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イデアルにおけるLTEの補題

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前回は (LTEの補題とその応用~一般化へ向けて~) ではLTEの補題を$p=2$や有理数まで拡張しました.これまでは数オリ寄りの話題について触れていましたが,ここからは高校数学を離れてLTEの補題を環論に一般化していこうと思います.ですが証明は前回までとよく似ています.最後にここで示した定理を使って解ける面白い問題を紹介します.

イデアルにおける弱い付値

以下,(可換とは限らない)環$R$は単位元を持つとします.また,$\mathbb Z$の元は自然な写像$\mathbb Z\longrightarrow R$によって$R$の元と見なします.($n$$1_R+1_R+...+1_R$($n$回足す)に移す写像)以下の定義は,おそらくここだけの記号となります.

イデアルにおける弱い付値

$R$とその両側イデアル$I$に対し,$v_I:R\longrightarrow \mathbb Z_{\geq0}\cup\{\infty\}$$x\in R$に対して,$x\in I^n$だが$x\not\in I^{n+1}$となる非負整数$n$で定め,もしそのような$n$が存在しないなら$v_I(x)=\infty$とする.

これは後に紹介するであろう付値の定義を満たすとは限らない.しかしLTEの補題を成立させるのには十分な性質を持っている.いつものように$v_I$$I$が明らかなときは省略する.

イデアルにおける弱い付値

$R=\mathbb Z,I=(p)$とすれば,$v_{(p)}=v_p$となり,通常の付値と一致する.
$R=\mathbb Z,I=(4)$とすると$v_{(4)}(8)=1,v_{(4)}(2)=0$だが$v_{(4)}(2\cdot8)=2\neq1+0$となり,$p$進付値の性質$v(xy)=v(x)+v(y)$を満たさない.

($I$が単項イデアルで$a$で生成されるなら$v_I=v_a$と略す事があるかもしれないです.)
まずは基本的な性質を証明する.

$(1)$$I$を両側イデアルとする.$x$$\overline x\in (R/I)^*$を満たすとき,全ての$y\in R$に対して,$v_I(xy)=v_I(yx)=v_I(y)$である.
一般に$v_I(xy)\geq v_I(x)+v_I(y)$が成り立つ.
$(2)$$x,y\in R$$v_I(x)\neq v_I(y)$を満たすなら,$v_I(x+y)=\min(v_I(x),v_I(y))$である.
一般に$v_I(x+y)\geq\min(v_I(x),v_I(y))$が成り立つ.

$(1)$$v_I(y)=\infty$のときは$y\in I_0=\displaystyle{\bigcap_{k=1}^\infty I^k}$であり,$I_0$がイデアルであることから従う.
$v_I(y)=a$とするとき$xy\in I^a,xy\not\in I^{a+1}$を示せば良い.($yx$のときも同様である.)前者はイデアルの定義から自明である.後者は,$xy\in I^{a+1}$なら,$R/I^{a+1}$において$\overline{xy}=0$となり,$x\in(R/I)^*$から$x\in (R/I^{a+1})^*$を示せれば,両辺に$x^{-1}$をかけて$\overline y=0$,つまり$y\in I^{a}$となり矛盾する.
$\overline x^{-1}\mod I^n$を帰納的に構成する.$n=1$のときは仮定より$\overline x^{-1}$は存在する.$n=k$のとき$\overline x^{-1}=\overline y(\mathrm{mod}\ I^k)$とすると,$xy=1+t\ (t\in I^k)$と書ける.$z=y+s\ (s\in I^k)$とすると,$xz=1+t+xs$となる.$\overline s=-\overline{x}^{-1}\overline t\ (\mathrm{mod}\ I)$となるように$s$を定めれば,$xz=1\ (\mathrm{mod}\ I^{k+1})$となり,$n=k+1$のときも構成できたので帰納法より全ての正整数$n$$\overline x^{-1}\mod I^n$を構成できる.
後半は$x\in I^{v_I(x)},y\in I^{v_I(y)}$から$xy\in I^{v_I(x)+v_I(y)}$であることから従う.

$(2)$イデアルが和に関するアーベル群であることから従う.$v_I(x)< v_I(y)$とすると,$x+y\in I^{v_I(x)}$だが$x+y\in I^{v_I(x)+1}$となるなら,$x\in I^{v_I(x)+1}-y=I^{v_I(x)+1}$となり,矛盾する.他の場合も同様である.

