※本記事は
コッホ曲線とくりこみ群
の続きです。でも読まなくても基本大丈夫だと思います。
※自然単位系を採用しています:$\hbar=1, c=1$
コッホ曲線とくりこみ群
では、くりこみ群のコンセプトを、コッホ曲線を通じて説明しました。
本記事では、その応用として、格子正則化により摂動的に計算したクォーク間ポテンシャルにくりこみ群を適用することにより、走る結合定数を計算します。そしてpure Yang-Mills理論(=クォークのない非可換ゲージ理論)が漸近的自由であることを確認します。Yang-Mills理論に関しては
この記事
をご参照ください。
本記事の「走る結合定数」とは、Yang-Mills理論に存在する相互作用の強さを表すパラメータ「裸の結合定数$g_0$」が、格子正則化した際の格子間距離$a$に依存して変化するようにしたものです。その意義等はおいおい説明していきます。
以下、走る結合定数をRC(Running Coupling constant)と略します。
まず コッホ曲線とくりこみ群 の記事の内容をまとめておきます:
前回は実際に$g_0(a)$を求めることはしませんでした。今回は$H$としてクォーク間ポテンシャルを用いることで(物理量なら何でもよいのですが)、Yang-Mills理論の$g_0(a)$を求めます。
クォークとは、Yang-Mills理論における、ゲージ群の基本表現の電荷をもつ粒子です。(量子)電磁気学で言えば電子に対応する存在です。クォーク間ポテンシャルは、クォークと反クォークを$R$だけ離して固定した時の系のポテンシャルエネルギーです。ふつうクォークというとゲージ群がSU(3)の場合のフェルミオンを指しますが、ここでは一般にSU(N)ゲージ理論におけるフェルミオンをクォークと呼ぶことにします。
比較として、電子(電荷e)と反電子(電荷-e)を$R$だけ離して固定したときの古典的なポテンシャル$V$を考えます。このとき$V$はご存知のとおり
\begin{align}
V(R)=-\frac{e^2}{4\pi}\frac{1}{R}
\end{align}
と書けます。これはいわゆるクーロンポテンシャルです(図1)。
クーロンポテンシャル$V(R)$
古典的なクォーク間ポテンシャルは、上記クーロンポテンシャルの係数を変えたものです。電磁気学のゲージ群はU(1)ですが、Yang-Mills理論ではSU(N)のゲージ群を考えます。クォーク・反クォークの場合、様々な電荷の組み合わせ(表現)が可能なのですが、「カラー閉じ込め」という性質のため、一重項と呼ばれる組み合わせのみが物理的です。この組み合わせに対する古典的なクォーク間ポテンシャルは
\begin{align}
V^{\rm C}_{q\bar q}(R)=-\frac{g_0^2}{4\pi}C_2(F)\frac{1}{R}
\end{align}
で与えられます。ここでポテンシャルにつけたCは古典的なポテンシャルであることを示します。$g_0$は理論の結合定数で、ゲージ場同士の結合の強さを表しており、電磁気学の$e$にあたります。$C_2(F)$はfundamental second-order Casimir invariantと呼ばれる量で$C_2(F)=(N^2-1)/2N$です。係数の違いはあれど、古典論では電子間もクォーク間もどちらもクーロンポテンシャルです。
ひとつコメントです。最初に「クォークのないYang-Mills理論」と言ったのに、クォーク間ポテンシャルを考えるとはどういうことだ!と思われるかもしれません。ここで導入したクォーク・反クォークペアは、これはあくまで外場として、固定された電荷として存在しています。これら以外に理論にクォークは入っていません。
次に量子補正を取り入れます。
場の量子論における量子補正とは、仮想粒子の生成・消滅の効果のことです。図3において、ぐるぐる線はゲージ場の伝播を表すのですが、右下の図では、1つのゲージ場が2つに増え、また1つに戻っています。このように、粒子は常に生成・消滅を繰り返しています。ところが、この効果を取り入れると、図3下2つのようなループをなすダイアグラムにおいて発散が起こります。発散を取り除くために「くりこみ」という手続きを行います。その際正則化という「発散のカットオフ」が必要です。正則化にはいくつか方法があるのですが、ここでは格子正則化を用います。これは時空を格子状に区切り、各点の間隔を$a$とすることで発散を有限化する正則化です(図2)。$a$が有限なら、発散は起こりません。くりこみを行い、発散する部分を除去したのち、最終的に$a\rightarrow 0$($R$は固定)の極限をとります。この極限を「連続極限」と呼びます。
格子正則化。時空を格子状に区切る。クォーク・反クォークを$R$だけ離して置き、ポテンシャルを計算する
しかしRCを計算する限りにおいて、くりこみを行う必要はありません。格子間隔$a$、クォークの間隔$R$、およびYang-Mills理論がもつ結合定数$g_0$に依存するクォーク間ポテンシャル$V(R,g_0,a)$を計算すればそれで十分です。詳細はすべて省きますが、ポテンシャルは以下の計算で求めることができます:
$$
