複素数と四元数のテンソル積である双四元数を介して、パウリ行列と四元数の代数的対応関係を確立し、クリフォード代数としての幾何学的意味と3次元回転の表現を整理します。
量子力学のスピン記述に不可欠なパウリ行列と、3次元空間の回転を効率的に表す四元数は、いずれも4つの基本要素と非可換な乗法を持ちますが、一方は2次複素行列、他方は実4次元の代数である四元数として異なる文脈で扱われます。基底の2乗がパウリ行列では$+I$、四元数では$-1$となる符号の違いもあり、両者の代数的なつながりは一見して自明ではありません。
本記事では、複素数と四元数のテンソル積である双四元数を導入することで、この符号のギャップを埋め、パウリ行列と四元数の代数的な対応を確立します。さらに、パウリ行列の積がなす次数付き代数構造が3次元ユークリッド空間のクリフォード代数$\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$そのものであることを示し、幾何代数における回転と鏡映の枠組みへとつなげます。7shi-clif
前提知識として、以下を仮定します。
本記事は次のように進めます。
本記事では3次元ユークリッド空間におけるパウリ行列・四元数・双四元数およびクリフォード代数$\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$の対応を扱い、ミンコフスキー時空への拡張(ディラック行列)や高次元スピノルの詳細な構成は扱いません。
本節では、パウリ行列と四元数の基本的性質について概観します。これらの数学的概念は、それぞれ量子力学と古典的な3次元回転の記述において重要な役割を果たしています。
パウリ行列は、量子力学、特にスピン1/2粒子の記述に不可欠な2×2の複素行列です。3つのパウリ行列を次のように定義します。
$$ \sigma_x = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma_y = \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma_z = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} $$
パウリ行列の主な性質は以下の通りです。
これらの性質により、パウリ行列は量子力学におけるスピン演算子の基底として機能します。
四元数は、複素数を拡張した4次元の数体系です。一般の四元数$q$は以下のように表されます。
$$ q = a + bi + cj + dk $$
ここで、$a,b,c,d$は実数で、$i,j,k$は虚数単位です。虚数単位は以下の関係を満たします。
$$ i^2 = j^2 = k^2 = ijk = -1 $$
四元数の主な性質は以下の通りです。
四元数は、3次元空間の回転を表現する上で非常に効率的であり、コンピューターグラフィックスや制御理論などの分野で広く利用されています。
パウリ行列と四元数は、一見異なる数学的概念ですが、いくつかの興味深い類似性があります。
これらの類似性は、両者の間により深い数学的関係が存在することを示唆しています。
双四元数を説明する前に、数学的準備としてテンソル積を簡単に説明します。
テンソル積は、二つの数学的対象(ベクトル空間または加群など)から新しい数学的対象を構成する操作です。
本記事ではテンソル積の構成(一般的な定義)には立ち入らず、計算に必要な基本性質だけを挙げます。
ベクトル空間$V$と$W$に対して、テンソル積$V \otimes W$は以下の性質を満たす。
以降、テンソル積は実数体$\mathbb R$上で考え、$\otimes_{\mathbb R}$を単に$\otimes$と書きます。基礎体は結果を左右します。たとえば$\mathbb C\otimes_{\mathbb C}\mathbb C\cong\mathbb C$ですが、$\mathbb C\otimes_{\mathbb R}\mathbb C$は実4次元です。代数どうしのテンソル積では、積を次のように定めます。
$$ (z\otimes q)(w\otimes p)=zw\otimes qp $$
テンソル積の次元は、元の空間の次元の積になります。
$$ \dim(V \otimes W) = \dim(V)\dim(W) $$
いくつか具体例を挙げます。
$m\times n$行列$A$と、$p\times q$行列$B$のテンソル積$A \otimes B$は、サイズが$(mp)\times(nq)$の行列になる。
