ユークリッド空間における超平面に関する鏡映操作を、ベクトル、複素数、四元数、八元数、クリフォード代数の各数体系を通じて代数的に定式化します。
同じ超平面鏡映でも、用いる代数によって共役や符号の現れ方が異なります。本記事では、原点を通る超平面に関するベクトルの鏡映公式から出発し、各代数で内積を積と共役によって書き表したうえで、複素数(2次元)、四元数(3次元・4次元)、八元数(7次元・8次元)、クリフォード代数(任意次元)での鏡映の表式を導きます。
ベクトルの基本演算を前提とし、必要な内積と各代数の性質は本文で確認します。対象はユークリッド空間とし、鏡映の合成による回転の詳しい導出は扱いません。
鏡映は、ある対象をある平面(鏡面)に関して反転させる幾何学的操作です。日常生活では鏡に映る像として経験されますが、数学的には非常に重要で基本的な変換の一つです。
$n$次元ユークリッド空間$V$において、ベクトル$\mathbf{v}$を単位法線ベクトル$\mathbf{n}\ (\|\mathbf{n}\| = 1)$で定義される超平面に関して鏡映したベクトル$\mathbf{v}'$は以下の式で与えられます。ここで超平面は原点を通るものとします。
$$ \mathbf{v}' = \mathbf{v} - 2(\mathbf{v} \cdot \mathbf{n})\mathbf{n} = (I - 2\mathbf{n}\mathbf{n}^{\mathsf T})\mathbf{v} $$
ここで$\cdot$はベクトルの内積で、$(\mathbf{v} \cdot \mathbf{n})\mathbf{n}$は$\mathbf v$の$\mathbf n$上への射影を表します。法線$\mathbf n$は鏡映面に垂直な単位ベクトルです。$\mathbf v$から射影の逆向きに動かした$\mathbf{v} - (\mathbf{v} \cdot \mathbf{n})\mathbf{n}$は鏡映面との交点で、そこから更に同じだけ動かすことで鏡像を得ます。
右辺は、ベクトル$\mathbf{v}$に対する作用としての表現です。$\mathbf{n}\mathbf{n}^{\mathsf T}$は射影行列です。
$$ \begin{aligned} \mathbf{v} - 2(\mathbf{v} \cdot \mathbf{n})\mathbf{n} &=\mathbf{v} - 2\mathbf{n}(\mathbf{n} \cdot \mathbf{v}) \\ &=\mathbf{v} - 2\mathbf{n}(\mathbf{n}^{\mathsf T}\mathbf{v}) \\ &=(I - 2\mathbf{n}\mathbf{n}^{\mathsf T})\mathbf{v} \end{aligned} $$
鏡映面は、$n$次元では$n-1$次元の超平面となります。具体的には、2次元では1次元直線、3次元では2次元平面、4次元では3次元立体となります。
集合$\{\mathbf{v} - (\mathbf{v} \cdot \mathbf{n})\mathbf{n} \mid \mathbf{v} \in V \}$により構成される$n-1$次元の超平面が鏡映面となります。なお、3次元においては、ベクトル三重積の公式により$(\mathbf n × \mathbf v) × \mathbf n = \mathbf v - (\mathbf v \cdot \mathbf n)\mathbf n$となります。
鏡映には主に以下の特徴があります。
鏡映の導出に必要となる内積について説明します。
ベクトル$\mathbf{a} = (a_1, a_2, \dots, a_n)$と$\mathbf{b} = (b_1, b_2, \dots, b_n)$の内積は以下のように定義されます。
$$ \mathbf{a} \cdot \mathbf{b} = a_1b_1 + a_2b_2 + \dots + a_nb_n $$
内積には主に以下の性質があります。
内積は、ベクトル間の角度$\theta$を計算する際にも使用されます。両ベクトルが零ベクトルでないとき、次が成り立ちます。
$$ \mathbf{a} \cdot \mathbf{b} = \|\mathbf{a}\| \|\mathbf{b}\| \cos \theta \iff \cos \theta = \frac{\mathbf{a} \cdot \mathbf{b}}{\|\mathbf{a}\| \|\mathbf{b}\|} $$
ベクトルの内積を視覚的に表すと、2本のベクトルの向きを揃えて長さを掛けた値となります。向きを揃えるには垂線を引いて交点を求めます。これを射影と呼びます。どちらのベクトルを射影しても、得られる内積の値は同じです。7shi-ip
