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現代数学解説
文献あり

【層理論第5.5回】導来圏と導来函手

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はじめに

こんにちは!層理論の第5.5回です.今回も層理論から外れてホモロジー代数の道具である導来圏とその間の導来函手について説明します.証明を全部書くと終わらないので,かなり省略してだいたいの気持ちだけ説明できたらと思います.今回の導来圏の説明は古くて(モデル圏などの話を使わない),有界なものに限るのでご容赦ください.

前回までのおさらい

位相空間X上のアーベル群の層の圏Sh(X)を考えると,大域切断函手Γ(X;):Sh(X)Abは左完全函手となって,層の短完全列からは最後の部分の大域切断の全射性は一般には成り立たないのでした( 第1回 第2回 ).そこでこの列を右側に完全になるように伸ばしていける層係数コホモロジーというものを導入したのでした( 第3回 ).もっと一般に,入射的対象を十分持つアーベル圏からの左完全函手に対する右導来函手というものを考えることができて,層係数コホモロジーはその特殊な場合ともみなせました( 第3.5回 ).また,層に対してテンソル積・sheaf Hom・逆像・順像・固有順像の五つの演算を定義して,それらの間の随伴を調べたりしました( 第4回 第5回 ).

アーベル圏の導来圏

まず一般論としてアーベル圏の導来圏について説明します.これは以前にもちょっと説明したように「コホモロジーのことを考えたいけどコホモロジーは取りたくない」という悩みをある意味で解決してくれる道具なのです.

以下ではずっとAをアーベル圏とします.Aにおける複体L=[dn2Ln1dn1LndnLn+1dn+1]nZに対して,その複体のnコホモロジーとは
Hn(L):=Kerdn/Imdn1
のことをいうのでした.複体の射f:LMはコホモロジーに射Hn(f):Hn(L)Hn(M)を誘導して,fg:LMがチェインホモトピックならば全てのnに対してHn(f)=Hn(g)となるのでした.

分解について考え直してみる

導来圏の定義をする前に,(かなり天下り的ですが)どうしてそのようなものを考えたいのかについて説明します.そのために層係数コホモロジーや導来函手を定義するときに使った分解というものについて,もう一度考え直してみましょう.

Aの対象AAの分解とは完全列0AεL0d0L1d1L2d2のことでした.ここでLnたちは良い対象(層係数コホモロジーでは脆弱層,一般の右導来函手では入射的対象)を取ったのでした.さて,この分解を次のように書いてみます:
0Aε000L0d0L1d1L2d2.
すると,上の行は0次にだけAがいて他は0である複体A=[0A0]であって,下の行は0次から始まっている複体L=[0L0L1L2]だと思えます.当たり前ですが縦の射たちと複体の微分は可換なので,縦の射たちは複体の射ε:ALを定めています.さて,分解であることは
ε:AKerd0=H0(L),Hn(L)=Kerdn/Imdn10 (nZ1)
と言い換えられます.これらの条件と上の図式をよく見比べてみましょう.すると,条件は複体のコホモロジーに誘導される射Hn(ε):Hn(A)Hn(L)がすべてのnZに対して同形であることと同値になっています.このような観察から次のように考えてみます.

  1. コホモロジーに同形を誘導する複体の射があったとき,二つの複体は「同じもの」であるとみなしたい.上ではALは同じものである.特にコホモロジーに同形を誘導する複体の射が同形となる圏があればうれしい.
  2. AAというAの対象からスタートしても「同形」で複体に取り替えるので,はじめから複体の圏を考えて,そこにコホモロジーに同形を誘導する射の逆を付け加えればよい.Aの対象AAは上で考えたように0次にだけAがいて他は0という複体とみなせば良さそう.

これらを実現したのが次に説明する導来圏というものなのです.ここで何回も「コホモロジーに同形を誘導する複体の射」というのが面倒なので用語を導入しておきましょう.

擬同形

複体の射f:LM擬同形 (quasi-isomorphism) であるとは,任意のnZに対してHn(f):Hn(L)Hn(M)Aにおける同形となることである.これを単にf:LqisMと書いたりする.

