春ですね。
ぼちぼち大学の授業が始まり、今年度から数学科の方々はデデキント切断による実数の構成を勉強している頃でしょうか。中には何がしたいのか、そして何をしているのかがわからず上のようにキレ散らかしてる人もいると思います。
そんな人たちの助けになるかはわかりませんが、この記事ではデデキント切断の意義について、個人的な見識を綴っていこうと思います。
デデキント切断とは何か、結論から言うと、それは実数の“連続性”の定式化に他なりません。
古くはものの個数や大きさ、あるいはその比を表すものとして自然数や有理数というものが考えられ、ピタゴラスの定理
$$a^2+b^2=c^2$$
によって$\sqrt2$などの有理数ではない数が線の長さ、あるいは直線上の点として存在することが知られました。それを受けてデデキントは次のようなことを述べています(文中の$R$は今でいう$\Q$のことを指しています)。
上に述べたように有理数の領域$R$を直線と比較することによって、われわれは直線に完備性、隙間のないこと、連続性を認めるのに、$R$には隙間のあること、足りないところがあること、または不連続性を認識するにいたった。それではこの連続性は本来何に存しているのであろうか。この疑問の解答にすべてが懸かっているし、これによってのみ「あらゆる」連続領域の探究に対する科学的基礎が得られるのである。
そして有理数に“隙間”があること、あるいは直線という図形が“連続”であることをデデキントは次のように定式化しました。
前節で注意をうながしておいたように、直線の一つ一つの点$p$は直線を二つの半直線に分け、一方の半直線の一つ一つの点はもう一方の半直線の一つ一つの点の左にあるような分割を引き起こす。さて私は連続性の本質がこれの逆に存すること、すなわちつぎの原理に存することを見いだすのである。
「直線のあらゆる点を二た組に分けて、第一の組の一つ一つの点は第二の組の一つ一つの点の左にあるようにするとき、このあらゆる点の二つの組への組分け、直線の二つの半直線への分割を引き起こすような点は一つそうしてただ一つだけ存在する」
これは“数の概念”(高木貞治 著)の言葉を借りると次のように表現できます。
全順序集合(つまり一列に並べられる集合)$X$に対して、$X$の空でない部分集合の組$X_1,X_2$であって
・$X_1\cup X_2=X,\; X_1\cap X_2=\emptyset$
・$x\in X_1,y\in X_2\Rightarrow x< y$
を満たすようなものを$X$の切断という。
$X$の切断$X_1,X_2$に対して
(i)$\max X_1$と$\min X_2$のどちらか一方だけが存在する。
(ii)$\max X_1$も$\min X_2$も存在する。
(iii)$\max X_1$も$\min X_2$も存在しない。
が成り立つことをそれぞれ正常な切断、跳躍のある切断、隙間のある切断という。
$X$が連続であるとは$X$の任意の切断が正常な切断となることをいう。
例えば$\Q$の切断を
$$X_1=\{x\in\Q\mid x^2\leq2\}\cup\{x\leq0\},\;X_2=\{y\in\Q\mid 2< y^2\}\cap\{0< y\}$$
によって定めると$\Q$はその切断を引き起こすような数、すなわち$\sqrt2$を持たないということを我々は$\Q$に隙間があると言っていた、と解釈しています。
そして$\Q$の切断自体を隙間の数とみなすことによって隙間のない数の体系、すなわち実数を構成するのがデデキント切断という手法なのでした。
ちなみにデデキントは実数の連続性を
(i)$X$は全順序である。
(ii)$X$は稠密、つまり任意の$a,b\in X\;(a< b)$に対し$a< c< b$なる$c\in X$が無数に存在する。
(iii)$X$の任意の切断$X_1,X_2$に対しある$a\in X$が存在して
$X_1=\{x\in X\mid x\leq a\},\;X_2=\{y\in X\mid a< y\}$または
$X_1=\{x\in X\mid x< a\},\;X_2=\{y\in X\mid a\leq y\}$が成り立つ。
によって特徴づけています。下の表からもわかるように、この(ii)は$X$が跳躍のある切断を持たないことを、(iii)は隙間のある切断を持たないことを意味しています。
$X$ | (i) | (ii) | (iii) |
---|---|---|---|
$\Z$ | $\bigcirc$ | $\bigtimes$ | $\bigcirc$ |
$\Q$ | $\bigcirc$ | $\bigcirc$ | $\bigtimes$ |
$\R$ | $\bigcirc$ | $\bigcirc$ | $\bigcirc$ |
以上がデデキント切断の概要となりますが、この説明に納得できない人もいることでしょう。この解釈における連続というものが真に連続というものを言い表しているのか、と。
実際のところデデキントは次のようなことも口にしています。
もし誰でも上に述べた原理がはなはだ自明であり、その人の直線の表象とよく一致していると認めるならば、私には大変喜ばしい。なぜかというと私はその原理の正しいことのどんな証明を持ちだすことができないからであって、しかも誰にもその力はないからである。
この言葉にもあるように我々が連続性というものをいかに定式化しようとも、それが実在としての連続性を真に言い表しているかということは誰にも証明できません。このような「証明できない基本原理」のことを公理と呼びます。これは“数の体系”(彌永昌吉 著)の言葉を借りるとわかりやすいでしょう。
‘最も基本的なもの’をまず明示しておき, そこから論理的に導き出されてくるものを証明によって理論的に体系づけてゆこうというのが“原論”以来, 今日の数学全般で取られている立場である. それを‘公理的立場’というのである. その立場に立つとき, ‘最も基本的なもの’として理論の最初におくのが公理である.