$$
A \otimes B =
\begin{pmatrix}
a_{11}B & \cdots & a_{1n}B \\
\vdots & \ddots & \vdots \\
a_{m1}B & \cdots & a_{mn}B
\end{pmatrix}
$$
この特殊な場合として、$A$のサイズが1×1であれば、$B$をスカラー倍する係数となる。
$$
A \otimes B = a_{11}B
$$
複素数体$\mathbb{C}$と複素数体$\mathbb{C}$のテンソル積$\mathbb{C} \otimes \mathbb{C}$を考える。この空間は4次元の代数構造を持ち、双複素数 (bicomplex number) と呼ばれる。wiki-bc
基底は4つの元で表される。
$$
\{1 \otimes 1, \quad i \otimes 1, \quad 1 \otimes i, \quad i \otimes i\}
$$
$a_0,\dots,a_3$を実数とすれば、一般の双複素数は以下のように表される。
$$
(a_0 + a_1i) \otimes 1 + (a_2 + a_3i) \otimes i
$$
テンソル積$\otimes$と直積$\times$は異なる概念です。その主な違いは、係数の扱い方にあります。
直積は順序対を作るのに対し、テンソル積は双線形性によって係数を移動できるように線形化します。この性質は、次で説明する双四元数を扱う際に重要となります。7shi-tbq
双四元数 (biquaternion) は、複素数体$\mathbb{C}$と四元数体$\mathbb{H}$のテンソル積$\mathbb{C} \otimes_{\mathbb R} \mathbb{H}$として定義されます。wiki-bq
双四元数は8次元の線形空間を形成し、基底は以下の8つの元で表されます。
$$ \{1 \otimes 1, \quad i \otimes 1, \quad 1 \otimes i, \quad i \otimes i, \quad 1 \otimes j, \quad i \otimes j, \quad 1 \otimes k, \quad i \otimes k\} $$
一般の双四元数は以下のように表されます。
$$ (a_0 + a_1i) \otimes 1 + (a_2 + a_3i) \otimes i + (a_4 + a_5i) \otimes j + (a_6 + a_7i) \otimes k $$
ここで、$a_0,\dots,a_7$は実数で、テンソル積の左側の$i$は複素数の虚数単位、右側の$i, j, k$は四元数の虚数単位です。
以降の説明を簡潔にするために、以下の簡略化記法を導入します。
この簡略化により、双四元数の基底は以下のように表されます。
\begin{aligned} 1 \otimes 1 &\cong 1,& 1 \otimes i &\cong i,& 1 \otimes j &\cong j,& 1 \otimes k &\cong k, \\ i \otimes 1 &\cong h,& i \otimes i &\cong hi,& i \otimes j &\cong hj,& i \otimes k &\cong hk \end{aligned}
一般の双四元数は次のように表現できます。
$$ \begin{aligned} &(a_0+a_1h)1+(a_2+a_3h)i+(a_4+a_5h)j+(a_6+a_7h)k \\ &=a_0+a_1h+a_2i+a_3hi+a_4j+a_5hj+a_6k+a_7hk \end{aligned} $$
ここで、$a_0,\dots,a_7$は実数です。
テンソル積代数の積$(z\otimes q)(w\otimes p)=zw\otimes qp$により、$hj$も$jh$もどちらも$i \otimes j$となります。したがって$h$は$i, j, k$と実際に可換です。
$$ \begin{aligned} hi = ih, \quad hj = jh, \quad hk = kh \\ (hi)^2=h^2i^2=(-1)(-1)=1 \end{aligned} $$
この簡略化記法を用いることで、双四元数がより直観的になり、計算も簡単になります。
双四元数の代数的性質は以下の通りです。
積の例を示します。
