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応用数学解説
文献あり

実パウリ行列とトレース

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本記事では、量子力学でよく知られたパウリ行列から、成分が全て実数である実パウリ行列と呼ばれる行列の組を定義します。この実パウリ行列と単位行列は二次正方実行列の基底をなします。この基底で表したときの係数によってトレースを解釈します。

パウリ行列

通常のパウリ行列σ1,σ2,σ3は以下のように定義されます。7shi-pbq

σ1=(0110),σ2=(0ii0),σ3=(1001)

これらは2×2の複素行列であり、以下の関係式を満たします。

σ12=σ22=σ32=Iσ1σ2=σ2σ1=iσ3σ2σ3=σ3σ2=iσ1σ3σ1=σ1σ3=iσ2

実パウリ行列の構成

上記の関係式σ1σ2=iσ3を出発点とし、この式を実数のみの行列で表現することを考えます。

両辺にiを掛けます。

iσ1σ2=σ3

iを複素行列であるσ2に作用させます。

σ1(iσ2)=σ3

σ1,σ3は実行列ですが、iσ2も実行列となります。

iσ2=i(0ii0)=(0110)

よってすべて実行列の計算となります。

(0110)σ1(0110)iσ2=(1001)σ3

この関係式に着目し、実パウリ行列τ1,τ2,τ3を以下のように定義します。

τ1:=σ1=(0110)τ2:=iσ2=(0110)τ3:=σ3=(1001)

この定義では、τ1,τ2,τ3 は全て実行列であり、以下の関係式を満たします。

τ12=I, τ22=I, τ32=Iτ1τ2=τ2τ1=τ3τ1τ3=τ3τ1=τ2τ2τ3=τ3τ2=τ1

τ2の持つ意味

この定義で得られたτ2は、虚数単位i2×2行列表現と見なすことができます。実際、τ2の二乗はi2=1に対応します。

τ22=(0110)(0110)=(1001)=I

また、複素数x+yiをベクトル(xy)と同一視すれば、τ2をこのベクトルに作用させることは、複素数にiを掛ける操作に対応します。

τ2(xy)=(0110)(xy)=(yx)i(x+yi)=y+ix

このように、τ2は虚数単位iの性質を表現する行列であると言えます。

二次正方実行列の基底

単位行列Iと実パウリ行列τ1,τ2,τ3を適切に線形結合することで、任意の二次正方実行列の各成分を表現できます。

まず、(i,j) 成分のみが 1 で、それ以外の成分が 0 であるような行列をEijと表記して、実パウリ行列の線形結合で表します。

E11=(1000)=12(I+τ3)E12=(0100)=12(τ1τ2)E21=(0010)=12(τ1+τ2)E22=(0001)=12(Iτ3)

任意の二次正方実行列は、これらの線形結合として表せます。p,q,r,s を実数とすれば

(pqrs)=pE11+qE12+rE21+sE22=p2(I+τ3)+q2(τ1τ2)+r2(τ1+τ2)+s2(Iτ3)=p+s2I+q+r2τ1+q+r2τ2+ps2τ3

このことは{I,τ1,τ2,τ3}が二次正方実行列の基底をなすことを示しています。

生成元

τ1τ2=τ3, τ12=Iより、τ1,τ2からτ3,Iが生成されます。

トレース

実パウリ行列のトレースは0です。

tr(τ1)=tr(0110)=0tr(τ2)=tr(0110)=0tr(τ3)=tr(1001)=0

これにより、二次正方実行列Aを単位行列と実パウリ行列の線形結合で表せば、トレースには単位行列の項しか寄与しないことが分かります。

tr(A)=tr(a0I+a1τ1+a2τ2+a3τ3)=tr(a0I)=tr(a000a0)=2a0

つまり、トレースを取ることで、二次正方実行列から単位行列の成分を抽出することになります。

内積

二次正方実行列A,Bを単位行列と実パウリ行列の線形結合で表します。(係数は実数)

A=a0I+a1τ1+a2τ2+a3τ3=(a0+a3a1a2a1+a2a0a3)B=b0I+b1τ1+b2τ2+b3τ3=(b0+b3b1b2b1+b2b0b3)

Aを転置すれば、a2を符号反転することになります。

AT=(a0+a3a1+a2a1a2a0a3)=a0I+a1τ1a2τ2+a3τ3

ATB のトレースを取ります。実パウリ行列の2乗により単位行列が現れるのに注意します。

tr(ATB)=tr[(a0I+a1τ1a2τ2+a3τ3)(b0I+b1τ1+b2τ2+b3τ3)]=tr(a0b0I2+a1b1τ12a2b2τ22+a3b3τ32)=tr(a0b0I+a1b1I+a2b2I+a3b3I)=2(a0b0+a1b1+a2b2+a3b3)

同じ添え字の係数を掛けて、それらを足した値の2倍が得られました。これは実パウリ行列の係数をベクトルと見なしたときの内積の2倍に相当します。

ベクトルの内積

縦ベクトルa,bの内積が転置との積で与えられることに類似しています。

ab=aTb

まとめ

二次正方実行列を単位行列と実パウリ行列の線形結合で表すことで、積のトレースが内積(の2倍)に相当すると解釈できます。

参考文献

投稿日:20241224
更新日:20241225
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  1. パウリ行列
  2. 実パウリ行列の構成
  3. τ2の持つ意味
  4. 二次正方実行列の基底
  5. トレース
  6. 内積
  7. まとめ
  8. 参考文献