$A$を$B$に射影
$\mathrm A \cdot \mathrm B = \mathrm A' \cdot \mathrm B = 2 \cdot 3 = 6$
$\mathrm A \cdot \mathrm B = \|\mathrm A\| \|\mathrm B\| \cos\theta$
特別な場合として、単位ベクトルとの内積が頻出で、鏡映でも使用されます。
$\mathbf{n}^{\mathsf T}\mathbf{n}=1$より、射影行列は冪等行列となります。$(\mathbf{n}\mathbf{n}^{\mathsf T})^2=\mathbf{n}\mathbf{n}^{\mathsf T}\mathbf{n}\mathbf{n}^{\mathsf T}=\mathbf{n}\mathbf{n}^{\mathsf T}$
鏡映は、様々な代数系の中で表現することができます。これらの代数系と幾何学の関係を理解することは、高次元空間や複雑な幾何学的操作を扱う上で非常に重要です。
主な代数系と対応する幾何学的空間は以下の通りです。
これらの代数系を用いることで、鏡映をより一般的かつ抽象的に表現することができます。特にクリフォード代数は、次元に依存せずに鏡映を表現できるため、高次元空間や複雑な幾何学的構造での操作の理解を深めるのに役立ちます。
次章からは、各代数系における鏡映の具体的な表現と性質について詳しく見ていきます。クリフォード代数については、他の代数系を扱った後に、それらを統合する形で導入し、その統一的な性質を強調します。
複素数$z = a + bi\ (a, b \in \mathbb{R})$に対して、共役と絶対値は以下のように定義されます。
複素数$z_1,z_2,z_3$について、以下の性質が成り立ちます。
複素数の実軸を$x$軸、虚軸を$y$軸と同一視します。
$$ (a,b) \cong a + bi $$
複素数の内積は、共役との積の実部から得られます。
$$ a \cdot b = \mathrm{Re}(a^*b) = \frac12(a^*b+b^*a) $$
$$
\begin{aligned}
a^*b
&=(a_0-a_1i)(b_0+b_1i) \\
&=(a_0b_0+a_1b_1)+(a_0b_1-a_1b_0)i \\
\end{aligned}
$$
$\therefore \mathrm{Re}(a^*b)=a_0b_0+a_1b_1$
2次元空間において、複素数$z$を単位複素数$n\ (|n| = 1)$を法線とする原点を通る直線に関して鏡映で移した複素数$z'$は以下の式で与えられます。
$$ z'=-z^*n^2 $$
$$ \begin{aligned} z' &= z - 2(z \cdot n)n \\ &= z - (z^*n + n^*z)n \\ &= z - z^*n^2 - |n|^2z \\ &= -z^*n^2 \end{aligned} $$
四元数$q = a + bi + cj + dk\ (a,b,c,d \in \mathbb{R})$に対して、共役とノルムは以下のように定義されます。
四元数$q_1,q_2,q_3$について、以下の性質が成り立ちます。
四元数は3次元と4次元が扱えますが、使い勝手がかなり異なります。まず扱いが簡単な3次元について見ていきます。
$$ (x, y, z) \cong xi + yj + zk $$
純虚四元数の内積は、積の実部の符号反転から得られます。
$$ v \cdot w = -\mathrm{Re}(vw) = -\frac12(vw+wv) $$
$$
\begin{aligned}
vw
&=(v_xi+v_yj+v_zk)(w_xi+w_yj+w_zk) \\
&=-(v_xw_x+v_yw_y+v_zw_z) \\
&\quad+(v_yw_z-v_zw_y)i+(v_zw_x-v_xw_z)j+(v_xw_y-v_yw_x)k
\end{aligned}
$$
$$
\therefore -\mathrm{Re}(vw)=v_xw_x+v_yw_y+v_zw_z = v \cdot w
$$
$vw$の虚部は外積です。外積の反交換性により、$\mathrm{Im}(vw)=-\mathrm{Im}(wv)$となり、反交換子$vw+wv$によって実部だけが残ります。
純虚四元数では$v^*=-v$なので、共役を含む内積が、積の実部の符号反転として書けます。複素数のように共役を明示する必要がありません。
3次元空間において、純虚四元数$v$を単位純虚四元数$n\ (n^2 = -1)$で定義される平面に関して鏡映で移した純虚四元数$v'$は以下の式で与えられます。