$$ \begin{aligned} (a + bh)i(c + dh)j &= (a+bh)(c+dh)ij \\ &= (ac+adh+bch-bd)k \\ &= (ac - bd)k + (ad + bc)hk \end{aligned} $$
双四元数は、パウリ行列と四元数の両方の性質を内包しています。
パウリ行列と双四元数の対応関係を考えるとき、まず2乗したときの符号を合わせることから始めます。単位行列を$1$に対応させます。
このことから、以下の対応関係の候補が得られます。積の関係は後で確認します。
$$ \sigma_x \cong hi,\quad \sigma_y \cong hj,\quad \sigma_z \cong hk $$
$hi,hj,hk$から$h$を取り除けば四元数$i,j,k$が得られます。これは$-h$を掛けることで実現できます。
$$ -h(hi)=-h^2i=-(-1)i=i,\quad -h(hj)=j,\quad -h(hk)=k $$
これはパウリ行列のスカラー倍として$-i$を掛けることに対応します。
$$ -h(hi) \cong -i\sigma_x,\quad -h(hj)\cong-i\sigma_y,\quad -h(hk)\cong-i\sigma_z $$
四元数の行列表現$\rho$を用いて、双四元数から行列への写像$z\otimes q\mapsto z\,\rho(q)$を考えると、テンソル積の左側は行列のスカラー倍として現れます。
異なるパウリ行列の積が別のパウリ行列の$i$倍となることも、双四元数を使うことで成分計算なしに確認できます。
$$ \begin{alignedat}{4} \sigma_x\sigma_y &\cong (hi)(hj) &&=hh(ij) &&=h(hk) &&\cong i\sigma_z \\ \sigma_y\sigma_z &\cong (hj)(hk) &&=hh(jk) &&=h(hi) &&\cong i\sigma_x \\ \sigma_z\sigma_x &\cong (hk)(hi) &&=hh(ki) &&=h(hj) &&\cong i\sigma_y \end{alignedat} $$
$\sigma_x\sigma_y=i\sigma_z$は向き付きの$xy$面を表す2ベクトルです。右手系の向きを選ぶと、この面の法線ベクトルは$\sigma_z$に対応します。
この対応関係を踏まえて、パウリ行列から四元数の行列表現が生成できます。7shi-qua
\begin{alignedat}{4} i &= -h(hi) &&\cong -i \sigma_x &&= -i \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} &&= \begin{pmatrix} 0 & -i \\ -i & 0 \end{pmatrix} \\ j &= -h(hj) &&\cong -i \sigma_y &&= -i \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix} &&= \begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} \\ k &= -h(hk) &&\cong -i \sigma_z &&= -i \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} &&= \begin{pmatrix} -i & 0 \\ 0 & i \end{pmatrix} \end{alignedat}
このように四元数とパウリ行列の間に双四元数を挟むことで、対応関係のギャップが埋められます。
パウリ行列をすべて掛け合わせることで、単位行列の$i$倍が得られます。
$$ \sigma_x\sigma_y\sigma_z =\begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} =iI $$
双四元数で計算すれば、$h$が1つだけ残ることが分かります。
$$ (hi)(hj)(hk)=h(hh)(ijk)=h(-1)(-1)=h $$
この関係は、複素数の虚数単位がパウリ行列や双四元数の構造の中に組み込まれていることを示します。
以上の対応関係により、パウリ行列と双四元数が本質的に同じ代数構造を持つことが明らかになりました。これらの関係は以下のようにまとめられます。
これらの対応をまとめると、次の同型が得られます。
$$
