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応用数学解説
文献あり

パウリ行列と四元数:双四元数による橋渡し

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量子力学で重要な役割を果たすパウリ行列と、3次元空間における回転を表現する四元数は、一見すると異なる文脈で用いられますが、その間には興味深い数学的構造が存在します。

本記事では、双四元数という概念を導入することで、パウリ行列と四元数の間の関係を明確に示し、両者を統一的に理解するための枠組みを提供します。さらに、パウリ行列が生成する代数構造がクリフォード代数と呼ばれる、より一般的な数学的枠組みの一部であることを示します。

  1. パウリ行列と四元数の基本的性質を概観し、両者の類似点を明らかにする。
  2. 双四元数を導入し、パウリ行列と四元数の関係を明確に示す。
  3. パウリ行列が生成する代数構造の次数付き性質を解明し、クリフォード代数との関連を探る。
  4. これらの理論的基礎を応用し、回転の表現におけるパウリ行列と四元数の役割を比較検討する。

本記事を通じて、量子力学で用いられるパウリ行列と、古典的な回転を表現する四元数の間に存在する数学的関連性が明らかになります。この関係性の理解は、数学的概念の統一的理解を深める上で重要な意味を持ちます。

パウリ行列と四元数

本章では、パウリ行列と四元数の基本的性質について概観します。これらの数学的概念は、それぞれ量子力学と古典的な3次元回転の記述において重要な役割を果たしています。

パウリ行列

パウリ行列は、量子力学、特にスピン1/2粒子の記述に不可欠な2×2の複素行列です。以下に3つのパウリ行列を定義します:

パウリ行列

$$ \sigma_x = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma_y = \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma_z = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} $$

パウリ行列の主な性質は以下の通りです:

  1. エルミート性:$\sigma_i^\dagger = \sigma_i$$i = x, y, z$
  2. ユニタリ性:$\sigma_i^\dagger\sigma_i = I$$I$は2×2単位行列)
  3. トレースがゼロ:$\mathrm{Tr}(\sigma_i) = 0$
  4. 行列式が-1:$\det(\sigma_i) = -1$
  5. 反交換性:$\sigma_i\sigma_j = -\sigma_j\sigma_i$$i \neq j$
  6. 交換関係:$[\sigma_i, \sigma_j] = 2i\epsilon_{ijk}\sigma_k$$\epsilon_{ijk}$はLevi-Civita記号)

これらの性質により、パウリ行列は量子力学におけるスピン演算子の基底として機能します。

四元数

四元数は、複素数を拡張した4次元の数体系です。一般の四元数$q$は以下のように表されます:

$$ q = a + bi + cj + dk $$

ここで、$a,b,c,d$は実数で、$i,j,k$は虚数単位です。虚数単位は以下の関係を満たします:

$$ i^2 = j^2 = k^2 = ijk = -1 $$

四元数の主な性質は以下の通りです:

  1. 非可換性:一般に$qp \neq pq$$p,q$は四元数)
  2. 共役:$q^* = a - bi - cj - dk$
  3. ノルム:$|q|^2 = qq^* = a^2 + b^2 + c^2 + d^2$
  4. 逆元:$q^{-1} = q^* / |q|^2$$q \neq 0$の場合)
  5. 回転表現:単位四元数は3次元空間の回転を表現

四元数は、3次元空間の回転を表現する上で非常に効率的であり、コンピューターグラフィックスや制御理論などの分野で広く利用されています。

パウリ行列と四元数の類似性

パウリ行列と四元数は、一見異なる数学的概念ですが、いくつかの興味深い類似性があります:

  1. 両者とも4つの基本要素(パウリ行列は単位元を含む)から構成されています。
  2. 非可換性を示します。
  3. 回転と密接に関連しています(パウリ行列はスピン空間の回転、四元数は3次元空間の回転)。

これらの類似性は、両者の間により深い数学的関係が存在することを示唆しています。

テンソル積

双四元数を説明する前に、数学的準備としてテンソル積を簡単に説明します。

テンソル積は、二つの数学的対象(ベクトル空間または加群など)から新しい数学的対象を構成する操作です。

テンソル積

ベクトル空間$V$$W$に対して、その テンソル積$V \otimes W$は以下の性質を満たす:

