この記事は数学科新入生による数学科新入生のための記事である. それ以外の人も興味があればぜひ読んでほしい. もちろん, 読みたくない人は別に読まなくてもよい.
高校数学においても集合は登場するが, 大学以降の数学では集合の重要度はさらに増す。その理由は, 数学において扱う対象のほとんどが集合に構造を付加したものであるからだ. そこで, この記事では集合に関する基礎的な事項をまとめる. なお, 論理学のようなトピックは扱わなかったが, 興味がある人には前原昭二の記号論理入門などをおすすめする.
まず, 集合とはなにかについて簡単にまとめる. しかしながら厳密な定義は難しいため, ここでは基本的な性質を必要に応じて紹介するだけに留める. 詳しく知りたい人はKenneth Kunenの集合論の本を読んでみるとよいだろう. しかしながらこれは非常に難しい話題であるため, わからなくてもがっかりすることはない. (実際のところ, 私もよくわかっていない!) 次に集合に対する様々な操作と, それに関する基本的な命題を見ていく. 例えばある集合があったとき, その部分集合同士の合併や共通部分を考えることができる. これらに対しても足し算や掛け算に似た交換法則や分配法則が成り立つことはそれなりに興味深いかもしれない. 最後に写像を定義し, その性質を見る. 特に前の節で定義した演算が写像によってどのように振る舞うかを考える.
集合とはものの集まりである. 例えば$1,2,3$を要素に持ち, それ以外を要素に持たない$\{1,2,3\}$という集合を考えることができる. また, 要素の数は有限である必要はなく, 無限でも構わないし, あるいは一つも要素を持たない集合を考えることさえできる. 要素が無限個ある集合を無限集合とよび, 例えばすべての自然数からなる集合$\{0,1,2,3,\dots\}$などは無限集合である. この集合を通常$\mathbb{N}$と書く. それに対して, 要素が有限個しかない集合を有限集合と呼ぶ. また, 一つも元を持たない集合のことを空集合と呼び, $\varnothing$などと書く.
高校までの数学では$1$以上の整数のことを自然数と呼んでいたが, 実は$0$を自然数に含む人もいる. もちろん含まない人もいる. 自然数という言葉が出てきた時, それは$0$を含むのか含まないのかは注意しなければならない.
さらに, 集合を要素とする集合を考えることもできる. 例えば空集合$\varnothing$のみを要素とする集合$\{\varnothing\}$を考えることができる. さらに$\varnothing$と$\{\varnothing\}$のみを要素に含む集合$\{\varnothing,\{\varnothing\}\}$を考えることもできる.
実は, 通常行われる数学の世界ではすべての集合は集合以外の要素を持たない. $\{1,2,3\}$は集合ではない要素$1$を持つように思えるが, 実は現代数学においては数でさえも集合として定義されるのだ. ここでは詳細には深入りしないが, 覚えておくとよいかもしれない.
集合の要素がまた集合であるのならば, いくらでも辿れてきりがないのではないか, と思う人もいるかもしれない. しかしそのようなものはそもそも集合ではないということにするのだ. つまり, $\{\{\{\dots\}\}\}$のような無限に入れ子になった集合というものは考えない. 集合というものの厳密な定義をここでは与えないので説明が難しいが, 気になる人は公理的集合論の基礎をやってみるとよい.
ところで, $\varnothing$と$\{\varnothing\}$は同じ集合ではないのか, と思う人もいるかもしれない. その疑問に答える前に, そもそも二つの集合が同じであるとはどういうことかを説明してしまおう. (ついでに, いくつか記号を用意しよう. )
$x\in X$と書いた時, これは$x$が$X$の要素であることを意味する.
$1\in \{1,2,3\}$である.
集合$X$, $Y$が等しいとは, どんな元$x$についても$x\in X$と$x\in Y$が同値であるときを言う.
当たり前だと思うかもしれないが, 証明というものに慣れるために次の命題を示してみよう.
任意の$a,b,X$について次が成り立つ.
(1)と(2)については, 左辺の集合に属す元がすべて右辺の集合にも属すことと, 右辺の集合に属す元がすべて左辺の集合に属すことを示せば良い. (3)については, 例えば右辺には属すが左辺には属さない元を一つ見つければ良い.
