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応用数学解説
文献あり

四元数の行列表現からパウリ行列まで

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シリーズ: 四元数の行列表現

四元数の虚数単位を複素2次正方行列で表現して、そこからパウリ行列を構成します。

四元数の基本的性質

四元数は実部と3つの虚数単位を持つ虚部からなる数体系で、一般的に以下のように表されます。

四元数

a+bi+cj+dk(a,b,c,dR)

ここで虚数単位i,j,kは以下の関係式を満たす。

i2=j2=k2=1
ij=ji=k,jk=kj=i,ki=ik=j

四元数は次のように2つの複素数の組として表現することもできます。

a+bi+cj+dk=(a+bi)+(c+di)j

この形式は外側がX+Yjの形になっています。この表現から、四元数の行列表現を考える際、まず外側の虚数単位jを複素数の虚数単位iに対応付けることから始めます。

行列表現には任意性があるため、扱いやすいようにまずjを固定するということです。

四元数の行列表現

四元数の虚数単位i,j,k2×2行列で表現することを考えます。これらの行列は四元数全体の集合を表すHを添字にしてIH,JH,KHと表記します。

本記事での方針

単純に大文字にするとIが単位行列と衝突します。それを避けるためIHなどと表記します。

先ほどの動機付けから、まずJHを複素数の虚数単位iの行列表現として以下のように定義します。

四元数の虚数単位jの行列表現

JH=(0110)

JHが複素数iの行列表現であることを確認します。実平面上のベクトルにJHを作用させます。

JH(xy)=(0110)(xy)=(yx)

これは複素数の演算i(x+yi)=y+xiに対応します。

JHを複素数の虚数単位iと同一視することで、四元数の行列表現の出発点とします。

次に、四元数の性質を満たすためには、これらの行列は以下の条件を満たす必要があります。(Iは単位行列)

IH2=JH2=KH2=I
IHJH=JHIH=KHJHKH=KHJH=IHKHIH=IHKH=JH

IHの導出

IHを一般的な2×2行列として

IH=(abcd)

とおきます。条件IHJH=JHIHより

(abcd)(0110)=(0110)(abcd)(badc)=(cdab)

よってb=c, d=aより

IH=(abba)

IH2=Iの条件

IH2=(abba)2=(a2+b200a2+b2)=(a2+b2)I

IH2=Iよりa2+b2=1

この条件を満たす実数a,bは存在しないため、複素数の範囲で解を求めます。θを任意の実数とすれば

1=i2(sin2θ+cos2θ)=(isinθ)2+(icosθ)2

よって

a=isinθ,b=icosθ

とパラメーター表示できます。

パラメーター表示の任意性

パラメーター表示には任意性があるため、例えば

a=icosθ,b=isinθ

のような組み合わせも解となります。これはθの位相がずれるだけで本質的な違いではありません。

KHの導出

KH=IHJH=(abba)(0110)=(baab)

パラメーター表示を用いると

IH=i(sinθcosθcosθsinθ)KH=i(cosθsinθsinθcosθ)

IH,JHが四元数i,jと同じ性質を持つことから、その積によって得られたKHは自動的にkと同じ性質を持ちます。

KH2=(IHJH)2=IHJHIHJH=IHIHJHJH=(I)(I)=I

四元数でkを含む演算は、k=ijによりi,jのみの計算に還元できます。

行列表現の固定

θには任意性があります。取り扱いを容易にするため、sinθ=0となるようにθを固定します。θ=πで固定すれば、四元数の虚数単位の行列表現は以下のようになります。

四元数の虚数単位の行列表現

IH=i(sinπcosπcosπsinπ)=(0ii0)JH=(0110)KH=i(cosπsinπsinπcosπ)=(i00i)

θ=0とする方が素直に思えますが、後で構成するパウリ行列と辻褄を合わせるためθ=πとしています。

共役四元数とエルミート共役

複素数では虚部の符号を反転することで共役複素数を得ます。共役をで表し、以下のように定義します。

共役複素数

(a+bi)=abi

四元数の場合も、同様に虚部の符号を反転することで共役四元数を定義します。

共役四元数

(a+bi+cj+dk)=abicjdk

複素数の虚数単位iの行列表現でもあるJHは、転置によって符号が反転します。このことから、複素数の行列表現では転置が共役に対応付けられます。

転置で符号反転

JHT=(0110)T=(0110)=JH

一方、IH,KHは転置で変化しません。このような性質を持つ行列を対称行列と呼びます。

対称行列

IHT=(0ii0)T=(0ii0)=IHKHT=(i00i)T=(i00i)=KH

成分が純虚数であることから、成分の共役を取ることで符号が反転します。

共役で符号反転

IH=(0ii0)=(0ii0)=IHKH=(i00i)=(i00i)=KH

JHは実行列のため共役で変化しないことから、IH,JH,KHをすべて符号反転させるには、共役と転置を同時に行う必要があります。このような操作をで表し、エルミート共役と呼びます。

IH=(IH)T=(0ii0)T=(0ii0)=IHJH=(JH)T=(0110)T=(0110)=JHKH=(KH)T=(i00i)T=(i00i)=KH

よって、四元数の行列表現のエルミート共役は、四元数の共役に対応します。

実行列表現での転置

2×2の複素行列は、成分の複素数を行列表現に置き換えることで、4×4の実行列に変換できます。同じ性質を持つ異なる表現は、同型を表すで結びます。

(a+bic+die+fig+hi)(abcdbadcefghfehg)

