この記事では 前回の記事 に引き続き保型形式の基礎理論について要所を掻い摘んで解説していきます。
$\H$上の関数$f$に対し$\g\in SL_2(\R)$の作用を
$$(f|[\g]_k)(z)=j(\g,z)^{-k}f(\g z)$$
によって定める。ただし$j$は
前の記事
で定めた保型因子とした。
Fuchs群$\G$と整数$k$に対し、$\H$上の有理型関数$f$であって任意の$\g\in\G$に対して$f|[\g]_k=f$つまり
$$f\l(\frac{az+b}{cz+d}\r)=(cz+d)^kf(z)\quad(\g=\M abcd)$$
を満たすもの全体を$\O_k(\G)$とおく。
$-I\in\G$のときは$f|[-I]_k=(-1)^kf$が成り立つので奇数$k$に対して$\O_k(\G)=\{0\}$が成り立つことに注意する。
いま
$f|[\g\g']_k=(f|[\g]_k)[\g']_k$
が成り立つことに注意すると$f\in\O_k(\G),\;\g\in SL_2(\R)$に対し
$f|[\g]_k\in\O_k(\g^{-1}\G\g)$
がわかる。
また$\G$の尖点$x$に対し$\s x=\infty$なる$\s\in SL_2(\R)$を取ると、ある$h>0$によって
$\s\G_x\s^{-1}\cdot\{\pm I\}=\l\{\pm\M1{nh}01\mid n\in\Z\r\}$
が成り立つので、$k$が偶数のとき$f\in\O_k(\G)$に対し
$f|[\s^{-1}]_k(z+h)=f|[\s^{-1}]_k(z)$
と周期的になる、つまりある$0<|w|<1$における有理型関数$g(w)$によって
$f|[\s^{-1}]_k(z)=g(e^{2\pi iz/h})\qquad
(g(w)=f|[\s^{-1}]_k\l(\frac h{2\pi i}\log w\r))$
と表せる。
この$g$の$w=0$における挙動によって$f$の尖点における挙動を次のように定める。
$f\in\O_k(\G)$が尖点$x$において有理型であるとは、$k$が偶数のとき上の$g$が$w=0$において有理型であることを言う。$k$が奇数のときは$f^2\in\O_{2k}(\G)$が$x$において有理型であることを言う。また尖点$x$における正則性や零点/極の位数についても同様に定める。
第一種のFuchs群$\G$に対し
$A_k(\G)=\{f\in\O_k(\G)\mid f\,は\,\G\,の全ての尖点において有理型\}$
$M_k(\G)=\{f\in\O_k(\G)\mid f\,は\,\H\,および\G\,の全ての尖点において正則\}$
$S_k(\G)=\{f\in\O_k(\G)\mid f\,は\,\H\,上正則で\G\,の全ての尖点を零点に持つ\}$
とおく。これらの元のことをそれぞれ重さ$k$の有理型保型形式、正則保形形式、カスプ形式と言う(有理型/正則保形形式を単に保型形式と言うことも多い)。
特に$A_0(\G)$のことを保型関数体、その元のことを保型関数という。
$f\in\O_k(\G)$が尖点$x$において有理型であるとき、$k$が偶数なら$g$のローラン展開を考えることで
$$f|[\s^{-1}]_k(z)=\sum^\infty_{n=m}c_ne^{2\pi inz/h}$$
と展開することができる。
また$k$が奇数で$-I\not\in\G$なら$f|[\s^{-1}]_k(z+2h)=f|[\s^{-1}]_k(z)$が成り立つので同様に
$$f|[\s^{-1}]_k(z)=\sum^\infty_{n=m}c_ne^{\pi inz/h}$$
と展開することができる($x$が正則な尖点か非正則な尖点かによって$n$の偶奇が変わる)。
これらの展開を$f$の$x$におけるフーリエ展開と言う。この展開は十分大きい$l$に対し$\Im(z)>l$で絶対一様収束し、特に$f$が$\H$上正則ならこの展開も$\H$上で成り立つこととなる。
ちなみに以下の命題より$f$のフーリエ展開はある程度$\s$に依らない、例えば展開係数の比の比$\frac{c_nc_{n+2}}{c_{n+1}^2}$などは$\s$の取り方に依らず一定となることがわかる。
$f$の尖点における零点/極の位数は$\s$の取り方に依らずに定まる。
$\s x=\rho x=\infty$なる$\s,\rho\in SL_2(\R)$に対し、$\s\rho^{-1}$は$\infty$を固定するのである$a,b\in\R$によって
$\g=\s\rho^{-1}=\M ab0{a^{-1}}$
と表せる。このとき$\g z=a^2z+ab$より
$f|[\rho^{-1}]_k(z)=(f|[\s^{-1}]_k)[\g]_k(z)=a^kg(e^{2\pi iab/h}e^{2\pi iz/(h/a^2)})$
が成り立つことから主張を得る。
$\H$から$\G\backslash\H$への自然な写像を$\pi:z\mapsto\G z$とおく。
保型関数$f$は任意の$\g\in\G$に対して$f(\g z)=f(z)$を満たすのである$\G\backslash\H$上の有理型関数$g$があって
$f=g\circ\pi$
が成り立つ。特に$f$が尖点において有理型であることは$g$が$\G\backslash\H^*$の尖点において有理型であることと言い換えられる。すなわちこれによって保型関数$f$と$\G\backslash\H^*$上の有理型関数$g$を同一視することができる。
そしてこの対応から次のような重要な事実を導出することができる($\G$は第一種のFuchs群としていたことに注意する)。
正則な保型関数は定数関数に限る。
この事実は保型形式の等式を示すのに非常に有用な定理となる。例えば重さ$k$の保型形式$f,g$についての等式$f=g$を示したいとき
・$f$の極は$g$の極となること
・$g$の零点は$f$の零点となること
・ある点$z_0$において$f(z_0)=g(z_0)$が成り立つこと
を示せば十分となる。実際$f/g$は極を持たない保型関数となるので定数であり、また$z=z_0$において$1$となることから$f=g$が得られる。
上のように保型関数は$\G\backslash\H^*$上の有理型関数と同一視することができたが、より一般に重さ$2k\;(k\geq0)$の保型関数は$\G\backslash\H^*$上の微分$k$-形式と同一視することができる。
微分$k$-形式とはある座標近傍系$\{(U_\la,\varphi_\la)\}$に対して
$$f_\a(z)=f(\varphi_\b\circ\varphi_\a^{-1}(z))\l(\frac{d(\varphi_\b\circ\varphi_\a^{-1})}{dz}\r)^k$$
を満たす関数の族$(f_\la(z))$あるいは微分$k$-形式の族$\o=(f_\la(z)dz^k)$のことを言う。
重さ$2k$の保型形式$f$は$\G\backslash\H^*$の座標変換$z\mapsto\g z\;(\g\in\G)$に対して
$$f(\g z)\l(\frac{d(\g z)}{dz}\r)^k=(cz+d)^{2k}f(z)\cdot\frac1{(cz+d)^{2k}}=f(z)$$
を満たすので$\o=(f(z)dz^k)$は微分$k$-形式となる。
この対応を考えることで$M_{2k}(\G)$や$S_{2k}(\G)$の$\C$-線形空間としての次元を求めることなどができるが、少し込み入った話となるのでこの記事では扱わない。興味があれば
このPDF
のp.24-などを参照されたい。