V_{q\bar q}(R)=-\lim_{T\rightarrow \infty}\frac{1}{T}\log\left\langle
{\cal P\exp\left(ig_0\int_C dz_\mu A^\mu(z)\right)}
\right\rangle
$$
積分の経路$C$は空間方向の長さ$R$、時間方向の長さ$T$の四角い経路です。$A^\mu$はゲージ場、$\cal P$は経路に沿った積を取ることを意味します。$\langle \cdots \rangle$は真空による期待値を表します。期待値の中のoperatorはWilson loopと呼ばれます。これを正則化して計算し、最終的に連続極限を取ればよいです。
と言うは易いのですが、このWilson loopの期待値、任意の$R$の値での連続極限における解析計算には今のところ誰も成功していません。
そこで、摂動的にこれを計算します。摂動計算とは、相互作用がない場合の状態の完全系を用いて、$g_0$の次数ごとに相互作用の効果を取り入れる方法です。$g_0^4$までのオーダーで、格子正則化により、図3のダイアグラムを計算します。四角の横方向が空間方向で幅が$R$、縦方向は時間方向で幅が$T$です。その結果は以下になります(Ref.[1-3]):
$$
V_{q\bar q}(R,g_0,a)\approx -\frac{g_0^2}{4\pi R}C_2(F)\left[
1+g_0^2\frac{11N}{24\pi^2}\ln\left(7.501\frac{R}{a}\right)+\frac{1}{4}g_0^2C_2(F)
\right] \tag{2}
$$
クォーク間ポテンシャルの4次のオーダーで考慮すべきダイアグラム(Ref.[1] P123 Fig.9-2)。ぐるぐる線はゲージ場の伝播を表す。
この計算は大変なので(私は計算したことありません。Ref.[1] Eq.(9.8)をそのまま書き記しました)、ここではこれを受け入れ、話を続けます。図4が$V(R,g_0,a)$のグラフです。
古典的なクォーク間ポテンシャル(青線)と、摂動的に量子効果を入れたEq.(2)のポテンシャル(赤線)。$N=3, g_0=0.5, a=0.5$に設定。
もうひとつ注意です。上記ポテンシャルは摂動論で求めているため、短距離でのみ正しいです。実際には$R$が大きいところでは非摂動的効果が大きく効き、全体としてクーロン力に線形に増加するポテンシャルが足された形
$$
V(R)=-\frac{\alpha}{R}+\sigma R \ \ \ (\alpha: \text{Coulomb coefficient}, \ \ \sigma:\text{string tension}\sim 1\text{GeV/fm for SU(3)} )
$$
になることが、数値計算により確かめられています。
くりこみ群を用いて$g_0$の$a$依存性を求めます。
Eq.(1)で$H$をEq.(2)の$V$に置き換え、人工的に導入した$a$に$V$が依存しない条件より、くりこみ群方程式
$$
a\frac{\partial}{\partial a}V(R,g_0,a)-\beta\frac{\partial}{\partial g_0}V(R,g_0,a)=0, \ \ \ \beta:=-a\frac{\partial g_0}{\partial a}\tag{3}
$$
を得ます(Callan-Symanzic方程式と呼ばれます)。ここでちょっとした事情から$\beta$の符号はEq.(1)とは逆にしました。これに具体的な$V$の表式を代入し、結合定数のカットオフ依存性$\partial g_0/\partial a$を求めます。
最初の項は
$$
a\frac{\partial}{\partial a}V(R,g_0,a)=D\frac{g_0^4}{R}, \ \ \ \ \ \ D:=\frac{C_2(F)}{4\pi}\frac{11N}{24\pi^2}
$$
です。第2項は
$$
-\beta\frac{\partial}{\partial g_0}V(R,g_0,a)=B\beta\frac{g_0}{R}+B\beta\frac{g_0^3}{R}f(R,a), \ \ \ \ \ B:=\frac{C_2(F)}{2\pi}
$$
となります。$g_0$が小さいとして、$\beta g_0^3$は無視すると、くりこみ群方程式より
$$
\beta=-\frac{D}{B}g_0^3=-\frac{11N}{48\pi^2}g_0^3\\
\therefore a\frac{\partial g_0}{\partial a}=\frac{11N}{48\pi^2}g_0^3
$$
を得ます。これを解くと
\begin{align}
\int^{g_0}_{g_0^*}\frac{1}{g^3}dg &=\beta_0\int^a_{a^*} \frac{1}{a'}da' \ \ \ \ \left(\beta_0:=\frac{11N}{48\pi^2}\right)\\
\log a&=-\frac{1}{2\beta_0}g_0^{-2}-\alpha \ \ \ \ \left(\alpha=-\frac{1}{2}(g_0^*)^{-2}-\log a^*\right)\\