\mathbb C\otimes_{\mathbb R}\mathbb H\cong M_2(\mathbb C)\cong\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)
$$
四元数は、この代数の実部分代数$\operatorname{span}_{\mathbb R}\{I,-i\sigma_x,-i\sigma_y,-i\sigma_z\}$に対応する。
$hi,hj,hk\mapsto\sigma_x,\sigma_y,\sigma_z$を代数の準同型に拡張する。$(hi)^2=(hj)^2=(hk)^2=1$と反交換性は前節で確認した積の関係であり、パウリ行列の関係と一致する。8個の基底$1,h,i,hi,j,hj,k,hk$の像は$I,\ iI,\ -i\sigma_x,\ \sigma_x,\dots$となり、$I,\sigma_x,\sigma_y,\sigma_z$が$M_2(\mathbb C)$の複素基底であることから、実一次独立である。$M_2(\mathbb C)$の実次元は$8$なので、この準同型は同型である。$e_k\mapsto\sigma_k$についても、生成元の関係が同じで、$\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$の次元も$8$であるから同型となる。
これらの関係性の理解は、量子力学(パウリ行列)と古典的な3次元回転(四元数)の間の橋渡しとなり、両者の統一的な理解に貢献します。
パウリ行列$\sigma_x,\sigma_y,\sigma_z$は、グレード(次数)分解を持つ代数構造の生成元となります。幾何積は次数を単純に加算せず(1次どうしの積は0次と2次を含みます)、厳密には偶奇による$\mathbb Z_2$次数付き代数です。つまり、これらの行列とその積、および実数倍の線形結合によって、代数のすべての要素を表現することができます。
次数は英語でgradeです。1次のことを次数1やグレード1とも表現します。異なる次数を含む式はマルチベクトルと呼ばれます。擬スカラー$iI$を掛けると$k$次の元が$3-k$次の元に移るため、ホッジスターに近い操作です。ただしグレードによって符号が異なります。たとえば$\star\sigma_x=\sigma_y\sigma_z=i\sigma_x$は$i$を掛けた結果と一致しますが、$\star(\sigma_x\sigma_y)=\sigma_z$に対して$i(\sigma_x\sigma_y)=-\sigma_z$と符号が逆になります。
重要な性質として、以下が挙げられます。
これらの性質により、積の因子に同じパウリ行列が含まれれば次数が下がるため、高次の積は常に3次以下の積に帰着されます。
$\sigma_x\sigma_y\sigma_x=-\sigma_x\sigma_x\sigma_y=-\sigma_y$
パウリ行列が生成する代数構造は、3次元ユークリッド空間に対応するクリフォード代数$\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$と同型です。クリフォード代数は、より一般化した幾何代数を構成します。7shi-qcl
次数付き構造は、幾何学的な意味を持ちます。
この構造により、線形代数と幾何学の概念が自然に統合されていることがわかります。また、量子力学における数学的記述に体系的な解釈を施すことが可能となります。
個々の次数について見ていきます。
1次の元は、パウリ行列の線形結合として表されます。
$$ V = a\sigma_x + b\sigma_y + c\sigma_z \quad (a, b, c \in \mathbb{R}) $$
これは3次元ベクトル$(a, b, c)$に対応します。本記事ではベクトルと区別するため、ベクトルの表現と呼びます。量子力学では、ブロッホベクトルを用いた密度行列$\frac12(I+V)$の中に現れます($|V|\le1$)。
ベクトルの表現$V,W$の積は、0次と2次の項から成るマルチベクトルとなり、幾何学的に重要な意味を持ちます。積の0次の項(スカラー)は内積、2次の項は外積(ウェッジ積)に対応します。括弧の添え字で次数を表せば次のようになります。
$$ \begin{aligned} VW &=(VW)_0+(VW)_2 \\ &=(V \cdot W)I + V \wedge W \end{aligned} $$