$$ v'=-nv^*n=nvn $$
$$ \begin{aligned} v' &= v - 2(v \cdot n)n \\ &= v + (vn + nv)n \\ &= v + vn^2 + nvn \\ &= nvn \end{aligned} $$
$v$が純虚四元数であることから、$v^* = -v$より$-nv^*n$とも表現できます。複素数の表現$-z^*n^2$と比べると、複素数では積が可換であることから、2つの$n$がまとまって$n^2$になっていると解釈できます。
八元数$o = a_0 + a_1e_1 + a_2e_2 + \dots + a_7e_7\ (a_i \in \mathbb{R})$に対して、共役とノルムは以下のように定義されます。
八元数$o_1,o_2,o_3$について、以下の性質が成り立ちます。
七つの三つ組の定め方(乗法表)は480通りあります。どれを採用しても代数的な性質は同じなため、本記事では古典的な定義を採用します。7shi-480
$$ e_1e_2=e_3,\ e_1e_4=e_5,\ e_2e_4=e_6,\ e_3e_4=e_7,\ e_2e_5=e_7,\ e_3e_6=e_5,\ e_1e_7=e_6 $$
これら7種類の積の組み合わせのそれぞれを三つ組 (triad) と呼びます。実部と1つの三つ組に閉じた部分代数は四元数と同型で、結合性を満たします。
$$ e_1e_2=-e_2e_1=e_3,\ e_2e_3=-e_3e_2=e_1,\ e_3e_1=-e_1e_3=e_2 $$
八元数は7次元と8次元が扱えますが、使い勝手がかなり異なります。まず扱いが簡単な7次元について見ていきます。
$$ (x_1,x_2,\dots,x_7) \cong x_1e_1+x_2e_2+\dots+x_7e_7 $$
結合性に注意すれば、基本的には3次元の四元数の延長線上で扱えます。
純虚八元数の内積は、純虚四元数と同じ形をしています。
$$ v \cdot w = -\mathrm{Re}(vw) = -\frac12(vw+wv) $$
導出過程は、項が多いだけで四元数と同様のため省略します。計算過程に2項の積しか現れないため、非結合性による影響を受けません。
純虚八元数の積の虚部は、特殊な空間構成により外積となります。7shi-7rot
7次元空間において、純虚八元数$v$を単位純虚八元数$n\ (n^2 = -1)$を法線とする原点を通る超平面に関して鏡映で移した純虚八元数$v'$は以下の式で与えられます。
$$ v'=-nv^*n=nvn $$
純虚四元数と同じ形をしています。導出も同様です。
$$ \begin{aligned} v' &= v - 2(v \cdot n)n \\ &= v + (vn + nv)n \\ &= v + vn^2 + nvn \\ &= nvn \end{aligned} $$
八元数の非結合性により、一般的には$(o_1o_2)o_3 \neq o_1(o_2o_3)$です。ただし八元数には交代性という弱い形での結合性があり、同一の八元数を2つ含む三重積においては$(vn)n=v(nn),(nv)n=n(vn)$が成り立ちます。そのため$nvn$では括弧を省略しています。wiki-altnakajima-oct-rot
ただし、鏡映の合成では一般に三つ以上の独立な八元数が現れるため、結合性を仮定して括弧を外すことはできません。例:$m(nvn)m$。内側と外側の$nvn$の括弧は省略できても、入れ子の構造までは解消できません。
非結合性の影響は以下の通りです。
四元数は名前の通り4成分あるため、4次元を扱うことが可能です。ただし実部と虚部では性質が異なることから、その扱いはやや複雑となります。
$$ (w, x, y, z) \cong w + xi + yj + zk $$
本記事では標準ノルムに対応する正定値の内積を用いるため、四元数が表すのは4次元ユークリッド空間です。4番目の次元は空間軸であり、相対性理論のような時間軸ではありません。時間方向を持つ不定値計量は扱いません。7shi-hc
実部を含む四元数の内積は、共役を使って次のように書けます。
$$ v \cdot w = \mathrm{Re}(vw^*) = \frac12(vw^*+wv^*) $$
四元数$v,w$を実部と虚部に分ける。
$$ v_r=\mathrm{Re}(v),\ v_i=\mathrm{Im}(v),\ w_r=\mathrm{Re}(w),\ w_i=\mathrm{Im}(w) $$
$w^*=w_r-w_i$より、次のようになる。
$$ vw^*=(v_r+v_i)(w_r-w_i)=v_rw_r-v_rw_i+v_iw_r-v_iw_i $$
