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大学数学基礎解説
文献あり

モジュラー群Λとモジュラーλ関数

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はじめに

 この記事では後の記事に向けてΛ-モジュラー関数というものの簡単な性質について解説していきます。

Λ-モジュラー関数

 昔に書いた モジュラー形式の記事 の言葉を引用すると、モジュラー関数とは以下のように定義されるものを言うのでした。

モジュラー変換

SL(2,Z)={(abcd)|a,b,c,dZ,adbc=1}
の元γ=(abcd)と複素数zに対してモジュラー変換γz
γz=az+bcz+d
と定める。このときモジュラー変換全体のなす群Γ=SL(2,Z)モジュラー群という。
(行列とモジュラー変換を同一視していることに注意する。)

モジュラー関数

上半平面H={zCIm(z)>0}上の関数fであって次の条件を満たすもののことをモジュラー関数という。

  1. fH上有理型である
  2. fは任意のモジュラー変換γz=az+bcz+dに対して等式
    f(az+bcz+d)=f(z)
    を満たす。
  3. fはカスプz=iにおいても有理型である。

 これに類似してΛ-モジュラー関数というものは以下のように定義されます。

Λ-モジュラー関数

 モジュラー群Γの部分群Λ
Λ={(abcd)Γ|a,d:,b,c:}
によって定め、Λの作用に対して不変でコンパクトリーマン面
ΛH=(ΛH){1,0,i}
上有理型(後述)な関数fΛ-モジュラー関数という。

Λの構造

 おおよそ 昔の記事 と同じ手順でΛの構造を調べていきます。

Λは変換群として2つの行列
(1201),(1021)
によって生成される。つまり
Λ=(1201),(1021)
が成り立つ。

行列
(abcd)
に対しaについての数学的帰納法で示す。モジュラー変換として
(1001)=(1001)
が成り立つので符号についてはあまり気にしないこととする。

a=1のとき

adbc=dbc=1よりd=1+bcなので
(1bc1+bc)=(10c1)(1b01)=(1021)c/2(1201)b/2
と主張を得る。

a3のとき

 転置を考えることで|b||c|としてよい。このとき
2|b|2|bc|2|ad|+1<2(|ad|+1)a+|d|+2
より2|b|a+|d|が成り立つことに注意する。

|d|<aのとき
(abcd)=(dbca)1
より帰納法の仮定が適用できる。

2|b|<a+|d|のとき、|d±2b|=2|b||d|となるように符号をとれば
(10±21)(abcd)=(abc±2ad±2b)=(d±2b(c±2a)ba)1
となるので帰納法の仮定が適用できる。

a|d|かつ2|b|=a+|d|のとき
 2|b|=a+|d|2|ad|+1に注意すると|b|=|c|,|d|=a+2つまり
(abcd)=(aa+1(a+1)(a+2))=(a2a1(a1)a)(1223)
がわかるので帰納法の仮定が適用できる。

基本領域

 Λの定める基本領域ΛH
1<Re(z)<1かつ|2z+1|>1かつ|2z1|>1
を満たす領域とその境界線
Re(z)=1または|2z+1|=1
からなる。

基本領域のイメージ図(Wolfram MathWorldより引用) 基本領域のイメージ図(Wolfram MathWorldより引用)

 図の領域をDとおいたとき、
(i)任意のzHに対してあるwDγΛがあってw=γz
(ii)任意のzD,γΛに対しγzDならばγz=z
が成り立つことを示せばよい。

(i)の証明

Im(γz)=Im(az+bcz+d)
を最大にする、つまり|cz+d|を最小にするようなγΛを取り
1Re(γz+2n)<1
となるような整数nに対し
γ=(12n01)γ,w=γz=γz+2n
とおく。
 このときIm(w)の最大性から
Im((10±21)w)=Im(w1±2w)=Im(w)|1±2w|2Im(w)
つまり|2w±1|1が成り立つのでwDを得る。
(|2γz1|=1のときはγ=(1021)γ,w=γzとおけば|2w+1|=1となる。)

