この記事では
などを筆頭とした円周率公式:ラマヌジャン・佐藤級数について勉強するシリーズ第一弾としてChan, Chan, Liu(2004)を読んでいきます。
ラマヌジャンの発見した公式
は円周率計算の歴史において多大な影響を及ぼし、これの派生形であるChudnovskyの公式
は現在において最も効率よく円周率を計算できる公式として知られています。
ラマヌジャンの円周率公式に魅せられた数学者は多く、三者三様のアプローチや一般化が考えられています。中でも佐藤猛 氏が日本数学会の一般講演(2002)にて
のような公式を発表したのを発端に考えられた
という形の円周率公式のことをラマヌジャン・佐藤級数と言います。
佐藤氏の講演にて発表された公式は後にChan, Chan, Liu(2004)やChan, Cooper(2012)などにて証明・一般化されることとなりました。以下でその手法について見ていくこととしましょう。
ラマヌジャンの円周率公式に対する
Borweinの手法
ではテータ関数
という級数展開を持つこと、および
が成り立つことが重要な役割を果たしていた。
Chan-Chan-Liuでは一般に
なる級数展開を持つモジュラー形式
ここでは以下によって定義される群
少し定義がややこしいので折り畳んでおくがとりあえず
を満たすような関数を考える、ということだけ押さえておけばよい。
自然数
なる行列、あるいはその正規化
いまヘッケ型合同部分群
を考えると、上の
また
そして
となることに注意する。
以下
を満たすような関数であって、ある保型関数
と級数展開できるものとする。また簡単のため関数
とおく。
このとき以下が成り立つ。
とおいたとき
が成り立つ。
が成り立つ。また
となるので
を得る。
いま
とおいたとき
となるので以下の円周率公式が得られる。
が成り立つ。
あるいは
とおいたとき以下のように連続化できる。
が成り立つ。
このようにして得られた円周率公式をレベル
いま「同じ対称性を持つ保型関数は互いに代数的な関係にある」という事実がある。詳しくは
この記事
の1.5節を参照されたい。
このことを用いると以下の事実が得られる。
前者については
先の記事
と同様にして
後者については
が成り立つことに注意すると
に注意するとわかる。
特にこれらの関係が
仮定より
を満たすことがわかる。
また
Borweinの手法
では次のような公式が得られるのであった。
これらはそれぞれChan-Chan-Liuの手法におけるレベル1,2,3,4の場合となることが次のように確かめられる。
見ての通り
はそれぞれレベル
これはそのままではレベル2の保型形式とはならないが
とおくと上手くいく。実際テータ関数の倍数公式
に注意すると
となることがわかる。
がレベル3の保型形式になることについては
この記事
にて簡単に解説している。
こちらについても
とおくとこれはレベル4の保型形式となることがわかる。
面白いことに、これらの
が成り立つらしい。
この類似性はおそらく上の公式が超幾何関数の変換によって互いに写りあうことに関係があると思う。気が向いたら詳しく検証してみたい。
Chan-Chan-Liuでは上の公式を用いて新たな円周率公式
を発見している。この公式はどのように導出されるのか見ていこう。
上では
が
を満たすことを紹介した。これは
という微分方程式に書き換えることができる。
ここで
とおくと、これは
を満たすことがわかる(らしい)ので、これを用いることで
という微分方程式が得られる。
いま上の方程式が
という級数解を持ったとするとその係数を比較することで
という三項間漸化式を満たすことがわかる。特に
とおくとこれは上の漸化式を満たすことが知られている。これはZeilbergerのアルゴリズム、およびそれを用いたプログラムによって確かめることができる。詳しくは書籍"A=B"のChapter6あたりを参照されたい。
一般にこのような漸化式、つまり多項式係数の線形漸化式を"閉じた形"で解く方法があるというわけではない。ではこの漸化式はたまたま解けるものであったのか、と言うとそういうわけでもない(Chan-Chan-Liuではそうであったかもしれないが)。どちらかというと解ける漸化式を元に保型形式を構成した、と言うのが正しいかもしれない。そんなことが可能なのか、ということについては後の記事で解説しようと思う。
あとは
が成り立つという事実を用いてモジュラー方程式を計算することで円周率公式
が得られる、というわけである。
ちなみに
とおくとこれらはWeberのモジュラー関数
のように表せる(
を満たすことがわかる。
このことからChan-Chan-Liuではこれをレベル12としているが、
Wikipedia
などではこれはレベル6に分類されている。ここら辺の分類はどのように決まるのかについては追々調べていきたい。
具体的には
となることわかるので
に注意すると
つまり
が得られる。というわけである。
上の説明では省略していたが、実際のところモジュラー方程式周りの計算をするのは全く容易ではない。例えばここで考えていた
また
と因数分解できる。これらのことから
といった値が求められていたわけだが、見ての通りとても手計算でどうにかなるものではないということに注意されたい。
実際にこの公式を使って円周率を近似してみよう。ちなみに上で出てきた数列:Domb数
の値についてはOEISのA002895にて確認できる。実際これを用いると
と計算できる。
見ての通りChan-Chan-Liuの公式は特に収束が速いというわけではない。実のところ
特にラマヌジャンやChudnovskyの円周率公式はそれぞれ「虚二次体