導来圏の定義

さて,導来圏を作るには上で言った二つのことを実行すればよいだけなのですが, 第3.5回 で入射分解を考えたときには「チェインホモトピックを除いて」というものが出てきたのでまずこの関係で割った圏,ホモトピー圏を考えると良いことがありそうです.実は導来圏を考えるとこれまでたくさん使ってきて重要だった短完全列という概念がなくなってしまうのですが,それに代わる概念として「完全三角」というものを導入できます.これを考える際にもホモトピー圏が役立ちます.

これまでは複体であることを強調するのにM,複体の射であることを強調するのにfと書いてきましたが,今後はめんどくさいのと複体と複体でないAの対象を区別する必要がないので単にMとかfと書いてしまいます

複体の圏とホモトピー圏

(i) 対象が複体L=[dLn2Ln1dLn1LndLnLn+1dLn+1]で射が複体の射である圏をC(A)と書き,Aの複体の圏と呼ぶ.C(A)の充満部分圏で対象がLn=0 (n0)Ln=0 (n0))を満たすもの全体からなるものをC+(A)C(A))と書き,Aの下に(上に)有界な複体の圏と呼ぶ.また,C(A)の充満部分圏で対象がLn=0 (|n|0)を満たす複体L全体からなるものをCb(A)と書き,Aの有界な複体の圏と呼ぶ.
(ii) f,gHomC(A)(L,M)に対して,fgがチェインホモトピックであるとき,fhtgと書くと,htは同値関係になる.圏K(A)
{Ob(K(A)):=Ob(C(A))HomK(A)(L,M):=HomC(A)(L,M)/ht
と定め,C(A)ホモトピー圏と呼ぶ.CC+,C,Cbに取り替えてK+(A),K(A),Kb(A)も同様に定める.
(iii) LC(A)kZに対して,複体L[k]C(A)
{L[k]n:=Ln+kdL[k]n:=(1)kdLn+k
により定める.すると,[k]:C(A)C(A),LL[k]は自己同形函手となる.これをk次のシフト函手と呼ぶ.k次のシフト函手[k]C(A),K(A) (=+,,b)の自己同形函手も引き起こすが,これもk次のシフト函手と呼び,同じ[k]であらわす.何も言わずシフト函手と言ったら1次のシフト函手のことを指す.

擬同形はホモトピー圏の射に対してもwell-defined

チェインホモトピックな二つの射はコホモロジーに同じ射を誘導することから,擬同形の概念はホモトピー圏の射に対しても定義される.

以下,導来函手の手前まで述べることは有界・非有界共通に成り立つので,C(A),K(A)と書いて,には何も入らないか+,,bが入る(これを=,+,,bと書いてしまいます)として議論します.

さて,複体の圏はアーベル圏だったので短完全列が考えられましたが,ホモトピー圏に行くとチェインホモトピックな射を同一視してしまったので,これはアーベル圏ではなくなってしまい短完全列を考えることができなくなってしまいました.その代わりに次の完全三角というものを使います.

写像錐と完全三角

(i) C(A)の射f:LMに対して,f写像錐Mc(f)C(A)
{Mc(f)n:=Ln+1MndMc(f)n:=[dLn+10fn+1dMn]
によって定める.また,複体の射α(f):MMc(f),β(f):Mc(f)L[1]
α(f)n:=[0idMn],β(f)n:=[idLn+10]
により定める.
(ii) ホモトピー圏K(A)における射の列LfMgNhL[1]完全三角であるとは,ある複体の射f:LMとホモトピー圏K(A)で同形となる複体の射u:LL,v:MM,w:NMc(f)が存在して,図式
LfuMgvNhwL[1]u[1]LfMα(f)Mc(f)β(f)L[1]
K(A)の可換図式となることをいう.

上の(ii)の可換図式は実は三角の同形という概念ですが完全三角しか使わないので飛ばしました.完全三角を三角形の図式
LMN+1
や最後の射に+1をつけてLMN+1であらわすこともあります.完全三角については次のような性質があります.これらのいくつかの可換性は複体の圏では成り立たず,ホモトピー圏でないと正しくありません.

完全三角の性質

K(A)における完全三角の集まりは次の性質を満たす.
(TR1) 任意のLK(A)に対してLidLL0L[1]は完全三角である.
(TR2) 任意のK(A)の射f:LMに対して,完全三角LfMNL[1]が存在する.
(TR3) LfMgNhL[1]が完全三角であることとMgNhL[1]f[1]M[1]が完全三角であることは同値である.
(TR4) 二つの完全三角LfMNL[1],LfMNL[1]K(A)の射u:LL,v:MMであってfu=vfを満たすものに対して,K(A)における射w:NNが存在して(一意であることは仮定しない)次の図式が可換となる:
LfuMvNwL[1]u[1]LfMNL[1].

