明も下に有界であることを使っています.
右導来函手の存在の十分条件
をアーベル圏の間の左完全函手として,の-入射的な加法的充満部分圏が存在すると仮定する.このとき,の右導来函手が存在する.しかも,このはの完全三角をの完全三角にうつす.
概略
-入射的部分圏の条件(1)を用いると,任意のに対して,と擬同形が作れる.これを用いるとをの擬同形の集まりとして,は圏同値となる.
-入射的部分圏の条件(2)と(3)を用いると,でを満たすものに対してはにおいてに擬同形,すなわちである.実際,短完全列に分解すると(2)より分解した各項もに入り,(3)から各短完全列にを施しても完全となるからである.よって,写像錐を考えれば函手はに入る射をの同形に送るので,函手であってを満たすものが誘導される.
したがって,圏同値の逆を使って,をとすればよい.図式では以下のようになる:
これは具体的にはに対して,と擬同形を取り,とすることである.
右導来函手は有界導来圏に落ちるかは分からない
上の条件のもとでという有界な複体に対して,一般にはという有界な複体に擬同形で取り換えられるかは分からないので,値域が有界導来圏のが誘導されるかも分からない.これにはもっと条件が要る.
上の定理は,もし左完全函手に対して完全にふるまうような十分大きな部分圏があれば,複体をその部分圏の対象からなる複体に取り換えてを施せばそれが右導来函手になることを言っています.がでは完全にふるまうことからの対象からなる複体の間の擬同形はで送っても擬同形なのでwell-definedになるわけです.普遍性によってはの取り方によりません.これが今までも何回か出てきた脆弱分解でも非輪状分解でも入射分解でも右導来函手が計算できることの説明なのです.
右導来函手の存在の例
(i) とすると,脆弱層からなるの加法的充満部分圏は-入射的だったので,右導来函手が存在する.計算の仕方からである.これで層係数コホモロジーが導来圏の間の函手として持ち上がった.連続写像に対して脆弱層からなるの部分圏は-入射的でもあるので,右導来函手も存在する.これは脆弱層からなる複体に擬同形で取り換えてを施すことで計算できる.
(ii) を左完全函手とする.が十分多くの入射的対象を持つならば,の入射的対象からなる加法的充満部分圏は任意のについて-入射的だったので,右導来函手が存在する.これは入射的対象からなる複体に擬同形で取り換えてを施すことで計算されるので,
第3.5回
で説明した古典的な導来函手と同じ作り方である.
(iii) 右導来函手が存在すれば,を満たすの対象(-非輪状な対象という)からなるの部分圏は-入射的である.よって,このような対象からなる複体に擬同形で取り換えてやってでうつすことで導来函手は計算できる.
大事なのでもう一回述べると,上の定理8で右導来函手の存在が分かればの完全三角に対してはの完全三角となります.に対してと定めると,はコホモロジー的函手だったので
という長完全列が得られます.における短完全列はにおける完全三角を与えたので,これで古典的な導来函手を完全に復元できたことになります.
さて,コホモロジーを取る古典的な導来函手のもったいない点は合成の導来函手は導来函手の合成そのものにならないことでした.この問題が解決していることを見ましょう.
合成の導来函手が導来函手の合成になる十分条件
をアーベル圏の間の二つの左完全函手とする.さらに,-入射的なの部分圏と-入射的なの部分圏が存在して,,すなわちがの対象をの対象にうつすと仮定する.このとき,は-入射的で自然同値が成り立つ.
定義とより,は-入射的である.
に対してはと擬同形を取ってで計算できたのであった.これをさらにで送るにはに擬同形に取り換えてで送ればよいが,条件から既になので取り換える必要がない.ゆえに,はで計算できる.は-入射的だったので,これはの結果でもある.
合成の導来函手が導来函手の合成になる例
(i) を連続写像とすると,は脆弱層を脆弱層に送るのであった(
第4回
の補題6).よって,上の例3で述べたことと命題9からである.つまり,に対してである.
(ii) をアーベル圏の間の二つの左完全函手として,とがそれぞれ十分多くの入射的対象を持つと仮定する.さらにがの入射的対象をの-非輪状な対象に送ると仮定すると,上の命題9から自然同値が成り立つ.これがGrothendieckスペクトル系列が存在する条件であった.
まとめ
今回は
- 導来圏の定義と性質
- 導来函手を導来圏の観点から見直すこと・導来函手の存在の十分条件
- 導来函手の合成が合成の導来函手になる十分条件
について説明しました.今回もまた完全に抽象論というか線形代数でしたが,次回からは層の圏と層に対する演算の函手に今回の話を使うと何ができるかをお話ししていきたいと思います.それではまた!