虚部は実部を持たないので、実部は$v_rw_r-\mathrm{Re}(v_iw_i)$である。純虚四元数の内積の公式から$-\mathrm{Re}(v_iw_i)=v_i \cdot w_i$なので、これは$v \cdot w$に等しくなる。
$(vw^*)^*=wv^*$であり、$\mathrm{Re}(x)=(x+x^*)/2$なので、$\mathrm{Re}(vw^*)=\frac12(vw^*+wv^*)$である。
交換子と反交換子を使った別の表式もあります。以下ではその導き方を確認します。
$$ \begin{aligned} v \cdot w &= \frac12(vw-wv+v^*w+vw^*) \\ &= \frac12\mathrm{Re}(v^*w + vw^*) \end{aligned} $$
上と同じく実部と虚部に分けると、内積は次のように表せる。
$$ v \cdot w=v_rw_r-\frac12(v_iw_i+w_iv_i) $$
この形が得られる積の組み合わせを探す。
交換子と反交換子を確認する。
$$ \begin{aligned} vw-wv &=(v_r+v_i)(w_r+w_i)-(w_r+w_i)(v_r+v_i) \\ &=v_iw_i-w_iv_i \\ vw+wv &=(v_r+v_i)(w_r+w_i)+(w_r+w_i)(v_r+v_i) \\ &=2v_rw_r+2v_rw_i+2w_rv_i+v_iw_i+w_iv_i \end{aligned} $$
反交換子を参考に、不要な項が含まれないように共役の付け方を工夫する。
$$ \begin{aligned} v^*w+vw^* &=(v_r-v_i)(w_r+w_i)+(v_r+v_i)(w_r-w_i) \\ &=2(v_rw_r-v_iw_i) \end{aligned} $$
これを交換子と足し合わせれば、内積の2倍が得られる。
$$ \begin{aligned} vw-wv+v^*w+vw^* &=v_iw_i-w_iv_i+2(v_rw_r-v_iw_i) \\ &=2v_rw_r-(v_iw_i+w_iv_i) \\ &=2(v \cdot w) \end{aligned} $$
なお、$v^*w+vw^*$の実部を取れば、2行目の表式が得られる。
$$ \mathrm{Re}(v^*w+vw^*) =2\left\{v_rw_r-\mathrm{Re}(v_iw_i)\right\} =2(v \cdot w) $$
4次元空間において、四元数$q$を単位四元数$n\ (|n| = 1)$を法線とする原点を通る超平面に関して鏡映で移した四元数$q'$は以下の式で与えられます。
$$ q'=-nq^*n $$
$$ \begin{aligned} q' &=q-2(q \cdot n)n \\ &=q-(qn^*+nq^*)n \\ &=q-q(n^*n)-nq^*n \\ &=q-q|n|^2-nq^*n \\ &=-nq^*n \end{aligned} $$
3次元鏡映(純虚四元数):$v' = -nv^*n = nvn$
4次元鏡映(一般の四元数):$q' = -nq^*n$
対象$q=v$と法線$n$をともに純虚四元数に制限すれば一致するため、4次元鏡映は3次元鏡映を特殊ケースとして含みます。対象だけが純虚でも、一般の法線では鏡像が純虚部分に残るとは限りません。
4次元鏡映(一般の四元数):$q' = -nq^*n$
7次元鏡映(純虚八元数):$v' = -nv^*n=nvn$
四元数の実部を八元数の$e_4$、虚部$i,j,k$を$e_1,e_2,e_3$に対応させます。
$$ T(w+xi+yj+zk) = we_4+xe_1+ye_2+ze_3 $$
$T$は4次元ベクトルを7次元ベクトルの部分空間に移す線形写像で、成分の対応は座標を並べ替えるだけです。したがって内積を保ちます。
$$ T(v) \cdot T(w) = v \cdot w $$
本記事では$e_1e_2=e_3$の定義を採用しているため、$1,i,j,k$が張る四元数代数と、$1,e_1,e_2,e_3$が張る八元数の部分代数は同型です。ただし$T$は実部を$e_4$に移すため、積を保つ代数の準同型ではなく、等長な線形埋め込みです。
四元数$q$と単位四元数$n$について、$T(-nq^*n)=T(n)\,T(q)\,T(n)$が成り立つ。ここで右辺は純虚八元数$T(q)$の、単位純虚八元数$T(n)$を法線とする7次元鏡映である。
4次元鏡映は$q'=q-2(q \cdot n)n$と書ける。$T$は線形で内積を保つので、次のようになる。
$$ T(q')=T(q)-2\left(T(q) \cdot T(n)\right)T(n) $$