  1. 任意の$v \in V,w \in W$に対して、$v \otimes w \in V \otimes W$
  2. 双線形性:$(av_1 + bv_2) \otimes w = a(v_1 \otimes w) + b(v_2 \otimes w)$
    $v \otimes (cw_1 + dw_2) = c(v \otimes w_1) + d(v \otimes w_2)$
  3. 結合法則:$(U \otimes V) \otimes W \cong U \otimes (V \otimes W)$

テンソル積の次元は、元の空間の次元の積になります:

$$ \dim(V \otimes W) = \dim(V)\dim(W) $$

いくつか具体例を挙げます。

行列のテンソル積(クロネッカー積)

$m×n$行列$A$と、$p×q$行列$B$のテンソル積$A \otimes B$は、サイズが$(mp)×(nq)$の行列になります:
$$ A \otimes B = \begin{pmatrix} a_{11}B & \cdots & a_{1n}B \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{m1}B & \cdots & a_{mn}B \end{pmatrix} $$
この特殊な場合として、$A$のサイズが1×1であれば、$B$をスカラー倍する係数となります。
$$ A \otimes B = a_{11}B $$

複素数体と複素数体のテンソル積

複素数体$\mathbb{C}$と複素数体$\mathbb{C}$のテンソル積$\mathbb{C} \otimes \mathbb{C}$を考えます。この空間は4次元の代数構造を持ち、双複素数 (bicomplex number) と呼ばれます。wiki-bc

基底は4つの元で表されます:
$$ \{1 \otimes 1, \quad i \otimes 1, \quad 1 \otimes i, \quad i \otimes i\} $$
$a_0,\dots,a_3$を実数とすれば、一般の双複素数は以下のように表されます:
$$ (a_0 + a_1i) \otimes 1 + (a_2 + a_3i) \otimes i $$

テンソル積と直積の違い

テンソル積$\otimes$と直積$\times$は異なる概念です。その主な違いは、係数の扱い方にあります。

  • 直積:$2i \times 3j$はこれ以上変形できません。各成分が独立して扱われます。
  • テンソル積:$2i \otimes 3j = 6(i \otimes j)$のように、係数を括り出すことができます。

テンソル積の場合、係数を自由に移動させることができるため、より柔軟な代数的操作が可能になります。この性質は、次で説明する双四元数を扱う際に重要となります。

双四元数

双四元数 (biquaternion) は、複素数体$\mathbb{C}$と四元数体$\mathbb{H}$のテンソル積$\mathbb{C} \otimes \mathbb{H}$として定義されます。wiki-bq

双四元数は8次元の線形空間を形成し、基底は以下の8つの元で表されます:

双四元数の基底

$$ \{1 \otimes 1, \quad i \otimes 1, \quad 1 \otimes i, \quad i \otimes i, \quad 1 \otimes j, \quad i \otimes j, \quad 1 \otimes k, \quad i \otimes k\} $$

一般の双四元数は以下のように表されます:

$$ (a_0 + a_1i) \otimes 1 + (a_2 + a_3i) \otimes i + (a_4 + a_5i) \otimes j + (a_6 + a_7i) \otimes k $$

ここで、$a_0,\dots,a_7$は実数で、テンソル積の左側の$i$は複素数の虚数単位、右側の$i, j, k$は四元数の虚数単位です。

簡略化記法

以降の説明を簡潔にするために、以下の簡略化記法を導入します:

  1. 複素数の虚数単位$i$$h$で表す。
  2. テンソル積の記号$\otimes$を省略する。

この簡略化により、双四元数の基底は以下のように表されます:

双四元数の簡略化記法

\begin{aligned} 1 \otimes 1 &\cong 1,& 1 \otimes i &\cong i,& 1 \otimes j &\cong j,& 1 \otimes k &\cong k, \\ i \otimes 1 &\cong h,& i \otimes i &\cong hi,& i \otimes j &\cong hj,& i \otimes k &\cong hk \end{aligned}