八面体公理と三角圏

自明に「(TR0) 完全三角と同形な三角は完全三角である」も満たしている.実は八面体公理と呼ばれる(TR5)の条件も満たすが,しばらく使わないのでここでは省略した.逆に圏Tで自己同形函手[1]:TTと完全三角と呼ばれるTの射の列LMNL[1]の集まりが定まっていて,(TR0)から(TR5)までを満たすとき,T(と自己同形函手[1]と完全三角の集まりの三つ組)は三角圏と呼ばれる.

性質のうち面白いのは(TR3)です.完全三角があったとき,それをクルクルと回しても完全三角になることを言っています.そうすると完全三角に対して完全列を返すような函手を考えたくなってきますが,それが次のコホモロジー的函手です.

コホモロジー的函手

Bをアーベル圏とする.加法的函手T:K(A)Bコホモロジー的函手であるとは,任意の完全三角LMNL[1]に対して,Bにおける列T(L)T(M)T(N)が完全となることをいう.

上の定義を見て「あれ?完全列三つだけでよいのかな?」と思うかもしれませんが,これで十分なのです.実際,(TR3)からクルっと回したMNL[1]M[1]も完全三角なので,列T(M)T(N)T(L[1])も完全です.これを繰り返すことで
T(N[k1])T(L[k])T(M[k])T(N[k])T(L[k+1])
という長完全列を得ることができます.コホモロジー的函手は完全三角があれば定義できるので,注で述べた三角圏からの函手に対して定義できることにも注意しましょう.

コホモロジー的函手の例

(i) 函手H0:K(A)A,LH0(L)はコホモロジー的函手である.
(ii) KK(A)に対して函手HomK(A)(W,):K(A)AbおよびHomK(A)(,K):K(A)opAbはコホモロジー的函手である.

(i) LfMMc(f)L[1]の形の完全三角について示せばよいが,0MMc(f)L[1]0C(A)における短完全列なので,H0(M)H0(Mc(f))H0(L[1])は完全列である.
(ii) LfMgNL[1]を完全三角として,
Hom(K,L)fHom(K,M)gHom(K,N)
が完全であることを示せばよい.
まず(TR1)と(TR4)から次の図式で点線の射が存在して図式を可換にする:
LidLidLLf0K[1]idL[1]LfMgNL[1].
よって,gf=0である.
次にϕHom(K,M)gϕ=0を満たしたとすると,(TR1), (TR3), (TR4)から次の図式で点線の射ψが存在して図式を可換にする:
KidKψKϕ0K[1]ψ[1]LfMgNL[1].
これはψHom(K,L)が存在してfψ=ϕを満たすことを意味する.

LK(A)kZに対してH0(L[k])=Hk(L)なので,完全三角LfMgNL[1]に対して上で見たことから
Hk1(N)Hk(L)Hk(M)Hk(N)Hk+1(K)
という長完全列が得られます.

上の命題2を使うと色々なことが系として得られます.

射が擬同形であることと写像錐が非輪状であることは同値

fHomK(A)(L,M)が擬同形であることとHn(Mc(f))=0 (nZ)であることは同値である.

この補題はいろいろなところで有用です.射が擬同形かチェックしたいときに,その写像錐という対象を使って判定できるからです.つまり,射の情報を対象としてエンコード出来るのが写像錐ということで,その点で制限写像の情報をエンコードしていた相対コホモロジーと似ています.

完全三角の射において二つが同形ならば残り一つも同形

LMNL[1]LMNL[1]を二つの完全三角とする.このとき,K(A)の可換図式
LuMvNwL[1]u[1]LMNL[1]
においてu,vが同形ならばwも同形である.

概略

任意にKK(A)を取りコホモロジー的函手Hom(K,)を施すと長完全列の間の射が得られて,u,vに関する射は全て同形である.したがって,五項補題よりwに関する射も同形であるから結論は米田の補題から従う.

