こんにちは!層理論の第8回です.今回は上付きびっくりについてやり残したこともう少し説明して,Borel-Mooreホモロジー・カップ積・キャップ積などについてさっとお話しします.
$\bfk$を有限な弱大域次元を持つ可換環とします.$\bfk$上の加群に値を取る層の導来圏$\Dp(\bfk_X)$を考えると,そこにはGrothendieckの六演算,テンソル積・sheaf Hom・逆像・順像・固有順像が定まっていて,それらに随伴の関係がありました( 第6回 ).導来圏で考えると固有順像も右随伴である上付きびっくりを持ち,それがあると様々な双対性を得られたのでした( 第7回 ).
今回も最後まで$\bfk$を有限な弱大域次元を持つ可換環として,空間は全て局所コンパクトハウスドルフであると仮定します(あとではもっと強い仮定を課します).
上付きびっくりの随伴を使うことで得られる様々な射や同形について説明します.上付きびっくりは固有順像の右随伴なので,随伴でうつして固有順像のいろいろな性質を使うことができます.特に固有順像には固有基底変換と射影公式という二つの性質がありました( 第6回 の命題11と命題12).これら二つがどのように使われるかを見ながら重要さを見ていきたいと思います.
以下,今回も最後まで$f \colon X \to Y$を連続写像として,$f_!$が有限なコホモロジー次元を持つと仮定します.
一つ目は上付きびっくりとsheaf Homの関係です.sheaf Homに上付きびっくりを施すと,前の方には逆像で後ろの方には上付きびっくりで入ります.
$F, G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して,同形
$$
f^! \cRHom_Y(F,G) \simeq \cRHom_X(f^{-1}F,f^!G)
$$
が成立する.
任意の$H \in \Dp(\bfk_X)$に対して,随伴を繰り返し用いることで
\begin{align}
\Hom_X(H,f^!\cRHom_Y(F,G))
& \simeq
\Hom_Y(Rf_!H,\cRHom_Y(F,G)) \\
& \simeq
\Hom_Y(Rf_!H \lten F,G) \\
& \simeq
\Hom_Y(Rf_!(H \lten f^{-1}F),G) \\
& \simeq
\Hom_X(H \lten f^{-1}F,f^!G) \\
& \simeq
\Hom_X(H,\cRHom_X(f^{-1}F,f^!G))
\end{align}
が得られる.ここで三つ目の同形には射影公式(
第6回
の命題12)を用いた.よって,米田の補題から結論が得られる.
上の同形は特に次のように使われることが多いです.$q_1, q_2$を$X \times X$からの第1射影・第2射影として$\delta \colon X \hookrightarrow X \times X$を対角集合への埋め込みとします.すると,$F,G \in \Dp(\bfk_X)$に対して
$$
\delta^!\cRHom_{X \times X}(q_2^{-1}G,q_1^!F) \simeq \cRHom_X(G,F)
$$
が成り立ちます.Homの前の方に第2射影$q_2$が後ろの方に第1射影$q_1$がいて気持ちが悪く感じるかもしれませんが,これはあとで$X \times X$の対角集合$\Delta$を第1射影で$X$と同一視するときに整合性を保つためなので我慢しましょう.
次は直積上のsheaf Homを(コンパクト台)大域切断であらわす式です.
$Y$が有限なc-柔軟次元を持つ,すなわち,ある$N \in \bbZ_{\ge 0}$が存在して任意の$F \in \Mod(\bfk_Y)$に対して,$H^n(X;F)=0 \ (n>N)$を満たすと仮定する.$q_1 \colon X \times Y \to X, q_2 \colon X \times Y \to Y$をそれぞれ$X,Y$への射影とすると,$F \in \Dp(\bfk_X), G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して,同形
$$
\RG(X \times Y;\cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F)) \simeq \RHom(\RG_c(Y;G),\RG(X;F))
$$
が成り立つ.