(ii)の証明

 z,γzDについてIm(z)Im(γz)としてよい。このとき
Im(z)Im(z)|cz+d|2
なのでz=x+iyとおくと
1|cz+d|2=c2(x2+y2)+2cdx+d2c2|x|+2cdx+d2(|2z±1|21=4(x2±x+y2)0)(|c|2|d|)|cx|+d2{d2(|c|2|d|)(|c||d|)2(|c|<2|d|)(|x|1)
と評価できる。

  • |c|2|d|のとき
    1d2より|d|=1となる。また0=(|c|2|d|)|cx|となるので|c|2|d|>0に注意するとx=0または|c|=2|d|=2が成り立つ。
    • x=0のとき
      1|cz+d|2=c2y2+14y2+1>1より矛盾。
    • |c|=2のとき
      |2z±1|1より|2z+1|=1およびc=2dでなければならない。このときc=2,d=1としてよく、adbc=a2b=1よりa=2b+1となるが、x2+y2=xに注意すると
      Re(γz)=Re(((2b+1)z+b)(2z+1)|2z+1|2)=2(2b+1)x+(4b+1)x+b=bx
      なので1<x<0より1Re(γz)<1であるためにはb=0でなければならない。このとき
      |2γz1|=|2z2z+11|=1|2z+1|=1
      となって矛盾。
  • |c|<2|d|のとき
    1(|c||d|)2より(|c||d|)2=1が成り立つ。また
    (|c|2|d|)|cx|+d2=(|c||d|)2
    となることからx=1
    1=|cz+d|2=(cx+d)2+c2y2(cd)2
    となることから(cd)2=1が成り立ち、c2y2=0よりy>0に注意するとc=0,d=±1が成り立つ。
    しかしadbc=±a=1よりa=±1がわかり、γz=z±bとなるので実部の範囲からb=0でなければならない。つまりγ1を得る。

基本領域についての注意点

 上で挙げた基本領域ΛHΓHの場合と違ってiを付け加えただけではコンパクトリーマン面にはなりません。なぜならRe(z)=0を軸に折りたたんでリーマン面を作った時( イメージ )にその下端z=0,±1の点が欠けてしまうからです。したがってΛの基本領域がなすコンパクトリーマン面は1,0も含めた領域(ΛH){1,0,i}を考えなければなりません。
 またΛ-モジュラー関数の定義では「ΛH上有理型」という条件が出てきましたが、これは平たく言うと
H上有理型である。
・基本領域ΛHでのz1,0,iにおける極限が存在する(あるいは|f(z)|となる)。
と言い換えられます(多分)。ここらへんはリーマン面の理論によって精密に議論することができますが、とりあえずはこれくらいのお気持ちで大丈夫だと思います。

 H上有界なΛ-モジュラー関数は定数関数に限る。

 有界性よりf(0),f(1),f(i)が存在するが、再び有界性よりh(z)=(f(z)f(1))(f(z)f(0))(f(z)f(i))ΛH上、特にH上でその絶対値を最大にするので最大値の原理よりそのような関数は定数関数でしかありえないことがわかる。

おまけ

 ΛQ={1,12,0}が成り立つ。

 任意の有理数p/qに対してqxpy=1なる整数x,yを適当にとると、pが偶数のとき
pq=0x+p0y+q
が、qが偶数のとき
pq=12(2xp)+x12(2yq)+y
が、p,qが共に奇数のとき
pq=(xp)+x(yq)+y
が成り立つのでΛQ={1,12,0}となることがわかる。

p次変換とΛ

 奇素数pに対し
Tp={(abcd)|adbc=p,a,d:,b,c:}
と定め、その同値関係AΛBAB1Λによる商ΛTpを考えると
ΛTp={ΛAj|Ap=(p001),Aj=(12j0p)(j=0,1,,p1)}
が成り立つ。