さて,上で説明したように私達は擬同形を同形だと思いたいのでした.これにはどうすれば良いでしょうか?擬同形の逆元を付け加えてやれば良いのです.それには整数環から有理数体を作る,より一般に環Rを積閉集合Sで局所化してR[S1]を作るのと同じ考え方をします.実はK(A)における擬同形の集まりS積閉系と呼ばれる良い条件を満たす射の集まりとなっていることがチェックできます.

一般に圏Cとその射の集まり積閉系Sが与えられたとします.このとき,CSによる局所化C[S1]Ob(C[S1]):=Ob(C)
HomC[S1](A,B):={(f,s)|AfBsB, sS}/
と定めます.ここで,同値関係(f,s)(g,t)とはuSである可換図式
BAfghBBstuB
が存在することとします.これはs1fたちという気持ちなのです.写像の合成は[(f,s)]HomC[S1](A,B)[(g,t)]HomC[S1](B,C)に対して,積閉の条件から可換図式
CBhCuAfBsgCt
が存在するので,[(hf,ut)]HomC[S1](A,C)をそれらの合成とすればうまく定まっていることもチェックできます.これは
(t1g)(s1f)=t1(gs1)f=t1(u1h)f=(ut)1(hf)
という気持ちなのです.Cにおける射f:ABに対して[(f,idB)]HomC[S1](A,B)を対応させることで,局所化函手Q:CC[S1]が定まります.この新しい圏C[S1]ではSに入っている射は同形になります.つまり,sSに対してQ(s)C[S1]における同形です.s1,つまり[(id,s)]という逆が存在するからです.しかも,このC[S1]Qは次の普遍性を満たします:任意のT:CDであってsSに対してT(s)Dの同形になるものに対して,函手TS:C[S1]Dが一意的に存在してTTSQを満たす.図式で書くと次の通りです:
CTQBC[S1].TS
実際,[(f,s)]HomC[S1](A,B)(これはs1fという気持ちでした)に対して,T(s)1T(f)を対応させてTSを定めることができます.

こうして導来圏の定義にたどり着きました.

導来圏

SK(A)の中の擬同形の集まりとする.このとき,D(A)K(A)Sによる局所化
D(A):=K(A)[S1](=,+,,b)
と定めて,Aの(非有界な・下に有界な・上に有界な・有界な)導来圏と呼ぶ.
導来圏D(A)における完全三角LMNL[1]K(A)における完全三角の局所化函手Qによる像(と同形なもの)全体として定める.

導来圏の完全三角

導来圏における完全三角の集まりも(TR0)から(TR5)までの条件を満たすので,導来圏も三角圏の構造を持つ.導来圏においてもH0およびHomD(A)(K,),HomD(A)(,K)はコホモロジー的函手となる.実際,H0については完全三角の定義から従い,Hom函手については命題2の証明では(TR1), (TR3), (TR4)しか使っていないので同じように証明が進む.

アーベル圏C(A)では短完全列が考えられましたが,それは導来圏D(A)の完全三角を与えます.

複体の短完全列は導来圏で完全三角

0LfMgN0C(A)の短完全列とする.このとき,ϕn:=[0,gn]:Ln+1MnNnと定めるとϕ:Mc(f)Nは擬同形である.特に,LMNL[1]なる完全三角が存在する.

Aは導来圏D(A)0次に集中している複体からなる充満部分圏と同一視されます.

アーベル圏は導来圏の0次に集中している複体からなる部分圏

標準的な函手AK(A)QD(A)によりAHn(L)=0 (n0)を満たす対象LからなるD(A)の充満部分圏と圏同値である.

導来圏の射の集まりは局所化で定義したので一般にはよく分からないですが,Aが十分多くの入射的対象を持つ場合は入射的対象からなるAの部分圏のホモトピー圏と圏同値になります.ここで,ホモトピー圏はコホモロジーをまだ考えていなかったので加法圏に対して定義されることに注意します.次は下に有界なものを有界なものに単純に取り替えるだけでは成立しません.

アーベル圏の導来圏は入射的対象の部分圏のホモトピー圏と圏同値

Aは十分多くの入射的対象を持つと仮定して,IAで入射的対象からなるAの充満部分圏をあらわす.このとき,圏同値K+(IA)D+(A)が成り立つ.

