長いので、忙しい人はあとがきだけ読みましょう。興味と余暇が湧いたら読み直す、それがよいです。
匿(Tock)である。まずは先日公開した記事、【
レムニスケートと1本の直線が生み出す関係について - A relationship between a line and a lemniscate -
】が当アカウント初の高評価数2ケタに到達したことについて感謝を申し上げる。どこにでもいる普通の暇人が書いた記事がここまで注目されるのは、私自身としても予想外であった。ありがたい。
今回は幾何学を嗜むうえで欠かせない重要な定理、『三平方の定理』に関する記事となる。
とはいえ、私のMathlog記事を読む方々は基本的に偏差値が高い。それゆえ、正直なところ「流石に知っている、我々を無知蒙昧と見下すつもりなのか」と非難されそうにも感じる。ごく一部の方に需要があるかもしれない、と、一縷の希望を糧に筆を進める次第である。メンタルは強く保つ。
……タイトルと目次で色々察した方もいらっしゃることであろう。はい、今回も独自研究を詰め込みました。「非常に気持ち悪い」(Twitterで相互フォローの
立見鶏
氏談。氏は本記事の共同研究者です。……あれ? 先程独自研究とか書いてあったような……?)構図が登場するので、是非最後までお読みください。
現行の
学習指導要領
によれば、日本人は中学3年生で三平方の定理を履修するとされる。要するに義務教育の範囲内であり、数学領域における他の定理と比較しても、三平方の定理が卓越した汎用性および性質自体の単純さを具有していることが伺える。仮に性質が複雑であれば、三角関数の加法定理のように義務教育範囲外となっていたはずだ。
では、その『三平方の定理』とはどのようなものか。多くの文献で紹介されているが、今一度ここに掲示しよう。
中学校の教科書を読み返してみよう
有名な定理である。この定理によると、例えば
古代ギリシアにいた数学者ピタゴラス(紀元前582年~紀元前496年)が本定理について詳細な研究を行ったとされ、彼の名を借りてピタゴラスの定理と呼ばれることもある。なお、英語圏ではこちら寄りの"Pythagorean Theorem"という呼び方が主流であり(意外にも「ピタゴラスの」という意味の形容詞Pythagoreanが存在する)、三平方の定理は日本独自の呼称とのこと。
ただし、ピタゴラス以前の古バビロニア王国時代の遺跡から本定理と関連した内容が著された粘土板も見つかっており、現在「三平方の定理を最初に発見したのはピタゴラスである」という主張は一般的でないようだ。
……話題が歴史方面に逸れつつあるが、取り敢えず、三平方の定理を証明してみよう。
2000年以上の歴史の中で、三平方の定理に対する無数の証明が見つかっているとされる。参考文献にも挙げている
Pythagorean Theorem and its many proofs
には、本記事公開時点で122パターンの証明が載っている。
ここでは、個人的にお気に入りの証明(先程のサイトの56番目のパターンに含まれるらしい。
このパターン
は独特で、ある図をもとに4864種類もの証明を構成している)を1つ紹介したい。
いま、
大抵のことはゴリゴリと計算すれば解決する
別に綺麗な証明ではないのだが、どうして気に入っているのか。それはこの証明が、「小学生時代の私が文献を読むことなく自力で三平方の定理を証明したときの手順」だからである。至極どうでもよい。
ちなみに、三平方の定理は逆も成立する。すなわち、
先程の
は任意の自然数
なお、どのような自然数解人生で一度は言っておきたいフレーズ。
高校1年生になると三角関数が登場する(厳密には三角比が登場するのだが、ここでは特に区別しない)。所謂「サイン・コサイン・タンジェント」である。
これらは以下のように定義されている。一般的な定義とは異なるが、今後の議論のために敢えてこの表現を用いた。
かなり風変わりな定義の仕方である
このように定義すると、以下の定理が成立する。
定義1の円
点
円周角の定理(もしくはタレスの定理)から
見方を変えれば、定理2は三平方の定理そのものということもできる。つまり、斜辺の長さが
ここまで読めば、三平方の定理がどのようなものであるか、多くの読者が理解できたことと思われる。そしてこのあたりで、「三平方の定理を拡張できないかな?」と考えるのも、幾何学を嗜むものとしてごく自然なことだ。実際、高校数学では三平方の定理から派生して余弦定理が導かれ、我々の根源にある拡張欲求を充たしてくれる。
だが、本記事の執筆者は他でもない、過去に3連続でレムニスケート関連の記事を投稿した匿である。これが何を意味するか。
そう。円を用いて定義した三角関数を、レムニスケートへ拡張するのだ。口を開けばレムニスケートなのだ。……具体的には、以下のように拡張する。「レムニスケートって何?」という方は過去の記事、【
オリジナル図形問題 with 円 and 楕円 and レムニスケート
】のイントロダクションあたりを読んでおくこと。
レムニスケートの定義については各自で調べよ
かくして定義された
定義からして、レムニスケート関数は三角関数とよく似ている。だから、
証明の大筋は参考文献の1つ、
20170327_レムニスケートにまつわる色々な計算
にQuestionとして掲載されている。証明さえも面倒になったらしい。
それよりも、定理2との類似性に注目していただきたい。確かに、レムニスケートの世界におけるPythagorean-likeな性質といえよう。先行研究すごい。
……けれども、はたしてこれは、「三平方」と呼べるだろうか。これは主観でしかないが、私は「三平方ではない」と答えたい。当然だ。左辺で4回も平方を計算しているのだから、定理3は「五平方の定理」と呼ばれて然るべきだろう。2乗が多すぎる。かのピタゴラスも黙っていない。
