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現代数学解説
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ラマヌジャン・佐藤級数を理解したい(その1)

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はじめに

 この記事では
1π=38n=0(k=0n(nk)2(2n2knk)(2kk))5n+164n
などを筆頭とした円周率公式:ラマヌジャン・佐藤級数について勉強するシリーズ第一弾としてChan, Chan, Liu(2004)を読んでいきます。

ラマヌジャン・佐藤級数とは

 ラマヌジャンの発見した公式
1π=22992n=0(4n)!(n!)426390n+11033964n
は円周率計算の歴史において多大な影響を及ぼし、これの派生形であるChudnovskyの公式
1π=12n=0(1)k(6n)!(3n)!(n!)3545140134n+135914096403203n+32
は現在において最も効率よく円周率を計算できる公式として知られています。
 ラマヌジャンの円周率公式に魅せられた数学者は多く、三者三様のアプローチや一般化が考えられています。中でも佐藤猛 氏が日本数学会の一般講演(2002)にて
15π=6n=0(k=0n(nk)2(n+kk)2)(20n+1035)(512)12n+6
のような公式を発表したのを発端に考えられた
1π=n=0s(n)An+BCn
という形の円周率公式のことをラマヌジャン・佐藤級数と言います。
 佐藤氏の講演にて発表された公式は後にChan, Chan, Liu(2004)やChan, Cooper(2012)などにて証明・一般化されることとなりました。以下でその手法について見ていくこととしましょう。

Chan-Chan-Liuの手法

導入

 ラマヌジャンの円周率公式に対する Borweinの手法 ではテータ関数θ3(τ)
θ3(τ)2=2πK(k)=2F1(12,121;k2)(k=θ2(τ)2θ3(τ)2)
という級数展開を持つこと、および
1πidkdτ=k(1k2)2(2Kπ)2
が成り立つことが重要な役割を果たしていた。
 Chan-Chan-Liuでは一般に
Z(τ)=n=0AnX(τ)n(AnQ)
なる級数展開を持つモジュラー形式Z(τ)とモジュラー関数X(τ)の組を考えている。

アトキン・レーナー対合

 ここでは以下によって定義される群Γ0(N)+に関する保型形式fを考える。
 少し定義がややこしいので折り畳んでおくがとりあえず
f(z+1)=f(z),f(1Nz)=(Nτ)kf(z)
を満たすような関数を考える、ということだけ押さえておけばよい。

Γ0(N)+の定義について

 自然数Nに対し、その約数eホール因子(Hall divisor)であるとはeN/eが互いに素となることを言い、またこのことをeNと表す。
 Nのホール因子eに対し
W~e=(aebcNde)(a,b,c,dZ,detW~e=e)
なる行列、あるいはその正規化We=W~e/eのことを(Γ0(N)の)アトキン・レーナー対合(Atkin-Lehner involution)と言う。

 いまヘッケ型合同部分群
Γ0(N)={(abcd)SL(2,Z~)c0(modN)}
を考えると、上のWeWe2Γ0(N)を満たすことから対合という名前が付いている。
 またNのホール因子eに対し任意にアトキン・レーナー対合Weを取り、Γ0(N)Weによって生成される群をΓ0(N)+eとおく。これはWeの取り方に依らない、つまりWe,Weに対しWeWe(modΓ0(N))が成り立つことが知られている。
 そしてΓ0(N)と全てのアトキン・レーナー対合We(eN)によって生成される群をΓ0(N)+とおく。特に
1N(01N0)Γ0(N)+
となることに注意する。

解説

 以下Z(τ)Γ0(s)+に関する(指標付きの)重さ2の保型形式、つまり
Z(τ+1)=Z(τ),Z(1sτ)=sτ2Z(τ)
を満たすような関数であって、ある保型関数X(τ)によってZ(τ)=n=0AnX(τ)n(AnQ)
と級数展開できるものとする。また簡単のため関数f(τ)に対して
f~(τ)=qddqf(τ)=12πiddτf(τ)(q=e2πiτ)
とおく。
 このとき以下が成り立つ。