外積は$V$と$W$が張る平行四辺形の向き付き面積を表します。
2次の要素は、パウリ行列の積の線形結合として表されます。
$$ a\sigma_x\sigma_y + b\sigma_y\sigma_z + c\sigma_z\sigma_x =ai\sigma_z + bi\sigma_x + ci\sigma_y \quad (a, b, c \in \mathbb{R}) $$
$\sigma_x\sigma_y \cong hihj=-k$ などの関係から、四元数の虚部に対応します。
$$ -ak-bi-cj $$
パウリ行列の2次式は原点を通る特定の平面を表しており、係数は座標軸の面に射影された面積を表します。四元数の虚部をベクトルに対応させれば、その平面に対する法線に対応します。パウリ行列の2次式は、外積(ウェッジ積)で作られる2次の元なので、2ベクトル (bivector) と呼ばれます。3次元では法線との対応により、ある種のベクトルとも見なせます。
3次元における2ベクトルは擬ベクトル(軸性ベクトル)に対応します。表現上、四元数はベクトルと擬ベクトルを区別しませんが、パウリ行列や双四元数では区別します。パウリ行列$\sigma_x$と$i\sigma_x$は、$i$が擬ベクトルの印になっています。逆に、双四元数$hi$と$i$では、$h$がベクトルの印になっています。回転に対しては同じ変換則に従いますが、鏡映に対しては異なります。7shi-qmx
2ベクトルが表す面積は、係数の2乗和の平方根から得られます。これにより2ベクトルのノルムを定義します。
$$ |a\sigma_x\sigma_y + b\sigma_y\sigma_z + c\sigma_z\sigma_x| =\sqrt{a^2+b^2+c^2} $$
実際には面積だけでなく、角運動量における回転の強さなども表現します。
3本のベクトルの表現$U,V,W$の積から得られる3次の元は、これらのベクトルが張る平行六面体の符号付き体積を表し、3次正方行列の行列式に対応します。具体的には、$U,V,W$を縦ベクトル$u,v,w$に変換して、これらを横に並べた行列の行列式を与えます。
$$ (UVW)_3 = U \wedge V \wedge W = \det(u,v,w)\,\sigma_x\sigma_y\sigma_z $$
これはウェッジ積の反交換性から行列式が定義できることを意味します。
クリフォード代数における3次式は3ベクトル (trivector) と呼ばれます。3次元における3ベクトルは反交換性により1成分にまとまるため、擬スカラーに対応します。また、ウェッジ積の三重積は、ベクトル解析におけるベクトル三重積ではなく、スカラー三重積に対応します。7shi-vec3
3次元空間における回転の表現について、四元数とパウリ行列の両方の観点から解説します。両者の表現方法の比較を通じて、これまでに説明した概念の具体的な応用を示します。
以下で定義される単位四元数$r$は、単位軸$(n_x,n_y,n_z)$周りの角度$\theta$の回転を表す回転子です。
\begin{aligned} r &= \exp\left(\frac\theta2\,n\right)=\cos{\frac\theta2} + \sin{\frac\theta2}\,n \\ n &= n_xi + n_yj + n_zk \quad (n^2 = -1,\ n_x^2 + n_y^2 + n_z^2 = 1) \end{aligned}
単位四元数の成分は2乗和が$1$になることから、成分を2つに分ければ比率が三角関数で表現できます。7shi-coord
3次元ベクトル$(x,y,z)$を純虚四元数$v = xi + yj + zk$に対応させれば、回転後のベクトルに対応する$v'$は以下のように計算されます。
$$ v' = rvr^* $$
$r$で$\theta/2$となっているのは、両側から挟むことで回転面内の角度が2倍になるためです。7shi-rod
また、$r^*$は$r$の共役ですが、$rr^*=1$より逆元と一致します($r^*=r^{-1}$)。
これまで見たように四元数の基底$1, i, j, k$とパウリ行列(単位行列$I$を含む)の間には以下の対応があります。
$$ 1 \cong I, \quad i \cong -i\sigma_x, \quad j \cong -i\sigma_y, \quad k \cong -i\sigma_z $$
これによって、回転軸を表す単位純虚四元数を、パウリ行列に変換します。