一般の双四元数は次のように表現できます:

$$ \begin{aligned} &(a_0+a_1h)1+(a_2+a_3h)i+(a_4+a_5h)j+(a_6+a_7h)k \\ &=a_0+a_1h+a_2i+a_3hi+a_4j+a_5hj+a_6k+a_7hk \end{aligned} $$

ここで、$a_0,\dots,a_7$は実数です。

$hj,jh$はどちらも$i \otimes j$に対応すると定義します。これにより、あたかも$h$$i, j, k$と可換であるかのように扱うことができます。

$$ \begin{aligned} hi = ih, \quad hj = jh, \quad hk = kh \\ (hi)^2=h^2i^2=(-1)(-1)=1 \end{aligned} $$

この簡略化記法を用いることで、双四元数がより直観的になり、計算も簡単になります。

代数的性質

双四元数の代数的性質は以下の通りです:

  1. 加法:成分ごとに行います。
  2. スカラー倍:全ての成分に同じ実数をかけます。
  3. 乗法:$h$は複素数、$i, j, k$は四元数の乗法規則に従います。

積の例を示します:

$$ \begin{aligned} (a + bh)i(c + dh)j &= (a+bh)(c+dh)ij \\ &= (ac+adh+bch-bd)k \\ &= (ac - bd)k + (ad + bc)hk \end{aligned} $$

双四元数は、パウリ行列と四元数の両方の性質を内包しています。

パウリ行列と双四元数の対応

パウリ行列と双四元数の対応関係を考えるとき、まず2乗したときの符号を合わせることから始めます。単位行列を$1$に対応させます:

  • パウリ行列:$\sigma_x^2 = \sigma_y^2 = \sigma_z^2 = I$$I$は2×2単位行列)
  • 双四元数:$(hi)^2=(hj)^2=(hk)^2=1$

このことから、以下の対応関係が導かれます。

パウリ行列と双四元数の対応関係

$$ \sigma_x \cong hi,\quad \sigma_y \cong hj,\quad \sigma_z \cong hk $$

$hi,hj,hk$から$h$を取り除けば四元数$i,j,k$が得られます。これは$-h$を掛けることで実現できます。

$$ -h(hi)=-h^2i=-(-1)i=i,\quad -h(hj)=j,\quad -h(hk)=k $$

これはパウリ行列のスカラー倍として$-i$を掛けることに対応します。

$$ -h(hi) \cong -i\sigma_x,\quad -h(hj)\cong-i\sigma_y,\quad -h(hk)\cong-i\sigma_z $$

クロネッカー積の特別な場合として、テンソル積の左側が行列のスカラー倍として現れています。

異なるパウリ行列の積が別のパウリ行列の$i$倍となることも、双四元数を使うことで成分計算なしに確認できます。

$$ \begin{alignedat}{4} \sigma_x\sigma_y &\cong (hi)(hj) &&=hh(ij) &&=h(hk) &&\cong i\sigma_z \\ \sigma_y\sigma_z &\cong (hj)(hk) &&=hh(jk) &&=h(hi) &&\cong i\sigma_x \\ \sigma_x\sigma_y &\cong (hk)(hi) &&=hh(ki) &&=h(hj) &&\cong i\sigma_y \end{alignedat} $$

平面と法線

$\sigma_x\sigma_y$$xy$平面、$i\sigma_z$はその平面に対する法線を表します。

四元数の行列表現

この対応関係を踏まえて、パウリ行列から四元数の行列表現が生成できます。

四元数の行列表現

\begin{alignedat}{3} i &= -h(hi) &&\cong -i \sigma_x &&= -i \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} &&= \begin{pmatrix} 0 & -i \\ -i & 0 \end{pmatrix} \\ j &= -h(hj) &&\cong -i \sigma_y &&= -i \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix} &&= \begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} \\ k &= -h(hk) &&\cong -i \sigma_z &&= -i \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} &&= \begin{pmatrix} -i & 0 \\ 0 & i \end{pmatrix} \end{alignedat}

このように四元数とパウリ行列の間に双四元数を挟むことで、対応関係のギャップが埋められます。

複素数の虚数単位との関係

パウリ行列をすべて掛け合わせることで、単位行列の$i$倍が得られます。

$$ \sigma_x\sigma_y\sigma_z =\begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} =iI $$