\therefore a&=\frac{1}{e^\alpha}e^{-\frac{1}{2\beta_0 g_0^2}}:=\frac{1}{\Lambda_L}e^{-\frac{1}{2\beta_0 g_0^2}}
\end{align}
となります。$\Lambda_L$は積分定数ですが、(自然単位系において)質量と同じ次元を持ちます。
$g_0^2(a)$について解けば
$$
g_0^2(a)=\frac{g_0^{*2}}{1-2g_0^{*2}\beta_0\log(a/a^*)}\tag{4}
$$
となります。
$g_0$と$a$の関係を図示したのが図5です。$g_0$が小さく、摂動論が有効な場合を考えます。$\beta$が負なので、$g_0$はaの増加関数であり、$a\rightarrow0$で$g_0$は小さくなります。またEq.(4)より、$a\rightarrow 0$で$g_0\rightarrow 0$になり、またこの極限で$\beta\rightarrow 0$です。$\beta$は$g_0$の$a$に対する増加率なので、これがゼロになるということは、$g_0$の"running"が止まるということです。このように$a\rightarrow 0$でパラメータのrunningが止まり、ある極限値をもつ点を、UV(Ultra Violet)のfixed pointと言います。Yang-Mills理論はUV fixed pointを持ち、そこで$g_0=0$となります。
漸近的自由な理論における$g_0(a)$(概念図であり、適当なグラフです)
この事実は次の描像を与えます(図6): 何か$R$のスケールを持つ量があり、それを格子上で計算することを考えます。$a$をどんどん小さくします。それに応じて結合定数を適切に小さくします。$R$は固定されているので、格子の数は多くなり、その量に影響する格子点はどんどん多くなります。相互作用は弱くなるが、たくさん積み重なり、2つの効果はバランスします。結果、どんな$a$で計算しても、その量は(近似の範囲内で)一定になります。
格子間隔を変えるとともに$g$を適切にスケールすると、同じ物理量を得る
$a$は人工的な量であり、本来世の中は連続的なはずです。よって$a$は十分小さくしないと正しい計算にはならないです。また、$g_0$は別に$a$に依存する量でもないはずです。しかし、くりこみ群により得られた$g_0(a)$を用いると、大きな$a$=粗い格子を使っても、比較的正しい結果が得られます。このようなコンセプトは、例えばQCDの数値計算で、粗い格子(計算量が少なく計算しやすい)における計算のimproveに使われることがあります。
上記ポテンシャルの計算は大変ですが、しかし一旦この量を得てしまえば、RCは直ちに求まります。そして格子正則化のひとつのメリットは、くりこみ群の意味が非常にわかりやすいことです。「$a$より小さなスケールを無視した「しわよせ」を$g_0$におしつけることで、物理量が$a$に依存しないようにする」のがくりこみ群方程式の意味であることが明白であり、コッホ曲線の記事で議論したくりこみ群の話と完全に並行した議論になります。一方、連続極限において、例えば次元正則化を使ってRCを計算する場合は、もうすこし込み入った議論が必要になります。
理論がUV fixed pointをもち、そこで$g_0=0$となるとき、理論は「漸近的自由(asymptotic free)である」と言います(注)。1970年代初頭に、強い相互作用の基礎理論がQCD、すなわち「Yang-Millsのゲージ群がSU(3)の理論」であることが確立しました。このとき決定的だったのが、Politzer、Gross・WilczekによるQCDの漸近的自由性の証明でした(Ref.[4][5])。2004年のノーベル物理学賞の対象がこの証明であったことは、漸近的自由性の大切さを物語っています。なぜこれが大切なのかというと、漸近的自由性が、強い相互作用の実験で見つかっていたBjorken scalingと呼ばれる重要な性質を導くからです。漸近的自由な理論はなかなか見つからなかったのですが、最終的にRef.[4][5]によりYang-Millsがそのような理論であることがわかりました。実は漸近的自由な理論は、Yang-Millsくらいしかないことが知られています(Ref.[6])。
付け加えると、Bjorken scalingは高エネルギー極限で成立し、有限のエネルギーでは破れます。その破れまで含め、QCDは定量的に実験を再現します。 ScholarpediaのBjorken scalingのページ の下の方のFig.4を見てみてください。図が何を意味するかはさておき、点(実験データ)と線(QCDの予言)が非常によくあっていることがわかります。この定量性こそが、QCDが強い相互作用の基礎理論である1つの大きな証拠です(※)。
ところでちょっと不思議に思えることがあります。$g_0$という次元のない量が、なぜ次元をもつ量$a$に依存できるのでしょうか。pure Yang-Mills理論は次元をもつパラメータがないので、$a$を次元のない量にするためのスケールが存在しません。ということは、どうやっても次元なしの$a$の関数を作ることができないように思えます。
