★ 本記事は
走る結合定数の計算(2/5):Yang-Mills理論のくりこみ
の続きです。前回の冒頭に示した表記の規約に従います。
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06Aug.2022: 公式4の1.の2つ目の式の積分範囲が間違っていたので修正しました。正しくは
です
11Aug.2022: 公式の順番を入れ替え、実際の計算手順に沿うようにしました。 ループ計算は
処方 次元正則化 Feynman parametrization 積分する変数のうちindexが浮いているものを対称性を用いて消す & 縮約する Wick rotation & 極座標への変換 積分する
という手順で行うのが一般的かと思いますので、この順番に並べ替えました。説明も変更しています。公式番号も変更しましたのでご注意ください
はじめに
Yang-Mills(YM)理論の走る結合定数を計算する記事の第3回です。
前回はYM理論におけるくりこみ定数の決定、および走る結合定数の計算に関して説明しました。今回はダイアグラムの計算・くりこみに使う公式をまとめます。ここでは主に次元正則化において用いる公式を示します。Ref.[1]およびRef.[2]を参考にした部分が多いです。証明は概略のみ示しています。
具体的なダイアグラムの計算は次回行います。
公式集
ゲージ群の生成子に関わる公式
ダイアグラムの評価には、ゲージ群のインデックスに関わる群論的ファクターが現れます。これに関する公式をまとめます。
ゲージ群の生成子・構造定数に関連する公式
構造定数は、ゲージ群の生成子を用いて
で定義される。は添字の入れ替えに関し完全反対称。
はSU(N)の生成子である。すなわちこのに対して
が成立する。この表現をadjoint表現と呼ぶ。
ゲージ群の生成子に関する公式:
構造定数に関する公式:
生成子に対するJacobi恒等式から導かれる等式:
- 1.は定義。2.は計算すれば確かめられる。3.の1つ目の式は定義。
- 3.の上から2番目の式は、生成子の線形独立性から示せる。任意の行列はと書け、よりである。これをに入れて書き換えるとが示せるので求める式が得られる。
この式とが生成子の表現であることから、3.4.の式が証明できる。 - 5.はJacobi恒等式:から従う。
処方、Feynman prescription
ループ積分の被積分関数のpoleを実軸からずらし、積分をwell-definedにします。以下の処方が典型的です。
処方
以下のように、propagatorのpoleを実軸から微小にずらす(は微小な複素数):
このようにずらしたpropagatorのフーリエ変換は以下のようになる:
ここで
である。
演算子を
(このような積をtime ordered productと呼ぶ)
で定義すれば
となる。はFeynman propagatorと呼ばれる。
Feynman propagatorの積分のcontour
は正準量子化で量子化された場の演算子であるが、説明を省略する。
ここではがおよびとなることを示す。
の定義において、積分を実行する。そのために、を複素平面に拡張し、留数定理を用いる(図1)。平面上の積分経路として、実軸と、極座標における上下半円の経路を考える。なら、のファクターによりの寄与は0なので(青の経路)を、逆なら(オレンジの経路)を採用する。すると、の正負の違いにより、積分に効くのpoleが異なる。これを考慮して計算すれば、Eq(2-2)よりEq.(2-1)を得る。
このような処方を"Feynman prescription"とか"処方"と呼びます。
場の理論の摂動論はFeynman propagatorを使って構成します。
次元正則化
次元をからずらします。YM理論の場合、この操作でループ積分は有限になります。
次元正則化
ここでは一般に複素数であり、微小なパラメータとして取り扱う。がの極限。これによりループ積分は
となる。
このような操作は一般に正則化と呼ばれます。次元正則化は理論の様々な対称性を保つため有用です。YMの場合この正則化でゲージ対称性が保たれることが重要です。
正則化をしたのち、ダイアグラムを計算しでLaurent展開して、の負ベキの発散部分をくりこみで除去します。
被積分関数の分母をまとめる: Feynman parametrization
ループ積分を実行するため、被積分関数の分母をまとめます。ループ積分には、例えば以下のようなものがあります:
これは2つの分数関数の積ですが、これを1つにまとめます。
Feynman parametrization
被積分関数の分母をまとめる:
下は
とも書ける。積分範囲の違いに注意。
