位相空間の理論を使うと、領域の境界、関数の連続性、点列の収束などを色々な空間に一般化して考えることができる。しかし収束については、点列の収束を考えるだけでは不都合があることが知られている。例えば普通の平面 $\mathbb{R}^2$ では、任意の領域 $D$ とその境界上の点 $a$ に対して $D$ 内の点列 $(x_n)$ で $a$ に収束するものが存在するが、一般の位相空間では必ずしもそうならない。
そこで、位相空間論では点列のかわりにフィルターの収束や有向点族(ネット)の収束という概念が使われる。しかしフィルターは表現力が低すぎて点列とは使い勝手がかなり違い、逆に有向点族は表現力が高すぎて理論的に扱いにくいところがある。
そこで本記事では、これらに替えてフィルター基の概念を使って収束を定義する方法を紹介する。
まずフィルター基や位相空間の定義と基本的な用語を準備する。文献によって流儀の違う部分や本記事特有の用語・記法もあるので、位相空間論を一通り学んだ読者の方も簡単に目を通していただきたい。
全体集合 $X$ 上の集合族 $\mathcal{B}\subseteq\mathcal{P}(X)$ が次の条件を満たすとき $\mathcal{B}$ は $X$ 上のフィルター基 (filter base, prefilter) であるという。
さらに次の条件も満たすとき $\mathcal{B}$ は $X$ 上のフィルター (filter) であるという。
$X$ 上の点列 $(x_n)$ に対し、 $\{x_{\geq n}\} := \{x_n, x_{n+1}, ...\}$, $\Tails (x_n):=\{\{x_{\geq n}\}\}$ と定めると $\Tails (x_n)$ は $X$ 上のフィルター基となる。
平面 $\mathbb{R}^2$ 上の点 $x$ に対し、 $x$ を中心とする半径 $r$ の開円盤を $B_r(x)$ とする。集合 $V$ で $B_r(x)\subseteq V \subseteq\mathbb{R}^2$ を満たす $r>0$ が存在するようなものを $x$ の近傍という。 $x$ の近傍全体のなす集合族を $x$ の近傍系といい $\mathcal{N}(x)$ で表す。すると $\mathcal{N}(x)$ は $\mathbb{R}^2$ 上のフィルター(基)となる。
この例のように、フィルター基は点列(より一般に有向点族)とフィルターの中間的な表現力を持っている。
$\mathcal{B}$ を $X$ 上のフィルター基、 $A$ を $X$ の部分集合とする。本記事では、任意の $B\in\mathcal{B}$ に対し $B\cap A\neq\emptyset$ であるとき $\mathcal{B}$ は $A$ とかみ合うといい、ある $B\in\mathcal{B}$ が存在して $B\subseteq A$ であるとき $\mathcal{B}$ は $A$ にやがて含まれると言うことにする。
「かみ合う」と「やがて含まれる」は本記事で勝手に決めた用語で、一般的なものではない。それぞれフィルターでの mesh, 有向点族での eventually in を借りてきたものであるが、いずれも定訳はなく英語のまま使われることが多い。
$X$ 上のフィルター基 $\mathcal{B}$ が集合 $A$ にやがて含まれるならば $A$ とかみ合う。また任意の $A$ に対し次のどれか1つだけが成り立つ。
$\mathcal{B}_1$, $\mathcal{B}_2$ がフィルター基で、任意の $B\in\mathcal{B}_1$ に対し $\mathcal{B}_2$ が $B$ にやがて含まれるとき、 $\mathcal{B}_2$ は $\mathcal{B}_1$ の細分である、 $\mathcal{B}_2$ は $\mathcal{B}_1$ より細かい、 $\mathcal{B}_1$ は $\mathcal{B}_2$ より粗いという。 $\mathcal{B}_1$ と $\mathcal{B}_2$ が互いの細分になっているとき両者は互いに同値なフィルター基であるという。
点列 $(x_n)$ に対し部分列 $(x_{i(n)})$ を $i(1)< i(2)<...$ となるようにとる。 $(x_n)$, $(x_{i(n)})$ がつくるフィルター基をそれぞれ $\Tails (x_n)$, $\Tails (x_{i(n)})$ とすると $\Tails (x_{i(n)})$ は $\Tails (x_n)$ の細分になっている。
フィルター基 $\mathcal{B}_2$ が $\mathcal{B}_1$ の細分であるとする。集合 $A\subseteq X$ に対し次のことが成り立つ。
かみ合う場合とやがて含まれる場合で細かいほうと粗いほうの関係が逆になっていることに注意されたい。
フィルター基 $\mathcal{B}$ が集合 $A\subseteq X$ とかみ合うとき、次の集合族:
$\mathcal{B}|_A := \{B\cap A: B\in\mathcal{B}\}$