(12j0p)(p001)1=1p(12j0p)(100p)=1p(12pj0p2)
(12j0p)(12j0p)1=1p(12j0p)(p2j01)=1p(p2(jj)0p)
なので2pよりこれらは整数行列にならない。つまりこれらは異なる同値類を定めることがわかる。
 いま任意のA=(abcd)Tpはある上三角行列と同値であることを示す。もしAが上三角行列ではない、つまりc0であるとすると奇数性よりa0でもあることからa=ga,c=gc(g=gcd(a,c))に対しax+cy=1となるような奇数xと偶数yが取れて、
(xyca)(abcd)=(0)
Aはある上三角行列と同値であることがわかる。いまこの行列式を考え、符号を適当にとることで
AΛ(p2j01),(12j0p)
としてよい。またj=qp+rとしたとき
(12j01)(p2j01)=(p001)
(12q01)(12j0p)=(12r0p)
となることに注意すると主張を得る。

 Λ-モジュラー関数fに対し集合
F(z)={f(Ajz)0jp}
Λの作用zAzに対して不変である。
 特にf(Ajz)について対称的な関数はΛの作用に対して不変となる。

 任意のAΛに対してAjATpとなるのであるkjがあってAjAΛAkj、つまりf(AjAz)=f(Akjz)が成り立つ。またあるijに対してAkiΛAkjが成り立つとするとAiAΛAjAつまりAiΛAjが成り立つことになり矛盾。よって
F(Az)={f(Akjz)0jp}={f(Ajz)0jp}=F(z)
を得る。

 これらはpが一般の自然数であるときにも一般化できます。

 自然数pに対し
Tp={(abcd)|adbc=p,a:,b,c:}
と定め、その同値関係AΛBAB1Λによる商ΛTpを考えると
ΛTp={ΛAa,j|Aa,j=(a2j0d)(ad=p,0j<d)}
が成り立つ。。またΛ-モジュラー関数fに対して
F(z)={f(Az)AΛTp}
とおくと、これはΛの作用に対して不変である。

 またこれはΓについても成り立ちます。

 正整数pに対し
Sp={(abcd)|adbc=p}
と定め、その同値関係AΓBAB1Γによる商ΓSpを考えると
ΓSp={ΓBd,j|Bd,j=(dj0p/d)(dp,j=0,1,,p/d1)}
が成り立つ。またモジュラー関数fに対し
F(z)={f(Bz)BΓSp}
とおくと、これはΓの作用に対して不変である。

モジュラーλ関数

 代表的なΛ-モジュラー関数としてモジュラーλ関数というものを紹介しておきます。

モジュラーλ関数

 テータ関数θj(τ)=θj(0,τ)に対してモジュラーλ関数
λ(τ)=θ2(τ)4θ3(τ)4
と定める。

 これは 前回の記事 で定めた関数k(τ)λ(τ)=k(τ)2という関係にあることがわかります。

 関数fについて任意のΛの作用zaz+bcz+dに対して
f(az+bcz+d)=(cz+d)kf(z)
が成り立つことと
f(z+2)=f(z)かつf(z2z+1)=(2z+1)kf(z)かつf(z)=(1)kf(z)
が成り立つことは同値である。

 命題1から 昔の記事 の命題3と同様にしてわかる。

θ2(τ)4,θ3(τ)4,θ4(τ)4は重さ2Λ-モジュラー形式である。特にλ(τ)Λ-モジュラー関数となる。

θ3(τ+2)=θ3(τ)θ3(1/τ)=iτθ3(τ)
に注意すると
θ3(τ2τ+1)2=i(2+1τ)θ3(21τ)2=i(2+1τ)θ3(1τ)2=i(2+1τ)(iτ)θ3(τ)2=(2τ+1)θ3(τ)2
が成り立つ。また同様に
θ2(τ+2)=eπi/2θ2(τ)θ4(τ+2)=θ4(τ)θ2(1/τ)=iτθ4(τ)θ4(1/τ)=iτθ2(τ)
から
θ2(τ2τ+1)2=(2τ+1)θ2(τ)2
θ4(τ2τ+1)2=(2τ+1)θ4(τ)2
がわかるので命題9より主張を得る。