右辺は、$T(q)$を単位純虚八元数$T(n)$を法線とする超平面に関して鏡映で移したベクトルである。7次元鏡映の公式より、これは$T(n)\,T(q)\,T(n)$に等しくなる。
鏡映は内積だけで決まるため、内積を保つ埋め込みによって4次元鏡映が7次元鏡映の制限になります。像の4次元部分空間は、この鏡映で保たれます。
八元数は名前の通り8成分あるため、8次元を扱うことが可能です。実部と虚部では性質が異なりますが、四元数での4次元と同様に扱います。
$$ (x_0,x_1,x_2,\dots,x_7) \cong x_0 + x_1e_1 + x_2e_2 + \dots + x_7e_7 $$
本記事では標準ノルムに対応する正定値の内積を用いるため、八元数が表すのは8次元ユークリッド空間です。すべての次元は空間軸であり、相対性理論のような時間軸は含みません。時間方向を持つ不定値計量は扱いません。
八元数の内積は、四元数(4次元)と同じ形をしています。
$$ v \cdot w = \mathrm{Re}(vw^*) = \frac12(vw^*+wv^*) $$
導出過程は、四元数と同様のため省略します。計算過程に2項の積しか現れないため、非結合性による影響は受けません。四元数の別の表式も、同じ理由で八元数に対して成り立ちます。
8次元空間において、八元数$o$を単位八元数$n\ (|n| = 1)$を法線とする原点を通る超平面に関して鏡映で移した八元数$o'$は以下の式で与えられます。
$$ o' = -no^*n $$
四元数(4次元)と同じ形をしています。
$$ \begin{aligned} o' &=o-2(o \cdot n)n \\ &=o-(on^*+no^*)n \\ &=o-o(n^*n)-no^*n \\ &=-no^*n \end{aligned} $$
四元数との違いは括弧の扱いだけです。八元数は交代代数で、2元が生成する部分代数は結合的です。ここで現れる$o,n,o^*,n^*$は$o,n$が生成する部分代数に属する($o^*=2\mathrm{Re}(o)-o$)ため、四元数と同じ変形ができます。
7次元鏡映(純虚八元数):$v' = -nv^*n = nvn$
8次元鏡映(一般の八元数):$o' = -no^*n$
対象$o=v$と法線$n$をともに純虚八元数に制限すれば一致するため、8次元鏡映は7次元鏡映を特殊ケースとして含みます。
これまでの章で現れた様々な次元での鏡映を統一的に理解する枠組みとして、クリフォード代数を導入します。
クリフォード代数$\operatorname{Cl}_{p,q}(\mathbb R)$は、実数体$\mathbb R$上のベクトル空間$V$に対して定義される代数系です。ベクトル空間の次元は$p+q$で、計量$1$の基底が$p$個、計量$-1$の基底が$q$個あります。基底の2乗は計量となります。
$$ e_i^2= \begin{cases} 1&(1 \le i \le p) \\ -1&(p+1 \le i \le p+q) \end{cases} $$
$\operatorname{Cl}_{p,q}(\mathbb R)$は英語版Wikipediaの表記法です。この表記法は統一されておらず、異なる流儀があります。具体的には$p$が計量-1、$q$が計量1の基底の個数を表す場合があります。テキストによって異なるため、どのような流儀を採用しているか必ずご確認ください。wiki-clif
基底は反交換性$e_ie_j=-e_je_i\ (i \ne j)$を持ちます。異なる基底ベクトルの積$e_ie_j$は2次の基底として扱い、八元数の虚数単位の積のように別の基底ベクトル$e_k$に置き換わることはありません。$n$個の基底ベクトルから、$1,e_i,e_ie_j,\dots$と積の組み合わせの数だけ基底が生じ、クリフォード代数全体は$2^n$次元になります。ベクトルはそのうちの1次の部分です。これはクリフォード代数が八元数とは異なる代数であることを意味しますが、複素数や四元数はクリフォード代数に含まれます。
$$ \operatorname{Cl}_{0,1}(\mathbb R)\cong\mathbb C,\quad \operatorname{Cl}_{0,2}(\mathbb R)\cong\mathbb H $$
複素数は$1,e_1\mapsto1,i$、四元数は$1,e_1,e_2,e_1e_2\mapsto1,i,j,k$と対応させた線形同型が、積を保ちます。
$e_1 \cong i,e_2 \cong j$とすれば$e_1e_2 \cong ij=k$となる。$e_1e_2$は2乗が$-1$となり、$e_1$や$e_2$と反交換性を持つため、四元数と同じ振る舞いをする。