概略

入射的分解の間に誘導される複体の射がチェインホモトピックを除いて一意に存在する( 第3.5回 の命題3(i))ことの証明から,Iが入射的対象からなる複体でHn(I)=0 (nZ)を満たせば(D+(A)だけでなく)K+(A)の対象としてI0であることが分かる.ゆえに,K+(IA)の射f:IJが擬同形ならばMc(f)は入射的対象からなる複体でコホモロジーが全て0なのでK+(IA)において0だから,実はfK+(IA)で同形である.

一方で入射分解の存在をもう少し頑張ると,任意のLK+(A)に対して,IK+(IA)と擬同形LqisIが作れる.これはナイーブには下に有界であることを使う.

以上から,自然な函手K+(IA)D+(A)は忠実充満で本質的全射が分かるので圏同値である.

導来函手

アーベル圏の間の加法函手T:ABを導来圏の間に持ち上げることを考えてみましょう.Tは複体の圏の間の函手C(A)C(B)とホモトピー圏の間の函手K(A)K(B)を誘導します.これらも同じ記号Tと書いてしまいます.もしT完全函手ならば,写像錐を考えることでK(A)の擬同形をK(B)の擬同形に送ることが分かるので,導来圏の間の函手T:D(A)D(B)を誘導します(同じ記号Tであらわします).この場合は複体にただTを施しているだけなので,函手Tは有界性を保ちます.

導来圏の間の逆像函手

連続写像f:XYに対して,逆像函手f1:Sh(Y)Sh(X)は完全函手であった( 第4回 の命題10).ゆえに,導来圏の間の函手f1:D(Sh(Y))D(Sh(X)) (=,+,,b)が誘導される.

問題は一般には函手TK(A)の擬同形をK(B)の擬同形に送るとは限らないことです.導来圏D+(A)では同形だったものをD+(B)で同形なものにうつすか分からないので導来圏の函手は一般には誘導されません.これを回避するのが導来圏の間の導来函手というものなのです.

さて,前考えた導来函手の作り方を思い出してみましょう.Aが十分多くの入射的対象を持つ場合は,T:ABをアーベル圏の間の左導来函手に対して,以前の意味での導来函手は

  1. AAに対して入射分解AqisIを取る.
  2. T(I)D+(B)という複体を考える.実際,二つの入射分解はホモトピー同値なので分解の取り方によらない.
  3. そのコホモロジーHn(T(I))を取りRnT(A)と定める.

という手順で定義したのでした.私たちはもうコホモロジーを取らずともコホモロジーが同じものは同一視できているので最後の3のステップは要らなさそうです.下に有界な複体LK+(A)に対しても,上の命題7の証明中で使ったようにIK+(IA)と擬同形LqisIが作れるので,T(I)を導来函手の出力として採用すればよさそうです(取り替えが存在するところに下に有界であることを使いました).この手順がなぜうまく働いて上で述べた問題を回避しているかを説明するのがここでの目標です.

上の説明は導来函手の手順としては分かった気がしますが,これでは導来函手の定義としてはなんだか気持ちが悪いし,前に見たように入射分解でしか導来函手が計算できないわけでもありませんでした.なので一度抽象的に導来函手を考え直してみたくなります.そこで思い出したいのが普遍δ函手というものです.右導来函手は普遍δ函手として特徴づけられたのでした( 第3.5回 の定理5).この特徴づけを導来圏を使ってもうちょっとだけ抽象化してみます.

導来圏の間の導来函手

T:ABをアーベル圏の間の左完全函手とする.Tによってホモトピー圏の間に誘導される函手もT:K+(A)K+(B)と書く.このとき,RT:D+(A)D+(B)と自然変換τ:QBTRTQAの組(RT,τ)であって次の普遍性を満たすものをT右導来函手と呼ぶ:
任意の加法函手U:K+(A)K+(B)と自然変換σ:QBTUQAに対して,自然変換σ~:RTUが一意的に存在してσ~QAτσを満たす.

Kan拡張としての導来函手

図式で書くと
K+(A)TQAK+(B)QBτD+(B)D+(A)RT
である.別の言い方をすると,右導来函手RTとはQAに沿ったQBTの左Kan拡張のことである.

0次の射が全体に持ち上がるというのが少し変わっただけで,持ち上がる写像の向きは普遍δ函手のときと一緒になっています.普遍性からRTは存在すれば同形を除いて一意に定まります.射の向きを全部逆にすることで右完全函手Tの左導来函手LTも定義されます.