Eq.(4)をふりかえります。$\log$の中に$a$が存在しますが、これは初期条件の$a^*$という次元をもつ量で割られています。この初期条件が、理論に存在しなかった新たなスケールを導入し、$g_0(a)$なる関数を可能にします。ただ、$a^*$は任意に選べるので、これだけでは特定のエネルギースケールが導入されたわけではないように思えます。
Eq.(4)の3行上の式より
$$
\Lambda_L=\frac{1}{a}e^{-\frac{1}{2\beta_0 g_0^2}}
$$
が成立します。右辺は一見$a$に依存しているように見えます。しかし導出を見ればわかるように、$\Lambda_L$は次元をもつ定数です。よって右辺の$a$依存性が打ち消し合って定数となっています。$a^*$は任意に選べるのに対し、$\Lambda_L$は任意ではなく定まった量であり、量子化により新たに生じた理論のスケールです。これは理論だけでは定まらず、実験から定める必要があります。
このように、次元なしの$g_0$を次元のある$a$で書き直すことができることを指して「次元転移(dimensional transimutation)」と呼びます。
ポテンシャルに対するくりこみ群方程式をもう一度眺めます。
計算を追ってみると、$\beta$関数が$0$でないという「異常事態」が起き、結合定数が走る理由は、ポテンシャルに$\log(R/a)$という項があるからです。もし正則化をせず$a$というスケールをもつ量がなければ、こんな項は存在できません。よくよく考えてみれば、$a$がなければポテンシャルは次元解析によりクーロン力にならざるを得ません。クーロン力は古典論においてスケールを持つパラメータがないことの結果であり、必然です。
このことからも、正則化が次元転移に重要なことがわかります。
量子化の際に正則化を行うことで、古典論には存在しない、格子間隔$a$のような次元をもつ任意定数が導入されます。さらに$a$と$g_0(a)$を組み合わせることにより、次元を持つが$a$に依存しない定数を作り出すことができる。これらが次元転移が起こる理由かと思います。
対称性の観点から言えば、古典論ではYang-Mills理論はスケール不変性を持ちますが、量子化によりそれが破れます。一般に、古典論は存在した対称性が量子化で破れる現象を「量子アノマリー」「量子力学的対称性の破れ」などと呼びます。
今回は、格子正則化において摂動的に計算したYang-Mills理論のポテンシャルに繰り込み群方程式を適用することにより、走る結合定数(RC)を計算しました。そしてpure Yang-Mills理論が漸近的自由性をもつことを確認しました。さらに次元転移という、量子論で新たにスケールが生まれる現象に言及しました。
RCは連続極限の場の量子論において、くりこみを行うことにより求めるのが普通です。一方、本記事では、格子正則化における摂動的ポテンシャルにくりこみ群を適用することでそれを求めました。この方法だと、くりこみなどやっかいなことを考えることなく、非常に簡単にRCを計算することができます。また、くりこみ群の意味がとてもわかりやすく教育的なこともメリットです。
おしまい。${}_\blacksquare$
(注) 連続極限の摂動計算では、ゲージ場の三点関数の結合定数をくりこんだ量$g_r(\mu)$($\mu$:外線の典型的なエネルギースケール)が、$\mu\rightarrow \infty$においてゼロに近づくとき、漸近的自由と呼ばれます。これは格子正則化における裸の結合定数$g_0(a)$のrunningとは一見違います。しかし実は、格子上の$g_r(R)$のrunningが、本記事の摂動の次数の範囲内で、$g_0(a)$のそれと同じであることが示せます(Ref.[1]のP125-128、またRef.[7]P89・90に、これに関する議論があります)。$\mu\sim R^{-1}$なので、$R\rightarrow 0$は$\mu\rightarrow \infty$に対応し、この極限で$g_r(\mu)\rightarrow 0$になります。すなわち、$a\rightarrow 0$のとき$g_0(a)\rightarrow 0$となるなら、$\mu\rightarrow \infty$で$g_r(\mu)\rightarrow 0$となります。よって、本記事での漸近的自由性は、連続極限での漸近的自由性と対応することがわかります。
(※) 余談ですが、2021年ノーベル賞を受賞されたG.Parisiさんは、共同研究者のAltarelliさんと共に、Bjorken scalingとQCDを結びつける重要な研究を行いました(Ref.[8]等)。ですが、ノーベル賞の受賞対象は、基本的にはスピングラスという物性物理学の研究、また気象に関する理論的な研究など、複雑系に関連するものです。しかし、QCDが強い相互作用の基礎理論であることの解明にParisiさんが多大な貢献をされたことは、受賞対象の研究に負けず劣らず重要であり、記憶しておくべきことかと思います。