位相空間のファイバー積の図式
\begin{xy}
\xymatrix{
X \times Y \ar[r]^-{q_1} \ar[d]_-{q_2} & X \ar[d]^-{a_X} \\
Y \ar[r]_-{a_Y} & \pt
}
\end{xy}
を考えて,随伴と固有基底変換(
第6回
の命題11)を用いれば
\begin{align}
\RG(X \times Y;\cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F))
& \simeq
R{a_X}_* R{q_1}_* \cRHom_{X \times Y}(q_2^{-1}G,q_1^!F) \\
& \simeq
R{a_X}_* \cRHom_X(R{q_1}_!q_2^{-1}G,F) \\
& \simeq
R{a_X}_* \cRHom_X(a_X^{-1}R{a_Y}_!G,F) \\
& \simeq
\RHom(R{a_Y}_!G, R{a_X}_*F)
\end{align}
が得られる.
逆像と上付きびっくりはどちらも$\Dp(\bfk_Y) \to \Dp(\bfk_X)$という函手でした.これらの間には次のように射があります.
$\Dp(\bfk_Y) \times \Dp(\bfk_Y)$から$\Dp(\bfk_X)$への函手の間の自然な射
$$
f^!(\ast) \lten f^{-1}(\ast) \to f^!(\ast \lten \ast)
$$
が存在する.
$G_1,G_2 \in \Dp(\bfk_Y)$に対して,随伴と射影公式を用いると,同形
\begin{align}
\Hom_X(f^!G_1 \lten f^{-1}G_2, f^!(G_1 \lten G_2))
& \simeq
\Hom_Y(Rf_!(f^!G_1 \lten f^{-1}G_2),G_1 \lten G_2) \\
& \simeq
\Hom_Y(Rf_!f^!G_1 \lten G_2, G_1 \lten G_2)
\end{align}
が得られる.ゆえに標準的な射$Rf_!f^!G_1 \to G_1$から得られる射$Rf_!f^!G_1 \lten G_2 \to G_1 \lten G_2$に対応する射$f^!G_1 \lten f^{-1}G_2 \to f^!(G_1 \lten G_2)$が存在する.
上で特に$G_1=\bfk_Y$と定数層を考えれば,$G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して自然な射
$$
f^!\bfk_Y \lten f^{-1}G \to f^!G
$$
が得られます.左辺は定数層の上付きびっくりと逆像に分解できているので,もしこの射が同形なら上付きびっくりの計算が簡単そうです.同形になる十分条件を考えてみましょう.その前に定数層の上付きびっくりはよく出てくるので記号を準備しておきます.
$\omega_f := f^!\bfk_Y \in \Dp(\bfk_X)$と定め,これを$f$に関する相対双対化複体と呼ぶ.$Y=\pt$,すなわち$f=a_X \colon X \to \pt$のときは,$\omega_X$と書き,$X$の双対化複体と呼ぶ.
Kashiwara-Schapiraでは相対双対化$f$を明記せずに$\omega_{X/Y}$と書いていたが,ここではBernstein-Luntsなどを参考に改めて,$\omega_{X/Y}$は$X$が$Y$の部分空間の場合にのみ用いることにする.
双対化複体については
第7回
の様々な双対性の例を見た際に既に出てきていました.随伴により$F \in \Dp(\bfk_X)$に対して
$$
\RG(X;\cRHom(F,\omega_X)) \simeq \RHom(F,\omega_X) \simeq \RHom(\RG_c(X;F),\bfk)
$$
が成り立ちます.このようにして$\cRHom(F,\omega_X)$の大域切断で(コンパクト台のずれはあるにしても)双対をあらわせるのでうれしいわけです.この$\cRHom(F,\omega_X)$のことを$F$のVerdier双対と呼びます.Verdier双対は構成可能層 (constructible sheaf) や偏屈層 (perverse sheaf) の理論で重要な役割を果たします.
さて話を戻して,射$f^!\bfk_Y \lten f^{-1}G \to f^!G$が同形になる$f$に関する十分条件を考えましょう.
任意の$x \in X$に対して,ある$X$内の$x$の開近傍$U$であって次の二条件を満たすものが存在するとき,$f \colon X \to Y$をファイバー次元が$l$の位相的沈めこみと呼ぶ:
(1) $V=f(U)$は$Y$の開部分集合である.
(2) ある同相写像$h \colon V \times \bbR^l \simto U$が存在して,$q \colon V \times \bbR^l \to V$を射影としたときに$f|_U \circ h=q$を満たす:
\begin{xy}
\xymatrix{
U \ar[r]^-{f|_U} & V \\
V \times \bbR^l. \ar[u]_-{\sim}^-{h} \ar[ru]_-{q} &
}
\end{xy}
例えば$f \colon X \to Y$が$C^\infty$級多様体の間の射であって,沈めこみの場合は位相的沈めこみになります.
