この記事は
ゲージ対称性とは何か(3):ネーターの定理まとめ&コメント
の続きです。
これまで見たように、ゲージ理論には一意的な時間発展が存在しません。
これは物理学の理論としては困りものです。
初期条件を与えたらその後の時間発展は定まってもらわないと困ります。
そこで以下のように考えることにします:
内在する拘束以外に、更に拘束条件を手で課すことで、ゲージ理論の時間発展を1つに定める。
このとき、手で与えた拘束条件に依存しない量のみが観測される。
「拘束条件に依存しない量」を、「ゲージ不変量」とか「観測量」と言うことにしましょう。
拘束を手で加えることで系の時間発展は一意になります。
このとき拘束の仕方に$q,p$の時間変化は依存してしまいます。
しかし観測量の時間発展は、その拘束の仕方に依りません。
観測量でない量の時間発展が拘束に依存しても問題ありません。
というか、そうなってないと、ゲージ理論が自然を記述することはありえません。
電磁場の時間発展を記述するU(1)ゲージ理論は、世の中で実現されているゲージ理論のひとつです。この理論ではもちろん上記のことが成り立っています。そのうち扱います。
参考文献としてRef.[1][2]を挙げておきます。
もうすこし「時間発展が定まらない」ということに関して説明を加えておきます。
$q^i (i=1,\ldots,N)$で書かれているラグランジアン
$$
L=L(q^1,\ldots,q^N,\dot q^1,\ldots,\dot q^N)
$$
があるとします。あるうまい変換
$$
q\rightarrow q'
$$
が存在し、この新たな座標$q' (i=1,\ldots,N)$を使うと、ラグランジアンが
$$
L'=L'(q'^1,\ldots,q'^{N-R},\dot q'^1,\ldots,\dot q'^{N-R})
$$
と書けることがあります。すなわちこの系は実は$N-R$コの自由度で書ける系だということです。全自由度を残す書き方をすれば
$$
L'=L'(q'^1,\ldots,q'^{N-R},q'^{N-R+1}=0,\ldots,q'^{N}=0,\dot q'^1,\ldots,\dot q'^{N-R},\dot q'^{N-R+1}=0,\ldots,\dot q'^N=0)
$$
となる場合があります。
ゲージ対称性が存在するとき、このような事態が起きます。
結局、そもそもこの系は$N$自由度すべての時間発展を記述していないのです。
うまい変換$q\rightarrow q'$がわかればそれが明らかになります。
ヘス行列の階数が自由度分だけ存在しない場合、変数変換して、ラグランジアンに現れない自由度を捨てれば、時間発展は一意的になります。
または同じことですが、内的拘束条件を用いて要らない変数を消去し、残った変数でラグランジアンを書いてもよいです。
「時間発展が一意的でない」のは、すべての$q,p$の自由度を扱う立場からの話です。
しかし上のようなうまい変換$q\rightarrow q'$がいつでも見つかるとは限らないし、拘束条件から変数を消すのもなかなかに面倒な作業です。
また、このような方法では、一般論を展開しにくいです。
なのでゲージ理論の時間発展を求める際には
$q,p$で張られた$2N$次元の空間全体を扱い、拘束により$R$次元だけ縮減された$2N-R$次元の空間に運動を制限する(変数を消去しない)
ことを行います。
そしてこれはのちに見るように系統的に行うことが可能です(多少面倒ですが)。
前章のステートメントを、具体例で確認しましょう。
以下の例を考えます(Ref[1]P528):
$$ L=\frac{1}{2}\left(\frac{x\dot y-\dot x y}{x^2+y^2}\right)^2 $$
この系は以下のゲージ不変性を持ちます:
$$
\begin{align}
\begin{cases}
x&\rightarrow x'=x+\epsilon(t)\dfrac{x}{\sqrt{x^2+y^2}},\\
y&\rightarrow y'=y+\epsilon(t)\dfrac{y}{\sqrt{x^2+y^2}} \tag{1}
\end{cases}
\end{align}
$$
$\epsilon(t)$は時間の任意の関数です。
実際この変換で
$$
\begin{align}
\begin{cases}
x^2+y^2&\rightarrow (\sqrt{x^2+y^2}+\epsilon)^2,\\
x\dot y-\dot x y&\rightarrow (x\dot y - \dot xy)\dfrac{(\sqrt{x^2+y^2}+\epsilon)^2}{x^2+y^2}
\end{cases}
\end{align}
$$
となるので、上記不変性は明らかです。
これは一見複雑な変換にも見えますが、極座標に移れば明らかです。極座標におけるラグランジアンは
$$
L'(\theta,\dot \theta)=\frac{1}{2}\dot \theta^2
$$
です。全自由度を残す書き方をすれば
$$
L'(\theta,\dot \theta,r=0,\dot r=0)=\frac{1}{2}\dot\theta^2
$$
とも書けます。このことから$r\rightarrow r+\epsilon(t)$に対する系の不変性がわかります。
結局、この系は$r$の運動を記述しておらず、$x^2+y^2$で記述される自由度は任意になります。
よって$x,y$で書かれた系の運動は一意的でないことがわかります。
この理論が世界を記述するなら、$\theta$方向の1次元運動のみが世界の真実です。
$r$まで含めた空間を考えたとしたら、$r$方向にどのような運動をしていても知ったことではありません。
これは、$x,y$座標において、$x$-$y$平面を俯瞰するのではなく、平面の原点に立ちその平面内で点粒子の運動を眺めているようなものです。
