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大学数学基礎解説
文献あり

ゲージ対称性とは何か(8):Yang-Mills理論とDiracの方法

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この記事は
ゲージ対称性とは何か(7):U(1)ゲージ理論とDiracの方法
の続きです。

本記事では以下のnotationを採用しています:

  • {,}はPoisson括弧を表す。
  • μ,ν,ρ,は0から3の値をとり(0は時間成分)、i,j,k,は1から3の値をとる
  • metricはημν=diag(1,1,1,1)とする。よって空間の足の上げ下げは符号を変える
  • Fが時空xに依存していることを、F(x),Fx,Fxと表す
  • δbaはクロネッカーのデルタ。a=bのとき1, abのとき0
  • δ3(xy):=δ(x1y1)δ(x2y2)δ(x3y3)。ただしx1,2,3はそれぞれxx,y,z方向成分
  • A˙Aの時間微分。/xxによる偏微分、δ/δϕ(x)ϕ(x)による汎関数微分を表す
  • Poisson括弧の定義は以下:
    {F(x),G(y)}:=d3z(δF(x)δAμ(z)δG(y)δπμ(z)δF(x)δπμ(z)δG(y)δAμ(z))
    時間に関しては同時刻。Aaμ(x),πμa(x),はそれぞれゲージ場とその共役運動量(canonical momentum)。μはLorentzの足、aはSU(N)のadjoint表現の足(aは1からN21までとる)。

Yang-Mills理論

はじめに

前回はU(1)ゲージ理論(=電磁気学、Maxwell理論)にDiracの方法を適用しました。
今回はYang-Mills理論でこれを議論します。具体的には力学変数間のDirac bracketの計算、および運動方程式の導出をします。
最後にちょっとだけゲージ場の量子論について書きます。

Yang-Mills理論は豊富な(本当に様々な)物理的側面を持つのですが、それはまたいつか。

基本的なこと

SU(N)のYang-Mills理論は以下です:

Yang-Mills理論のLagrangian

L=14FμνaFμνa,Fμνa:=μAνaνAμa+gfabcAμbAνc
ここで
fabc: SU(N)の群の構造定数  (a,b,cは1からN21まで走るadjoint表現の足)
 g: 結合定数

SU(N)の構造定数とは、SU(N)の生成子をTaとすると
[Ta,Tb]=ifabcTc
を満たす定数です。ただし[A,B]:=ABBAは交換子です。fabcabおよびbcの入れ替えに対し反対称です:
fbac=fabc,  facb=fabc
gはゲージ場同士の結合の強さを表す定数ですが、古典的には理論に関係のない定数です。
それはA~μa:=gAμaとすると、
Fμνa=1gF~μνa,F~μνa:=μA~νaνA~μa+fabcA~μbA~νc
のように書けるので、1/gがLagrangian全体にかかるoverall factorとなり、運動方程式には影響しないことからわかります。一方で量子論ではgは重要です。
さらに理論にフェルミオンという場が結合してもよいのですが、ここではフェルミオンが存在しない"pure Yang-Mills理論"を考えます。

この理論は以下のゲージ変換:

ゲージ変換

(1)AμigUμU1+UAμU1
ここで
U:=exp(iθa(x)Ta),   θa(x):時空x=(t,x)に依存する任意関数Aμ:=AμaTa

の下で不変です。これは共変微分
(2)Dμ:=μigAμ
がEq.(1)のゲージ変換の下で
DμUDμU1
と変換し、さらに
Fμν:=ig[Dμ,Dν]
を用いてLagrangianが
14FμνaFμνa=12tr(FμνFμν)
と書けることから直ちに従います。

Diracの方法をYang-Mills理論に適用する

以下Diracの方法をYang-Mills理論(以下YMと略します)に適用します。

共役運動量(canonical momentum)、Hamiltonianの導出

Canonical momentumは
π0a:=LA˙0a=F00a=0,πia:=LA˙ia=Fi0a=iA0a0Aμa+gfabcAμbAνc
です。ϕ1:=π0a0は1次拘束条件です。
YM理論では"電場"はFi0aで定義します。よって
Eia=πia
です。つまり、U(1)と同様、canocical momentumが電場になります。
Hamiltonianは
H:=d3x πμaAμad3xL=d3x[12πiaπiaA0aDbiaπbi+14FijaFija]
となります。ここでDbia
Dbia:=iδbagfabcAic
です。これはEq.(2)の共変微分Dμにおいて、Taをadjoint表現(Ta)bc=fabcとした表式です。