双四元数で計算すれば、$h$が1つだけ残ることが分かります。

$$ (hi)(hj)(hk)=h(hh)(ijk)=h(-1)(-1)=h $$

この関係は、複素数の虚数単位がパウリ行列や双四元数の構造の中に組み込まれていることを示します。

対応関係のまとめ

以上の対応関係により、パウリ行列と双四元数が本質的に同じ代数構造を持つことが明らかになりました。これらの関係は以下のようにまとめられます:

  1. 双四元数との対応:$hi\cong\sigma_x,\ hj\cong\sigma_y,\ hk\cong\sigma_z$
  2. 四元数との対応:$i\cong -i\sigma_x,\ j\cong -i\sigma_y,\ k\cong -i\sigma_z$
  3. 複素数との対応:$h\cong\sigma_x\sigma_y\sigma_z$

これらの関係性の理解は、量子力学(パウリ行列)と古典的な3次元回転(四元数)の間の橋渡しとなり、両者の統一的な理解に貢献します。

パウリ行列が生成する代数構造

パウリ行列$\sigma_x,\sigma_y,\sigma_z$は、次数付き代数構造の生成元となります。つまり、これらの行列とその積、および実数倍の線形結合によって、代数のすべての要素を表現することができます。

  • 0次:$aI$$a \in \mathbb{R}$
  • 1次:$a\sigma_x + b\sigma_y + c\sigma_z$$a, b, c \in \mathbb{R}$
  • 2次:$a\sigma_x\sigma_y + b\sigma_y\sigma_z + c\sigma_z\sigma_x=ai\sigma_z+bi\sigma_x+ci\sigma_y$$a, b, c \in \mathbb{R}$
  • 3次:$a\sigma_x\sigma_y\sigma_z=aiI$$a \in \mathbb{R}$
次数

次数は英語でgradeです。1次のことを次数1やグレード1とも表現します。異なる次数を含む式はマルチベクトルと呼ばれます。パウリ行列に$i$を掛けることは次数が反転するため、ホッジスターに相当します。

重要な性質として、以下が挙げられます:

  1. $\sigma_i^2 = I$$i = x, y, z$
  2. $\sigma_i\sigma_j = -\sigma_j\sigma_i$$i \neq j$

これらの性質により、積の因子に同じパウリ行列が含まれれば次数が下がるため、高次の積は常に3次以下の積に帰着されます。

$\sigma_1\sigma_2\sigma_1=-\sigma_1\sigma_1\sigma_2=-\sigma_2$

クリフォード代数

パウリ行列が生成する代数構造は、3次元ユークリッド空間に対応するクリフォード代数$\mathrm{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$と同型です。クリフォード代数は、より一般化した幾何代数を構成します。7shi-qcl

次数付き構造の幾何学的意味

次数付き構造は、幾何学的な意味を持ちます:

  1. 1次の元(ベクトル)は、3次元ベクトルを表現する。
  2. 2次の元は、向き付きの面要素(2ベクトル)を表現し、3次元回転の生成子や角運動量に関連する。
  3. 3次の元は、3つのベクトルが張る平行六面体の符号付き体積(3ベクトル)を表現し、3次元空間の擬スカラーとしての役割を果たす。

この構造により、線形代数と幾何学の概念が自然に統合されていることがわかります。また、量子力学における数学的記述に体系的な解釈を施すことが可能となります。

個々の次数について見ていきます。

1次:ベクトルの表現

1次の元は、パウリ行列の線形結合として表されます:

$$ V = a\sigma_x + b\sigma_y + c\sigma_z \quad (a, b, c \in \mathbb{R}) $$

これは3次元ベクトル$(a, b, c)$に対応します。本記事ではベクトルと区別するため、ベクトルの表現と呼びます。量子力学ではブロッホベクトルから作られた密度行列として現れます。

ベクトルの表現$V,W$の積は、0次と2次の項から成るマルチベクトルとなり、幾何学的に重要な意味を持ちます。積の0次の項(スカラー)は内積、2次の項は外積(ウェッジ積)に対応します。括弧の添え字で次数を表せば:

$$ \begin{aligned} VW &=(VW)_0+(VW)_2 \\ &=(V \cdot W)I + V \wedge W \end{aligned} $$