(1) $\{a,a\}$に属す元は$a$のみであり, これは$\{a\}$に属す. 逆に$\{a\}$に属す元は$a$のみであり, これは$\{a,a\}$に属す. よって外延性(定義2)から$\{a,a\}=\{a\}$である.
(2) $\{a,b\}$に属す元は$a,b$のみであり, これらはどちらも$\{b,a\}$に属す. 逆に$\{b,a\}$に属す元は$a,b$のみであり, これらはどちらも$\{a,b\}$に属す. よって外延性(定義2)から$\{a,b\}=\{b,a\}$である.
(3) 右辺$\{\varnothing\}$は要素として$\varnothing$を持つが, 左辺の$\varnothing$は$\varnothing$を要素として含まない. なぜならば$\varnothing$は一つも要素を持たない集合だからだ. したがって, 定義2に照らし合わせて考えると, $\varnothing \neq \{\varnothing\}$がわかる.
(1)と(2)から, 集合の元というのは順番もダブりも関係なく, ただ何が入っているかだけが重要であることがわかっていただけると思う.
集合$X,Y$について, $X\subseteq Y$であるとは, どんな$x$についても, $x\in X$ならば$x\in Y$であるときを言う.
$\{1,2\}\subseteq\{1,2,3\}$である. これを確かめよう.
そのためには, 部分集合の定義より, どんな$\{1,2\}$の元$x$についても$x\in\{1,2,3\}$が成り立っていればよい. しかし$\{1,2\}$の元は$1$と$2$のみであり, これらはどちらも$\{1,2,3\}$に属する. したがって$\{1,2\}\subseteq\{1,2,3\}$であることが確かめられた.
部分集合についても, 基本的な性質を見ていこう.
任意の$X,Y,Z$について, 次が成り立つ.
(1) $X\subseteq X$
(2) $X\subseteq Y$かつ$Y\subseteq X$ならば$X=Y$
(3) $X\subseteq Y$かつ$Y\subseteq Z$ならば$X\subseteq Z$
(4) $\varnothing \subseteq X$
(4)について補足しよう. 素直に(4)を証明しようとすると「$x\in\varnothing$ならば$x\in X$」を示すことになるが, ここで$x\in\varnothing$は$x$によらず常に偽である. 実は数学においては, 前提条件が偽であるときは「ならば」は常に真の値を返すと約束するのである.
さて, 部分集合を作る方法についても考えてみよう. 有限集合の場合はすべての要素を列挙することで定義することができるが, 無限集合の要素をすべて列挙することは当然ながら不可能だ. そこで述語と呼ばれる, すべての要素に対して真か偽を割り当てる「関数」を使って部分集合を作る方法を紹介しよう.
$X$を集合とし, $P(x)$を, 任意の集合$x$に対して真か偽かを割り当てるもの, すなわち述語とする. このとき$X$の要素$a$であって$P(a)$が真であるもの全体のなす$X$の部分集合を作ることができる. (これは証明できる事実であるというよりは, 一種のお約束である. ) これを$\{a\in X\mid P(a)\}$と書く.
$\mathbb{N}$について, 「$n$は偶数である」という述語を考えれば, 負でない偶数全体からなる集合$\{n\in\mathbb{N}\mid nは偶数である\}$を作ることができる.
逆に, 集合$X$の任意の部分集合$Y$について, $y\in Y$というのは$y$に関する述語となり, $\{y\in X\mid y\in Y\}$は$Y$そのものにほかならない. この意味で, 内包的記法はすべての部分集合を表現しうる.
内包的記法はある集合の部分集合を作るときにしか使えない. 例えば常に真を返す述語$True(x)$を考えて$\{x\mid True(x)\}$という集合を作ることは許されない. これは集合論が矛盾しないために不可欠な措置である. 詳しくはラッセルのパラドックスなどで検索してみると良い. この記事の最後にも簡単な紹介をのせた.
ちなみに, すべての集合全体からなる「集まり」など, 今言ったような理由で集合にはならない「集まり」を扱いたい状況も存在する. そのような集まりをクラスと呼び, これを扱うための枠組みも存在する.