の分母をまとめる:
一般に以下が成立する:
これはまた以下のようにも書ける:
- 1.はふつうに積分すれば証明できる。
- 2.は、まず、公式9の1.(後述)から右辺の積分の係数はであることに注意する。右辺でを積分すれば
となるが、と変数変換すれば
を得る。この積分は公式9の1.よりなので、与えられた式を得る。 - 3.の上の関係式はAppendixで証明する。下の関係式は公式4の2.を使えば帰納法で証明できる。または上の関係式に変数変換を施しても導ける。
上に示した例
の場合、この作業で
になります。への変数変換ののち、分母はの関数になることは重要です。
対称性から導かれる公式
ループ積分において、対称性を用いることで、積分変数のLorentzの足を縮約できる場合があります。
- 1.と3.は積分後の足をもつLorentz vectorが存在しないことから明らか(時空の回転対称性を破る量がない)。
- 2.は積分後の足をもつtensorはしかありえない。よって
となる。両辺にをかけると、より
を得る。 - 3.は2.と同様。この積分は対称性よりに比例することを用い、2.と同様の計算をすればよい。
被積分関数のはであり、引数ののindexが自身と縮約されていることに注意してください。と外線の運動量のindexが縮約されている項が存在する場合(=時空回転の基準が存在する場合)、上の式は成立しません。
以下は(次元正則化や対称性などより)ゼロになります:
ゼロとなる積分
- (次元正則化で成立する式)
- ( 回転対称性による)
- ( 積分はに比例するしかないが、そうすると1.から0になる)
1.は次元正則化において、ある操作を施すことで正当化される。自明に成立することではないので、定義のようなものだと思えば良い。詳しくは例えばRef.[1]P172参照。
Feynman parametrizationののち、被積分関数の分母はの関数になります。すると、分子にの関数があり、かつそのLorentzのindexが浮いている場合(または外線の運動量と縮約をとっている場合)、公式5を用いることで、その項を消す、またはindexを縮約することができます。これはこの後のWick rotationにおいて重要です。
虚時間方向への積分路の変更
次に、を虚軸にもっていくことで、Euclid計量での積分に直します。これにより極座標に移り、積分を実行します。
Euclid化、Wick rotation
以下の変数変換: (Euclid化やWick rotationと呼ぶ)を行い、積分を極座標にする:
は次元における極座標の角度方向の積分測度。
この操作は、被積分関数のpoleが第1・第3象限になければ正当化される。
Wick rotation
被積分関数をとする。ここまで説明した操作を施した後、被積分関数はこの類の関数に帰着する。
複素平面において、積分路を虚軸から実軸に移すため、図1の積分路で積分する。積分路内部にはpoleが存在しないこと、また無限遠の1/4円部分が消えることを用いれば
を得る。とすれば
あとは積分を極座標にすれば、公式7のWick rotationの操作と一致する。
次元の極座標表示
次元の極座標への座標変換およびJacobianは以下のようになります:
- が上で示した形になるのは、例えば帰納法で証明できる(参考:
倭算数理研究所
) 。のとき上記のの成立を仮定し、直交座標円柱座標極座標という2段階の変数変換を施すことで、でも正しいことが示せる。
- の計算は以下のようにする。
ガウス積分よりであるが、これを極座標で表せば。ガンマ関数の定義よりであるから、を得る。
分母がまとまっている場合のループ積分
ループ積分の中心的な公式が公式9の2.,3.,4.です。
次元における物理量の次元解析
次元では、4次元では質量次元0だったが次元を持ちます。
の次元
次元正則化において、YM理論のは質量次元をもつ:
(はの質量次元を表す。の質量次元がであることをで表す)
計算する際の前提は以下:
- の質量次元は、粒子の質量の質量次元は
- 作用はと同じ次元をもつ。自然単位系ではなので、
これらより結合定数の質量次元が計算できる。
まずゲージ場の運動項より
は次元なし。よって
つぎにgluonの4点相互作用
の項を考えると
とすると
となる。
ループ積分の公式
ここまで説明した手法・公式を使うと、以下のループ積分に関する公式が示せます(積分はWick rotationする前の表式です):
- 1.は分母をまとめたのち、Wick rotation・極座標に移ることでに関して積分し、その後に関する積分を関数で書き直すことで答えを得る。
- 2.は1.の両辺をで微分することで得られる。