外積

外積は$V$$W$が張る平行四辺形の向き付き面積を表します。

2次:四元数との対応

2次の要素は、パウリ行列の積の線形結合として表されます:

$$ a\sigma_x\sigma_y + b\sigma_y\sigma_z + c\sigma_z\sigma_x =ai\sigma_z + bi\sigma_x + ci\sigma_y \quad (a, b, c \in \mathbb{R}) $$

$\sigma_x\sigma_y \cong hihj=-k$ などの関係から、四元数の虚部に対応します。

$$ -ak-bi-cj $$

パウリ行列の2次式は原点を通る特定の平面を表しており、係数は座標軸の面に射影された面積を表します。四元数の虚部をベクトルに対応させれば、その平面に対する法線に対応します。パウリ行列の2次式はある種のベクトルと見なせることから、2ベクトル (bivector) と呼ばれます。

擬ベクトル

3次元における2ベクトルは擬ベクトル(軸性ベクトル)に対応します。表現上、四元数はベクトルと擬ベクトルを区別しませんが、パウリ行列や双四元数では区別します。パウリ行列$\sigma_x$$i\sigma_x$は、$i$が擬ベクトルの印になっています。逆に、双四元数$hi$$i$では、$h$がベクトルの印になっています。

2ベクトルが表す面積は、係数の2乗和の平方根から得られます。これにより2ベクトルのノルムを定義します。

$$ |a\sigma_x\sigma_y + b\sigma_y\sigma_z + c\sigma_z\sigma_x| =\sqrt{a^2+b^2+c^2} $$

実際には面積だけでなく、角運動量における回転の強さなども表現します。

3次:体積と行列式

3本のベクトルの表現$U,V,W$の積から得られる3次の元は、これらのベクトルが張る平行六面体の符号付き体積を表し、3次正方行列の行列式に対応します。具体的には、$U,V,W$を縦ベクトル$u,v,w$に変換して、これらを横に並べた行列の行列式を与えます:

$$ (UVW)_3 = U \wedge V \wedge W = \det(u,v,w)\,\sigma_x\sigma_y\sigma_z $$

これはウェッジ積の反交換性から行列式が定義できることを意味します。

擬スカラー

クリフォード代数における3次式は3ベクトル (trivector) と呼ばれます。3次元における3ベクトルは反交換性により1成分にまとまるため、擬スカラーに対応します。また、ウェッジ積の三重積は、ベクトル解析におけるベクトル三重積ではなく7shi-vec3、スカラー三重積に対応します。

回転の表現

3次元空間における回転の表現について、四元数とパウリ行列の両方の観点から解説します。両者の表現方法の比較を通じて、これまでに説明した概念の具体的な応用を示します。

単位四元数と回転

以下で定義される単位四元数$r$は、軸$(x,y,z)$周りの角度$\theta$の回転の生成子となります:

四元数による回転の生成子

\begin{aligned} r &= \exp\left(\frac\theta2\,n\right)=\cos{\frac\theta2} + \sin{\frac\theta2}\,n \\ n &= n_xi + n_yj + n_zk \quad (n^2 = -1,\ n_x^2 + n_y^2 + n_z^2 = 1) \end{aligned}

単位四元数の成分は2乗和が$1$になることから、成分を2つに分ければ比率が三角関数で表現できます。7shi-pcoord

3次元ベクトル$(x,y,z)$を純虚四元数$v = xi + yj + zk$に対応させれば、回転後のベクトルに対応する$v'$は以下のように計算されます:

四元数による回転の表現

$$ v' = rvr^* $$

$r$$\theta/2$となっているのは、両側から半分ずつの角度で作用することに由来します。

また、$r^*$$r$の共役ですが、$rr^*=1$より逆元と一致します:$r^*=r^{-1}$

四元数からパウリ行列への変換

これまで見たように四元数の基底$1, i, j, k$とパウリ行列(単位行列$I$を含む)の間には以下の対応があります:

$$ 1 \cong I, \quad i \cong -i\sigma_x, \quad j \cong -i\sigma_y, \quad k \cong -i\sigma_z $$

