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大学数学基礎解説
文献あり

日曜数学会発表資料「ラマヌジャン定数の謎を追え!」

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$$\newcommand{a}[0]{\alpha} \newcommand{b}[0]{\beta} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{d}[0]{\delta} \newcommand{dis}[0]{\displaystyle} \newcommand{e}[0]{\varepsilon} \newcommand{farc}[2]{\frac{#1}{#2}} \newcommand{G}[0]{\Gamma} \newcommand{g}[0]{\gamma} \newcommand{Gal}[0]{\operatorname{Gal}} \newcommand{id}[0]{\operatorname{id}} \newcommand{Im}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{l}[0]{\left} \newcommand{L}[0]{\Lambda} \newcommand{la}[0]{\lambda} \newcommand{Li}[0]{\operatorname{Li}} \newcommand{li}[0]{\operatorname{li}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{ol}[1]{\overline{#1}} \newcommand{ord}[0]{\operatorname{ord}} \newcommand{P}[0]{\mathfrak{P}} \newcommand{p}[0]{\mathfrak{p}} \newcommand{q}[0]{\mathfrak{q}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{r}[0]{\right} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Re}[0]{\operatorname{Re}} \newcommand{s}[0]{\sigma} \newcommand{t}[0]{\theta} \newcommand{ul}[1]{\underline{#1}} \newcommand{vp}[0]{\varphi} \newcommand{vt}[0]{\vartheta} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{z}[0]{\zeta} \newcommand{ZZ}[1]{\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z}} \newcommand{ZZt}[1]{(\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z})^\times} $$

はじめに

 この記事では私、子葉が2/11(土)に開催された第26回日曜数学会にて発表した内容をそれとなーくまとめたものになります。全体的には私が前に書いた記事「 ラマヌジャンの不変量を求める 」の内容を発表用に凝縮したものになってます。

ラマヌジャン定数の謎

スライド1 スライド1
 どうも。子葉と申します。今回はラマヌジャンの定数
$$g_{58}=\sqrt{\frac{\sqrt{29}+5}2}$$
の謎に迫っていきます。

スライド2 スライド2
 最近はラマヌジャンの円周率公式
$$\frac1\pi=\frac{2\sqrt2}{99^2}\sum^\infty_{n=0}\frac{(4n)!}{(n!)^4}\frac{26390n+1103}{396^{4n}}$$
についていろいろ勉強しているのですが、この公式に関係する定数として
$$g_{58}=\sqrt{\frac{\sqrt{29}+5}2}$$
という数があり、実際これの$12$乗を計算することで
$$\l(\frac{\sqrt{29}+5}2\r)^6=\frac{2\sqrt2\cdot26390}{\sqrt{58}}+396$$
として円周率公式の種々のパーツが現れます。
(これについては 前回の発表 でも紹介しましたね。)

 (追記)スライドでは
$$\l(\frac{\sqrt{29}+5}2\r)^6=\frac{2\sqrt2\cdot26390}{\sqrt{58}}+396$$
と書いていましたが、
$$\l(\frac{\sqrt{29}+5}2\r)^6=\frac{2\sqrt2\cdot26390}{\sqrt{58}}+\frac{396^2}{16}$$
の間違いです。

スライド3 スライド3
 この定数は一般に
$$g_N=2^{-\frac14}q^{-\frac1{24}}\prod^\infty_{n=1}(1-q^{2n-1})\quad(q=e^{-\pi\sqrt N})$$
と定義される数であり、$N$が自然数(あるいは正の有理数)のときモジュラー方程式という方程式を満たす代数的数となります。
 しかしモジュラー方程式というのは$N$の大きさに応じて次数も係数も大きくなる方程式となっているので、導出するのもそれを解いて$g_N$を計算するのも非常に大変です。では
$$g_{58}=\sqrt{\frac{\sqrt{29}+5}2}$$
はどうやって計算されたのでしょうか。

スライド4 スライド4
 それには
二次体の整数論(ドン!!!)
というものが関わっています。

二次体の整数論

スライド5 スライド5
 そこで出てくるのが二平方和定理です。何が何だかという感じですが後で繋がってきます。
 二平方定理は
$$n=x^2+y^2$$
という不定方程式についての定理で、フェルマーの二平方定理やヤコビの二平方和定理としてよく知られた話ではありますが、

スライド6 スライド6
 これを二次体の整数論パワーで一般化することで

スライド7 スライド7
 $N$がオイラーの便利数という数であるときや、さらにいくつかの性質を満たすとき、
$$n=x^2+Ny^2$$
という不定方程式の解の個数をクロネッカー記号$\dis\l(\frac an\r)$というものによって記述する公式が得られます。

