横方向に長い数式が登場するので、数式を横スクロールする方法についての先行研究に触れてから本記事をお読みくださいますようお願い申し上げます。
あと問題文直前までは読み飛ばすのが吉です。
このページを開いた、すべての人類に挨拶を。
はい、記事内容が大気中のラドン濃度よりも希薄なことで知られる匿である。最近はどうしてかランキングに入る回数が増えてきたけれども、私の記事よりためになる記事はいくらでも投稿されているので、是非そういう記事にもGoodをつけていただければと願う。
さて、今回は私の記事の中でも特に不人気を集める(?)偏差値シリーズの更新。既にブラウザバックを検討している方も多いのではないだろうか。一応、記事を仕上げる以上は当然読んでいただきたい思いもある。だが、去る者を追えるほどの記事になっているかというと、そこはあまり自信が無く、という状況で。そもそも私ひとりの思念などで読者が行動を変容させる必要は皆無であり、ゆえに以下の本文を読むか否かは各々の自己責任で判断されたい。これは本記事に限らず、過去に私の執筆した任意の記事について言えることだ。
……意訳しよう。皆様のお陰で前回の『 3つのレムニスケートが生み出す『a^2+b^2=c^2』について - New Pythagorean-like theorem in lemniscate geometry - 』は8月の月間ランキング3位入賞を果たしました、本当にありがとうございます。同月、他に多くの有用な記事が投稿された中、私としても全く予想外の入賞であり、理解も実感も追いついていない次第です。
今回の記事では、以下の問題を扱う。解説を読む前に、一旦各自で考えていただきたい。強制はしないが。
数強高校の1年生は99人。そのうち50人が1組に、残りの49人が2組に在籍している。
1組の生徒Mは成績不振であり、進級のためには後述する課題に正解しなければならない。しかしながら、課題の書かれた紙が雨に濡れてしまい、塗り潰された部分の文字が読めなくなってしまったという。
Mは進級できるか。ただし、テストの得点は任意の非負実数値をとり、Mの勘は外れるものとする。
いつもながら、条件が少ない。そもそも元の課題でさえ「本当に求められるのか?」と怪しく思えるのに、そこからさらに2つの数値が失われた。もはや天さえもMの留年を望んでいるといえよう。
実質的に、使えるのはMの点数と偏差値だけ。学年内偏差値を求めたいので、99人の平均点や標準偏差を出せるとよいのだが……。
よく読み解くと、明らかに2組の合計点が一意に定まらない。つまり、99人の合計点、ひいては平均点を算出できないのだ。もちろん、紙が雨に濡れていなかったとしても、「2組における『任意の2人組に対して求めた得点の積』の総和」から2組の合計点は出せない。……尚更、課題の成立が怪しくなった。
ただ、本記事の読者はM本人でなく、メタ存在としてMの状況を覗いている立場。Mの逆境が数学の問題として扱われていることを知っている。
となれば、こう考えるであろう。「問題になっている以上は、進級可能ということか」と。確かに、進級できないほうが直感に沿っているけれども、直感通りならば態々出題しない、とも考えられる。これで「やはり進級は無理でした」と来ると、読者によるブーイングの嵐が40日40晩降り続き、私に限らず地上の全生物を淘汰しかねない。
よって、進級できるはずだ、と仮定し、議論を進めていく。この下からが解答になるので、自力で考えたい方はここで一旦スクロールを止めること。
まず、問題で与えられた情報を整理する。議論を簡単にするため、各生徒に出席番号を割り振っておこう。
Mを$1$番、Mを除く1組の生徒を$2$~${50}$番、2組の生徒を${51}$~${99}$番、と、それぞれ定める。そして、$m$番$(1\le m\le 99)$の生徒の得点を$a_m$点とする。例えば、Mの得点は$425$点であったから、$a_1=425$である。
その他、いくつかの文字を以下で定義する。
$$ \sum_{k=1}^{50}a_{k}=G_{1},\sum_{k=1}^{50}\left(a_{k}\right)^{2}=Q_{1},\sum_{1\le i< j\le50}^{\ }a_{i}a_{j}=P_{1},$$
$$ \sum_{k=51}^{99}a_{k}=G_{2},\sum_{k=51}^{99}\left(a_{k}\right)^{2}=Q_{2},\sum_{51\le i< j\le99}^{\ }a_{i}a_{j}=P_{2}$$ 突然大量のシグマが登場したが、落ち着いて一つずつ読み解こう。ブラウザバックはまだ早い。
$G_1$は$a_1$~$a_{50}$の総和、つまり1組の合計点。$Q_1$は$\left(a_{1}\right)^{2}$~$\left(a_{50}\right)^{2}$の総和、つまり1組生徒の得点の平方和。$P_1$は複雑な形をしているが、要は1組における『任意の2人組に対して求めた得点の積』の総和、即ちもとの課題から失われた情報の1つである。ここまで把握できれば、$G_2,\,Q_2,\,P_2$も同様に理解できる。