- 3.は2.の両辺をで微分することで得られる。
つぎの公式も有用です(左辺はWick rotationする前の表式):
ループ積分の公式2
分子が:
分子が1つ:
分子が2つ:
分子が3つ:
分子が4つ:
ただし
- 変数変換し、分母のの項を消す
- 積分変数のうち、浮いたLorentzのindexを持つものを公式5により消す or 縮約をとる
- 公式9により積分する
を行えば示せる。
ベータ関数の性質
ループ積分にはベータ関数が現れます。その性質をまとめておきます。
一番上の式は公式9の1.で示した。
残りの式は関数の関数による表示より導ける。
余談ですが、走る結合定数の計算では、特殊関数のベータ関数とは関係のない「ベータ()関数=結合定数のエネルギースケールによる微分」を扱います。混乱しないようにしてください。
関数をに書き換える
以下は一般的に必要な公式ではなく、Ref.[1]で行われる変形に必要なものです。本記事はこれに習います。
有用な積分の公式
以下は、ファインマン・ダイアグラムの表式に現れるさまざまな積分を、
に比例した形で書き直す公式です。次回の記事ではこの表記を用います。
以下では次のnotationを用います:
たとえば次の例のようになります。
ただしとします。
関数、関数の極に関する公式
くりこみではループ積分のによるLaurent展開が必要です。以下に関数、関数、および前記ののLaurent展開を示しておきます。
関数はでは収束しないが、部分積分をくりかえすことにより、の領域に
のように解析接続することができる。これよりのまわりでのLaurent展開が計算できる。
上の式より関数はで1位の極をもつ。それぞれの留数は
である。
次元のDirac行列に関する公式
quarkのようなFermionはspinorであり、そのループ積分にはDirac行列が現れます。これはLorentz変換に対するspinorとvectorの変換性を結ぶものです。この行列に関する性質をまとめておきます。
次元Dirac行列に関して
任意の次元における公式(Ref.[3]より):
- 奇数個の行列のtraceはゼロ
- 任意次元のに関する公式に関しては、例えばRef.[2]を参照のこと。
の反交換関係:(これは定義)、やの巡回置換不変性等から導ける。
詳細は略。
次元のは何行何列なんだ?等のことは考えず、抽象的にを満たすもので、縮約や等で足を潰したとき上記公式のようにへの依存性が現れる量、と解釈してください。
まとめ
今回は、次元正則化によるダイアグラムの計算、およびくりこみに必要な公式をまとめました。
次回は具体的なダイアグラムの計算を行います。
おしまい。
次の記事:
走る結合定数の計算(4/5): Yang-Mills理論におけるくりこみの具体的な計算
Euclidにおける運動量積分は正当化が難しいため、これをMinkowski時空で行う方法もあります。例えばRef.[2]のP79-を参照のこと。
Ref.[3]ではを採用していますが、を採用している教科書が多いので、こちらを載せました。
Appendix: 公式4の2.の証明
改めて公式4の2.を記しておきます:
以下Ref.[4]P86に従い証明します。
まず
であることに注意します。
(関数の定義においてと変数変換すると得られる)。
公式4の2.の右辺
は、Eq.(A-1)とおよびを用いて
となります。
以下とします(負のがあるときは公式4の2.の左辺でマイナスをくくりだし正にして扱う)。このとき、被積分関数のpole は全て上半平面に存在します。
下半平面の経路による積分。は半径無限大の半円の経路。オレンジのバツはpoleの位置。
ここで被積分関数のを展開した項のうち、がかかる項の積分は、図3のように下半面に積分を閉じたとき、半円の寄与は0になります。またの中にpoleはないので、結局の積分は消えます。故に残る積分は
の項のみです。よって
この積分を評価するため、次の事実を用います:
ただし積分経路は全てのpoleを含むように閉じる。
帰納法を用いる。
- のとき
は2つのpoleの寄与が逆符号で大きさが等しいので0。 - で成立を仮定したとき、では
となるので、の場合に帰着し0。
以上より題意は示された。
定理1よりEq.(A-2)のの寄与は消えます。
ここまでをまとめると
が得られました。これを図4の経路で積分します:
上半平面の経路による積分。は半径無限大の半円の経路。オレンジのバツはpoleの位置。
さらに以下が成立することを用います:
Eq.(A-2)においてとすると
これを書き換えれば
これは定理2と等しい。
定理2の右辺は「公式4の2.の左辺」です。よって「公式4の2.の右辺=公式4の2.の左辺」が成立し、題意が示されました。