$f \colon X \to Y$がファイバー次元が$l$の位相的沈めこみであると仮定する.
(i) $H^n(\omega_f)=0 \ (n \neq -l)$であり$H^{-l}(\omega_f)$は$X$上の階数$1$の局所定数層である.
(ii) 任意の$G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して,標準的な射$\omega_f \otimes f^{-1}G \to f^!G$は同形である.
(ii)で$\lten$と書かずに$\otimes$と書いたのは$\omega_f$が平坦層からなる複体で,導来する(擬同形で取り換える)必要がないからです.
$Y=\pt$の場合は実は
第7回
のPoincaré双対性で$\omega_X$を計算したときに示した.一般の場合は局所的な話なので$X=Y \times \bbR^l$で$f$は射影としてよい.$p \colon X \to \bbR^l$を射影とすると固有基底変換を考えることにより射$p^{-1}\omega_{\bbR^l} \to f^! \bfk_Y$が存在する.ゆえに任意の$G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して,射の合成
$$
p^{-1}\omega_{\bbR^l} \otimes f^{-1}G \to f^! \bfk_Y \otimes f^{-1}G \to f^!G
$$
を考えられる.これが同形であることは$X$の開部分集合$U$および$\bbR^l$と同相な$\bbR^l$の開部分集合$V$を取って$U \times V$上の切断を考えることで示せる.
上の命題では任意の$G \in \Dp(\bfk_Y)$に対して,射$\omega_f \otimes f^{-1}G \to f^!G$が同形になる$f$の条件を与えました.しかし,この射が同形になる条件が$G$に応じて分かっていると便利だと思いませんか?実は一般に射$\omega_f \otimes f^{-1}G \to f^!G$が同形になる十分条件を記述するのが層のマイクロ台という概念なのです.マイクロ台は層の特異性を記述する余接束内の部分集合であって,マイクロ台と多様体の射$f$の関係によって上記の射が同形になる十分条件を記述することができます.これはまたの機会に説明します.
次は大事ですが,若干テクニカルなので認めて飛ばすこともできます.上付きびっくりの応用として位相多様体上の層のアーベル圏の大域次元の上限を与えましょう.ここで,十分多くの入射的対象を持つアーベル圏$\cA$の大域(ホモロジー)次元が$n$以下であるとは,任意の対象$A \in \cA$に対して長さ$n$以下の入射分解が取れることを言います.これは任意の$A,B \in \cA$に対して$\Hom_{\D(\cA)}(A,B[k])=0 \ (k > n)$となることと同値です.$\bfk$加群のなすアーベル圏$\Mod(\bfk)$の大域次元を$\mathrm{gld}(\bfk)$と書いて$\bfk$の大域次元と呼びます.$\bfk$の弱大域次元は$\mathrm{gld}(\bfk)$以下になります.
$X$を$d$次元の位相多様体とする.このとき,アーベル圏$\Mod(\bfk_X)$のホモロジー次元は$3d+\mathrm{gld}(\bfk)+1$以下である.
$F,G \in \Mod(\bfk_X)$として
$$
\Hom_{\D(\bfk_X)}(G,F[k])=0 \quad (k > 3d+\mathrm{gld}(\bfk)+1)
$$
を示す.$\delta \colon X \hookrightarrow X \times X$を対角集合$\Delta$への埋め込みとすると$\delta^! \simeq \delta^{-1} \circ \RG_\Delta$であるから
\begin{align}
\RG_\Delta(X \times X;\cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F))
& \simeq
\RG(X;\delta^!\cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F)) \\
& \simeq
\RG(X;\cRHom(G,F)) \\
& \simeq
\RHom(G,F)
\end{align}
が得られる.さらに,$X$の開部分集合$U,V$に対して
$$
H^k\RG(U \times V; \cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F))
\simeq
\Hom_{\D(\bfk)}(\RG_c(U;G), \RG(V;F)[k])
$$
も分かる.$\RG(V;F)$は$d$次以上が$0$となる複体なので,入射分解$I$としてはさらに$\mathrm{gld}(\bfk)$増やした長さ$d+\mathrm{gld}(\bfk)$以下で取ることができる.すると
$$
\Hom_{\D(\bfk)}(\RG_c(U;G), \RG(V;F)[k])
\simeq
\Hom_{\K(\bfk)}(\RG(U;G),I[k])
$$
だが,$\RG_c(U;G)$は$[0,n]$のみ非ゼロで$I$は$[0,d+\mathrm{gld}(\bfk)]$のみ非ゼロなので$k>d+\mathrm{gld}(\bfk)$でこれは消滅する.結局
$$
H^k \cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F)=0 \quad (k > d+\mathrm{gld}(\bfk))
$$
である.$X \times X$は$2d$次元なので,任意の$\Mod(\bfk_{X \times X})$の対象は長さ$2d+1$以下の脆弱分解を取ることができる.このことから,$\cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F)=0$は長さ$3d+\mathrm{gld}(\bfk)+1$以下の脆弱分解が取れることが分かる.この脆弱分解で$\RG_\Delta(X \times X;\cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F))$は計算できるので結論が従う.
