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大学数学基礎解説
文献あり

e^π が超越数であることの証明 (1)

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$$\newcommand{abs}[1]{\left\lvert#1\right\rvert} \newcommand{floor}[1]{\left\lfloor#1\right\rfloor} \newcommand{mmod}[1]{\ \left(\mathrm{mod}\ #1\right)} \newcommand{rank}[0]{\mathrm{rank}} \newcommand{wenvert}[1]{\left\lvert\left\lvert#1\right\rvert\right\rvert} $$

近日中に転居するためその準備をしていた折に「第5回超越数論研究集会報告集 1996年12月3-5日 於学習院創立百周年記念会館」という報告集が目に入り、読み返していたところ、Y. Nesterenko氏の講演をもとに田中孝明氏が書き起こした「$e^\pi$ の超越性について」という論文 [1] が目に留まった。

以前の記事でも触れたが $e^\pi=(-1)^{-i}$ とあらわされるから、Gelfond-Schneiderの定理によりこの数は超越数であることは、超越数論における有名な結果のひとつだが(たとえば Sep氏の記事を参照 )、Gelfond-Schneiderの定理の証明は(現在ではCauchyの定理よりも高等な道具を用いずに可能であるものの)補助関数の構成・評価などにかなりの量の計算を要する。
 これに対して、「$e^\pi$ の超越性について」では、van der Monde型の行列の性質と正則関数の最大値原理から、$e^\pi$ が超越数であることの簡潔な証明を与えている。
 しかし、この $e^\pi$ の超越性の証明は論文として出版されていることが管見の限り確かめられなかった。そこで、ここでその証明を紹介したい。

なお、この $e^\pi$ の超越性の証明自体が論文として出版されていることは確認できなかったが、その証明のアイディアを利用して、$2$変数の代数的数の対数の$1$次形式の下からの評価を行ったNesterenkoを含む共著論文 [2] が出版されている。本記事では、一部 [2] の議論も取り入れて、[1] の証明を紹介したい。

証明の方針

多項式 $P(x)$ に対して、多項式の係数の絶対値の最大値を多項式の高さといい $\mathrm{h}(P)$ であらわすことにする。

ある数 $\zeta$ が超越数であることの証明は、 $P(\zeta)$$0$ ではないが非常に小さくなる(かつ高さと次数が非常に大きくはならない)ような整数係数の多項式 $P$ を構成することが通常である。
(たとえば $P$ が整数係数の$1$次式である場合、$\zeta$ が代数的数ならば、Thueの定理から、任意の $\epsilon>0$ に対して $P(\zeta)>c h(P)^{-1-\epsilon}$ となる($\zeta, \epsilon$ に依存するが $P$ には依存しない)定数 $c>0$ が存在する。よって $\delta>0$ をうまくとったときに $P(\zeta)< h(P)^{-1-\delta}$ となる1次式 $P$ で、高さがいくらでも大きなものが存在することを示すことができれば $\zeta$ は超越数であることが示せる)

$e^\pi$ の超越性を証明するには、次のことを証明する。

十分大きな任意の整数 $N$ に対して、

$$\deg A_N\leq N^9, \mathrm{h}(A_N)\leq N^{4N^9}, 0<\abs{A_N(e^\pi)}\leq e^{-N^{10}}\ \ \ \ \cdots (1)$$

となる整数係数の多項式 $A_N$ が存在する。

これが証明できたとする。$e^\pi$ が代数的数であると仮定し、 $f(e^\pi)=0$ となる整数係数の多項式 $f(x)=b_0 x^n+b_1 x^{n-1}+\cdots +b_n$ をとる。
 $f(x)$ は既約多項式としてもよい。というのは $f(x)$ が既約でないとき $f(x)=f_1(x) f_2(x) \cdots f_k(x)$ と既約多項式の積に分解すると $f_1(e^\pi) f_2(e^\pi) \cdots f_k(e^\pi)=0$ だから $f_i(e^\pi) (i=1, 2, \ldots ,k)$ のいずれかは $0$ となるからである。

$f(x)=0$ の解を $\zeta_1=e^\pi, \zeta_2, \ldots, \zeta_n$ とする。このとき $g(\zeta_j)=0$ となる $j$ が存在すれば $g(x)$$f(x)$ で割り切れることに注意する。実際 $\gcd(f, g)=f_0$ とおくと、$f(x)$ は既約だから $f_0=f$ または $1$ であるが、$f_0(\zeta_j)=0$ だから $f_0=f$ でなければならず、 $g(x)$$f(x)$ で割り切れなければならない。
 また、$n$変数の$j$次基本対称式を $s_j (1\leq j\leq n)$ とおく。

命題に挙げた多項式 $A_N$ がとれるような十分大きな整数 $N$ をひとつとり、$d=\deg A_N$ とする。さらに
$$a=b_0^{dn} \prod_{j=1}^n A_N(\zeta_j)$$
とおく。

