はじめに
この記事では後の記事に向けて-モジュラー関数というものの簡単な性質について解説していきます。
-モジュラー関数
昔に書いた
モジュラー形式の記事
の言葉を引用すると、モジュラー関数とは以下のように定義されるものを言うのでした。
モジュラー変換
の元と複素数に対してモジュラー変換を
と定める。このときモジュラー変換全体のなす群をモジュラー群という。
(行列とモジュラー変換を同一視していることに注意する。)
モジュラー関数
上半平面上の関数であって次の条件を満たすもののことをモジュラー関数という。
- は上有理型である
- は任意のモジュラー変換に対して等式
を満たす。 - はカスプにおいても有理型である。
これに類似して-モジュラー関数というものは以下のように定義されます。
-モジュラー関数
モジュラー群の部分群を
によって定め、の作用に対して不変でコンパクトリーマン面
上有理型(後述)な関数を-モジュラー関数という。
の構造
おおよそ
昔の記事
と同じ手順での構造を調べていきます。
は変換群としてつの行列
によって生成される。つまり
が成り立つ。
行列
に対しについての数学的帰納法で示す。モジュラー変換として
が成り立つので符号についてはあまり気にしないこととする。
のとき
よりなので
と主張を得る。
のとき
転置を考えることでとしてよい。このとき
よりが成り立つことに注意する。
・のとき
より帰納法の仮定が適用できる。
・のとき、となるように符号をとれば
となるので帰納法の仮定が適用できる。
・かつのとき
に注意するとつまり
がわかるので帰納法の仮定が適用できる。
基本領域
の定める基本領域は
かつかつ
を満たす領域とその境界線
または
からなる。
基本領域のイメージ図(Wolfram MathWorldより引用)
図の領域をとおいたとき、
任意のに対してあるとがあって
任意のに対しならば
が成り立つことを示せばよい。
の証明
を最大にする、つまりを最小にするようなを取り
となるような整数に対し
とおく。
このときの最大性から
つまりが成り立つのでを得る。
(のときはとおけばとなる。)
の証明
についてとしてよい。このとき
なのでとおくと
と評価できる。
- のとき
よりとなる。またとなるのでに注意するとまたはが成り立つ。
- のとき
より矛盾。 - のとき
よりおよびでなければならない。このときとしてよく、よりとなるが、に注意すると
なのでよりであるためにはでなければならない。このとき
となって矛盾。
- のとき
よりが成り立つ。また
となることから、
となることからが成り立ち、よりに注意するとが成り立つ。
しかしよりがわかり、となるので実部の範囲からでなければならない。つまりを得る。
基本領域についての注意点
上で挙げた基本領域はの場合と違ってを付け加えただけではコンパクトリーマン面にはなりません。なぜならを軸に折りたたんでリーマン面を作った時(
イメージ
)にその下端の点が欠けてしまうからです。したがっての基本領域がなすコンパクトリーマン面はも含めた領域を考えなければなりません。
また-モジュラー関数の定義では「上有理型」という条件が出てきましたが、これは平たく言うと
・上有理型である。
・基本領域でのにおける極限が存在する(あるいはとなる)。
と言い換えられます(多分)。ここらへんはリーマン面の理論によって精密に議論することができますが、とりあえずはこれくらいのお気持ちで大丈夫だと思います。
有界性よりが存在するが、再び有界性よりは上、特に上でその絶対値を最大にするので最大値の原理よりそのような関数は定数関数でしかありえないことがわかる。
任意の有理数に対してなる整数を適当にとると、が偶数のとき
が、が偶数のとき
が、が共に奇数のとき
が成り立つのでとなることがわかる。
次変換と
奇素数に対し
と定め、その同値関係による商を考えると
が成り立つ。
なのでよりこれらは整数行列にならない。つまりこれらは異なる同値類を定めることがわかる。
いま任意のはある上三角行列と同値であることを示す。もしが上三角行列ではない、つまりであるとすると奇数性よりでもあることからに対しとなるような奇数と偶数が取れて、
とはある上三角行列と同値であることがわかる。いまこの行列式を考え、符号を適当にとることで
としてよい。またとしたとき
となることに注意すると主張を得る。
-モジュラー関数に対し集合
はの作用に対して不変である。
特にについて対称的な関数はの作用に対して不変となる。
任意のに対してとなるのであるがあって、つまりが成り立つ。またあるに対してが成り立つとするとつまりが成り立つことになり矛盾。よって
を得る。
これらはが一般の自然数であるときにも一般化できます。
自然数に対し
と定め、その同値関係による商を考えると
が成り立つ。。また-モジュラー関数に対して
とおくと、これはの作用に対して不変である。
またこれはについても成り立ちます。
正整数に対し
と定め、その同値関係による商を考えると
が成り立つ。またモジュラー関数に対し
とおくと、これはの作用に対して不変である。
モジュラー関数
代表的な-モジュラー関数としてモジュラー関数というものを紹介しておきます。
これは
前回の記事
で定めた関数とという関係にあることがわかります。
関数について任意のの作用に対して
が成り立つことと
かつかつ
が成り立つことは同値である。
命題1から
昔の記事
の命題3と同様にしてわかる。
は重さの-モジュラー形式である。特には-モジュラー関数となる。
に注意すると
が成り立つ。また同様に
から
がわかるので命題9より主張を得る。
はの作用に対して不変ですが、の作用に対してもある種の保型性が成り立ちます。
が成り立つ。特にはの作用に対して
のいずれかに移る。
においてとなるので
が成り立つ。よってヤコビの恒等式とヤコビの変換公式に注意すると
を得る。
またはによって生成されるので、その作用によるの行き先はによって生成される。この生成元をとおくとが成り立つことから
つまり
を得る。
テータ関数はにおいて零点も極も取らず、つまりにおいてはが成り立つのでは上で正則となります。つまり命題3によって定数関数とならないためにはは上で極を取る必要があります。
またこの結果と命題4よりの有理数点での挙動は以下のようになります。
ちょっとした補題
最後に後の記事で使うことになる命題を一つ示しておきます。
ヤコビの楕円関数を
前回の記事
の定理11
によっての関数とみなしたとき、は-モジュラー関数となる。
およびヤコビの変換公式
に注意すると
がわかるので命題7より主張を得る。
この命題はが異なっていてもの値が同じであればも同じ関数を定めることを示しています。