力学変数同士のPoisson bracketは
{Aia(x),πjb(y)}=δjiδ3(xy)
です(時刻に関しては同時刻)。ほかはゼロです。

拘束条件を見出す

拘束条件を見つけていきます。
上記したとおり、1次拘束条件は
ϕ(1)a=π0a
です。ϕ(1)aの時間発展に対するconsistency conditionより
ϕ˙(1)a={ϕ(1)a,H}=Dbiaπib=iπiagfabcAicπib0ϕ(2)a=Dbiaπib
を得ます。Abelianのときはiπi0でしたが、微分が共変微分に代わりました。これは、YM理論では、電子のような荷電フェルミオンがなくとも、電場の湧き出しiπiaが存在することを意味します。この事実はゲージ場自体が"YM電荷"を持っていることを反映しています。

さらにϕ(2)aの時間発展によるconsistencyを調べます。
その際、すでに得られたϕ(1)aをHamiltonianに加えます:
H~=H+d3xλ1a(x)ϕ(1)a
そしてH~によるϕ(2)aの時間発展を調べると
ϕ˙(2)a={ϕ(2)a,H~}=gfabcϕ(2)bA0c
となります。すなわち、新たに拘束条件を加えずとも、ϕ(2)a0ならϕ˙(2)a0となり、時間発展とconsistentになります。
これで拘束を見出す作業はおしまいです。

以上より、Yang-Mills理論には2つの第1類拘束条件

YM理論の拘束条件

ϕ(1)a=π0a,ϕ(2)a=Dbiaπib.

が存在することがわかります。

拘束条件同士のPoisson括弧は以下です:

拘束条件間のPoisson brackets

{ϕ(1)a,ϕ(1)b}={ϕ(1)a,ϕ(2)b}=0,{ϕ(2)a,ϕ(2)b}=gfabcDdicπid=gfabcϕ(2)c0    (←これだけAppendixで計算しておきます),

すなわち
{ϕ(m)a,ϕ(n)b}0   (m,n1,2)
です。よってこれらは第1類拘束条件であり、運動が定まりません。つまりゲージ対称性が系に存在することを意味します。

ゲージ固定

第1類拘束条件を第2類拘束条件にするため、ゲージ固定をします。第1類拘束が2つあるので、それらの未定係数を決定するため2つゲージ固定が必要です。
ここではスタンダードなゲージ固定

temporal & Coulomb gauge

χ(1)=A0a,χ(2)=iAia

を採用します。これはU(1)の場合と同様のゲージ固定です。

これが運動を決定する(=未定係数が決定される)かどうかは、拘束条件及びゲージ固定条件の時間発展に対するconsistencyから導かれる、未定係数に対する係数行列Cが逆をもつか否かで判定できます。すなわち、決定されていない第1類拘束条件の未定係数が、ゲージ固定の時間発展のconsistencyから決まる条件は
Cαβ:={φα,φβ}(φαφα=1,2,3,4=χ(1)a,χ(2)a,ϕ(1)a,ϕ(2)a)
が逆をもつことです。
(このへんのことは 「ゲージ対称性とは何か(5):Diracの方法」 をご参照ください)
Cを計算するために必要な、拘束条件・ゲージ固定間のPoisson bracketsは以下です:

拘束条件・ゲージ固定間のPoisson brackets

{ϕ(1)a,ϕ(1)b}={ϕ(1)a,ϕ(2)b}=0,{χ(1)a,χ(1)b}={χ(1)a,χ(2)b}={χ(2)a,χ(2)b}=0,{χ(1)a,ϕ(2)b}={χ(2)a,ϕ(1)b}=0,{ϕ(2)a,ϕ(2)b}=gfabcDdicπid,{χ(1)a,ϕ(1)b}=δbaδ3(xy),{χ(2)a,ϕ(2)b}=(iDabi)xδ3(xy).

これより
C={φα,φβ}=(00δba0000iDabiδba0000iDabi0gfabcDdicπid)δ3(xy)
で、確かに逆をもち、逆行列は
C1=(00δba00gfabcDdicπid/(iDabi)201/(iDabi)δba00001/(iDabi)00)δ3(xy)
です。

力学変数間のDirac括弧の構成

(※ここから先の計算は、適切な文献が見つからなかったため、正しいか確認できませんでした。大きく違うことはたぶんないと思いますが、符号や足の付き方等違う可能性があります)

Dirac括弧を構成します。そのために必要なPoisson括弧の計算は以下です:

