Witten指数とは、超対称量子力学および超対称場の理論におけるゼロエネルギーのモードで定義される指数です。一方Morse理論は、多様体の位相的性質を、その多様体上で定義される微分可能な関数によって解析する理論です。Euler標数とBetti数に関するMorse理論から導かれる定理、また「Morseの不等式」と呼ばれる不等式に関し、超対称量子力学における解釈が存在します。そしてこれはWitten指数を通して理解することができます。この解釈は直感的であり、量子力学の初歩的な知識があればある程度理解できます。本記事と次の記事で、これらMorse理論と超対称量子力学との関係を述べます。
本記事では超対称量子力学の導入、超対称性の自発的破れ、およびWitten指数に関して述べます。Morse理論との関係は次の記事で述べます。
本記事はRefs.Witten1982-1Witten1982-2Witten1981Eguchi1998Eguchi1991Sakamoto2012に基づきます。
超対称量子力学の形式的・数学的な側面に関しては、例えばAraiに記述があります。超対称性の概要は
超対称性・超場形式
の記事にも説明がありますので、よろしければご参照ください。
以下超対称性をSUSYと省略することがあります。
超対称量子力学
まず超対称量子力学の代数的な構造について記します。
"fermionic"なHilbert空間と"bosonic"なHilbert空間、そしてその直和を考えます:
ここでいう"boson"や"fermion"は形式的な話であり、素粒子のいわゆるボソンやフェルミオンの状態である必要はないですし、超対称量子力学では実際そうではありません。
このHilbert空間に作用するHermiteな作用素が存在し、これらはから、またはその逆への写像とします。これらは後に定義するように超対称変換の生成子です。さらにという演算子を導入します。これはとを区別するoperatorであり、以下の性質を有します:
またとは反交換です:
さらに系は超対称変換に対し不変とします。すなわち
です。さらに次の条件を課します:
すなわちに対しは反可換であり、またHamiltonianは(for any )であることを要求します。
以下ではの場合を取り扱います。このとき
と書けます。ここでHamiltonianはと可換であることに注意してください:
SUSYの自発的破れ
一般に「自発的対称性の破れ (Spontaneous Symmetry Breaking, SSB)」と呼ばれる現象があり、「明示的な対称性の破れ (explicit symmetry breaking)」と区別されます。後者はHamiltonian自体が何らかの対称性を破ることを指します。一方前者は、Hamiltonianはある対称性を持つが、系に現れる状態がその対称性を持たないような現象です。
いまHamiltonianは超対称性を持つとします。SUSYのSSBが起きていない状況とは、基底状態が超対称性の生成子により消される状況を指します:
SUSYの変換はと書けるので、なら、 状態の微小な変化はの状態への作用になります。よって上の条件は基底状態がSUSY不変である条件と整合的です。
逆にSSBが起きている状況とは、基底状態が少なくとも1つので消えない状況を指します:
さて、一般に超対称性が存在する量子力学系の状態のエネルギーは正またはゼロです。なぜなら基底状態のエネルギーをとすると
だからです。これより、の状態はすべてのの作用に関して消えます。また基底状態がノンゼロのエネルギーを持てば、少なくともひとつのの作用に関してその状態は消されないこともわかります。ということは、SSBの定義と見比べれば
- SUSY SSBが起きない の状態が存在する
- SUSY SSBが起きる の状態が存在しない
であることがわかります。
Witten模型
次のHamiltonianを持つ系 -Witten模型- を考えます:
このHamiltonianにはSUSYの構造が隠されています。は次のように"因数分解"できます:
ここではそれぞれ2回かけると零になる性質を持ちます:
これらの演算子の(反)交換関係をまとめると
となります。これは超対称代数()であり、系が超対称性を持つことを意味します。ここで、前前章のがHermiteであったのに対し、はnon Hermiteであることに注意してください。を
のように定義すれば、は前前章の代数関係を満たします。
はHamiltonianと可換なので、エネルギーの固有状態はの固有値により分類できます。いま、はの上成分・下成分に関する2重項とし
とします。ここではそれぞれ上昇演算子・下降演算子であり、の固有状態を上げ下げします。このときはに対応します。上成分はfermionicな状態でありに対応し、下成分はに属しbosonicです。そしてエネルギー固有状態はの固有状態でもあります。の固有値が+1の状態、すなわちfermionicの状態に更にが作用すれば状態は消え、またすなわちbosonicの状態に更にが作用しても同様に状態が消えます。
boson-fermionパートナーとゼロエネルギー状態の存在条件
エネルギーが正の状態を考えます。あるbosonicな状態はエネルギーをもつの固有状態とします。はbosonをfermionに変えるのでとすると