E(τ)=Z~(τ)Z(τ),MN(τ)=Z(τ)Z(τ/N)
とおいたときτ=τN=N/sにおいて
sNπ=2NE(τN)M~(τN)
が成り立つ。

 Z(1/sτ)=sτ2Z(τ)τについて対数微分することで
1sτ2E(1sτ)=E(τ)+1πiτ
が成り立つ。またMNの定義式を対数微分すると
M~N(τ)MN(τ)=E(τ)1NE(τ/N)
となるのでτ=N/sとすることで
M~N(τN)MN(τN)=M~(τN)N=E(τN)+(E(τN)+1πiτN)=2E(τN)1πsN
を得る。

 いまU=X~/XZ、つまり
X~=U(τ)X(τ)Z(τ)
とおいたとき
E=X~ZdZdX=UXdZdXM~N=X~dMNdX=UXdMNdXZ
となるので以下の円周率公式が得られる。

 τ=N/sにおいて
sNπ=Un=0An(2Nna)Xn(a=XdMNdX)
が成り立つ。

 あるいは
S(τ)=1Z(E12πIm(τ))
とおいたとき以下のように連続化できる。

 τHに対して
12πIm(τ)=n=0An(UnS)Xn
が成り立つ。

 このようにして得られた円周率公式をレベルsのラマヌジャン・佐藤級数と言う。

補足:モジュラー方程式

 いま「同じ対称性を持つ保型関数は互いに代数的な関係にある」という事実がある。詳しくは この記事 の1.5節を参照されたい。
 このことを用いると以下の事実が得られる。

 X(τ)X(τ/N)C上代数的な関係にある。またX(τ)U(τ)C上代数的な関係にある。

 前者については 先の記事 と同様にしてX(τ),X(τ/N)Γ(sN)-モジュラー関数とみなせることからわかる。
 後者についてはadbc=1において
ddτ(aτ+bcτ+d)=1(cτ+d)2
が成り立つことに注意するとU(τ)Γ0(s)+に関する保型関数になることがわかる。

 MN(τ)X(τ)についての代数関数として表せる。

dX(τ/N)dX=1NdτdX(τ)dXdτ(τ/N)=1NU(τ/N)X(τ/N)Z(τ/N)U(τ)X(τ)Z(τ)=1NU(τ/N)X(τ/N)U(τ)X(τ)1MN(τ)
に注意するとわかる。

 特にこれらの関係がQ上代数的数であるとすると以下の事実も成り立つ。

 X(τN),U(τN),dMNdX(τN)は代数的数となる。

 仮定よりFN(X(τ),X(τ/N))=0なる多項式FN(x,y)Q[x,y]が存在するので、Xの保型性X(1/sτ)=X(τ)に注意するとXN=X(τN)
FN(XN,XN)=0
を満たすことがわかる。
 またU,dMNdXXについての(Q上の)代数関数として表せたので主張を得る。

具体例

  Borweinの手法 では次のような公式が得られるのであった。
E4(τ)=3F2(12,16,561,1;1278j(τ))θ2(τ)4+θ3(τ)4=3F2(12,14,341,1;(g12+g122)2)(g=214η(τ2)η(τ))(θ2(2τ)θ2(6τ)+θ3(2τ)θ3(6τ))2=3F2(12,13,231,1;(G6+G62)2)(G=314η(3τ)η(τ))θ3(τ)4=3F2(12,12,121,1;G24)(G=214η(τ+12)η(τ))
これらはそれぞれChan-Chan-Liuの手法におけるレベル1,2,3,4の場合となることが次のように確かめられる。

レベル1

 見ての通り
Z(τ)=E4(τ),X(τ)=1728j(τ)
はそれぞれレベル1の保型形式、保型関数となっている。ただE4の平方根を取っていたり、そもそも重さ2Γ-モジュラー形式は0しか存在ことからもわかるようにZ(τ)は正確には保型関数とは言えない。