 λΛの作用に対して不変ですが、Γの作用に対してもある種の保型性が成り立ちます。

λ(τ+1)=λ(τ)λ(τ)1,λ(1τ)=1λ(τ)
が成り立つ。特にλΓの作用zAzに対して
λ,1λ,1λ,11λ,λλ1,11λ
のいずれかに移る。

 ττ+1においてqqとなるので
θ2(τ+1)=n=(1)n(n+1)eπi/4q(n+12)2=eπi/4n=q(n+12)2=eπi/4θ2(τ)θ3(τ+1)=n=(q)n2=n=(1)nqn2=θ4(τ)
が成り立つ。よってヤコビの恒等式θ24+θ44=θ34とヤコビの変換公式に注意すると
λ(τ+1)=θ2(τ)4θ4(τ)4=θ2(τ)4θ2(τ)4θ3(τ)4=λ(τ)λ(τ)1λ(1τ)=θ4(τ)4θ3(τ)4=1λ(τ)
を得る。
 またΓ(1101),(0110)によって生成されるので、その作用によるλの行き先は(1011),(1101)によって生成される。この生成元をS,TとおくとS2=T2=(ST)3=Iが成り立つことから
S,T={I,S,T,ST,TS,STS}={(1001),(1011),(1101),(1110),(0111),(0110)}
つまり
S,Tλ={λ,λλ1,1λ,11λ,11λ,1λ}
を得る。

 テータ関数θ2(τ),θ3(τ)Hにおいて零点も極も取らず、τ=iつまりq=0においてはθ2(i)=0,θ3(τ)=(i)=1が成り立つのでλ(τ)H{i}上で正則となります。つまり命題3によって定数関数とならないためにはλ(τ)Q上で極を取る必要があります。

 λ(0)=1,λ(12)=0,λ(1)=が成り立つ。

 λ(i)=0
λ(1τ)=1λ(τ)
からλ(0)=1、それに加えて
λ(τ1)=λ(τ)λ(τ)1
からλ(1)=、さらに
λ(τ1τ)=1λ(τ)
からλ(12)=0を得る。

 またこの結果と命題4よりλの有理数点での挙動は以下のようになります。

命題12

λ(pq)={1(p:)0(q:)(p,q:)が成り立つ。

ちょっとした補題

 最後に後の記事で使うことになる命題を一つ示しておきます。

 ヤコビの楕円関数sn(u,k) 前回の記事 の定理11
sn(u,k)=sn[u,τ]=θ3(τ)θ2(τ)θ1(v,τ)θ4(v,τ)(k=θ2(τ)2θ3(τ)2,v=uπθ3(τ)2)
によってτの関数とみなしたとき、sn[u,τ]Λ-モジュラー関数となる。

θ1(v,τ+2)=eπi/2θ1(v,τ+2)θ2(v,τ+2)=eπi/2θ2(v,τ+2)θ3(v,τ+2)=θ3(v,τ+2)θ4(v,τ+2)=θ4(v,τ+2)
およびヤコビの変換公式
A(v,τ)=iτeπiv2/τθ1(vτ,1τ)=iA(v,τ)θ1(v,τ)θ2(vτ,1τ)=A(v,τ)θ4(v,τ)θ3(vτ,1τ)=A(v,τ)θ3(v,τ)θ4(vτ,1τ)=A(v,τ)θ2(v,τ)
に注意すると
sn[u,τ+2]=sn[u,τ]sn[u,τ2τ+1]=θ3(τ2τ+1)θ2(τ2τ+1)θ1(v2τ+1,τ2τ+1)θ4(v2τ+1,τ2τ+1)=iθ3(21τ)θ4(21τ)θ1(vτ,21τ)θ2(vτ,21τ)=(i)2θ3(τ)θ2(τ)θ1(v,τ)θ2(v,τ)=sn[u,τ]=sn[u,τ]
がわかるので命題7より主張を得る。

 この命題はτが異なっていてもk2の値が同じであればsn(u,k)も同じ関数を定めることを示しています。

参考文献

[1]
J. M. Borwein, P. B. Borwein, Pi and the AGM: A Study in Analytic Number Theory and Computational Complexity, Wiley-Interscience, 1987, pp. 112-121
投稿日:20221112
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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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