いま、これら6つの文字について、以下の式が成立する(各々の文字の定義に沿ってシグマを展開すれば明らか)。
$$ \left(G_{1}\right)^{2}=Q_{1}+2P_{1},\left(G_{2}\right)^{2}=Q_{2}+2P_{2}$$ いずれ使う情報なので、頭の片隅にでも置いておくことが望ましい。
「Mのクラス内偏差値が$42.5$である」という事実を、偏差値の定義に基づいて数式で表すと以下のようになる。
$$ 50+10\cdot\dfrac{a_{1}-\dfrac{1}{50}G_{1}}{\sqrt{\dfrac{1}{50}Q_{1}-\left(\dfrac{1}{50}G_{1}\right)^{2}}}=42.5 \;\;\;\dots({\rm i})$$ 分母の$\displaystyle \sqrt{\dfrac{1}{50}Q_{1}-\left(\dfrac{1}{50}G_{1}\right)^{2}}$に戸惑った方のため解説すると、ここでは1組における得点の分散が(分散)$=$(2乗の平均)$-$(平均の2乗)で求められることを利用している(様々なサイトで解説されているため証明は省く)。
$({\rm i})$を変形していく。
$$\begin{align*} \dfrac{a_{1}-\dfrac{1}{50}G_{1}}{\sqrt{\dfrac{1}{50}Q_{1}-\left(\dfrac{1}{50}G_{1}\right)^{2}}}&=-\dfrac{3}{4} \\[6pt]
\dfrac{50a_{1}-G_{1}}{\sqrt{50Q_{1}-\left(G_{1}\right)^{2}}}&=-\dfrac{3}{4} \\[6pt]
4\left(50a_{1}-G_{1}\right)&=-3\sqrt{50Q_{1}-\left(G_{1}\right)^{2}} \\[6pt]
16\left(50a_{1}-G_{1}\right)^{2}&=9\left(50Q_{1}-\left(G_{1}\right)^{2}\right) \\[6pt]
40000\left(a_{1}\right)^{2}-1600a_{1}G_{1}+16\left(G_{1}\right)^{2}&=450Q_{1}-9\left(G_{1}\right)^{2} \\[6pt]
1600\left(a_{1}\right)^{2}-64a_{1}G_{1}+\left(G_{1}\right)^{2}&=18Q_{1} \\[6pt]
1600\left(a_{1}\right)^{2}-64a_{1}G_{1}+\left(G_{1}\right)^{2}&=18\left(\left(G_{1}\right)^{2}-2P_{1}\right) \\[6pt]
17\left(G_{1}\right)^{2}+64a_{1}G_{1}-1600\left(a_{1}\right)^{2}&=36P_{1} \\[6pt]
P_{1}&=\dfrac{17\left(G_{1}\right)^{2}+64a_{1}G_{1}-1600\left(a_{1}\right)^{2}}{36} \;\;\;\dots({\rm ii})
\end{align*}$$ $a_1=425$は判明しているので、$({\rm ii})$より、$P_1$を$G_1$で表せることがわかる。つまり、$G_1$が求められれば、$P_1$を算出できる。雨に濡れたデータを1つ復元できるのだ。当然ながら、$P_1$から逆に$G_1$を求めることも可能である($({\rm ii})$を変形すると$G_1$についての2次方程式になるので、それを解けばよい)。
だが、ここで手が止まる。$G_1$をどうやって求めればよいのか。考えた限り、使える手がかりが残っていない。Mの得点も、Mのクラス内偏差値も、これ以上の情報を与えてくれない。やはり、Mには留年しか無いのか。
こういうときは、問題を読み直すとよい。
課題では、「Mの学年内偏差値を一意に求めることができる」と、そう明記されている。けれども、ここまでの考察から、偏差値を一意に求められるとは思えない。
ならば、逆に考えよう。「たとえ$P_1,P_2$が分かっていたとしても、普通は条件不足で一意に定まらない。今回の学年末テストにおいては**ありとあらゆる条件が完璧に噛み合って、偶然にもMの偏差値を求められる状況**が出来上がった」、と。
課題の無謬性が担保されている以上、こう解釈することも可能である。「一意に求めることができる」を、ひとつの条件として考えるのだ。というか、こう解釈しなければ議論が進まない(解釈が妥当か否かは後ほど考察する)。
怪しいと感じていた、この一文。実はこれが、問題を成立させるキーワードなのである。
Mの学年内偏差値を$50+10k$とおく。問題文によると、$P_1,P_2$の値が分かれば$k$が分かる。先程と同様に、偏差値の定義に基づき、この仮定を数式で表す。