レベル2

 これはそのままではレベル2の保型形式とはならないがτ2τとして
Z(τ)=θ2(2τ)4+θ3(2τ)4,X(τ)=(g(2τ)12+g(2τ)122)2
とおくと上手くいく。実際テータ関数の倍数公式
θ3(τ)2=θ3(2τ)2+θ2(2τ)2θ4(τ)2=θ3(2τ)2θ2(2τ)2
に注意すると
Z(12τ)=τ2(θ4(τ)4+θ3(τ)4)=2τ2(θ2(2τ)4+θ3(2τ)4)=2τ2Z(τ)
となることがわかる。

レベル3

Z(τ)=(θ2(2τ)θ2(6τ)+θ3(2τ)θ3(6τ))2,X(τ)=(G6+G62)2
がレベル3の保型形式になることについては この記事 にて簡単に解説している。

レベル4

 こちらについてもτ2τとし
Z(τ)=θ3(2τ)4,X(τ)=G(2τ)24
とおくとこれはレベル4の保型形式となることがわかる。

U(τ)について

 面白いことに、これらのZ(τ),X(τ)に対しては
U(τ)=12x(4x(1x)=X)
が成り立つらしい。
 この類似性はおそらく上の公式が超幾何関数の変換によって互いに写りあうことに関係があると思う。気が向いたら詳しく検証してみたい。

新たな円周率公式

 Chan-Chan-Liuでは上の公式を用いて新たな円周率公式
1π=38n=0(k=0n(nk)2(2n2knk)(2kk))5n+164n
を発見している。この公式はどのように導出されるのか見ていこう。

微分方程式の変形

 上では
z=(θ2(2τ)θ2(6τ)+θ3(2τ)θ3(6τ))2,x=(G6+G62)2

z=3F2(12,13,231,1;x)
を満たすことを紹介した。これはϑ=xddxとおくと
ϑ3z=x(ϑ+12)(ϑ+13)(ϑ+23)z
という微分方程式に書き換えることができる。
 ここで
Z(τ)=(η(τ)η(3τ))4(η(2τ)η(6τ))2,X(τ)=(η(2τ)η(6τ)η(τ)η(3τ))6
とおくと、これは
z=Z(1+16X),x=108X(1+16X)3
を満たすことがわかる(らしい)ので、これを用いることで
(1+20X+64X2)ϑX3Z+(192X2+30X)ϑX2Z+(192X2+18X)ϑXZ+(64X2+4X)Z=0(ϑX=XddX)
という微分方程式が得られる。

微分方程式の級数解

 いま上の方程式が
Z=n=0AnXn
という級数解を持ったとするとその係数を比較することでAn
(n+1)3An+1+2(2n+1)(5n2+5n+2)An+64n3An1=0
という三項間漸化式を満たすことがわかる。特に
An=(1)nk=0n(nk)2(2n2knk)(2kk)
とおくとこれは上の漸化式を満たすことが知られている。これはZeilbergerのアルゴリズム、およびそれを用いたプログラムによって確かめることができる。詳しくは書籍"A=B"のChapter6あたりを参照されたい。

 一般にこのような漸化式、つまり多項式係数の線形漸化式を"閉じた形"で解く方法があるというわけではない。ではこの漸化式はたまたま解けるものであったのか、と言うとそういうわけでもない(Chan-Chan-Liuではそうであったかもしれないが)。どちらかというと解ける漸化式を元に保型形式を構成した、と言うのが正しいかもしれない。そんなことが可能なのか、ということについては後の記事で解説しようと思う。

レベル6の円周率公式

 あとは
U(τ)=(4X+1)(16X+1)
が成り立つという事実を用いてモジュラー方程式を計算することで円周率公式
1π=n=0(k=0n(nk)2(2n2knk)(2kk))(An+B)(X)n
が得られる、というわけである。