スライド8 スライド8
 一般化二平方和定理は$g_N$の対数を取ることで
$$\sideset{}{'}\sum_{m,n}\frac{(-1)^m}{m^2+Nn^2}$$
という級数が現れることに効いてきます。
 実際、これをゼータ化して$l=m^2+Nn^2$についてまとめ、
$$\sideset{}{'}\sum_{m,n}\frac1{(m^2+Nn^2)^s}=\sum^\infty_{l=1}\frac{a_l}{l^s}$$
とおくと$a_l$$l=x^2+Ny^2$なる$x,y$の個数となります。
 ここで$s\to1$の極限を考えることで$g_N$が求められることになりますが、

スライド9 スライド9
 ここでまた二次体の整数論パワーが効いてきます。

スライド10 スライド10
 先の級数には
$$L_d(s)=\sum^\infty_{n=1}\l(\frac dn\r)\frac1{n^s}$$
という因子が現れますが、$D$が二次体の判別式であるときには二次体の類数公式という$L_D(1)$を求める公式が存在しています。この$h_D,\e_D,w_D$というのは二次体$\Q(\sqrt D)$に関係する定数となっています。

スライド11 スライド11
 以上より一般化二平方和定理から
$$\sideset{}{'}\sum_{m,n}\frac1{(m^2+Nn^2)^s} =\frac1{2^{r-1}}\sum_{2\nmid d\mid N}L_{\pm d}(s)L_{\mp4N/d}(s)$$
と分解でき、類数公式より$s\to1$の極限を考えると$N=2P$(偶数)のとき
$$\log g_{2P}^4 =\frac{\sqrt{2P}}{2^{r-1}\pi}\sum_{\substack{d|P\\d\neq1}}(1-\l(\frac d2\r))L_{\pm d}(1)L_{\mp8P/d}(1)$$
$g_{2P}$を求めることができます。
 この公式はごちゃごちゃしてて分かり辛いですが、$N=58$の場合は次のように書き下せます。

スライド12 スライド12
 よって$\Q(\sqrt{29}),\Q(\sqrt{-2})$の類数が共に$1$であることと、$\Q(\sqrt{29})$の基本単数が$\dis\frac{\sqrt{29}+5}2$であることから
$$g_{58}^2=\frac{\sqrt{29}+5}2$$
と計算できたわけです。

円周率公式の秘訣

スライド13 スライド13
 そしてこのような計算からラマヌジャンの円周率公式に採用されている$N=58$は特別な数であることがわかります。
 具体的には一般化二平方和定理を適用する条件として「$\Q(\sqrt{-N})$の類数が$2^r$」という類数についての条件があり、$N=2P$($P$は素数)の場合は類数$2$であることが条件となっています。そのような$P$$3,5,11,29$のみであり$P=29$、つまり$N=58$の場合は最大であったことがわかります。
 $N$が大きければ大きいほど$g_N$は大きくなり、円周率公式の収束が早くなります。また$N$の素因数が多いと$g_N$は煩雑になる、つまり円周率公式の指数の部分(ラマヌジャンの円周率公式でいうところの$396$)が整数にならず計算には向かなくなるので、$N=58$はかなり最良であったというわけです。

スライド14 スライド14
 このことは最新の円周率公式:Chudnovskyの円周率公式
$$\frac1\pi=12\sum^\infty_{n=0}(-1)^n\frac{(6n)!}{(3n)!(n!)^3}\frac{545140134n+13591409}{640320^{3n+\frac32}}$$
にも受け継がれています。この指数部分は
$$j\l(\frac{1+\sqrt{-163}}2\r)=-640320^3$$
という事実に基づいており、$j$が整数値を取っているのは$\Q(\sqrt{-163})$の類数が$1$であることに起因しています。そして$\Q(\sqrt{-N})$の類数が$1$となるような$N$であって最大のものは$N=163$であることが知られているので、Chudnovskyの円周率公式が現状最強の円周率公式となっているわけです。

スライド15 スライド15
 ということで、ラマヌジャン定数の謎を追っていたら
二次体の整数論ってすげー!
と感じたという話でした。
 ご清聴ありがとうございました。

参考文献

[1]
J. M. Borwein, P. B. Borwein, Pi and the AGM: A Study in Analytic Number Theory and Computational Complexity, Wiley-Interscience, 1987, pp. 293-295
[2]
Leonard E Dickson, Introduction to the Theory of Numbers, Dover, New York, 1951, pp. 72-84
[3]
David A. Cox, Primes of the form x² + ny², Wiley, 1989, pp. 53-57
[4]
M. L. Glasser, The evaluation of lattice sums. II: Number-theoretic approach, Journal of Mathematical Physics, 1972, pp. 701-703
[5]
I. J. Zucker, M. M. Rpbertson, A systematic approach to the evaluation of Σ (m,n>0)(am2+bmn+cn2)-s, Journal of Physics A Mathematical and General, 1976, pp. 1215-1225
投稿日:2023211

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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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