昨今の国際情勢では、ある案に反対するならば対案を出せ、と叫ばれる。「定理3を三平方と呼ぶな」と主張するならば、それに代わる定理を用意しなければならない。問題提起をなした者の責任として、民衆は改善案を期待する。だが、多くの数学者が定理3をPythagorean-likeとして認めている以上、既存の定理でこれ以上Pythagorean-likeなものは無いのだろう。レムニスケート幾何について全てを知っているわけではないが、状況証拠がそう推測させた。
そこで私は、独自研究に奔った。既存の定理に無いならば、見つけるまで。もしくは、作り出すまで。
時には古英語やラテン語で書かれた文献をも収集しつつ、より幾何学的・直感的な形で三平方を再現できないか、ひたすら試行錯誤を重ねた。座標計算の反故は千行を優に超え、1日のうち12時間ほどを研究に投じた日もあった(その日、残った12時間は睡眠だった)。
Twitterのダイレクトメッセージ機能を介して、初等幾何エンジョイ勢こと立見鶏氏も巻き込んだ。明らかに多忙をきわめているであろう氏へ話を振るのはかなり気が引けたのだが、座標計算とは対極をなす幾何学的な発想力は氏のほうが上手であるため、やはり必要であった。……正確には、氏に相談した時点では三平方の意識は薄く、次節に書いた定理より弱い性質(記事末尾にあります)しか持ち合わせていなかったのだが。
三平方の定理を模倣する以上は、どこかに直角を入れつつ、3回の平方計算で完結する定理にしたい。また、複雑な条件が絡んで汎用性や単純さを失うと、その時点で「三平方の定理に類似した」とは言えなくなってしまう。
研究中の私は、そのように思っていた。数学者というよりは芸術家のような視点で、定理を組み上げようとしていた。前回の記事【
レム・ツー・スリー・フォー ~レムニスケート上の点がつくる角度に関して~
】にも記した通り、『構図はビジュアルが命』なのだ。
結果、出来上がったものがこちらである。
点
さてここからが本題である
直交の条件はクリア。平方計算3回の条件もクリア。三平方に似せる条件もクリア。単純さの条件は……まあ、単純といえば単純か。
芸術作品としての定理は、このように仕上がった。改めて、定理1と見比べてもらいたい。3つの線分が織りなす関係について描かれた定理1と、3つのレムニスケートが織りなす関係について描かれた定理4。個人的には精緻に対応していると感じられるのだが、いかがだろうか。
これまでのように根性を見せる座標計算で示すのもよいが、今回に限っては計算量が多すぎる。レムニスケートは4次曲線であり、単純に式を4乗する必要があることに加え、定理4には「回転したレムニスケート」までもが登場するからだ。24時間かけて計算しても証明が完了しなかった、とだけ述べておく。
代わりに、幾何学的なアプローチを用いる。突飛な発想を求められるものの、計算量が著しく軽減されるのが特長だ。今回は特に反転幾何の知識を多く動員するので、反転幾何を知らない読者は本節を読み飛ばし、別のWebサイト等で勉強してから戻ってくるのがよいだろう。
では、証明を書き始める。長くなるので、Mathlog標準書式である証明の括弧は用いない。
中心を
2箇所で反転する珍しい構図
線分
このとき、
また簡単な角度計算より
なお、上記の証明より、
直角な双曲線
教科書に載せたいくらい汎用性が高い
参考文献に挙げている「 A simple proof of Gibert's generalization of the Lester circle theorem 」の中に証明が載っている。そこまで疲れない座標計算。 (証明終)
余談だが、補題6を共同研究者の立見鶏氏に紹介したところ、「何となく(初等幾何で)行けそうな気がする」と仰ってから1時間弱で本当に初等幾何解法を完成させられた。氏が凄いのか初等幾何が凄いのか。
興味のある方は以下をクリックしていただきたい。
中心を
元の定理どこいった?
中心が
2次曲線の一般的な性質として、
OA^2+PT^2=OT^2←これ三平方では?
このことから、次の事実が導かれる。
において、
今、ここに3つ目の双曲線
点線で描いた円に深い意味は無い(消し忘れ)
直線
ゆえに
さて、
唐突に現れた直交レムニスケートさん
上図が反転したものである(無限遠点の反転先(要するに
反転前の図で、5点
あとは
証明が済んだので堂々の再掲
ここまで通しで読んでくれた読者も、冒頭の注意書きに従って本節から読み始めた読者も、ひとまずお疲れ様と言いたい。スクロールだけでも1日の摂取カロリーの50%ほどを消費されたのではなかろうか。実際、ここまで長いMathlog記事は数えられるほどしか知らない。どうしてこんなものを書こうとしたのか、永遠の謎である。
レムニスケート版『三平方の定理』の話題に戻ろう。本定理において特筆すべきは、「
カラフルは正義
これこそが、私の考えるレムニスケート版『三平方の定理』である。「いやいや、こちらのほうが三平方の名を冠するに相応しい」という構図を、もしくは「君の定理は〇〇という論文に掲載されている」という先行研究をご存知の読者がいらっしゃれば、本記事のコメントか Twitter でご教示ねがいたい。
最後になるが、本定理の研究にあたって様々な初等幾何学的考察を提供してくださった立見鶏氏に、改めて感謝を送る。氏の存在なしには、定理を見つけることこそ出来たとしても、何日もかけて煩雑きわまりない座標計算を熟すしか手立てが無かったのだから。あと補題6の証明図も。ありがとうございます。
最後の最後に、本定理を応用した自作問題を紹介し、記事を締めくくることにする。しばらく更新が滞ると思われるものの、次の記事も変わらず読んでいただければ有難い。
?の面積を求めなさい。
実際にはこの問題から逆に三平方を見出したのですがね