 ちなみに
Z(τ)=Z(τ+12),X(τ)=X(τ+12)
とおくとこれらはWeberのモジュラー関数f(τ)=η((τ+1)/2)/η(τ)を用いて
Z(τ)=(f(2τ)f(6τ))4η(2τ)2η(6τ)2,X(τ)=(f(2τ)f(6τ))6
のように表せる(1の冪根倍のズレは無視した)。したがってf(1/τ)=f(τ)に注意するとこれらは
Z(112τ)=12τ2Z(τ),X(112τ)=X(τ)
を満たすことがわかる。
 このことからChan-Chan-Liuではこれをレベル12としているが、 Wikipedia などではこれはレベル6に分類されている。ここら辺の分類はどのように決まるのかについては追々調べていきたい。

 具体的には5次のモジュラー方程式を考えることでτ=5/12において
X=164,dM5dX=128
となることわかるので
U=(14X)(116X)=358
に注意すると
512π=358n=0(1)nAn25n+128/6464n
つまり
1π=38n=0(k=0n(nk)2(2n2knk)(2kk))5n+164n
が得られる。というわけである。

5次モジュラー方程式について

 上の説明では省略していたが、実際のところモジュラー方程式周りの計算をするのは全く容易ではない。例えばここで考えていたΦ(X(τ),X(τ/5))=0なる多項式の係数を書き並べると次のようになる。
X6X5X4X3X2X11Y616777216167772161677721616777216167772161Y5167772167864320116736062080990Y4786432033382405952025665970Y311673605952092860930285Y2620802566593081530Y199097028530111
 またT=X(τ)=X(τ/5)(つまりτ=5/12)においてこれは
Φ(T,T)=T2(T1)(64T1)(64T211T+1)(64T2+1)(8T+1)2=0
と因数分解できる。これらのことから
X=164,dM5dX=128
といった値が求められていたわけだが、見ての通りとても手計算でどうにかなるものではないということに注意されたい。

計算してみる

 実際にこの公式を使って円周率を近似してみよう。ちなみに上で出てきた数列:Domb数
Dn=k=0n(nk)2(2n2knk)(2kk)=1,4,28,256,2716,
の値についてはOEISのA002895にて確認できる。実際これを用いると
83=4.618883(1+4664)1=3.359183(1+4664+2811642)1=3.184983(1+4664+2811642+25616643)1=3.151083(1+4664+2811642+25616643+271621644)1=3.1437
と計算できる。
 見ての通りChan-Chan-Liuの公式は特に収束が速いというわけではない。実のところDn16nとなることが知られているためこの公式は4n100.6nくらいの精度でしか円周率を近似できない。これに限らず現在知られている多くのラマヌジャン・佐藤級数は、やはり超幾何関数型のものに比べると収束が速いとは言えない。
 特にラマヌジャンやChudnovskyの円周率公式はそれぞれ「虚二次体Q(2p)の類数が2となるような素数pのうち最大のものが29」「虚二次体Q(N)の類数が1となるような自然数Nのうち最大のものが163」という事実が背景にあり、「指数部分がデカい整数」となるような円周率公式でこれらを超えるようなものはそうそう作れないと考えられる。そういうこともあって超幾何関数型を除いたラマヌジャン・佐藤級数は個人的に観賞用の側面が強いと思っている。

参考文献

投稿日:20231121
更新日:2023126
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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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  2. ラマヌジャン・佐藤級数とは
  3. Chan-Chan-Liuの手法
  4. 導入
  5. アトキン・レーナー対合
  6. 解説
  7. 補足:モジュラー方程式
  8. 具体例
  9. レベル1
  10. レベル2
  11. レベル3
  12. レベル4
  13. U(τ)について
  14. 新たな円周率公式
  15. 微分方程式の変形
  16. 微分方程式の級数解
  17. レベル6の円周率公式
  18. 計算してみる
  19. 参考文献