もちろん公理というのはあくまで人為的なものなので、他の公理に反しない限りはめちゃくちゃな主張を公理としておいてもいいわけですが、そうしたところで結果として得られる体系がめちゃくちゃになるだけなので、何か特殊な理由がない限りはある程度我々の直感に沿うように公理を置くことが基本となります(実際、直感や現実の事象に反するような主張を公理として置いた異世界的な体系を考える分野も存在します)。実際我々が連続性として認識している事象、例えば距離空間としての完備性や中間値の定理のような性質が正常に導かれるという点でデデキントの公理は合理的であると言えます。
またデデキントの手法とは別に(例えば Wikipedia に挙げられているような主張として)連続性の公理を定めても、それがデデキントの公理の定める体系と同じ結果が得られるのであれば別に問題はありません。しかし、これは好みの問題ではあると思いますが、デデキントの公理は直線の連続性を一番直接的に表現しており、実数の導入によく適しているのだと個人的に思っています。
いかがでしたか?
個人的にデデキント切断について調べて理解したことについて書いてみたつもりでしたが、これ全部授業でやってたかもしれません。こんな記事でも何らかの助けになっていれば幸いです。
デデキント切断のルーツについてもっと詳しく知りたい人は、この記事でも何度か引用したデデキントの論文“連続性と無理数”の邦訳である“数について”(河野伊三郎 訳)を手に取ってみてはいかがでしょうか。私は同じくデデキントの論文である“数とは何か、何であるべきか”の冒頭で述べられている
この書の表題に掲げた疑問に与える主要な解答は、数とは人間精神の自由な創造物であって、事物の相違を、より容易に、より鋭敏にとらえるための手段として役立つものだということである。純粋に論理的な数-科学の構築によって、またこの科学のうちに得られた連続的な数-領域によって、時間と空間との我々の表象を、われわれの精神のうちに作り出された数-領域と関係づけることによって、初めて精密に研究できる立場に立つのである。
という言葉がお気に入りです。
また実数の構成についての話題はMathlogでもいくつか取り上げられており、今回の内容と関連する記事としては
・
Cauchy列を用いた実数の構成
・
Dedekind の公理と Weierstrass の公理の同値性を丁寧に証明する
などがあります。興味があればこれらの記事も読んでみてはいかがでしょうか。
実数というのはあくまで点の集まりでしかないので、点と点の間に無理やり新しい点を追加するということも不可能とは言えません。特に「$0$に限りなく近いが、$0$よりわずかに大きい数」つまり無限小というものを導入するとどうなるか、ということについてデデキントの手法から考察してみます。
まず仮想の数$\e$に対して、その順序を「任意の実数$r>0$に対して$0<\e< r$」と定め、それによって生成される順序体$\R(\e)$を考えます(単に超実数を考えてもよい)。そうすると次の命題が成り立ちます。
$R(\e)$の切断
$X_1=\{\a\in\R(\e)\mid\forall r\in\R_{>0},\;\a< r\}$
$X_2=\{\a\in\R(\e)\mid\exists r\in\R_{>0},\;\a>r\}$
は隙間のある切断である。
これが切断を定めることについては省略。
いま$\e\in X_1$より$\max X_1$または$\min X_2$が存在すれば
$$\e\leq\max X_1,\;\e<\min X_2$$
が成り立つ。特に$\max X_1,\min X_2>0$となる。
しかし定義より$2X_1=X_1,2X_2=X_2$が成り立つので
\begin{eqnarray}
\max X_1&<&2\max X_1\in X_1
\\\min X_2&>&\frac12\min X_2\in X_2
\end{eqnarray}
となって矛盾する。よって主張を得る。
したがって$\R$に新たな点を添加すると結果として新たに隙間が生まれてしまい、本末転倒になることがわかります。ちなみに連続な順序体は実数と同型らしいので( 上で紹介した記事 参照)、これをデデキント切断によって連続化しても特に意味はなさそうです。