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フィルター基による位相空間論 (1/3)
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フィルター基による位相空間論 (2/3)
冒頭で述べたように、点列の収束に代わる概念としてはフィルターの収束と有向点族の収束がよく知られている。それらを使った議論とフィルター基の収束とは互いに翻訳できることが多いので、その対応関係を紹介する。
$X$ 上の集合族 $\mathcal{B}$ の上方集合 (upper set) を次のように定める。
$\mathcal{B}^{\uparrow X} := \{ A\subseteq X:\; \exists B\in\mathcal{B}\, (B\subseteq A)\}$
$\mathcal{B}$ が $X$ 上のフィルター基ならばその上方集合 $\mathcal{B}^{\uparrow X}$ はフィルターであり、フィルター基として $\mathcal{B}$ と同値である。これは $\mathcal{B}$ と同値なフィルター基のうち集合として最も大きいものである。
また、フィルター基 $\mathcal{B}_2$ が $\mathcal{B}_1$ の細分となる必要十分条件は $\mathcal{B}_1^{\uparrow X}\subseteq \mathcal{B}_2^{\uparrow X}$ となることである。
このようにフィルターとの関係はごく簡単である。超フィルター (ultrafilter) などを使った議論もフィルター基の場合にほとんどそのまま使えることが分かる。
$(I, \leq)$ が空でない擬順序集合 (preordered set) で、任意の $a_1\in I$, $a_2\in I$ に対し $a_3\in I$ で $a_1\leq a_3$ かつ $a_2\leq a_3$ なるものが存在するとき、 $(I, \leq)$ を有向集合 (directed set) という。
ある有向集合 $(I, \leq)$ から集合 $X$ への写像 $I\ni a\mapsto x_a$ を $I$ で添字付けられた $X$ 上の有向点族またはネット (net) といい、 $(x_a)_{a\in I}$ のように表す。
有向点族は点列の直接の一般化であるが、大小関係のない添字や相異なる同順の添字が許されている点が異なる。また添字集合 $I$ はどんなに大きな集合でもよく、従って $X$ 上の有向点族の全体は集合にならない。
$(x_a)_{a\in I}$ を $(I, \leq)$ で添字付けられた有向点族とする。別の有向点族 $(J, \preceq)$ と写像 $h:\; J\to I$ があって次の条件を満たすとする。
このとき $(x_{h(b)})_{b\in J}$ を $(x_a)_{a\in I}$ の部分有向点族 (subnet) という。
部分有向点族の定義には同値でない複数の流儀がある。ここでは Willard の定義を採用する。
$X$ 上の有向点族 $(x_a)_{a\in I}$ に対し、 $\{x_{\geq a}\} := \{x_{a'}: a\leq a'\}$, $\Tails (x_a)_{a\in I}:=\{\{x_{\geq a}\}:\; a\in I\}$ と定めると $\Tails (x_a)_{a\in I}$ は $X$ 上のフィルター基となる。これを $(x_a)_{a\in I}$ がつくるフィルター基と呼ぶことにする。
$X$ 上の任意のフィルター基 $\mathcal{B}$ に対し、有向点族 $(x_a)_{a\in I}$ で $\Tails (x_a)_{a\in I}=\mathcal{B}$ となるものが存在する。(単なる同値でなく集合として一致する。)
添字集合 $I\subseteq \mathcal{B}\times(\bigcup\mathcal{B})$ を次のように定める。
$I := \Each(\mathcal{B}):= \{(B,y):\; y\in B\in\mathcal{B}\}$
$I$ 上の擬順序は次のように定める。
$(B,y)\leq (B',y') \iff B\supseteq B'$
すると $(I, \leq)$ は有向集合となる。そこで $x_{(B,y)}:=y$ と定めることにより $(x_{(B,y)})_{(B,y)\in I}$ は有向点族となり、 $\Tails(x_{(B,y)})_{(B,y)\in I}=\mathcal{B}$ が成り立つ。
ここで構成した添字集合 $\Each(\mathcal{B})$ と有向点族 $(y)_{(B,y)\in\Each(\mathcal{B})}$ は、次のような意味で圏論的な普遍性を持っている (普遍有向点族 (universal net, ultranet) とは無関係)。
$X$ 上の有向集合 $(J, \preceq)$ と有向点族 $(y_b)_{b\in J}$ に対し、次のように有向集合 $(I, \leq)$ と有向点族 $(x_{(B,z)})_{(B,z)\in I}$ を定める。
$(I, \leq)$ が有向集合となり $\Tails(x_{(B,z)})_{(B,z)\in I}=\Tails(y_b)_{b\in J}$ が成り立つことは既に見た通りである。写像 $h:\; J\to I$ を $h(b):=(\{y_{\geq b}\},y_b)$ で定めればこの対応は単調かつ共終となり、従って $(y_b)=(x_{h(b)})$ は $(x_{(B,z)})$ の部分有向点族となる。
なお、このときの $h$ について