この証明でやったように$\delta^!\cRHom(q_2^{-1}G,q_1^!F) \simeq \cHom(G,F)$を使って$X$の上のsheaf Homを$X \times X$に持ち上げて議論するとうれしいことがよくあり頻繁にこの議論は登場します.Verdier双対性を使ってsheaf Homの切断を$\D(\bfk)$の間の射に変換して消滅を示す議論も面白いところです.
上の命題の重要な帰結は,$X$が位相的多様体の場合,任意の有界導来圏の対象$F \in \Db(\bfk_X)$は入射的層からなる有界な複体と擬同形になるということです.これより位相的多様体の間の層の演算は有界導来圏の間の函手に制限されることが分かります.
$\bfk$を有限な大域次元を持つ可換環とするとき,Grothendieckの六演算は位相多様体上の層の有界導来圏に制限される.すなわち,$f \colon X \to Y$を位相多様体の射とするとき,
\begin{align}
\cRHom & \colon \Db(\bfk_X)^\op \times \Db(\bfk_X) \to \Db(\bfk_X) \\
\lten & \colon \Db(\bfk_X) \times \Db(\bfk_X) \to \Db(\bfk_X) \\
Rf_* & \colon \Db(\bfk_X) \to \Db(\bfk_Y) \\
f^{-1} & \colon \Db(\bfk_Y) \to \Db(\bfk_X) \\
Rf_! & \colon \Db(\bfk_X) \to \Db(\bfk_Y) \\
f^! & \colon \Db(\bfk_Y) \to \Db(\bfk_X)
\end{align}
が誘導される.
したがって,位相多様体上の層理論を考える際には有界導来圏だけで話をすることができます.このシリーズで超局所層理論を説明する際も全て有界導来圏で説明する予定です.
ここでは層理論を使ってホモロジーと関連する演算はどのように解釈できるかということを説明します.
層理論ではコホモロジーが自然に現れるというのをこれまで見てきましたが,Poincaré双対性は普通はホモロジーとコホモロジーの間の双対性として主張されていました.そこで層理論からもホモロジーを作れないかという疑問が出てきます.これはかなりずるいですが,双対化複体をつかって「余コホモロジー」を考えることでできます.以降,全ての空間は有限のコホモロジー次元を持つと仮定します.
$n \in \bbZ$に対して,
$$
H_n^{\mathrm{BM}}(X;\bfk):=H^{-n} \RG(X;\omega_X)
$$
と定めて,$n$次のBorel-Mooreホモロジーと呼ぶ.誤解がないときは単に$H_n(X;\bfk)$と書く.
Borel-Mooreホモロジーは以下のように固有写像に関して函手的になります.$f \colon X \to Y$を連続写像とすると,標準的な射$Rf_!\omega_X \simeq Rf_!f^!\omega_Y \to \omega_Y$が定まります.$f$が固有写像ならば$f_!=f_*$なので,これは射
$$
\RG(X;\omega_X) \to \RG(Y;\omega)
$$
を引き起こし,結果としてBorel-Mooreホモロジーの間の射
$$
f_* \colon H_n(X;\bfk) \to H_n(Y;\bfk)
$$
を誘導します.二つの固有写像$f \colon X \to Y, g \colon Y \to Z$に対して,$(g \circ f)_*=g_* \circ f_*$が成り立つこともチェックできます.