$$ n = n_xi + n_yj + n_zk \cong -i(n_x\sigma_x + n_y\sigma_y + n_z\sigma_z) $$
回転子$r$も、この対応でそのままパウリ行列に移します。軸方向のパウリ行列の線形結合を$N$とおくと、$n\cong-iN$です。
\begin{aligned} R &= \exp\left(-i\frac\theta2\,N\right)=\cos{\frac\theta2}I - i\sin{\frac\theta2}\,N \cong r \\ N &= n_x\sigma_x + n_y\sigma_y + n_z\sigma_z \quad (N^2 = I,\ n_x^2 + n_y^2 + n_z^2 = 1) \end{aligned}
指数の肩の$-i$は、四元数との対応の負号に由来します。$R$のエルミート共役(成分の複素共役を取った転置行列)$R^\dagger$は、$r$の共役$r^*$に対応します($R^\dagger\cong r^*$)。
3次元ベクトル$(x,y,z)$は、パウリ行列を用いて以下のように表現できます。
$$ V = x\sigma_x + y\sigma_y + z\sigma_z $$
このとき、回転後のベクトルに対応する行列$V'$は以下のように計算されます。
$$ V' = RVR^{\dagger} \quad (r \cong R,\ r^* \cong R^{\dagger}) $$
$RR^{\dagger}=I$より$R$はユニタリ行列で、$RVR^{\dagger}$はユニタリ変換かつ相似変換です。四元数の回転子をそのまま移したため、挟み方も四元数の$rvr^*$と同じ並びになります。$V$は純虚四元数$v$に$h$を付けた$hv$に対応し、$h$は$R$と可換なので、$V'\cong h(rvr^*)$です。7shi-qrt
なお、四元数$v$の行列表現($i\mapsto-i\sigma_x$ など)は$-iV$です。$R(-iV)R^{\dagger}=-iRVR^{\dagger}$なので、$V'=RVR^{\dagger}$は$v'=rvr^*$と同じ成分を持つベクトルの表現になります。
$N=\sigma_z$($z$軸周りの回転)で$V=\sigma_x$を回転させる。$\sigma_x$は$\sigma_z$と反交換するので$R\sigma_x=\sigma_xR^{\dagger}$となる。
$$
R\sigma_xR^{\dagger}=\sigma_xR^{\dagger}R^{\dagger}=\sigma_xe^{i\theta\sigma_z}=\cos\theta\,\sigma_x+i\sin\theta\,\sigma_x\sigma_z=\cos\theta\,\sigma_x+\sin\theta\,\sigma_y
$$
これは$z$軸の正の向きに対して、$x$軸を$y$軸へ回す向きである。
純虚四元数$w = xi + yj + zk$に対応するパウリ行列表現は以下の通りです。
$$ W = -i(x\sigma_x + y\sigma_y + z\sigma_z) $$
この表現における回転は、1次の元と同様に$RWR^{\dagger}$で与えられます。$W=-iV$なので$RWR^{\dagger}=-iRVR^{\dagger}$となり、1次の元と同じ成分変換を受けます。ただし、これは回転に対する変換則が同じということです。
四元数とパウリ行列による回転表現の対応をまとめます。
パウリ行列表現には以下の利点があります。
クリフォード代数$\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$の回転も含めて、対応を表にまとめます。
| 項目 | 四元数 | パウリ行列 | $\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$ |
|---|---|---|---|
| ベクトルの表現 | $v=xi+yj+zk$ | $V=x\sigma_x+y\sigma_y+z\sigma_z$ | $xe_1+ye_2+ze_3$ |
| 軸に対応する元 | $n=n_xi+n_yj+n_zk$ | $-iN$ | $B=n_xe_3e_2+n_ye_1e_3+n_ze_2e_1$ |
| 回転子 | $r=e^{\theta n/2}$ | $R=e^{-i\theta N/2}$ | $S=e^{\theta B/2}$ |
