前回までは,あらかじめ与えられた拡大体の中で議論をしてきました。では,その「与えられる」拡大体がよい性質をもっていたら嬉しいと思いませんか。思いますよね。
今回は,そのような拡大体が存在することを証明します。
1.分解体の存在
2.最小分解体
$K$を体とする。$K$上の多項式$f$の根がすべて$K$のある拡大体$L$内にあるとき,$L$を$f$の分解体という。
定義は,次のようにも言い換えられる。すなわち,$L$が$f$の分解体であるとは,$f$が$L$上で$1$次式の積に分解できることである。
$K$を任意の体とする。$K$上の$1$次以上の任意の多項式$f$は分解体をもつ。すなわち,$f$はある$L/K$の中にすべての根をもつ。
証明の流れを先に述べておこう。
$K$と同型な体$K'$とその拡大体$M$をうまく用意し,$M$の部分集合$K'$を$K$に置き換えた集合$N$を考える。このとき,実は適当な演算により$N$が$K$の拡大体となることが示される。
多項式の次数$n≥1$による数学的帰納法により示す。
$n=1$のときは明らかである。
$f∈K[x]$を次数$n$の多項式とし,$f=f_1f_2\cdots f_r$を$f$の$K$上の既約分解とする。このとき,$f_1$は$K$上既約であるから$K[x]/(f_1)$は体$^{*1}$である。ゆえに自然な準同型$φ:K\to K[x]/(f_1)^{*2}$が存在し,$M=K[x]/(f_1),K'=\imφ$とおくと,$K≅K'$$^{*3}$
ここで,$M$の部分集合$K'$を$K$に置き換えた集合$N(=(M-K')∪K)$は以下で定義する演算により$K$の拡大体となる:
$ψ:N→M$を$K$上では$φ$に一致し,$N-K$上では恒等写像に一致する写像として定める。すなわち,
$
ψ(a)=
\left\{
\begin{array}{lr}
φ(a)∈K' && (a∈K) \\
a∈M-K' && (a∈N-K)
\end{array}
\right.
$
$a,b∈N$に対し
上の定義式は,$a,b∈K$に対しては恒等式である。つまり,上の演算を導入しても$K$の代数的構造は変わらない。このことから,いま,$K$の構造を保ったままその拡大体$N$がつくられたことになる。
次に,$\ol{x}∈N$が$f_1$の根であることを示そう。$f_1(x)=c_0+c_1x+\cdots+c_nx^n$とする。$M$の定義から$\ol{f_1(x)}=\ol{0}∈K'$であることに注意すると,
$f_1(\ol{x})=c_0+c_1\ol{x}+\cdots+c_n\ol{x}^n$
$=c_0+c_1\ol{x}+\cdots+c_n\ol{x^n}$
$=c_0+ψ^{-1}(ψ(c_1)ψ(\ol{x}))+\cdots+ψ^{-1}(ψ(c_n)ψ(\ol{x^n}))$
$=c_0+\ol{c_1x}+\cdots+\ol{c_nx^n}$
$=ψ^{-1}(ψ(c_0)+ψ(\ol{c_1x})+\cdots+ψ(\ol{c_nx^n}))$
$=ψ^{-1}(\ol{c_0}+\ol{c_1x}+\cdots+\ol{c_nx^n})$
$=ψ^{-1}(\ol{c_0+c_1x+\cdots+c_nx^n})$
$=ψ^{-1}(\ol{f_1(x)})$
$=ψ^{-1}(\ol{0})$
$=0$
ゆえに$\ol{x}=α$とおくと,$f_1(x)=(x-α)g_1(x)\;(g_1∈N[x])$
よって$f(x)=(x-α)g_1(x)f_2(x)\cdots f_r(x)$とかける。$h=g_1f_2\cdots f_r∈N[x]$であり,$1≤\deg h≤n-1$であるから,帰納法の仮定より$h$の分解体$L/N$が存在する。
したがって,$f$はこの$L$上にすべての根をもつ。▢
$^{*1}$: ガロア理論③ 命題$2$系を参照せよ。
$^{*2}$:$φ:a↦\ol{a}$ である。
$^{*3}$:体の全射準同型は同型写像である。 ガロア理論① を参照せよ。
実は,いまの議論は次のように簡略化できる。
実際$K≅K'$であるから$K$は$M$の部分体$K'$と同一視できる(とくに,$a∈K$と$\ol{a}∈K'$を同じものとして扱う)。
$\ol{f_1}(x)=\ol{c_0}+\ol{c_1}x+\cdots+\ol{c_n}x^n$とすると,
$\ol{f_1}({\ol{x}})=\ol{c_0}+\ol{c_1}\:\ol{x}+\cdots+\ol{c_n}\:\ol{x}^n$
$=\ol{c_0}+\ol{c_1}\:\ol{x}+\cdots+\ol{c_n}\:\ol{x^n}$
$=\ol{c_0+c_1x+\cdots+c_nx^n}$
$=\ol{f_1(x)}$
$=\ol{0}$
$\ol{x}∈M$は$\ol{f_1}$の根である。よって$f_1$は$\ol{x}∈M$を根にもつ。
このように,準同型を介して$M$を$K$の拡大体とみなすといった議論がしばしばある( ガロア理論① 体の埋め込み)。実は,先ほどの議論はこの同一視を正当化するために行ったものである(適当な演算のもとで$M≅N$だから,$M/K$と考えてよい[1])。
今後,議論を簡略化して体を埋め込むことがある。その場合,背景に先ほどの手続きがあることを暗に仮定している。最後にある特別な分解体を定義しておこう。
$K$を体とし,$f∈K[x]$とする。$f$の分解体のうち,拡大次数が最小の体を$f$の最小分解体という。
$1$つ目の例について,たとえば
$(\ol{a+bx})(\ol{c+dx})=\ol{(a+bx)(c+dx)}=\ol{ac-bd+(ad+bc)x}$
この結果は
$(a+bi)(c+di)=ac-bd+(ad+bc)i$
に対応している。
次回は,体の同型の性質を扱います。ここから,最小分解体の一意性も示されます。