$\prod_{j=1}^n A_N(x_j)$$x_1, x_2, \ldots, x_n$ に関する対称式だから
$$\prod_{j=1}^n A_N(x_j)=Q(s_1, s_2, \ldots, s_n)$$
となる $n$ 変数の整数係数多項式 $Q(y_1, y_2, \ldots, y_n)$ がとれる。左辺の各変数に関する次数の総和は $dn$ 以下だから、 $Q(y_1, y_2, \ldots, y_n)$ は各変数について $dn$ 次以下の多項式となる。

$$s_j(\zeta_1, \zeta_2, \ldots, z_n)=(-1)^j b_j/b_0 (j=1, \ldots, n)$$
だから
$$a=b_0^{dn} Q(-b_1/b_0, b_2/b_0, \ldots, (-1)^n b_n/b_0)$$
であるが、 $Q(y_1, y_2, \ldots, y_n)$ は各変数について $dn$ 次以下の多項式だから $Q(-b_1/b_0, b_2/b_0, \ldots, (-1)^n b_n/b_0)$ の分母は $b_0^{bn}$ で割り切れる。よって
$a$ は整数である。
 さらに、 $a\neq 0$ となる。実際 $a=0$ ならば $A_N(\zeta_j)=0$ となる $\zeta_j$ が存在するから $A_N(x)$$f(x)$ で割り切れなければならず、$A_N(e^\pi)=0$ となるが、これは $A_N$ の条件に矛盾する。

このことから $\abs{a}\geq 1$ となるが $A_N(x)=a_0 x^d+a_1 x^{d-1}+\cdots +a_d$ とおくと
$$\abs{A_N(\zeta_j)}\leq \sum_{i=0}^d \abs{a_{d-i}} \abs{\zeta_j}^i\leq (d+1) h(A_N)\max\{1, \abs{\zeta_j}^i\} \leq (d+1)h(A_N)(1+\abs{\zeta_j})^d$$
となるが (1) の条件から
$$\deg A_N\leq N^9, a_i\leq N^{4N^9} (i=0, 1, \ldots, d), 0<\abs{A_N(e^\pi)}\leq e^{-N^{10}}$$
となるから
$$\abs{a}\leq \abs{A_N(e^\pi)} \abs{b_0}^{dn} \prod_{j=2}^n\abs{A_N(\zeta_j)} \leq e^{-N^{10}} b_0^{nN^9} (N^9+1)N^{4N^9}(1+\abs{\zeta_j})^{N^9},$$
$n, b_0, \abs{\zeta_j}$ はいずれも $N$ には関係ないので、
$$e^{N^{10}}\leq (N^9+1)(c_1 N^4)^{N^9}$$
となる定数 $c_1$ がとれる。しかし $N$ はいくらでも大きくとれるので、これは矛盾である。

$A_N$ の構成

よって、(1) が成り立つような整数係数の多項式を構成することが課題となる。

まず、
$$0\leq r, s< N^3, 0\leq\lambda< N^4, 0\leq\mu< N$$
となる整数 $r, s, \lambda, \mu$ に対して
$$a_{\lambda, \mu}^{(r, s)}(x)=(r+si)^\lambda ((-1)^r x^s)^\mu$$
とおく。$M$
$$a_{\lambda, \mu}^{(r, s)}(e^\pi)=(r+si)^\lambda ((-1)^r e^{\pi s})^\mu=(r+si)^\lambda e^{-\mu\pi i(r+si)}$$
$(rN^3+s, \lambda N+\mu)$ 成分にもつ $N^6\times N^5$ 行列とする(行番号は $(r, s)$ によって一意に定まり、列番号は $(\lambda, \mu)$ によって一意に定まることに注意)。

ここで
$$\rank M=N^5\ \ \ \ \cdots (2)$$
であることが示されれば $M$ を構成する行ベクトルから $N^5$ 個の行ベクトルを選んで正則行列を構成することができる。
つまり $(r_i, s_i) (i=1, 2, \ldots, N^5)$ をうまく選んで
$$a_{\lambda, \mu}^{(r_i, s_i)}(e^\pi)$$
$(i, \lambda N+\mu)$ 成分にもつ $N^5\times N^5$ 行列を $\Delta$ とおくと
$$\wenvert{\Delta}\neq 0$$
となる。ところで $\Xi(x)$
$$a_{\lambda, \mu}^{(r_i, s_i)}(x)$$
$(i, \lambda N+\mu)$ 成分にもつ $N^5\times N^5$ 行列とすると $\Xi(x)$$x$ の多項式で $\Xi(e^\pi)=\Delta\neq 0$ となる。そこでこの多項式 $\Xi(x)$ が先述の多項式 $A_N(x)$ として適することを示せばよい。

以上から示すべきことは
$$\rank M=N^5\ \ \ \ \cdots (2) \ \ \ \text{(再掲)}$$

$$\deg \Xi\leq N^9, \textrm{h}(\Xi)\leq N^{4N^9}, \abs{\Delta}\leq e^{-N^{10}} \ \ \ \ \cdots (3)$$
である。

(つづく)

参考文献

[1]
Y. Nesterenko述, 田中孝明訳・記, $e^\pi$ の超越性について, 第5回超越数論研究集会報告集 1996年12月3-5日 於学習院創立百周年記念会館, 1996, pp. 58--63
[2]
Michel Laurent, Maurice Mignotte, and Yuri Nesterenko, Formes lin\'{e}aires en deux logarithmes et d\'{e}terminants d'interpolation, J. Number Theory, 1995, pp. 285--321
投稿日:2021422

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投稿者

tyamada
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1814
主に整数論について、よく知られた話題から、自身の研究に関することまで記事にしていきます。

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