これを受けて以下のように付値の類似を定義する.(この定義も一般的ではないと思う)

付値の類似

$R$を環,$X$を順序アーベル群とする.以下の条件を満たす写像$v:R\longrightarrow X\cup \{\infty\}$を付値の類似と呼ぶこととする.
$(1)$$v(xy)\geq v(x)+v(y)$
$(2)$$v(x+y)\geq\min(v(x),v(y))$
$(3)$$v(1)=v(-1)=0,v(0)=\infty$

このとき以下の性質が成り立つ.

$R'=\{x\in R|v(x)\geq0\},I=\{x\in R|v(x)>0\}$とすると$R'$は環で$I$はその両側イデアルである.

定義からほとんど明らかである.加法逆元は$v(-x)\geq v(x)+x(-1)=v(x)$から存在する.

さらに補題$1$$(1)$を付値の類似に課してみる.

弱い付値

付値の類似$v:R\longrightarrow X\cup\{\infty\}$$\overline x\in (R'/I)^*\Longrightarrow v(xy)=v(yx)=v(y)$を満たすときこれを弱い付値と呼ぶこととする.

弱い付値におけるLTEの補題

$R$を環とし,$v$を弱い付値とする.$x\in R$$x-1\in I$を満たすなら任意の$n\in (R'/I)^*$となる正整数に対して$$v(x^n-1)=v(x-1)$$が成立する.

仮定より$x-1=t$とおくと$v(t)>0$であり,$$\begin{align}v(x^n-1)=&v((t+1)^n-1)\\=&v(t^n+nt^{n-1}+{}_nC_2t^{n-2}+...+{}_nC_2t^2+nt+1-1)\\=&v((t^{n-2}+nt^{n-2}+{}_nC_2t^{n-3}+...+{}_nC_2t+n)t) \end{align}$$
ここで$t\in I$より$\overline{t^{n-2}+nt^{n-2}+{}_nC_2t^{n-3}+...+{}_nC_2t+n}=\overline n\in (R'/I)^*$なので弱い付値の定義から,$v(x^n-1)= v((t^{n-2}+nt^{n-2}+{}_nC_2t^{n-3}+...+{}_nC_2t+n)t)=v(t)=v(x-1)$
がわかる.

これは$p=2$のときのLTEの補題の$(1)$にあたる.

より強いLTEの補題

前節で弱い付値とそこで成り立つLTEの補題述べたが,付値の条件を強めるとより原型に近いLTEの補題を得ることができる.以下の定義も例によってここだけの用語である.(ネーミングセンスがあれですが...$\mathbb Z$と整合性がとれるということで許してください.())

弱いZ付値

弱い付値$R\longrightarrow X\cup\{\infty\}$が任意の$n\in \mathbb Z$に対して$v(nx)=v(n)+v(x)$を満たすときこれを弱い$\mathbb Z$付値という.

弱い$\mathbb Z$付値で成り立つLTEの補題を示す前に一つ補題を示しておく.

付値の類似に対して$$v(x)\neq v(y)\Longrightarrow v(x+y)=\min(v(x),v(y))$$が成立する.

対称性より$v(x)< v(y)$の時のみ示せば良い.$v(-y)\geq v(y)+v(-1)=v(y)$,$v(x+y)\geq v(x)$より
\begin{align}v(x+y)\geq& v(x)\\=&v(x+y-y)\\\geq &\min(v(x+y),v(-y))\\\geq&\min(v(x+y),v(y))=X \end{align}となる.$X=v(y)$のときは$v(x)\geq v(y)$となり,矛盾するので,$X=v(x+y)$.よって上の式の不等号が全て等号であるので,示された.

弱いZ付値におけるLTEの補題

$R$を環,$v:R\longrightarrow X\cup\{\infty\} $を弱い$\mathbb Z$付値とする.
$x\in R$$2$以上の全ての正整数$k$に対して$v((x-1)^{k-1})>v(k)$特に$(k-1)v(x-1)>v(k)$を満たすとする.このとき$n$を任意の正整数とすると$$ v(x^n-1)=v(x-1)+v(n) $$が成立する.

仮定より$x-1=t$とおくと$v(t)>0$であり,$$\begin{align}v(x^n-1)=&v((t+1)^n-1)\\=&v(t^n+nt^{n-1}+{}_nC_2t^{n-2}+...+{}_nC_2t^2+nt+1-1)\\=&v((t^{n}+nt^{n-1}+{}_nC_2t^{n-2}+...+{}_nC_2t^2+nt) \end{align}$$よって補題$4$から,$2$以上$n$以下の整数$k$$v({}_nC_kt^{k})>v(nt)$を示せば良い.
$$\begin{align}v({}_nC_kt^{k})+v(k)=&v(k{}_{n}C_{k}t^{k})\\=&v(n{}_{n-1}C_{k-1}t^{k})\\\geq&v(nt^{k})\\=&v(t^{k-1})+v(nt)\\>&v(k)+v(nt) \end{align}$$(最後の変形に仮定を用いている.)よって補題$4$から$v(x^n-1)=v(n(x-1))=v(x-1)+v(n)$を得る.