$k^2 \cong (e_1e_2)^2=e_1e_2e_1e_2=-e_1e_1e_2e_2=-e_1^2e_2^2=-(-1)(-1)=-1$
$ik \cong \underbrace{e_1}_i\underbrace{e_1e_2}_k = -\underbrace{e_1e_2}_k\underbrace{e_1}_i \cong -ki,\ jk \cong \underbrace{e_2}_j\underbrace{e_1e_2}_k = -\underbrace{e_1e_2}_k\underbrace{e_2}_j \cong -kj$
クリフォード代数$a,b,c$について、以下の性質が成り立ちます。
n次元ユークリッド空間は$\operatorname{Cl}_{n,0}(\mathbb R)$で扱います。
$$ (a_1,a_2,\dots,a_n) \cong a_1e_1 + a_2e_2 + \dots + a_ne_n $$
実用上、クリフォード代数は、3次元における四元数の振る舞いに基づいて、任意次元に拡張したものとなります。例えば8次元を扱う場合でも、八元数のような非結合性に煩わされる心配がありません。
3次元は$\operatorname{Cl}_{3,0}(\mathbb R)$となり、四元数と同型の$\operatorname{Cl}_{0,2}(\mathbb R)$とは異なる代数です。そのため細かい部分の符号などが四元数とは異なります。ただし、偶部分代数$\operatorname{Cl}_{3,0}^0(\mathbb R)$は四元数と同型です。ただし、四元数のように3次元と4次元で計算方法が変わるようなことはなく、次元が変わっても使い勝手は基本的に同じです。
クリフォード代数の1次の元(ベクトル)$v,w$の内積は、純虚四元数と似た形をしていますが、符号が異なります。
$$ v \cdot w = \frac12(vw+wv) $$
$$
\begin{aligned}
vw
&=\sum_{i=1}^n\sum_{j=1}^n v_iw_je_ie_j \\
&=\sum_{i=1}^n v_iw_i+\sum_{1\le i< j\le n}(v_iw_j-v_jw_i)e_ie_j
\end{aligned}
$$
$e_i^2=1$と$e_je_i=-e_ie_j$を使った。$wv$は$v$と$w$を入れ替えたもので、前半は同じ、後半は符号が反転する。
$$
\therefore vw+wv=2\sum_{i=1}^n v_iw_i=2(v \cdot w)
$$
クリフォード代数では基底が付かない実部に相当する部分をスカラーと呼びます。
$vw$のスカラー以外の部分は、基底についての2次式となります。これは任意次元に拡張した外積で、ウェッジ積と呼ばれる演算に相当します。
任意次元のクリフォード代数において、ベクトル$v$を単位ベクトル$n\ (n^2 = 1)$を法線とする原点を通る超平面に関して鏡映で移したベクトル$v'$は以下の式で与えられます。
$$ v'=-nvn $$
クリフォード代数の式は、任意の次元で統一的に成り立ちます。純虚四元数と似た形をしていますが、符号が異なります。純虚四元数・純虚八元数では単位法線の2乗が$-1$、ここで使うクリフォード代数では$+1$となるため、鏡映公式の符号が異なります。
$$ \begin{aligned} v' &= v - 2(v \cdot n)n \\ &= v - (vn+nv)n \\ &= v - vn^2 - nvn \\ &= -nvn \end{aligned} $$
四元数における3次元鏡映$v'=nvn$と比較すれば符号が異なります。4次元鏡映$q'=-nq^*n$と比較すれば共役がありません。
本記事では、ベクトルから複素数、四元数、八元数、そしてクリフォード代数に至る各代数系における超平面鏡映の定式化を整理しました。
法線単位ベクトル$n$で定義される超平面に関する鏡映は、各代数系で以下のように表される。
2回の鏡映の合成により、それぞれの空間における回転が得られる。導出は本記事の範囲外であり、ここでは結果だけを示す。
2回の超平面鏡映が与えるのは、$n$と$m$が張る平面内の回転で、その直交補空間は固定されます。一般の回転は、偶数回の鏡映の合成で得られます。
クリフォード代数は、これらの代数系での鏡映表現を統一的に扱う枠組みを提供します。これにより、任意の次元での鏡映を一貫した方法で記述できます。各代数の公式は、共役や符号、括弧の扱いが異なるだけで、いずれも$\mathbf v-2(\mathbf v\cdot\mathbf n)\mathbf n$を代数の積で書き直したものです。