コンパクト空間に対してはBorel-Mooreホモロジーと通常のホモロジーは一致する.また,さらに追加の条件のもとでBorel-Mooreホモロジーは局所有限なチェインから定まるホモロジーと同形である.
次に
第7回
のPoincaré双対性のところでも出てきたカップ積を層の導来圏で解釈するという話を説明します.以前も見たように$F \in \Dp(\bfk_X)$に対して$\RG(X;F) \simeq \RHom(\bfk_X,F)$なので,$n$次のコホモロジーを取れば
$$
H^n(X;F) \simeq \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,F[n])
$$
とコホモロジーを導来圏における射の集合として書くことができます.右辺は$\alpha \mapsto \alpha[-n]$の対応で$\Hom_{\Dp(\bfk)}(\bfk_X[-n], F)$とも同形であることに注意しましょう.特に$F=\bfk_X$と定数層を取れば$H^n(X;\bfk_X) \simeq \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\bfk_X[n])$が得られます.
さて,$F, G \in \Dp(\bfk)$として,$\alpha \in H^j(X;F), \beta \in H^k(X;G)$をコホモロジー類とします.上で見たようにこれらは導来圏$\Dp(\bfk_X)$の射
$$
\alpha \colon \bfk_X \to F[j], \quad
\beta \colon \bfk_X \to G[k]
$$
とみなすことができます.これらのテンソル積を考えて$\bfk_X \lten \bfk_X \simeq \bfk_X$を用いると,射
$$
\alpha \lten \beta \colon \bfk_X \to (F \lten G)[j+k]
$$
が得られます.これをもう一度コホモロジーに戻して考えると$H^{j+k}(X;F \lten G)$の元が得られています.この対応をカップ積だとみなそうというのです.
$F, G \in \Dp(\bfk)$とする.コホモロジー類$\alpha \in H^j(X;F), \beta \in H^k(X;G)$に対して,上の対応で定まるコホモロジー類を$\alpha \cup \beta \in H^{j+k}(X;F \lten G)$と書き,$\alpha$と$\beta$のカップ積と呼ぶ.
標準的な同形$F \lten G \simto G \lten F$を通して,$\alpha \in H^j(X;F), \beta \in H^k(X;G)$に対して
$$
\alpha \cup \beta = (-1)^{jk} \beta \cup \alpha
$$
が成り立つことがチェックできます(複体のテンソル積の符号を真面目に計算してみてください).カップ積は相対コホモロジーにも拡張されます.すなわち,$Z,W$を$X$の局所閉部分集合としたとき,$\bfk_Z \lten \bfk_W \simeq \bfk_{Z \cap W}$を使えば
$$
H^j_Z(X;F) \times H^k_W(X;G) \to H^{j+k}_{Z \cap W}(X;F \lten G), \ (\alpha, \beta) \mapsto \alpha \cup \beta
$$
が定まることが分かります.さらに,$F=G=\bfk_X$と定数層の場合は,$\alpha \in H^j(X;\bfk_X) \simeq \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\bfk_X[j])$と$\beta \in H^k(X;G) \simeq \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\bfk_X[k])$のカップ積$\alpha \cup \beta \in H^{j+k}(X;\bfk_X) \simeq \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\bfk_X[j+k])$は射の合成
$$
\alpha[k] \circ \beta \colon \bfk_X \to \bfk_X[k] \to \bfk_X[j+k]
$$
とも同一視されることがチェックできます.これが前回のPoincaré双対性のところで使ったものでした.
層の導来圏を通してカップ積を構成してホモロジーも得たので,キャップ積も層理論で作れるのではないかという期待が持てますが,もちろんそれもできます.実際のところ上のカップ積の構成で$F=\bfk_X, G=\omega_X$とすればもう作っていたのです.すなわち,$\xi \in H_n(X;\bfk) = H^{-n}\RG(X;\omega_X) \simeq \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\omega[-n])$なので,射のテンソル積により
$$
\Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X, \omega_X[-n]) \times \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\bfk_X[j]) \to \Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\omega_X[j-n])
$$
が定まって,同一視により
$$
H_n(X;\bfk) \times H^j(X;\bfk_X) \to H_{n-j}(X;\bfk)
$$
が誘導されます.