を得ます。ということは、なら必ずに対してというfermionicな状態が存在します。その逆も然りで、の固有値をもつの固有状態が存在すれば、対応するbosonicなパートナーが存在します。
一方の状態にはパートナーが存在しません。がをもつの固有状態とすれば
より、もしが存在するとすればゼロノルム状態となってしまうので、そのような状態は存在しません。またはに、はに比例することから
が恒等的に成立します。
以上から、超対称量子力学には以下のような構造が存在します。
上で見たように、SUSYが自発的に破れない/破れるは、ゼロエネルギー状態が存在するか否か、すなわち
を満たす状態が存在するか否かにより判断できます。よって
を満たす状態を探すことでSUSY SSBに関して調べることができます(は恒等的に成立することに注意)。
Witten指数
Witten指数は以下で定義されます:
は系の状態にというラベルをつけたものです(連続状態があれば和を積分として解釈する)。これらは正規直交系とします。は系に存在するすべての状態に関し、その状態がbosonicかfermionicかで符号を掛けて(bosonicなら1、fermionicなら-1)足し合わせた量です。そしてこれは、エネルギーゼロの状態のboson数から、エネルギーがゼロの状態のfermion数を引いたものになります:
なぜなら、前章で示したとおり、超対称量子力学においての状態は必ずbosonとfermionがペアになって現れるからです。
Witten指数はSUSYのSSBと一対一対応するような指数ではありません。しかしなら必ずゼロエネルギーの状態が存在するので
ということが言えます。
Witten指数はトポロジカルな不変量です。次の記事でどのような意味で不変量なのかを示しますが、このことから、Witten指数を用いると、超対称性の自発的破れに関し時に強力な予言が可能になります。
ひとつ注意です。へのの状態の寄与はbosonとfermionで打ち消すと言いましたが、正確には正則化しておく必要があります。そのためには例えば
のように正則化する方法があります(Refs.Alvarez1983Nakahara2003)。こうすればが高エネルギー状態の抑制因子となり、bosonとfermionの状態の相殺がwell definedになります。この定義でも結局ゼロエネルギー状態のみがに寄与するため、はには依存しません。
本記事のまとめ
以下本記事のまとめです:
【超対称量子力学(複素超電荷による表現)】
ここではbosonicな状態に対して、fermionicな状態に対しての固有値をもつ作用素。
【Witten模型】
Witten模型ではを以下のように設定する:
このは上記の代数関係を満たす。
【 超対称性の自発的破れに関して 】
SUSY SSBが起きない ゼロエネルギーの状態が存在する
基底状態がとの両方で消える(超対称量子力学の場合)
SUSY SSBが起きる ゼロエネルギーの状態が存在しない
基底状態がまたはで消えない(超対称量子力学の場合)
【 の状態に対する作用の構造 】
【Witten指数】
Witten指数は以下のように定義される:
これはbosonicな状態に、fermionicな状態にを割り当て、すべての状態に関して和をとった量。
はのbosonicな状態の数とfermionicな状態の数を用いて以下のように書ける:
今回はここまで。
【次の記事】
Witten指数とMorse理論 2/2
[1]
Witten, E., Constraints on supersymmetry breaking, Nucl. Phys. B, 1982, 253-316
[2]
Witten, E., Supersymmetry and Morse theory, J. Differential Geometry, 1982, 661-692
[3]
Witten, E., Dynamical breaking of supersymmetry, Nucl. Phys. B, 1981, 513-554
[4]
江口 徹(述) (浜中真志(記)), 位相的場の理論とその周辺, 文科省科学研究費特定領域研究(B)707 「超対称性理論」講義録シリーズ, 1998
[5]
江口徹, E. Witten氏の業績 I, 数学/日本数学会編, 1991, 51-58
[6]
坂本眞人, 量子力学から超対称性へ −超対称性のエッセンスを捉える−, サイエンス社, 2012
[7]
新井朝雄, 量子現象の数理, 朝倉物理学体系, 朝倉書店, 2006, 464-
[8]
Alvarez-Gaume, L, Supersymmetry and the Atiyah-Singer Index Theorem, Comm. Math. Phys., 1983, 161-173
[9]
Mikio Nakahara, Geometry, topology and physics (second edition), Graduate student series in physics, Institute of physics publishing, 2003