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多変数複素解析:多変数の正則関数と正則領域

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(2020/11/17追記:証明中の積分と微分の順序交換について書き加えました)

今回の目標

こんにちは! 前回の記事 の続きで$\sqrt{z}$の解析接続について書こうと思ったのですが、少々時間がかかりそうなので先にこちらの記事を書いています。

いくつかの複素数を変数にもつ関数を研究する分野が多変数複素解析、あるいは多変数関数論と呼ばれる分野です。一変数の複素解析と同様に、正則関数がその主役となります。多変数の正則関数は一変数の場合と振る舞いが大きく異なり、そこが難しいところでもあり面白いところでもあります。今回から数回にわたって、多変数複素解析ならではの現象について紹介してみたいと思います。
今回紹介するのは、多変数の正則関数の定義正則領域と呼ばれるタイプの領域についてです。

今回の予備知識

一変数の複素解析に関する知識をいくらか仮定します。例えば、正則関数の定義、コーシー・リーマンの方程式、コーシーの積分公式、 一致の定理 などです。

また、証明の途中で積分記号下の微分(積分と微分の入れ替え)を行います。積分記号下の微分に関しては、例えば こちらの記事 が参考になります。

多変数の正則関数

早速ですが、$n$変数の正則関数を定義します。

$\mathbb{C}^n$内の領域上の正則関数、弱い版

$\Omega \subset \mathbb{C}^n$を領域とする。関数$f: \Omega \to \mathbb{C}$正則であるとは、各$j = 1,2,\ldots, n$について、$z_j$以外の変数を固定したときに$f$$z_j$に関する正則関数であることをいう。

各変数について正則であるような関数のことを$n$変数の正則関数と呼ぶわけですね。

この定義のみから$f$の連続微分可能性などを導くのは結構大変なので、もう少し強い定義にしておくと便利です。たとえば、次のようにです。

$\mathbb{C}^n$内の領域上の正則関数、強い版

$\Omega \subset \mathbb{C}^n$を領域とする。関数$f: \Omega \to \mathbb{C}$正則であるとは、$f$$C^1$級関数であって、$j = 1,2,\ldots, n$について、$z_j$以外の変数を固定したときに$f$$z_j$に関する正則関数であることをいう。

定義1と定義2は同値であることが知られています(ハルトークスの定理)。以下では、定義2の方を正則関数の定義だと思うことにします。

一変数のときと同様の議論を行うことにより、正則関数が解析的であること、すなわち局所的に
$$f(z) = \sum_{\alpha \in \mathbb{N}^n} c_\alpha (z- z_0)^\alpha$$
の形で記述できることがわかります。

ハルトークス現象

多変数の正則関数ではじめて発生する面白い現象として、解析接続に関する現象があります。定理の形で書くと、次のようになります。

ハルトークス現象

$\mathbb{C}^2$内のふたつの領域$\Omega \subsetneq \widehat{\Omega}$であって、任意の$\Omega$上の正則関数$f$$\widehat{\Omega}$上の正則関数$\widehat{f}$に拡張できるようなものが存在する。

すなわち、領域$\Omega$上の正則関数は、自動的に$\widehat{\Omega}$まで定義域を伸ばすことができるというわけです。

定理1の証明

$\mathbb{C}^2$の座標を$(z,w)$と表すことにして、
$$\Omega := \{|z|<1/2 , |w|<1 \} \cup \{|z|<1 , 1/2 < |w| < 1 \} $$
$$\widehat{\Omega} := \{|z|<1, |w|<1\} $$
とおく。

(工事中……ここに図が入ります)

$f$$\Omega$上の正則関数とする。このとき、$\widehat{\Omega}$上の正則関数$\widehat{f}$であって、$\widehat{f}|_\Omega = f$をみたすものを構成すればよい。
そこで、$|z|<1$, $|w|< 3/4$に対して、
$$\widehat{f}(z,w) := \frac{1}{2\pi i}\int_{C}\frac{f(z,\zeta)}{\zeta-w}d\zeta$$
によって定める。ただし、$C$$\zeta = \frac{3}{4}e^{it}$, $0 \leq t < 2\pi$という曲線を指す。