さて定義はこれで良いとして,右導来函手が存在するための十分条件を考えましょう.これを考える中で導来函手の計算の仕方も明らかになってくるのです.

函手に対して入射的な部分圏

T:ABをアーベル圏の間の左完全函手とする.このとき,Aの加法的充満部分圏JT-入射的であるとは次の三つの条件を満たすことをいう:
(1) 任意の対象AAに対して,JJと単射AJが存在する.
(2) 0ABC0Aにおける短完全列でA,BJならばCJである.
(3) 0ABC0Aにおける短完全列でAJならば0T(A)T(B)T(C)0Bにおける短完全列である.

函手に対して入射的な部分圏の例

(i) A=Sh(X),T=Γ(X;):Sh(X)Abとすると,脆弱層からなるSh(X)の加法的充満部分圏はΓ(X;)-入射的である.実際,任意の層は脆弱層に単射に埋め込めて( 第3回 の補題1),条件(2)と(3)は 第3回 の命題2そのものである.
(ii) Aが十分多くの入射的対象を持つならば,Aの入射的対象からなる加法的充満部分圏IAは任意の左完全函手T:ABについてT-入射的である.実際,条件(1)が十分多くの入射的対象を持つことそのもので,(2)と(3)はAが入射的ならば短完全列0ABC0が分裂することから従う.

このT-入射的な部分圏を用いて右導来函手RTの存在の十分条件が次のように述べられます.ここでやっている証明も下に有界であることを使っています.

右導来函手の存在の十分条件

T:ABをアーベル圏の間の左完全函手として,AT-入射的な加法的充満部分圏Jが存在すると仮定する.このとき,Tの右導来函手RT:D+(A)D+(B)が存在する.しかも,このRTD+(A)の完全三角をD+(B)の完全三角にうつす.

概略

T-入射的部分圏の条件(1)を用いると,任意のLK+(A)に対して,JK+(J)と擬同形LqisJが作れる.これを用いるとSJK+(J)の擬同形の集まりとして,K+(J)[SJ1]D+(A)は圏同値となる.

T-入射的部分圏の条件(2)と(3)を用いると,JK+(J)Hn(J)=0 (nZ)を満たすものに対してT(J)D+(B)において0に擬同形,すなわちHn(T(J))=0 (nZ)である.実際,短完全列に分解すると(2)より分解した各項もJに入り,(3)から各短完全列にTを施しても完全となるからである.よって,写像錐を考えれば函手QBT:K+(J)D+(B)SJに入る射をD+(B)の同形に送るので,函手T~:K+(J)[SJ1]D+(B)であってT~QJ=QBTを満たすものが誘導される.

したがって,圏同値K+(J)[SJ1]D+(A)の逆を使って,D+(A)K+(J)[SJ1]T~D+(B)RTとすればよい.図式では以下のようになる:
K+(J)TQJK+(B)QBD+(B)K+(J)[SJ1]T~D+(A).RT
これは具体的にはLD+(A)に対して,JK+(J)と擬同形LqisJを取り,RT(L):=QBT(J)とすることである.

右導来函手は有界導来圏に落ちるかは分からない

上の条件のもとでLDb(A)という有界な複体に対して,一般にはLK+(J)という有界な複体に擬同形LqisJで取り換えられるかは分からないので,値域が有界導来圏のRT:Db(A)Db(B)が誘導されるかも分からない.これにはもっと条件が要る.

上の定理は,もし左完全函手Tに対して完全にふるまうような十分大きな部分圏Jがあれば,複体をその部分圏の対象からなる複体に取り換えてTを施せばそれが右導来函手になることを言っています.TJでは完全にふるまうことからJの対象からなる複体の間の擬同形はTで送っても擬同形なのでwell-definedになるわけです.普遍性によってRTJの取り方によりません.これが今までも何回か出てきた脆弱分解でも非輪状分解でも入射分解でも右導来函手が計算できることの説明なのです.