$$ 50+10\cdot\dfrac{a_{1}-\dfrac{1}{99}\left(G_{1}+G_{2}\right)}{\sqrt{\dfrac{1}{99}\left(Q_{1}+Q_{2}\right)-\left(\dfrac{1}{99}\left(G_{1}+G_{2}\right)\right)^{2}}}=50+10k \;\;\;\dots({\rm iii})$$ $({\rm iii})$を変形していく。
$$\begin{align*} \dfrac{a_{1}-\dfrac{1}{99}\left(G_{1}+G_{2}\right)}{\sqrt{\dfrac{1}{99}\left(Q_{1}+Q_{2}\right)-\left(\dfrac{1}{99}\left(G_{1}+G_{2}\right)\right)^{2}}}&=k \\[6pt]
\dfrac{99a_{1}-\left(G_{1}+G_{2}\right)}{\sqrt{99\left(Q_{1}+Q_{2}\right)-\left(G_{1}+G_{2}\right)^{2}}}&=k \\[6pt]
\dfrac{99a_{1}-\left(G_{1}+G_{2}\right)}{\sqrt{99\left(\left(G_{1}\right)^{2}-2P_{1}+\left(G_{2}\right)^{2}-2P_{2}\right)-\left(G_{1}+G_{2}\right)^{2}}}&=k \\[6pt]
\dfrac{99a_{1}-\left(G_{1}+G_{2}\right)}{\sqrt{98\left(\left(G_{1}\right)^{2}+\left(G_{2}\right)^{2}\right)-2G_{1}G_{2}-198\left(P_{1}+P_{2}\right)}}&=k \\[6pt]
99a_{1}-\left(G_{1}+G_{2}\right)&=k\sqrt{98\left(\left(G_{1}\right)^{2}+\left(G_{2}\right)^{2}\right)-2G_{1}G_{2}-198\left(P_{1}+P_{2}\right)} \\[6pt]
\left(99a_{1}-\left(G_{1}+G_{2}\right)\right)^{2}&=k^{2}\left(98\left(\left(G_{1}\right)^{2}+\left(G_{2}\right)^{2}\right)-2G_{1}G_{2}-198\left(P_{1}+P_{2}\right)\right) \\[6pt]
\left(G_{1}+G_{2}\right)^{2}-198a_{1}\left(G_{1}+G_{2}\right)+9801\left(a_{1}\right)^{2}&=98k^{2}\left(\left(G_{1}\right)^{2}+\left(G_{2}\right)^{2}\right)-2k^{2}G_{1}G_{2}-198k^{2}\left(P_{1}+P_{2}\right) \\[6pt]
\left(98k^{2}-1\right)\left(G_{2}\right)^{2}-2\left(\left(k^{2}+1\right)G_{1}-99a_{1}\right)G_{2}&=198k^{2}\left(P_{1}+P_{2}\right)-\left(98k^{2}-1\right)\left(G_{1}\right)^{2}-198a_{1}G_{1}+9801\left(a_{1}\right)^{2} \;\;\;\dots({\rm iv})
\end{align*}$$ 頭が痛くなってきた。もう少し耐えよう。
$({\rm iv})$に注目していただきたい。本式に登場する文字は$a_1,k,G_1,G_2,P_1,P_2$の6種類。このうち、雨に濡れる前の課題では$a_1,P_1,P_2$が与えられており、$({\rm ii})$のときの議論で$P_1$から$G_1$を得られることを示した。
したがって、$({\rm iv})$は本来、$k$と$G_2$の2種類の文字のみが現れる式なのだ。ということは、$({\rm iv})$は$G_2$についての恒等式でなければならない($\because$最初に述べた通り、2組の合計点を知る術が無いので)。多項式の恒等式ではすべての係数が$0$となるので、
$$ 98k^{2}-1=0 \;\;\;\dots({\rm v}),\,\left(k^{2}+1\right)G_{1}-99a_{1}=0 \;\;\;\dots({\rm vi}),$$
$$ 198k^{2}\left(P_{1}+P_{2}\right)-\left(98k^{2}-1\right)\left(G_{1}\right)^{2}-198a_{1}G_{1}+9801\left(a_{1}\right)^{2}=0 \;\;\;\dots({\rm vii})$$が成り立つ。$({\rm v})$から$k^2=\dfrac{1}{98}$が判るので、あとは$k$の正負を調べればよい。