集合$X$に対して, $X$の部分集合全体からなる集合が存在する. (これもお約束である. )これを$2^X$と書く.
冪集合を$2^X$と書く理由については後ほど述べることにする. $\varnothing \subseteq X$, $X\subseteq X$であること(命題2の(4)および(1))から, $\varnothing, X\in 2^X$であることがわかる.
ある集合$X$があったとき, その部分集合に対する様々な操作を定義する. 定義中で用いられている$\lor$は「または」, $\land$は「かつ」を意味する.
$X$を集合とし, $A,B$をその部分集合とする.
集合$X$の部分集合$A,B$について, 次が成り立つ.
(1) $A\subseteq A\cup B$, $B\subseteq A\cup B$
(2) $A\cap B\subseteq A$, $A\cap B\subseteq B$
集合$X$の部分集合$A,B,C$について, 次が成り立つ.
(1) $A\subseteq C$かつ$B\subseteq C$であることと$A\cup B\subseteq C$であることは同値である.
(2) $C\subseteq A$かつ$C\subseteq B$であることと$C\subseteq A\cap B$であることは同値である.
このような性質を普遍性と呼び, 多くの重要な構成は普遍性によって特徴づけられる. 圏論という分野では特にこれを重要視し, 様々な分野における普遍性を統一的に扱う枠組みが与えられる.
$\cup $についてのみ示す. $\cap $については$\cup$の場合とまったく同様であるため, 読者への演習問題とする.
(1) $A\subseteq B$とする. 命題4より, $A\cup C\subseteq B\cup C$を示すには$A\subseteq B\cup C$と$C\subseteq B\cup C$を示せばよく, 後者は命題3においてすでに示した. また前者は仮定$A\subseteq B$と命題3の結果$B\subseteq B\cup C$, および命題2(3)から従う.
(2) $A\subseteq A\cup A$であることが, 命題3(1)において$A=B$とすることでわかる. $A\cup A\subseteq A$を命題4から示すには$A\subseteq A$が必要であるが, これもすでに命題2の(1)で示した.
(3) $A\subseteq B$とする. このとき命題3(1)より$B\subseteq A\cup B$がわかる. また$A\cup B\subseteq B$は仮定$A\subseteq B$, 命題2(1), および命題4(1)を合わせるとわかる. $A\cup B=B$である. 逆に
$A\cup B =B$ならば$A\subseteq A\cup B$より$A\subseteq B$がわかる.
(4) $A\cup B\subseteq B\cup A$を示すには$A\subseteq B\cup A$と$B\subseteq B\cup A$を示せば良いが, それらは命題3ですでに示した. 逆方向の包含関係も同様に示せる.
(5) $(A\cup B)\cup C\subseteq A\cup(B\cup C)$を示すには$A\cup B\subseteq A\cup (B\cup C)$と$C\subseteq A\cup (B\cup C)$を示せばよいが, 前者は命題3で示した$B\subseteq B\cup C$とこの系の(1), (4)からわかる. 後者に関しては, 命題3より$C\subseteq B\cup C$であること, また再び命題3より$B\cup C \subseteq A \cup (B\cup C)$であること, そして命題2(3)を使えばわかる. 逆方向も同様.
定理4系の結果は, 定義にしたがって証明するというよりは, それまでに示した命題の組み合わせで証明されている. 実は命題2の(1), (2), (3)は$2^X$が半順序集合という構造を持つことの証明となっており, 命題3と命題4はさらに$2^X$が束という構造を持つことの証明となっている. 定理4系の結果は, $2^X$という特殊な形をした束だけでなく, 束という構造を持つ集合については常に成り立つ結果となっている. 束に関する基礎的なことは この記事 などにまとめた.
分配法則について見よう.