右導来函手の存在の例

(i) A=Sh(X),T=Γ(X;):Sh(X)Abとすると,脆弱層からなるSh(X)の加法的充満部分圏はΓ(X;)-入射的だったので,右導来函手RΓ(X;):D+(Sh(X))Abが存在する.計算の仕方からHnRΓ(X;)=Hn(X;)である.これで層係数コホモロジーが導来圏の間の函手として持ち上がった.連続写像f:XYに対して脆弱層からなるSh(X)の部分圏はf-入射的でもあるので,右導来函手Rf:D+(Sh(X))D+(Sh(Y))も存在する.これは脆弱層からなる複体に擬同形で取り換えてfを施すことで計算できる.
(ii) T:ABを左完全函手とする.Aが十分多くの入射的対象を持つならば,Aの入射的対象からなる加法的充満部分圏IAは任意のについてT-入射的だったので,右導来函手RT:D+(A)D+(B)が存在する.これは入射的対象からなる複体に擬同形で取り換えてTを施すことで計算されるので, 第3.5回 で説明した古典的な導来函手と同じ作り方である.
(iii) 右導来函手RTが存在すれば,RnT(A):=HnRT(A)=0 (nZ)を満たすAの対象(T-非輪状な対象という)からなるAの部分圏はT-入射的である.よって,このような対象からなる複体に擬同形で取り換えてやってTでうつすことで導来函手は計算できる.

大事なのでもう一回述べると,上の定理8で右導来函手RTの存在が分かればD+(A)の完全三角LMNL[1]に対してRT(L)RT(M)RT(N)RT(L)[1]D+(B)の完全三角となります.nZに対してRnT:=HnRT:D+(A)Bと定めると,H0はコホモロジー的函手だったので
Rn1T(N)RnT(L)RnT(M)RnT(N)Rn+1T(L)
という長完全列が得られます.Aにおける短完全列はD+(A)における完全三角を与えたので,これで古典的な導来函手を完全に復元できたことになります.

さて,コホモロジーを取る古典的な導来函手のもったいない点は合成の導来函手は導来函手の合成そのものにならないことでした.この問題が解決していることを見ましょう.

合成の導来函手が導来函手の合成になる十分条件

T:AB,U:BCをアーベル圏の間の二つの左完全函手とする.さらに,T-入射的なAの部分圏JAU-入射的なBの部分圏JBが存在して,T(JA)JB,すなわちTJAの対象をJBの対象にうつすと仮定する.このとき,JA(UT)-入射的で自然同値R(UT)RURTが成り立つ.

定義とT(JA)JBより,JA(UT)-入射的である.

LD+(A)に対してRT(L)JK+(JA)と擬同形LqisJを取ってT(J)で計算できたのであった.これをさらにRUで送るにはK+(JB)に擬同形に取り換えてUで送ればよいが,条件から既にT(J)K+(JB)なので取り換える必要がない.ゆえに,RU(RT(L))U(T(J))で計算できる.JA(UT)-入射的だったので,これはR(UT)(L)の結果でもある.

合成の導来函手が導来函手の合成になる例

(i) f:XYを連続写像とすると,f:Sh(X)Sh(Y)は脆弱層を脆弱層に送るのであった( 第4回 の補題6).よって,上の例3で述べたことと命題9からRΓ(X;)=R(Γ(Y;)f)RΓ(Y;)Rfである.つまり,FD+(Sh(X))に対してRΓ(X;F)RΓ(Y;RfF)である.
(ii) T:AB,U:BCをアーベル圏の間の二つの左完全函手として,ABがそれぞれ十分多くの入射的対象を持つと仮定する.さらにTAの入射的対象をBU-非輪状な対象に送ると仮定すると,上の命題9から自然同値R(UT)RURTが成り立つ.これがGrothendieckスペクトル系列が存在する条件であった.

まとめ

今回は

  • 導来圏の定義と性質
  • 導来函手を導来圏の観点から見直すこと・導来函手の存在の十分条件
  • 導来函手の合成が合成の導来函手になる十分条件

について説明しました.今回もまた完全に抽象論というか線形代数でしたが,次回からは層の圏と層に対する演算の函手に今回の話を使うと何ができるかをお話ししていきたいと思います.それではまた!

参考文献

[7]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 1990
[8]
Masaki Kashiwara and Pierre Schapira, Categories and Sheaves, Grundlehren der mathematischen Wissenschaften, Springer, 2006
投稿日:2021131
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  1. はじめに
  2. 前回までのおさらい
  3. アーベル圏の導来圏
  4. 分解について考え直してみる
  5. 導来圏の定義
  6. 導来函手
  7. まとめ
  8. 参考文献