{Aμa,χ(1)b}={Aμa,A0b}=0,{Aμa,χ(2)b}={Aμa,iAib}=0,{Aμa,ϕ(1)b}={Aμa,π0b}=δ0μδbaδ3(xy),{Aμa,ϕ(2)b}={Aμa,Dcibπic}=(δabigfbacAic)δ3(xy)δiμ=Daibδ3(xy)δiμ{Aμa,ϕαb}=(0,0,δ0μδbaδ3(xy),Daibδiμδ3(xy)){χ(1)a,πμb}={A0a,πμb}=δμ0δbaδ3(xy),{χ(2)a,πμb}={iAia,πμb}=δμiδbaiδ3(xy),{ϕ(1)a,πμb}={πia,πμb}=0,{ϕ(2)a,πμb}={Dbiaπib,πμc}=gfabcπicδμi.{ϕαa,πμb}=(δμ0δbaδ3(xy),δμiδbaiδ3(xy),0,gfabcπicδμi)

これでDirac括弧の計算ができます。復習しておくと、Dirac括弧は
{F,G}D:={F,G}{F,φα}(C1)αβ{φβ,G}
で定義されます。
これを用いて、力学変数間のDirac括弧を計算すると

{Aia,πjb}D=δjiδbaδ3(xy)+Dcia((kDk)1)cbjδ3(xy):=P^ijab

となります。

運動方程式

これで拘束条件を内包した運動方程式を導く準備ができました。これを計算すると

(3)A˙ia={Aia,H}D=P^ijabπjb(4)π˙ia={πia,H}D=P^kibaDcbjFjkc

となります。ここでP^ijabはprojection operatorになっています:
P^ijabP^jkbc=P^ikac,(δbaδjiP^ijab)P^jkbc=0

さて、比較のため、通常のPoisson bracktから導かれる運動方程式を書くと
A˙ia={Aia,H}=πiaDbiaA0bπ˙ia={πia,H}=DbjaFjibgfabcA0bπic
です。A0a=0とすれば
A˙ia=πiaπ˙ia=DbjaFjib
を得ます。Eq.(3)(4)はこの式の右辺にP^を作用させた形になっています。

U(1)の場合、横波のprojection operatorでprojectされた力学変数のみで運動方程式を書くことができました。一方、YMの場合、P^ijabでprojectされた力学変数のみでは書けないです(たぶん。文献で確かめてませんので、違ってたらごめんなさい)。これは、YMのGauss則がπに対してDbiaπi0なのに対し、ここで採用した、Aに対応するゲージ固定がiAia0であり、拘束条件とゲージ固定が非対称になっているからじゃないかと思います。

ちなみに、これらの式でfabc0とすれば、U(1)の場合を再現します。

ちょっとだけ量子論

古典論を正準量子化するには、Dirac括弧を、交換関係[F,G]:=FGGF(i)をかけたものに置き換えます:

正準量子化

{A,B}D=αi[A^,B^]=α,  [A^,B^]:=A^B^B^A^,A^,B^は物理量A,Bに対応する量子論のoperator

この方法に従うと、A0a=0,iAia=0のゲージの下では、ゲージ場およびその共役運動量(=YM電場)は
[A^ia,π^jb]=i(δjiδbaδ3(xy)+Dcia((kDk)1)cbjδ3(xy))
を満たすoperatorとして与えられます。状態はこれら演算子が作用する空間の元です。

しかし上式の右辺は大変イヤな演算子です。(kDk)1は微分の逆を含むのでnon-localだし、Yang-Millsの足に関してもゲージ場を含む行列構造の逆を含みます。形式的に(kDk)1と表記したとしても、それは絵に描いた餅で、実際の扱いは複雑になります。
そんなわけで、例えばRef.[1][2]では、このゲージにおいて、Diracの方法を直接用いた正準量子化の議論を避けています。

一方で、kDkはFaddeev-Popov operatorと呼ばれ、重要な役割を持ちます。
ゲージ場の理論の量子化では、経路積分&Faddeev-Popovの方法がよく用いられます。この方法では、経路積分において拘束条件をデルタ関数の形で取り入れるのですが、その際


  1. 経路積分をゲージ変換の積分とそれに直交する方向の積分に分解する積分変数の変換に伴うJacobianが生ずる
  2. デルタ関数とJacobianを、exponetialの肩の上にlocalな場の形で乗せる→Lagrangianにゲージ固定項とghost場が現れる

という操作を行います。こうしないと、経路積分に内在するゲージ変換方向の積分の無限大が悪さして計算ができません。この無限大をくくりだす操作が必要であり、1.で積分を分解するのはそのためです。そして、Coulomb gaugeで1.において現れるJacobianは
Det(iDbaiδ4(xy))
を含みます。Detは時空およびYMの足に関する行列式です。このようにしてFaddeev-Popov operatorが現れます。2.はこうして生じた因子を、場の形で計算に取り込むための操作です。

もうひとつ述べておくと、上記のように拘束条件をDirac括弧の形で取り入れて正準量子化することは大変なのですが、BRS変換を用いた一連の方法を用いれば(=BRS量子化)、正準量子化も比較的カンタンにできます(例えばRef.[1]参照)。