$({\rm iii})$の変形過程を顧みると、$k$の符号は$99a_{1}-\left(G_{1}+G_{2}\right)$に一致するといえる。されど、先述の通り$G_2$は謎多き値なので、$99a_{1}-\left(G_{1}+G_{2}\right)$の符号というのも直接求めるのは難しそうである。
ゆえに、周辺情報から何とか推測を試みる。$k^2=\dfrac{1}{98}$を$({\rm vi})$に代入すると$G_{1}=98a_{1}$が得られ($a_1=425$は既知であるが、可読性のためあえて$a_1$の形を残している)、またこれを$({\rm ii})$に代入すると$P_{1}=4665\left(a_{1}\right)^{2}$が得られる。そして、これら全てを$({\rm vii})$に代入することで、$P_{2}=88\left(a_{1}\right)^{2}$を導くことができる。この瞬間、課題が完全に復元された。
すると、途中で無理やり差し込んだ解釈の話が、実は正しかったと悟られる。もしも$P_1$が$5000\left(a_{1}\right)^{2}$などであれば恒等式は成り立たず、偏差値が一意に定まることもなかったのだから。
最後に。$G_{1}=98a_{1}$より$99a_{1}-\left(G_{1}+G_{2}\right)$$=a_1-G_2$であるから、$a_1< G_2$ならば$k$はマイナス、$a_1>G_2$ならば$k$はプラス。Mひとりの得点で2組の合計点を上回るか否か、である。直感的には上回らないように感じるが、念のため厳密に検証しよう。
謎多き$G_2$に関する唯一の手がかり、それは解答の初めに掲載した$\left(G_{2}\right)^{2}=Q_{2}+2P_{2}$という式である。テストの得点が非負実数であったことから$G_2,Q_2,P_2$はいずれも非負であり、$P_{2}=88\left(a_{1}\right)^{2}$と併せれば、
$$ G_{2}=\sqrt{Q_{2}+2P_{2}}\ge \sqrt{2P_{2}}=4\sqrt{11}a_{1}>a_{1}$$を得る。予想通り$G_2$が$a_1$より大きいと判ったので、$k$はマイナス、すなわち$k=-\dfrac{1}{7\sqrt{2}}$が確定する。
以上より、$50-\dfrac{5\sqrt{2}}{7}$$\left(\approx 48.99\right)$と答えれば、Mは進級可能である。天はMに味方した。
実は、より一般的に、以下の定理が成立している。
$m,n,p$を$2\leq p< n$をみたす自然数とする。正数列$a_i\quad(0\leq i\leq n)$が$\displaystyle \sum_{k=1}^{p-1} a_k=(n-1)a_0,\,$$\displaystyle \sum_{p\leq i< j\leq n}^{\ }a_{i}a_{j}=\dfrac{m+n-p}{2}{\left(a_0\right)}^2$をみたし、$a_i\;$$(0\leq i\leq p-1)$における$a_0$の偏差値が$50-\dfrac{10}{\sqrt{\dfrac{mp}{\left(n-p\right)^{2}}-1}}$であるとき、$a_i\;(0\leq i\leq n)$における$a_0$の偏差値は$50-\dfrac{10}{\sqrt{n}}$である。
定理1で$a_0=425,p=50,n=98,m=128$としたものが、今回扱った問題である(添字はすべて$1$ずつシフトしている)。……本問のために一体どれほどの裏計算があったかは、読者の想像に委ねることとしよう。
ところで、定理1で$p=2,n=3,m=1$とすると、どうなるか。$a_1=2a_0,\, a_2 a_3=\left(a_0\right)^2$……。この式から連想できたならば立派な読者であるが、こちらは1年前の私の記事【 偏差値erからの手紙(問題編) 】で登場した得点分布となっている。
要するに本記事は、1年の時を経て生み出された強化版、ということだ。そんなものを成績不振で留年が近い生徒に解かせる数強高校の教職員各位は一体何を考えているのか。それ以前に、学年内偏差値$48.99$で留年の危機に陥る数強高校、恐ろしすぎないか。絶対に通いたくない。
などなど、突っ込みどころの多い記事だが、ご満足いただけただろうか。書き手としては、非自明な結果(個人の感想です)を扱うのは非常に興趣の深いことだと感じる。あと私生活で何度もクライシス・オブ・留年に瀕しているので迚も他人事と思えない。
それでは、本記事を締め括る。質問・指摘・ツチノコの目撃情報などがあれば、奮ってコメントを。私の拙い記事が、誰かにとって偏差値研究のモチベーションになることを、細やかに願う。