これによって、回転軸を表す純虚単位四元数を、パウリ行列に変換します:

$$ n = n_xi + n_yj + n_zk \cong -n_xi\sigma_x - n_yi\sigma_y - n_zi\sigma_z $$

パウリ行列では符号が反転します。各項がマイナスのまま扱う必要性はないため、プラスになるように調整して対応付けします:

パウリ行列による回転の生成子

\begin{aligned} R &= \exp\left(\frac\theta2\,N\right)=\cos{\frac\theta2}I + \sin{\frac\theta2}\,N \cong r^* \quad (R^{\dagger} \cong r) \\ N &= i(n_x\sigma_x + n_y\sigma_y + n_z\sigma_z) \cong -n \quad (N^2 = -I,\ n_x^2 + n_y^2 + n_z^2 = 1) \end{aligned}

ここで$R^\dagger$$R$のエルミート共役(成分の複素共役を取った転置行列)です。

パウリ行列による回転の表現

3次元ベクトル$(x,y,z)$は、パウリ行列を用いて以下のように表現できます:

$$ V = x\sigma_x + y\sigma_y + z\sigma_z $$

このとき、回転後のベクトルに対応する行列$V'$は以下のように計算されます:

パウリ行列による回転の表現

$$ V' = R^{\dagger}VR \cong rvr^* \quad (r \cong R^{\dagger},\ r^* \cong R) $$

$R^{\dagger}R=I$より$R$はユニタリ行列で、$R^{\dagger}VR$はユニタリ変換かつ相似変換です。

2次の元の回転

純虚四元数$w = xi + yj + zk$に対応するパウリ行列表現は以下の通りです:

$$ W = -i(x\sigma_x + y\sigma_y + z\sigma_z) $$

この表現における回転は、1次の元と同様に$R^{\dagger}WR$で与えられます。

回転表現のまとめ

四元数とパウリ行列による回転表現の対応をまとめます。

  1. ベクトルは、四元数では虚部、パウリ行列では1次の線形結合で表現する。
  2. 回転の生成子:四元数$r=\exp(\theta n/2)$、パウリ行列$R=\exp(\theta N/2)$
  3. 回転:四元数$rvr^*$、パウリ行列$R^{\dagger}VR$$r \cong R^{\dagger},\ r^* \cong R$
  4. 回転の合成が容易に行える。(四元数の積、またはユニタリ行列の積)

パウリ行列表現の利点:

  • 線形代数の標準的な道具(行列)を用いるため、多くの数学者や物理学者にとって馴染みやすい。
  • 量子力学における2準位系の表現と直接的に結びつく。

四元数表現の利点:

  • 計算が比較的簡単で、数値的に安定している。
  • 姿勢制御や3次元コンピュータグラフィックスなどの応用で広く使用されている。

両表現は本質的に同じ数学的構造$\mathrm{SU}(2)$群を異なる視点から捉えたものであり、状況に応じて適切な表現を選択することが重要です。

回転と鏡映

内積と外積の性質を調べることで、回転が鏡映に分解されることが分かります。

内積と外積

2本のベクトルの表現$V,W$の成す角を$\theta$とすれば、内積は$\cos\theta$、外積は$\sin\theta$に比例します。7shi-vge

$$ \begin{aligned} V \cdot W &= |V||W|\cos\theta \\ |V \wedge W| &= |V||W|\sin\theta \quad (0 \le \theta < \pi) \end{aligned} $$

ノルムと回転角

ノルムの定義より$|V \wedge W| \ge 0$ですが、$\theta$の範囲では$\sin\theta \ge 0$となるため、整合的です。このパラメーターで回転を生成した場合、両側から挟むことから回転角は$2\theta\ (0 \le 2\theta < 2\pi)$となるため、全角度がカバーできます。

これにより、積$VW$を確認します:

$$ \begin{aligned} VW &=(VW)_0+(VW)_2 \\ &=(V \cdot W)I + V \wedge W \\ &=|V||W|\left(\cos\theta\,I+\sin\theta\,\frac{V \wedge W}{|V \wedge W|}\right) \end{aligned} $$