は $A$ 上のフィルター基となり、しかも $\mathcal{B}$ の細分となっている。これをフィルター基 $\mathcal{B}$ の $A$ への制限 (restriction) という。
集合 $X$ 上の集合族 $\mathcal{O}$ が次の条件(開集合系の公理)を満たすとき、組 $(X,\mathcal{O})$ を位相空間 (topological space) という。 $\mathcal{O}$ を開集合系 (open sets) または $X$ の位相 (topology) といい、 $\mathcal{O}$ の元を $X$ の開集合 (open set) という。
$X$ に二つの位相 $\mathcal{O}_1$, $\mathcal{O}_2$ が与えられていて $\mathcal{O}_1\subseteq\mathcal{O}_2$ であるとき、位相 $\mathcal{O}_2$ は $\mathcal{O}_1$ より細かい、 $\mathcal{O}_1$ は $\mathcal{O}_2$ より粗いという。
開集合の補集合を閉集合 (closed set) という。
集合 $X$ 上の各点 $x$ に対し集合族 $\mathcal{NB}(x)$ が与えられ、次の条件(開近傍基の公理)を満たすとき、 $\mathcal{NB}$ を開近傍基 (open neighbourhood base) という。
このとき $X$ 上の集合族 $\mathcal{O}$ を次の条件:
$U\in\mathcal{O}$ $\iff$ $\forall x\in U$ に対し $\mathcal{NB}(x)$ が $U$ にやがて含まれる
で定めると $\mathcal{O}$ は開集合系の公理を満たし、これを開近傍基 $\mathcal{NB}$ の定める位相という。
近傍フィルターによる位相の特徴づけを知っている読者は条件 3. との違いに注意されたい。
実数直線 $\mathbb{R}$ に対し、開近傍基を $\mathcal{NB}(x):=\{(a,b): a< x< b\}$ と与えると開近傍基の公理を満たし、位相空間が定まる。これが $\mathbb{R}$ の標準的な位相 (the standard topology) である。
また、別の開近傍基 $\mathcal{NB}_\mathrm{LL}(x):=\{[x,b): x< b\}$ が定める位相を考えることもできる。これを下限位相 (lower limit topology) という。下限位相は標準的な位相よりも真に細かい。
位相空間 $(X,\mathcal{O})$ の各点 $x$ に対し、 $x$ を含む全ての開集合の族 $\mathcal{ON}(x) := \{V\in\mathcal{O}: x\in V\}$ を $x$ の開近傍系 (open neighbourhood system) という。開近傍系は開近傍基の公理を満たし、その定める位相は元の位相に一致する。
逆に、開近傍基 $\mathcal{NB}$ が定める位相を $\mathcal{O}$ として、そこから開近傍系 $\mathcal{ON}$ を作ると、どの点 $x$ でも $\mathcal{ON}(x)$ は $\mathcal{NB}(x)$ と同値なフィルター基となる。しかも $\mathcal{ON}(x)$ は $\mathcal{NB}(x)$ と同値なフィルター基で開近傍系の公理を満たすもののうち集合として最も大きいものである。
$X$ に2通りの開近傍基 $\mathcal{NB}_1$, $\mathcal{NB}_2$ が与えられていて、それぞれの生成する位相が $\mathcal{O}_1$, $\mathcal{O}_2$ であるとする。 $\mathcal{O}_1\subseteq\mathcal{O}_2$ となる必要十分条件は各点 $x$ で $\mathcal{NB}_2$ が $\mathcal{NB}_1$ の細分をなすことである。
従って、「かみ合う」「やがて含まれる」「細分である」などフィルター基を同値なものに取り換えても変わらない性質を扱う限りは、位相空間を生成するときに使った開近傍基 $\mathcal{NB}$ とそこから定まる開近傍系 $\mathcal{ON}$ を区別しなくてもよいことが分かる。
「開近傍基の公理を満たす」ことはフィルター基を別の同値なものに取り換えると一般に成り立たなくなる。
位相空間 $(X,\mathcal{O})$ と集合 $A\subseteq X$ が与えられたとき、各点 $x\in X$ は次のいずれかに分類できる。
この分類により $X$ は次の互いに交わらない集合に分けられる。
$A$ の内部と境界を合わせたものを閉包 (closure) といい、 $\Cl(A)$ で表す。定義から次のように表される。
$$\Cl(A)=\Int(A)\cup\Bd(A)=X\setminus\Ext(A)$$
あとで示すように、これらの概念は開近傍系または開近傍基を使って言い換えることができる。
続き:
フィルター基による位相空間論 (2/3)
、
フィルター基による位相空間論 (3/3)