$A\cup (B\cap C)=(A\cup B)\cap (A\cup C)$, $A\cap (B\cup C)=(A\cap B)\cup(A\cap C)$
前者を示す. $A\cup (B\cap C)\subseteq (A\cup B)\cap (A\cup C)$を示すためには, 命題4より, $A\cup (B\cap C)\subseteq A\cup B$と$A\cup (B\cap C)\subseteq A\cup C$を示せば良いことがわかる. しかし命題3より$B\cap C\subseteq B$であることと定理4系の(1)を使うことで前者は示すことができる. 後者についても同様である. 次に$(A\cup B)\cap (A\cup C)\subseteq A\cup (B\cap C)$を示す. そのためには任意の$x\in (A\cup B)\cap (A\cup C)$が$A\cup (B\cap C)$に属していれば良い. このとき$\cap$の定義より$x\in A\cup B$かつ$x\in A\cup C$であるため, $x\in A$であるか, $x\in B$かつ$x\in C$であるかのどちらかである. 実際, $x$が$A$にも$B$にも属していなかったなら$x\in A\cup B$とは成りえない. したがって$x$が$A$に属していない場合, $x\in B$でなければならない. 同様の理由で, $x$が$A$に属していないなら$C$には属していなければならない. このことを言い換えると, $x\in A$であるか$x\in B\cap C$のどちらかであるということになる. したがって$\cup$の定義より$x\in A\cup (B\cap C)$である. 後者についても同様である.
この証明では, 定理4系とは異なり, 命題4などを振りかざすだけでなく$\subseteq$の定義にしたがって証明をしなければならなかった. 実際, 分配法則は一般の束に対しては成り立たないのである. 分配法則が成り立つ束には分配束という名前がついており, これについても この記事 にまとめた.
$X$の部分集合の中で$X$と$\varnothing$がどのような振る舞いをするかについて述べておく.
$X$を集合とする. このとき任意の$X$の部分集合$A$について以下が成り立つ.
補集合についても見ていこう.
$X$の部分集合$A,B$について, 次の二つが成り立っていることと$B=A^c$であることは同値である.
まず$A\cup A^c =X$を示す. $A$も$A^c$も$X$の部分集合であるから$A\cup A^c$も$X$の部分集合である. 逆に任意の$x\in X$について, $x$は$A$に属すか, あるいは属さないかのどちらかである. つまり$x\in A$か$x\in A^c$のいずれかが成り立つ. よって$x\in A\cup A^c$である.
次に$A\cap A^c = \varnothing$を示す. そのためには$x\in A$と$x\in A^c$が同時には起こらないことを示せば良い. しかし$x\in A^c$から$x\notin A$が従うため, これは明らかである.
最後に, 二つの条件が成り立つ$B$が$A^c$にほかならないことを示す. $B$をそのような部分集合とすると, 分配法則などより$A^c = A^c \cap X = A^c\cap(A\cup B)=(A^c \cap A)\cup (A^c\cap B)=A^c\cap B$なので定理4系(3)より$A^c\subseteq B$. 一方で$A^c = A^c \cup (A\cap B)=(A^c\cup A)\cap (A^c\cup B)=A^c\cup B$より$B\subseteq A^c$. よって$A^c=B$.
$A\subseteq X$とすると
(1) $(A^c)^c=A$
(2) $(A\cup B)^c=A^c\cap B^c$, $(A\cap B)^c=A^c\cup B^c$
(3) $A\subseteq B$ならば$B^c\subseteq A^c$
$x,y$について, 対$(x,y)$を$\{\{x\},\{x,y\}\}$と定義する. 集合$X,Y$について, $X$の元と$Y$の元の対全体のなす集合を$X\times Y$と書き, 直積と呼ぶ.
定義がわかりにくいが, 対というものは二つの元を順番も考慮して集めたものである. すべての概念を集合として定義するための措置である.
$\{1,2\}\times\{1,2,3\}=\{(1,1),(1,2),(1,3),(2,1),(2,2),(2,3)\}$である.
直積の性質は写像という概念を使って記述するのが良いと思われるため, 次の章に回す.
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ラッセルのパラドックスについて紹介しておこう.
すべての集合を要素に持つ集合は存在しない.
すべての集合を含む集合$X$があったとする. するとその部分集合として次のような集合を定義することができる.
$$ \{A\in X\mid A\notin A\} $$
この集合を$Y$と書くと, 任意の集合$A$について$A\notin A$と$A\in Y$が同値であることになる. しかし$A=Y$とすると$Y\notin Y$と$Y\in Y$が同時に成り立つことになり, 矛盾である.