| 回転 | $rvr^*$ | $RVR^{\dagger}$ | $Sx\widetilde S$ |
第1行は成分による対応で、四元数$v$の行列表現による代数的な像は$-iV$です。$\widetilde S$は$S$の反転(ベクトルの積の順序を逆にしたもの)で、$\widetilde S=S^{-1}$です。
四元数表現には以下の利点があります。
両表現は本質的に同じ数学的構造$\mathrm{SU}(2)$群を異なる視点から捉えたものであり、状況に応じて適切な表現を選択することが重要です。7shi-h
$r$と$-r$、$R$と$-R$は同じ回転を表すため、$\mathrm{SU}(2)$は$\mathrm{SO}(3)$の二重被覆となります。
内積と外積の性質を調べることで、回転が鏡映に分解されることが分かります。
2本のベクトルの表現$V,W$の成す角を$\theta$とすれば、内積は$\cos\theta$、外積は$\sin\theta$に比例します。7shi-vge
$$ \begin{aligned} V \cdot W &= |V||W|\cos\theta \\ |V \wedge W| &= |V||W|\sin\theta \quad (0 \le \theta \le \pi) \end{aligned} $$
ここで$|V|=\sqrt{x^2+y^2+z^2}=\sqrt{\tfrac12\operatorname{tr}(V^2)}$です。
ノルムの定義より$|V \wedge W| \ge 0$ですが、$\theta$の範囲では$\sin\theta \ge 0$となるため、整合的です。このパラメーターで回転を生成した場合、両側から挟むことから回転角は$2\theta\ (0 \le 2\theta \le 2\pi)$となるため、全角度がカバーできます。
これにより、積$VW$を確認します。
$$ \begin{aligned} VW &=(VW)_0+(VW)_2 \\ &=(V \cdot W)I + V \wedge W \\ &=|V||W|\left(\cos\theta\,I+\sin\theta\,\frac{V \wedge W}{|V \wedge W|}\right) \end{aligned} $$
ここで$\dfrac{V \wedge W}{|V \wedge W|}$は2ベクトル$V \wedge W$を正規化した単位2ベクトルで、$V,W$が張る平面を表します。正規化できるのは$V,W$が平行でない場合($0<\theta<\pi$)に限ります。平行・反平行の場合は$V \wedge W=0$で積はスカラーとなり、平面は一意に定まらないため、別に扱います。内積と外積はその平面上での操作であることから、本質的には2次元の操作です。
2本の単位ベクトルの表現$M,N$の外積$M \wedge N$を正規化して成分表示します。この節の$M,N$は回転面内の単位ベクトルで、前節の回転軸$N$とは別のものです。$M,N$は平行でないとし、$M$から$N$への角を$\theta$とします。
$$ \frac{M \wedge N}{|M \wedge N|}=i(a\sigma_x+b\sigma_y+c\sigma_z) \quad (a^2+b^2+c^2=1) $$
これにより、積$NM$を確認します。$N \wedge M=-M \wedge N$より、次のようになります。
$$ \begin{aligned} NM&=\cos\theta\,I-\sin\theta\,i(a\sigma_x+b\sigma_y+c\sigma_z) \end{aligned} $$
$A=a\sigma_x+b\sigma_y+c\sigma_z$とおけば$NM=\cos\theta\,I-i\sin\theta\,A=\exp(-i\theta A)$となり、軸$A$、回転角$2\theta$の回転子に一致します。これは回転子が2本の単位ベクトルの表現に分解できることを意味します。逆に、回転軸$A$に垂直な平面内で、$M$から$N$への角が回転角の半分になり、$M\wedge N$が$iA$の向きとなる単位ベクトル$M,N$を選べば、任意の回転子を分解できます。
$NM$による回転表現を確認します。
$$ (NM)V(NM)^{\dagger}=NMVM^{\dagger}N^{\dagger}=NMVMN $$