$h(b)\leq h(b') \iff \{y_{\geq b}\}\supseteq \{y_{\geq b'}\}$
$h(b)=h(b') \iff \{y_{\geq b}\}=\{y_{\geq b'}\},\, y_b=y_{b'}$
が成り立ち、これは $J$ に同値関係と新たな擬順序を定めたものと考えることもできる。
この議論により、大きな添字集合が与えられた有向点族についても、ある意味で添字集合を高々 $P(X)\times X$ の大きさに圧縮することができる。
与えられた有向点族とその部分有向点族のつくるフィルター基については次のことが成り立つ。
$(x_a)_{a\in I}$ を $X$ 上の有向点族、 $(x_{h(b)})_{b\in J}$ をその部分有向点族とすると $\Tails (x_{h(b)})$ は $\Tails (x_a)$ の細分である。
$(x_a)_{a\in I}$ を $X$ 上の有向点族、 $\mathcal{B}$ を $\Tails (x_a)$ の細分とする。このとき $(x_a)$ の部分有向点族 $(x_{h(b)})_{b\in J}$ で $\Tails (x_{h(b)})$ が $\mathcal{B}$ とフィルター基として同値になるものが存在する。
添字集合 $J\subseteq \times\mathcal{B}\times I$ を次のように定める。
$J:= \{(B,a):\; x_a\in B\}$
$J$ 上の擬順序は次のように定める。
$(B,a)\preceq(B',a') \iff B\supseteq B',\, a\leq a',\,$
任意の $(B,a)$, $(B',a')$ に対し $B\cap\{x_{\geq a}\}\cap B'\cap\{x_{\geq a'}\}\supseteq B''$ なる $B''\in\mathcal{B}$ が存在し、そのとき $a''\in B''$ が存在して $a\leq a''$, $a'\leq a''$ であるから、 $J$ は有向集合となる。 $h:\; J\to I$ を $h((B,a))=a$ で定めれば $(x_{h((B,a))})_{(B,a)\in J}$ は部分有向点族となる。
$C_{(B,a)} := \{x_{h(\succeq(B,a))}\} = \{x_{h(B',a')}:\; (B,a)\preceq(B',a')\}$
とおくと $\Tails(x_{h((B,a))})=\{C_{(B,a)}\}$ である。ここで、
$C_{(B,a)} = \{x_{a'}:\; \exists B'\subseteq B\,(a\leq a',\, x_{a'}\in B')\} = \{x_{\geq a}\}\cap B$
であるから $\Tails(x_{h((B,a))})$ は $\mathcal{B}$ の細分である。一方、各 $C_{(B,a)}$ に対し $\{x_{\geq a}\}\supseteq B'$ なる $B'$ があって、さらに $B'\cap B\supseteq B''$ なる $B''$ もとれるから、 $C_{(B,a)}\supseteq B''\in\mathcal{B}$ となり、従って $\mathcal{B}$ は $\Tails(x_{h((B,a))})$ の細分である。従って $(x_{h((B,a)))})_{(B,a)\in J}$ が求める部分有向点族である。
ここまで見てきたように、有向点族はフィルター基よりもかなり情報量が多いので対応はやや複雑になっている。
$\mathcal{B}$ を $X$ 上のフィルター基、 $(x_a)_{a\in I}$ を $X$ 上の有向点族とする。本記事では、任意の $B\in\mathcal{B}$ に対し $a\in I$ が存在して任意の $a'\geq a$ に対し $x_{a'}\in B$ が成り立つとき、 $(x_a)_{a\in I}$ は $\mathcal{B}$ に 従属する と言うことにする。言い換えれば、 $\Tails (x_a)_{a\in I}$ が $\mathcal{B}$ の細分であるとき $(x_a)_{a\in I}$ は $\mathcal{B}$ に従属するという。
「従属する」 (be subordinate to) を有向点族とフィルター基の間の関係に使うのは本記事特有の用法で、一般的なものではない。
$X$ 上の有向点族 $(x_a)_{a\in I}$ が 点 $x^*\in X$ の開近傍系 $\mathcal{ON}(x^*)$ に従属するとき、 $(x_a)_{a\in I}$ は $x^*$ に収束すると言う。
これは点列の収束で使われる $\epsilon-N$ 論法を有向点族に一般化したものになっている。関数の値の極限や連続性については次の事実が基礎になる。
写像 $f :\; X\to Y$ と $X$ 上の有向点族 $(x_a)_{a\in I}$ 、その像 $(f(x_a))_{a\in I}$ に対して次のことが成り立つ。
上記の $\mathcal{B}$, $\mathcal{C}$ に $\mathcal{ON}_X(x)$, $\mathcal{ON}_Y(f(x))$ を代入することで次のことが分かる。
$f:\; X\to Y$ が点 $x\in X$ で連続であるための必要十分条件は、 $x$ に収束する任意の有向点族 $(x_a)_{a\in I}$ に対し $(f(x_a))_{a\in I}$ が $f(x)$ に収束することである。
以上、位相空間論としては初歩的な部分をつまみ食いするだけに終わってしまったが、フィルター基を使った直観に訴える議論を味わっていただけたなら幸いである。一様収束や完備性など、他にもフィルター基による定式化と相性の良い話題があるので、興味があれば試してみてほしい。