このへんの話はまたいつか。

まとめ

Yang-Mills理論にDiracの方法を適用しました。まとめると以下です:

YMの拘束まとめ
  • 第1・2次拘束条件:
    ϕ(1)a=π0a,ϕ(2)a=Dbiaπib.
    これらは第1類拘束条件

  • ゲージ固定:temporal & Coulomb gaugeを採用
    χ1=A0a,χ2=iAia

  • 力学変数間のDirac括弧:
    {Aia,πjb}D=δjiδbaδ3(xy)+Dcia((kDk)1)cbjδ3(xy)(他はゼロ)

  • 運動方程式:
    A˙ia={Aia,H}D=P^ijabπjbπ˙ia={πia,H}D=P^kibaDcbjFjkc
    ここで
    P^ijab:=δjiδbaδ3(xy)+Dcia((kDk)1)cbjδ3(xy)

おしまい。

☆次の記事: ゲージ対称性とは何か(9): なぜ「Diracの予想」を"信奉"するのか?


Appendix: {ϕ(2)a,ϕ(2)b}の計算

タイトルの計算ですが、ひとつ間違いやすい点があるので指摘しておきます。
とりあえず計算を進めてみます:
{ϕ(2)a,ϕ(2)b}={Dciaπci(x),Ddjbπdj(y)}={(δcaxigfaceAie)πxic,(δdbyjgfbdfAjf)πyjd)}={δcaxiπxic,gfbdfAifπyid}+{gfaceAieπxic,δdbyiπyid}+{gfaceAieπxic,gfbdfAifπyid}
ここでPoisson bracket(およびDirac bracket)の性質
{FG,HI}={F,H}GI+{G,I}FH+{F,I}GH+{G,H}FI   (ただしF,G,H,Iは可換)
を用いると

  • {δcaxiπxic,gfbdfAjfπyjd}=gfabc(πxiciy(δ3(xy)))
  • {gfaceAieπxic,δdbyjπyjd}=gfabc(πyicix(δ3(xy)))
  • {gfaceAieπxic,gfbdfAjfπyjd}の計算:{gfaceAieπxic,gfbdfAjfπyjd}=g2facefbdf{Aieπxic,Ajfπyjd}=g2facefbdf({Aie,πyjd}πxicAjyf+{πxic,Ajyf}Aixeπyjd)=g2facdfbdfπicAifg2facefbdcAieπid=g2(facdfbdffbcdfadf)πicAif ()
    ここでBianchi id.より
    facdfbdffbcdfadf=facdfbdf+fbcdffda=ffcdfadb
    よって
    ()=g2fabdffcdπicAif

以上から
{ϕ(2)a,ϕ(2)b}=gfabc(πxiciyδ3(xy)+πyicixδ3(xy)gfcdfAifπidδ3(xy))   ()
となります。

注意しなければならないのは次の計算です。(★★)のカッコ内の最初の2項を
πxiciyδ3(xy)+πyicixδ3(xy)=2πxicixδ3(xy)
としてはいけないです。変形には次の2つの公式を使います:

デルタ関数の性質
  • iyδ3(xy)=ixδ3(xy)
  • f(x)ixδ3(xy)=f(y)ixδ3(xy)(iyf(y))δ3(xy)
    (f(y)f(x))ixδ3(xy)=(iyf(y))δ3(xy)=(ixf(x))δ3(xy)

※ 後者の式の証明:
f(x)ixδ3(xy)=f(x)iyδ3(xy)=iy(f(x)δ3(xy))=iy(f(y)δ3(xy))=(iyf(y))δ3(xy)f(y)iyδ3(xy)=(iyf(y))δ3(xy)+f(y)ixδ3(xy)
Ref.[3-5]に本導出に関連することが載っていますのでご参照ください。

これらの式より
πxiciyδ3(xy)+πyicixδ3(xy)=(πyicπxic)ixδ3(xy)=(ixπxic)δ3(xy)
なので、
()=gfabc(iδdcgfcdfAif)πidδ3(xy)=gfabcDdicπid
となり、本文の式を再現します。

参考文献

投稿日:202224
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  1. Yang-Mills理論
  2. はじめに
  3. 基本的なこと
  4. Diracの方法をYang-Mills理論に適用する
  5. 共役運動量(canonical momentum)、Hamiltonianの導出
  6. 拘束条件を見出す
  7. ゲージ固定
  8. 力学変数間のDirac括弧の構成
  9. 運動方程式
  10. ちょっとだけ量子論
  11. まとめ
  12. Appendix: $\{\phi^{(2)a},\phi^{(2)b}\}$の計算
  13. 参考文献