この定理は奇素数の時のLTEの補題や$p=2$のLTEの補題の$(2)$に当たる.

一般化されたLTEの補題の応用

ここではここまでで示したLTEの補題を行列環に適用し,興味深い問題を紹介する.
$n$を正整数とし,$M=M_n(\mathbb Z)$とし,$\mathfrak{p}=pM$とすると,$\mathfrak p$は両側イデアルとなる.従ってこれから弱い付値を定義できる.この付値の類似は弱い$\mathbb Z$付値となる.証明は意外と簡単で,「$v(x)=n$$\Longleftrightarrow$$x$の各成分が$p$で割り切れる回数の最小値が$n$である」という事から従います.従って定理$5$を成立させる能力を持っている.

$p=7$とすると,$ v_7\left(\begin{matrix}0 & 7\\ 2401 & 21\end{matrix}\right)=1$である.
$p=3$のとき$ A=\left(\begin{matrix}1 &3\\-3 &4\end{matrix}\right)$のとき$v_3(A-E)=1$($E$は単位行列)である.従って($k-1>v_3(k)$なので)定理$5$から$v_3(A^3-E)=2$である.実際$A^3-E=\left(\begin{matrix}-54 &36\\-36 &-18\end{matrix}\right)$なので定理が正しい事がわかる.

さて,これを使って解くことができる問題を紹介する.

問題

$n$を非負整数とし,多項式$f_n(x)$$f_0(x)=x,f_{n+1}(x)=f_n(20x^2+x)$で定める.
このとき$f_{2020!}(2020)-2020$の末尾の$0$の個数を求めよ.

解答

$a:f(x)\longrightarrow f(20x^2+x)$が環準同型つまり,$\mathbb Z$加群の準同型である事からその表現行列を考える.
$f_n(x)$$x^3$で割った余りを$g_n(x)$とおくと,ある整数列$a_n$が存在して$g_n(x)=a_nx^2+x$と書ける.ここで$g_0(x)=x$より,$$a_0=0,g_{n+1}(x)=a_n(20x^2+x)^2+20x^2+x=(a_n+20)x^2+x\ (\mathrm{mod}\ x^3)$$なので,$a_n=20n$がわかる.

次に$f_{2020!}(x)$の二次以上の項の末尾の$0$の個数が$2020!$の末尾の$0$の個数より多い事を示す.整数$m$の末尾の$0$の個数は$v_2(m),v_5(m)$の小さい方と等しいことに注意する.
$N$を十分大きい整数とすると,$f_{2020!}$$x^N$で割った余りも$f_{2020!}$となる.また$\mathbb Z[x]/(x^N)$$\mathbb Z$上の自由加群であり,ランクは$N$である.(ランクが無限だと議論が怖いので剰余してランクを有限にした)ここにおいて$x$$20x^2+x$に移す写像は線形写像であり,その表現行列(基底は$1,x,x^2,x^3...$とする)を$A$とすると,明らかに$A-E\in 20M_N(\mathbb Z)$なので$v_2(A-E)=2,v_5(A-E)=1$となる.従って$2(k-1)>v_2(k),k-1>v_5(k)$なので定理$5$から$v_2(A^{2020!}-E)=2+v_2(2020!),v_5(A^{2020!}-E)=1+v_5(2020!)$となる.よって$x$$e_2=\left(\begin{matrix}0\\1\\0\\0\\.\\.\\.\\\end{matrix}\right)$$f_{2020!}(x)=A^{2020!}e_2$と見なせるので$f_{2020!}(x)-x$$A^{2020!}-E$となり,上の結果から係数を見れば$f_{2020!}(x)$の二次以上の項の末尾の$0$の個数は$2020!$の末尾の$0$の個数より多い.
よって$2020!$の末尾の$0$の個数は$404+80+16+3=503$より$f_{2020!}-x=10^{504}x^2(xg(x)+k)$($k$$5$で割り切れない(最初の議論から$k=\frac{2020!\cdot20}{10^{504}}$のため)).これに$2020$を代入すると$f_{2020!}(2020)-2020$の末尾の$0$の個数は$506$個であるとわかる.

初等的な問題なのに行列のLTEの補題を使って解くことができるのは面白いと思ういます.
今回は$p=2$のLTEの補題の$(1),(2)$の形の定理を示すことが出来たが$(3)$を考えることは出来るだろうか.これは代数的整数などには示すことが出来るのでそこら辺の話を次回書こうかと思います.

投稿日:2020119

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