ここで$\dfrac{V \wedge W}{|V \wedge W|}$は2ベクトル$V \wedge W$を正規化した単位2ベクトルで、$V,W$が張る平面を表します。内積と外積はその平面上での操作であることから、本質的には2次元の操作です。

回転の生成子の分解

2本の単位ベクトルの表現$M,N$の外積$M \wedge N$を正規化して成分表示します。

$$ \frac{M \wedge N}{|M \wedge N|}=i(a\sigma_1+b\sigma_2+c\sigma_3) \quad (a^2+b^2+c^2=1) $$

これにより、積$MN$を確認します:

$$ \begin{aligned} MN&=\cos\theta\,I+\sin\theta\,i(a\sigma_1+b\sigma_2+c\sigma_3) \end{aligned} $$

これは回転の生成子が2本の単位ベクトルの表現に分解できることを意味します。

$MN$による回転表現を確認します:

$$ (MN)^{\dagger}V(MN)=N^{\dagger}M^{\dagger}VMN=NMVMN $$

エルミート行列

パウリ行列はエルミート行列で、その線形結合もエルミート行列のため、$M^{\dagger}=M,N^{\dagger}=N$となります。

2本のベクトルによって張られる平面が回転面となり、成す角の2倍が回転角となります。

線対称な鏡映

2本の単位ベクトルによる回転の表現は、単位ベクトルでベクトルを挟む操作を2回繰り返します。

$$ N(MVM)N $$

ここで$MVM$は線対称な鏡映となります。つまり、$N(MVM)N$という表式は、2回の鏡映によって回転が表現されるという、一般的な原理を反映しています。7shi-mir

四元数での線対称な鏡映

四元数の虚部で単位ベクトル$m,n$とベクトル$v$を表現します。

$$ \begin{aligned} m &= m_xi+m_yj+m_zk &&(m_x,m_y,m_z\in\mathbb R,\ m_x^2+m_y^2+m_z^2=1)\\ n &= n_xi+n_yj+n_zk &&(n_x,n_y,n_z\in\mathbb R,\ n_x^2+n_y^2+n_z^2=1)\\ v &= v_xi+v_yj+v_zk &&(v_x,v_y,v_z\in\mathbb R) \end{aligned} $$

双四元数を間に挟むことで、パウリ行列から変換します。パウリ行列のベクトルの表現は、四元数の虚部に$h$を付けることで対応します。

$$ MVM \cong (hm)(hv)(hm)=h(-mvm) $$

$h(-mvm)$$h$$hm$などと同様に次数の変換をしているだけで、ベクトルの成分には影響しません。つまり$-mvm$という四元数が、$v$$m$による線対称な鏡映となります。このマイナスは、パウリ行列では消えたエルミート行列における$\dagger$が、四元数では共役として残っていると解釈できます。

四元数での線対称な鏡映

$m$を単位純虚四元数、$v$を任意の純虚四元数とすれば:$mvm^*=-mvm$

鏡映を2回繰り返せば、単位純虚四元数の積は単位四元数となることから、$r=nm$による回転$rvr^*$となります。7shi-versor

$$ n(mvm^*)n^*=(nm)v(m^*n^*)=(nm)v(nm)^*=rvr^* $$

一方、$m^*=-m,\ n^*=-n$より:

$$ n(mvm^*)n^*=nmvmn $$

共役と交換

$(nm)^*=mn$となり、共役によって積が交換します。これは外積の反交換性から理解できます。

おわりに

本記事では、パウリ行列と四元数という一見異なる数学的概念について、双四元数という概念を介して橋渡しを行いました。

パウリ行列が生成する次数付き代数構造は四元数を含み、より一般的な数学的枠組みであるクリフォード代数の一部として理解できます。特に、回転の表現における四元数とパウリ行列の対応関係は、これらの数学的構造の具体的な応用例として重要です。この対応関係は、理論物理学と計算機科学の接点を示す興味深い例となっています。

本記事が、これらの数学的概念への理解を深める一助となれば幸いです。

参考文献

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