このように変換した実行列の転置を取ります。

(abcdbadcefghfehg)T=(abefbafecdghdchg)

これを複素行列に戻せば、エルミート共役と一致します。

(abefbafecdghdchg)(abieficdighi)=(a+bic+die+fig+hi)

つまり、複素行列は実行列の圧縮表現であると考えることで、転置に共役を伴うエルミート共役が自然な操作であると解釈できます。

パウリ行列の構成

四元数の虚数単位の行列表現は2乗でIになります。それらをi倍すれば、2乗でIになる行列が得られます。そうして得られた行列をσ1,σ2,σ3と表記してパウリ行列と呼びます。

パウリ行列

σ1:=iIH=i(0ii0)=(0110)σ2:=iJH=i(0110)=(0ii0)σ3:=iKH=i(i00i)=(1001)
σ12=σ22=σ32=I

テンソル積

iJHのような構造は、複素数と四元数のテンソル積ijとして一般化されます。つまり、パウリ行列は複素数と四元数のテンソル積として理解できます。[1]

パウリ行列はエルミート共役で変化しません。このような性質を持つ行列をエルミート行列と呼びます。

エルミート行列

σ1=(0110)=(0110)=σ1σ2=(0ii0)=(0ii0)=σ2σ3=(1001)=(1001)=σ3

エルミート行列と対称行列

「実行列表現での転置」で見たように、複素行列を実行列に変換すればエルミート共役は転置となるため、エルミート行列は対称行列となります。つまり、実行列における対称行列の概念を複素行列に拡張したのがエルミート行列です。

なお、σ1σ3は成分に虚数を含まないため、そのままでも対称行列です。

反エルミート行列

IH,JH,KHはエルミート共役によって符号が反転することから、反エルミート行列と呼ばれます。

IH,JH,KHに掛けたiが共役によって符号反転することから、符号反転が相殺することでパウリ行列がエルミート行列になると解釈できます。

パウリ行列σ1,σ2,σ3の性質を確認します。四元数の行列表現に還元することで、成分計算の手間が省けます。

σ1σ2=(iIH)(iJH)=ii(IHJH)=i(iKH)=iσ3=KHσ2σ3=(iJH)(iKH)=ii(JHKH)=i(iIH)=iσ1=IHσ3σ1=(iKH)(iIH)=ii(KHIH)=i(iJH)=iσ2=JH
σ2σ1=(iJH)(iIH)=ii(JHIH)=i(iKH)=iσ3=KH=σ1σ2σ3σ2=(iKH)(iJH)=ii(KHJH)=i(iIH)=iσ1=IH=σ2σ3σ1σ3=(iIH)(iKH)=ii(IHKH)=i(iJH)=iσ2=JH=σ3σ1

iの由来

σ1σ2=iσ3という結果だけ見ると、どこからかiが湧き出したように見えます。(成分計算すればそうなるというのは当然として)

(iIH)(iJH)=i(iKH)という計算過程により、元々含まれていたiが片方だけ出てきたと解釈できます。

結果をまとめます。積によってiが現れ、四元数の虚数単位に対応します。

パウリ行列の積の関係

σ1σ2=σ2σ1=iσ3=KHσ2σ3=σ3σ2=iσ1=IHσ3σ1=σ1σ3=iσ2=JH

因数分解とクリフォード代数

IH=σ3σ2などの関係から、四元数の虚数単位を因数分解したのがパウリ行列だと解釈できます。この考え方は四元数よりもパウリ行列が基本的な構造であるという見方を反映しており、クリフォード代数につながります。

ホッジスター

iは外積代数におけるホッジスターに対応します。

iσ1e1=e2e3σ2σ3

パウリ行列は量子力学や量子計算において、電子のスピンや量子ビットの状態を表すための基本的な演算子として重要な役割を果たします。

双四元数

行列表現における係数の虚数単位をhと表現することで、行列によらず四元数の拡張としてパウリ行列と同型の代数を表現できます。これを双四元数と呼びます。[1]

双四元数

hiI=σ1σ2σ3,hiiIH=σ1,hjiJH=σ2,hkiKH=σ3

一般形:

a0+a1hi+a2hj+a3hk+a4i+a5j+a6k+a7ha0I+a1σ1+a2σ2+a3σ3+a4σ3σ2+a5σ1σ3+a6σ2σ1+a7σ1σ2σ3=a0I+a1σ1+a2σ2+a3σ3a4iσ1a5iσ2a6iσ3+a7iI

テンソル積

双四元数は、テンソル積の構造を「四元数の係数を複素数に拡張」という形で簡略化した表記だと解釈できます。

σ2=iJHijhj

双四元数とパウリ行列の対応を把握すれば、パウリ行列と四元数の関係も理解が深まるでしょう。

σ12(hi)2=h2i2=(1)(1)=1(hi)2(iIH)2=i2IH2=I
σ1σ2(hi)(hj)=hh(ij)=h(hk)iσ3

参考文献

投稿日:20日前
更新日:15日前
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  1. 四元数の基本的性質
  2. 四元数の行列表現
  3. IHの導出
  4. IH2=Iの条件
  5. KHの導出
  6. 行列表現の固定
  7. 共役四元数とエルミート共役
  8. パウリ行列の構成
  9. 双四元数
  10. 参考文献