積分記号下の微分を行うことにより、$\widehat{f}$は、$z$, $w$に関して正則であることが分かる。

2020/11/17追記:「積分記号下の微分」の議論を最初の版では端折ってしまっていました。詳しく書くと以下のようになります。

$\widehat{f}$が($w$を固定したときに)$z$に関して正則であることを確かめるためには、それと同値である次の条件を確かめればよい:$z$の実部と虚部を$z = x + iy$とおいて、コーシー・リーマン方程式
$$\frac{\partial \widehat{f}(z,w)}{\partial \overline{z}} := \frac{1}{2}\frac{\partial \widehat{f}}{\partial x} + \frac{i}{2} \frac{\partial \widehat{f}}{\partial y} = 0$$
が成り立つ($w$に関する正則性も同じ議論です。また、$\widehat{f}$$C^1$級であることの証明も同様になされます)。
$C$上の点$\zeta$を固定したとき、被積分関数$\displaystyle\frac{f(z,\zeta)}{\zeta - w}$$|z|<1$に関する正則関数になる。したがって、被積分関数は
$$\frac{\partial}{\partial \overline{z}} \frac{f(z,\zeta)}{\zeta - w} = 0$$
をみたす。そこで、$\partial\widehat{f}/\partial \overline{z} = 0$を示すためには、積分と偏微分の順序を入れ替えることができれば十分である。

$f$$C^1$級であることを仮定したので、$\displaystyle\frac{f(z,\zeta)}{\zeta - w}$$C^1$級である。したがって、$\displaystyle \frac{\partial}{\partial x} \frac{f(z,\zeta)}{\zeta - w}$, $\displaystyle \frac{\partial}{\partial y} \frac{f(z,\zeta)}{\zeta - w}$$C$上連続で、特に可積分である。これにより、$\displaystyle\int_C$$\displaystyle\frac{\partial}{\partial x}$の入れ替えや$\displaystyle\int_C$$\displaystyle\frac{\partial}{\partial y}$の入れ替えは正当である。

以上の議論により、$\widehat{f}$の正則性がしたがう。

証明の続き

そこで、定義域の共通部分$\Omega \cap \{|z|<1, |w|<3/4\}$上で$f = \widehat{f}$が成り立つことを示せば、それらを貼り合わせることによって$f$$\widehat{\Omega}$への正則拡張が得られる。

コーシーの積分公式から、$|z|<1/2$, $|w|<3/4$に対して$\widehat{f}(z,w) = f(z,w)$が成り立つ。
$1/2 < |w| < 3/4$となる$w$を固定する。$|z|<1/2$に対しては上記の通り$\widehat{f}(z,w) = f(z,w)$であることを見た。$z$の正則関数とみて一致の定理を用いることにより、$|z|<1$に対しても$\widehat{f}(z,w) = f(z,w)$が成り立つ。
したがって、定義域の共通部分で$f = \widehat{f}$が成り立ち、欲しい拡張が得られた。

一方、このようなことは一変数では起こりません。

$\mathbb{C}$内のふたつの領域$\Omega \subsetneq \widehat{\Omega}$に対して、$\Omega$上の正則関数$f$であって、$\widehat{\Omega}$上の正則関数$\widehat{f}$に拡張できないようなものが存在する。

$z_0 \in \widehat{\Omega} \setminus \Omega$をとり、$f(z) := 1/(z-z_0)$とおけばよい。

ということで、一変数と多変数では正則関数の解析接続に関する状況が大きく違っているということが分かりました。多変数では定理2は常には成り立ちません。定理2の状況が常に成り立つような領域$\Omega$のことを正則領域と呼んでいます。

領域$\Omega\subset \mathbb{C}^n$正則領域であるとは、任意の領域$\widehat{\Omega} \supsetneq \Omega$に対して、ある$\Omega$上の正則関数$f$であって$\widehat{\Omega}$上の正則関数に拡張できないようなものが存在することをいう。

例えば、定理2より$\mathbb{C}$内の領域は常に正則領域です。また、領域$\Omega \subset \mathbb{C}^n$が凸集合であれば正則領域であることが知られています。

領域がいつ正則領域になるかを調べることが多変数関数論の重要な問題でしたが、この問題は岡によって解決されました。その後、偏微分方程式論を駆使した別証明もヘルマンダーによって得られています。どのような条件になるかは今回は紹介しませんが、これらの証明もいずれ紹介できると良いですね……大変そうですが……

今回のまとめ

今回は、次の内容を紹介しました。

  • 多変数の正則関数の定義
  • ハルトークス現象と正則領域

今後多変数複素解析に関する記事も書いていきたいと思っています。それではまた!

投稿日:20201116

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