$\xi \in H_n(X;\bfk), \alpha \in H^j(X;\bfk_X)$に対して,上の対応で定まる$(\xi,\alpha)$の像を$\xi \cap \alpha \in H_{n-j}(X;\bfk)$と書き,$\xi$と$\alpha$のキャップ積と呼ぶ.
カップ積・キャップ積の定義とテンソル積の結合性からから$\xi \in H_n(X;\bfk), \alpha \in H^j(X;\bfk_X), \beta \in H^k(X;\bfk_X)$に対して
$$
\xi \cap (\alpha \cup \beta) = (\xi \cap \alpha) \cap \beta
$$
が成り立つことが分かります.
せっかくなので多様体の向き付けとBorel-Mooreホモロジーに定まる基本類についても説明しておきます.$X$を$d$次元の位相多様体とします.上や 第7回 のPoincaré双対性のところでも見たように,$X$の双対化複体$\omega_X$は$H^k(\omega_X)=0 \ (k \neq -d)$で$H^{-d}(\omega_X)$は局所的に定数層$\bfk_X$と同形(階数$1$の局所定数層)になるのでした.そこで$\or_X:=H^{-d}(\omega_X)$とおいて,$X$の向き付け層と呼びました.環$\bfk$上で考えていることを強調したいときは$\or_X^\bfk$と書きます.$X$の向き付けはこの層を使って定義できます.
$X$の$\bfk$-向き付けとは同形$\mu \colon \bfk_X \to \or_X^\bfk$のことである.$X$の$\bfk$-向き付けが存在するとき$X$は$\bfk$-向き付け可能であるという.
$\bbZ/2\bbZ$上の階数$1$の局所定数層は定数層なので,位相多様体は常に$\bbZ/2\bbZ$-向き付け可能です.前回も述べたように実は$C^\infty$級多様体$X$が普通の意味で向き付け可能であることと$\bbZ$-向き付け可能であることは同値です.
$\mu \colon \bfk_X \simto \or_X$を$X$の$\bfk$-向き付けとすると,これは$\Gamma(X;\or_X) \simeq \Hom(\bfk_X,\or_X)$の元と同一視できます.$\or_X \simeq \omega[-d]$なので,これはさらに$\Hom_{\Dp(\bfk_X)}(\bfk_X,\omega[-d]) \simeq H_d(X;\bfk)$の元と同一視されます.
$\bfk$-向き付け$\mu \colon \bfk_X \simto \or_X$に対して,上のように定義されるホモロジー類を$[X] \in H_d(X;\bfk)$と書き,$X$の$\bfk$-向き付け$\mu$に関する基本類と呼ぶ.
向き付けの定義から次も得られます.
$X$を$\bfk$-向き付けが与えられた$d$次元位相多様体として,$[X] \in H_d(X;\bfk)$を対応する基本類とする.このとき,$j \in \bbZ$に対して基本類とのキャップ積は同形
$$
[X] \cap (\ast) \colon H^j(X;\bfk_X) \simto H_{n-j}(X;\bfk)
$$
を誘導する.
この双対性を使うと次の二つが定まります.これは普通のトポロジーの議論と平行です.
(i) コホモロジー類をPoincaré双対性でホモロジー類にもっていきBorel-Mooreホモロジーの順像を施してまたコホモロジー類に双対で戻すことで,Gysin写像
$$
f_! \colon H^j(X;\bfk_X) \to H^{j+d_Y-d_X}(Y;\bfk_Y)
$$
が定まる.ここで$d_X,d_Y$はそれぞれ向き付けられた位相多様体$X,Y$の次元である.すなわち,$\alpha \in H^j(X;\bfk_X)$に対して$f_!(\alpha)$を$[Y] \cap f_!(\alpha)=f_*([X] \cap \alpha)$を満たすように定める.
(ii) ホモロジー類をPoincaré双対性でコホモロジー類に持っていきキャップ積を取ってまたホモロジー類に戻すことで,交叉積
$$
(\ast) \cdot (\ast) \colon H_n(X;\bfk) \times H_m(X;\bfk) \to H_{n+m-d}(X;\bfk)
$$
が定まる.
このようにして普通のトポロジーでの操作や双対性を層理論を使って解釈することができました.
今回は
について説明しました.次回はやる気があったら層理論からの特性類を書いて,そのあとはいよいよ超局所層理論に入っていきたいと思います.それではまた!