点粒子は遠近感がわからないため、角速度$\dot \theta$が等しい運動はこの観測者には見分けがつきません。
このように、ゲージ理論では、座標(=観測者のみる立場)をうまくとると系の運動の本質のみ抜き出せます。
これはまた
「ゲージ変換に対する同値関係による同値類の商空間を考える」
ことが、ゲージ理論を取り扱う際に重要であることを示します。
さて、このような観測者には$r$方向の運動がどうであろうと同じにみえるのですから、
そちらの軌道は適当に決めてやりましょう。いわば上記商空間の代表元をとってくるようなものです。
$r=1$として円上の軌道を取るのが最も簡単です。
でも、もっとほかの軌道$r(\theta)=0$でもいいです。
これを決めてやれば、ラグランジュ方程式を解いて$\theta(t)$を求めれば、$r(\theta(t))$も定まります。こうして$x,y$座標でも運動が一意に定まります。
これがゲージ固定です。
ちなみに$\theta(t)$の時間発展は簡単に求められ
$$
\theta(t)=at+b \ \ \ (a,b{\rm は初期条件により定まる定数})
$$
となります。
ここで以前導出したネーターの第2法則を前章の具体例で確認しておきましょう。
ここでは以前の記事と表記を一緒にするため
$$
x\rightarrow q^1, \ y\rightarrow q^2
$$
とします。指数と上付きindexが判別しづらいですがご容赦ください(指数の方が上に書かれる)。
Eq.(1)より
$$
\begin{cases}
\delta q^1(t)=\epsilon(t)\phi^1(q),\\
\delta q^2(t)=\epsilon(t)\phi^2(q),
\end{cases}
\\
\phi^1(q)=\frac{q^1}{\sqrt{{q^1}^2+{q^2}^2}}, \ \ \phi^2(q)=\frac{q^2}{\sqrt{{q^1}^2+{q^2}^2}},\\
\psi,\tau=0,\\
\zeta,\eta=0
$$
です。以前導き出したネーターの第2定理のひとつの式
$$
p_i\phi^i_\alpha-\tau_\alpha E-\zeta_\alpha+[L]_i\psi^i_\alpha\equiv 0
$$
に上記を入れると
$$
p_1\phi^1+p_2\phi^2\equiv 0
$$
となり、これは
$$
p_1q^1+p_2q^2\equiv 0 \ \ \ \tag{2}
$$
を導きます。
一方、具体的な計算をすると、$p_1,p_2$は
$$
\begin{pmatrix}
p_1\\
p_2
\end{pmatrix}
=
\frac{1}{{q^1}^2+{q^2}^2}
\begin{pmatrix}
{q^2}^2 & -q^1q^2\\
-q^1q^2 & {q^1}^2
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\dot q^1\\
\dot q^2
\end{pmatrix}
$$
左から$(q^1 q^2)$をかけると
$$
p_1q^1+p_2q^2=0
$$
がわかります。これはEq.(2)です。
ということで、ネーターの第2定理が確かめられました。
今後、拘束系・ゲージ理論を正準形式によって扱うことにします。
今まで主に扱ってきたLagrange形式は、$q,\dot q$を用いて話が展開されています。E-L eqs.はこれらの微分が含まれるので、$\ddot q$を含みます。この2階微分方程式を解くことで時間発展が求まります。
次元が$d$, 粒子数が$n$ならば、粒子の自由度は$d\times n$であり、これらの連立方程式を解くことになります。
これに対し正準形式は、自由度を倍化します。座標と運動量$q,p$を独立変数だとみなし、そのかわり運動方程式も倍にします。具体的には、$q,p$の運動は正準方程式
$$ \dot q=\frac{\partial H(q,p)}{\partial p},\\ \dot p=-\frac{\partial H(q,p)}{\partial q} $$
に従います。$H(q,p)$はハミルトニアンと呼ばれる量で、系のエネルギーを$q,p$で書いたものです。
Lagrange formalismでは自由度が$d\times n$でしたが、canonical formalismでは$2\times d\times n$です。
この形式の良い点のひとつは、方程式の左辺にしか時間の1階微分が現れないことです。
右辺に微分は現れません。
しかも左辺は$\dot q=\cdots, \dot p=\cdots$という、大変扱いやすい形になっています。
このことにより非常に見通しのよい議論を展開することができます。
最初の方でも述べましたが、一般には$q'$のような座標を見つけたり、または拘束条件から変数を消したりするのは見通しがよくありません。特に変数を消すと対称性も見えにくくなったりします。
そもそも一般論を展開しにくいです。
そこで、このような作業を、具体的な座標変換に依存せずに議論していきます。
そのために、変数を消すのではなく、Lagrangeの未定乗数法を用いて拘束を取り入れます。
運動の原理も極小問題であることから、Lagrangeの未定乗数法が使えます。
ここで、非常に大雑把に、正準理論におけるゲージ理論・拘束系の取り扱いを述べておきます:
という感じです。ちなみにこれは、「第1次拘束条件だけでなく、それらの時間発展との整合性から導かれる拘束条件(第2次拘束条件)も同等に扱ってよい」という「Diracの予想」に基づいた方法の概要です。これらの拘束をLagrangeの未定乗数法でハミルトニアンに加えたものを$H_E$と書き、この形式のことを「$H_E$形式」と呼んだりします。
長くなるので、今回はここまでにしておきます。
次は拘束系・ゲージ理論を扱う一般論である「Diracの方法」に関して話そうと思います。
☆次の記事: ゲージ対称性とは何か(5): Diracの方法