この記事では
前回の記事
に引き続き超幾何数列の基本事項についてまとめていきます。
前回の記事ではproperな超幾何数列
というタイプのcreative telescopingができることを示しました。そして今回の記事ではこの最たる例として
というタイプのcreative telescopingができる場合に関する手法Wilf-Zeilberger method、略してWZ methodについて解説していきます。
いま(properな)超幾何数列
があったとしましょう。このときこの右辺は一階の漸化式
を満たすので、Zeilberger's methodによって得られる
という
のような形になると期待できます。
そして、驚くべきことに、実際それが多くの場合において成り立つということが経験的な事実として知られています。特にこのとき
とおくと
という等式が成り立つことに注意しましょう。
このように
を満たすような超幾何数列の組
のような等式を示す手法のことをWZ methodと言います。
を満たすことを言う。
ちなみに
いま与えられた超幾何数列
に対して
Gosper's algorithm
を実行するだけで解決します。
また上での議論を踏まえると与えられた超幾何数列
またWZ-pairの構成に関するより一般的な方法としてMarkov-WZ methodというものも知られていますがそれについては 次回の記事 にて詳しく解説しようと思います。
に関するWZ-pairを構成せよ。
前回の記事
の問題3から
とおくと
が成り立つのであった。
したがって
および
とおくとこれはWZ-pairとなる。
に関するWZ-pairを構成せよ。
前回の記事
の問題3と同様にして
という方程式が得られ
とおき
と求まる。このとき
が成り立つ。
また
を解くと
と求まるので
とおくとこれはWZ-pairとなる。
上でも言及したようにWZ methodの基本的な使い方として
というタイプの等式を示すことが挙げられます。
このような等式は
の両辺を
となることを仮定すれば
が成り立つことから導けます。
ところでproperな超幾何数列とは
と表せるようなもののことを言うのでした。ここで適当な条件下においてこの右辺を
から
を導くことができます。
これはCarlsonの定理から直ちに従います。
を満たすとき、
仮定より
とおくと
が成り立つので
が成り立つので
いま
例えば
という因子を持つとき、
と求まり、したがって任意の
が成り立つ、といった議論をすることができます。
またWZ methodのもう一つの使い方として級数同士の等式
を量産するということが挙げられます。
これにはWZ-pairのなす差分形式というものがいわゆる"渦なし"であることが重要となります。
差分形式
に対し、グリッド上の単位経路
における和分を
によって定める。
差分形式
がWZ形式(WZ form)であるとは
WZ form
が成り立つ。
単位正方形に分割することによって経路
の場合について示せば十分であり、その場合は
とわかる。
このことは渦なし場
においてGreenの定理より
が成り立つことの類似となっています。
ちなみにより一般的な事実として
離散版Stokesの定理
というものも知られています。
いま適当な閉経路における和分を考えることで例えば次のような変換公式が得られます。
WZ-pair
を満たすとき
が成り立つ。
階段状の閉経路
を考えると
が成り立つことからわかる。
またこの階段の各辺の長さを変えることでこの公式は次のように一般化できます。
WZ-pair
を満たすとき、任意の正整数
が成り立つ。
例えば
のような式が成り立ちます。
他にも様々な経路の取り方を考えることで色々な変換公式が得られます。例えば次のような有限和の等式なども興味深いですね。
WZ-pair
が成り立つ。
経路
さて御託を並べるのはこのくらいにして、ここからは実際の応用例について見ていくこととしましょう。
まずはラマヌジャンの円周率公式、の中でも簡単なもの
を証明してみましょう。
これはEkhad-Zeilbergerによって次のように一般化されています。
とおくとこれはWZ-pairとなる。したがって
であり
となるので
を得る。
ちなみにその他の円周率公式にも同様の一般化が得られており、それらの公式については この記事 にてそれとなくまとめています。
次にApéryによる
をWZ methodによって証明してみましょう。
というWZ-pairに対しZeilbergerの定理
を適用すると
が成り立つことからわかる。
また類似のWZ-pairを用いることで
というWZ-pairに対しZeilbergerの定理
を適用すると
より
が得られる。また
に注意すると主張を得る。
さらに上の問題2として求めたWZ-pair
を用いると次のような公式が導かれます。
上のWZ-pairに対しZeilbergerの定理
を適用すると
が成り立つことおよび公式3からわかる。
以上がWZ methodの概要となります。
見ての通りWZ methodは自由変数のある与えられた級数
の値を求めたり加速級数に変形したりするのには使えますが、自由変数のない級数
に対して適当なWZ-pairを探し出し、その性質を調べようとするのには向いていないと思います。
ただそのような点に目を瞑れば、WZ methodは主に超幾何関数にまつわる多くの等式を(機械的に)示す上で非常に重要な手法であり、また無作為に取ってきた超幾何数列
私もWZ methodについてそこまで詳しいわけではないので、また面白い話を見かけたら続きの記事でも書こうと思います。とりあえず個人的に掲げていた「WZ methodについて解説する」という目標は達成できたので今回のシリーズはこんなところで。
では。
ところでWZ form
とはいわゆる"渦なし"の差分形式であったのでこれに関するポテンシャルという概念を考えることができます。
数列
のポテンシャルであるとは、その偏差分が
を満たすことを言う。
特に経路
は
また逆に任意に数列
を取るとこれらは
を満たします。
特に
という関数の"勾配"を考えることで新たなWZ-pairを構成することができます。
例えば
とおくと
より
というWZ-pairが得られます。
だから何だという感じではありますが、たまに役に立つので豆知識程度に覚えておくといいと思います。