パウリ行列はエルミート行列で、その実係数の線形結合もエルミート行列のため、$M^{\dagger}=M,N^{\dagger}=N$となります。
2本のベクトルによって張られる平面が回転面となり、成す角の2倍が回転角となります。7shi-clrt
2本の単位ベクトルによる回転の表現$NMVMN$は、単位ベクトルでベクトルを挟む操作を2回繰り返したものです。
単位ベクトル$M$で挟む操作を調べます。$V$を$M$方向の成分と、$M$に垂直な成分$V_\perp=V-(M\cdot V)M$に分けます。$M^2=I$で、$M$と$V_\perp$は直交するため反交換するので、次のようになります。
$$ MVM=(M\cdot V)M^3+MV_\perp M=(M\cdot V)M-V_\perp $$
符号を付けた$-MVM$は、$M$方向の成分を反転し、垂直な成分を保ちます。これは$M$を法線とする平面に関する鏡映です。
単位ベクトル$M$を法線とする平面に関する鏡映は、次のように表される。
$$
V\mapsto-MVM=V-2(M\cdot V)M
$$
$M$による鏡映のあとに$N$による鏡映を施すと、負号は打ち消し合います。
$$ -N(-MVM)N=NMVMN=(NM)V(NM)^{\dagger} $$
つまり、回転子$NM$による回転は、$M$による鏡映と$N$による鏡映の合成です。鏡映は向きを反転しますが、2回合成すれば向きを保つ回転となります。7shi-mir
四元数の虚部で単位ベクトル$m,n$とベクトル$v$を表現します。
$$ \begin{aligned} m &= m_xi+m_yj+m_zk &&(m_x,m_y,m_z\in\mathbb R,\ m_x^2+m_y^2+m_z^2=1)\\ n &= n_xi+n_yj+n_zk &&(n_x,n_y,n_z\in\mathbb R,\ n_x^2+n_y^2+n_z^2=1)\\ v &= v_xi+v_yj+v_zk &&(v_x,v_y,v_z\in\mathbb R) \end{aligned} $$
双四元数を間に挟むことで、パウリ行列から変換します。パウリ行列のベクトルの表現は、四元数の虚部に$h$を付けることで対応します。$h^2=-1$より、次のようになります。
$$ -MVM \cong -(hm)(hv)(hm)=h(mvm) $$
$h(mvm)$の$h$は$hm$などと同様に次数の変換をしているだけで、ベクトルの成分には影響しません。つまり$mvm$という四元数が、$v$の$m$を法線とする平面に関する鏡映となります。
$m$を単位純虚四元数、$v$を任意の純虚四元数とすると、$m$を法線とする平面に関する鏡映は次のように表される。
$$
v\mapsto mvm=-mvm^*
$$
$-mvm^*$の形で書けば、パウリ行列の$-MVM=-MVM^{\dagger}$と同じ形になります。パウリ行列では$M^{\dagger}=M$のため$\dagger$が消えますが、四元数では$m^*=-m$のため共役が符号として残ると解釈できます。
鏡映を2回繰り返せば、単位純虚四元数の積は単位四元数となります。ここでは$r=-nm$とおきます。$M\cong hm,\ N\cong hn$より$NM\cong(hn)(hm)=-nm$なので、$R=NM\cong r$です。$r$と$-r$は同じ回転を表すため、$nm$のままでも回転は同じです。7shi-versor
$$ n(mvm)n=(nm)v(mn)=(nm)v(nm)^*=(-nm)v(-nm)^*=rvr^* $$
$(nm)^*=mn$となり、共役によって積が交換します。これは外積の反交換性から理解できます。
本記事では、パウリ行列と四元数という一見異なる数学的概念について、双四元数という概念を介して橋渡しを行いました。
双複素数や双四元数のように、数の体系は組み合わせや係数の拡張によってさまざまに作られます。四元数とは異なる乗法規則を持つ双曲四元数など、四元数の周辺には他にも多くの多元数があります。wiki-hq7shi-hc
パウリ行列が生成する代数は四元数を含み、クリフォード代数$\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$と同型です。これはより一般的な数学的枠組みであるクリフォード代数の具体例として理解できます。特に、回転の表現における四元数とパウリ行列の対応関係は、これらの数学的構造の具体的な応用例として重要です。この対応関係は、理論物理学と計算機科学の接点を示す興味深い例となっています。