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高校数学解説
文献あり

レムニスケート版『余弦定理』の提案 - Suggestion of "law of cosines" in lemniscate geometry -

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記事を読まれる前に……

 本記事の参考文献は私自身が過去に執筆した記事1編のみです。可能な限り読みやすくなるよう配慮しましたが、説明不足で理解の難しい箇所があればそちらの記事も参考になさってください。それと追記は必見です


 お久しぶりです、 匿(Tock) と申します。タイトルの通り、レムニスケート研究の中で記録すべき事項ができたので、こうして筆を執っている次第です。
 本記事の内容について開示すべき利益相反(COI)はありません。また、普段は「だ・である体」で書いている身ですが、今回は試しに「です・ます体」で書いてみます。皆様の反応を見て次回以降の文体を決めようかと。


要約

 3つの レムニスケート を適切に配置したとき、余弦定理に類似した関係が成立することを発見しました。この関係をレムニスケート版『余弦定理』と呼ぶことを提案し、また本定理の証明および系のいくつかを紹介します。


経緯

 以前投稿した『 3つのレムニスケートが生み出す『a^2+b^2=c^2』について - New Pythagorean-like theorem in lemniscate geometry - 』で、三平方の定理(Pythagorean theorem)とよく似た定理を発表し、証明しました。折角なので以下に掲載しておきます。

レムニスケート版『三平方の定理』

 点Oを中心とするレムニスケートL1,L2が直交している。L1上に点P(O)をとり、「PL1と接しOを通る円」とL2との交点をX,Yとする。「Pを中心としX,Yを通るレムニスケート」をL3としたとき、L1,L2,L3の周長をそれぞれa,b,cとすると、a2+b2=c2 が成立する。
▲発表から9ヶ月、未だ誰にも利用されていません

 さて、記事投稿後、上の記事の共同研究者である立見鶏氏から、Twitterにて
「次はレムニスケート余弦定理でしょうかね…」(原文そのまま)
というダイレクトメッセージが届きました。
 確かに、普通の三平方の定理は普通の余弦定理の特別なケースである、という捉え方ができるため、『三平方の定理』を見つけたならばその調子で『余弦定理』も見つけられる、と考えるのが自然です。ゆえに私のほうも
「よし、(皆目見当もつかないけれど一応)探してみますか!」
と奮起いたしました。なんと単純な動機でしょうか。昔話でももう少し捻りを加えますね。


 そこから8ヶ月余りが経って、気づけば季節は晩春。最早何千個のレムニスケートを描いたか分からなくなった頃、唐突に『余弦定理』の天啓が降ってきました
 それは予想以上に単純で、しかし長らく思い至れなかった形。恐らく読者の皆様も、ひとたび図を見てしまえば「どうしてこれを思いつけないのか」と言いたくなることでしょう。つい私も「この8ヶ月を返せ」と思ってしまいました。


 ということで、いよいよ定理の紹介です。念のため記しますが、私の調べた限りで先行研究は見つかっていません。


定理

レムニスケート版『余弦定理』 (と仮に呼んでいます)

 点Oを中心とするレムニスケートL1,L2角度θをなして交わっているL1上に点P(O)をとり、「PL1と接しOを通る円」とL2との交点が2つできるとき、それX,Yとする。「Pを中心としX,Yを通るレムニスケート」をL3としたとき、L1,L2,L3の周長をそれぞれa,b,cとすると、a4+b42a2b2cos2θ=c4 が成立する。

L2が少し回転しましたね

『三平方の定理』との相違点を赤色で表示しています。
 ……我々のよく知る余弦定理の式 a2+b22abcosθ=c2 と比較すると、何となく差異がありますね。次数が2倍されて、偏角も2倍です。まあ、数式のビジュアルが余弦定理に近いので、レムニスケート版『余弦定理』と呼んでも差し支えないでしょう。ただ、ここまでアバウトな判断を許すならsl2θ+cl2θ+sl2θcl2θ=1をPythagorean-likeと認めてあげてもよかったのでは、とは思わなくもないです。


 この定理から先述のレムニスケート版『三平方の定理』が得られることは明らかです。θ=90のときを考えると、
c4=a4+b42a2b2cos(2×90)=a4+b4+2a2b2=(a2+b2)2
からa2+b2=c2が導出されます(a,b,c>0)。


証明

 以下xy直交座標平面上で考え、円Γに関する反転でオブジェクトσが移る場所をinv(σ,Γ)と表します。


双曲線の接線上にある2点の関係

 pを任意の実数とし、直角な双曲線η1:x2y2=1上に点P=(1cos(p),tan(p)) をとります。Pを通るη1の接線l:1cos(p)xtan(p)y=1を描き、l上にPと異なる任意の点(x1,y1)をとることにすれば、ある実数k0を用いて
(x1,y1)=(tan(p)k+1cos(p),kcos(p)+tan(p))
と表せます。また、今後の議論のために
(x2,y2)=(tan(p)k+1cos(p),1kcos(p)+tan(p))
なる実数x2,y2を定義し、点M=(x1,y1), N=(x2,y2)と名付けましょう。

▲意外にもシンプルな滑り出し

 中心が点Pで原点O=(0,0)を通る円γを用意します。γの式は以下の通りですね。
γ:(x1cos(p))2+(ytan(p))2=1cos2(p)+tan2(p)
 いま、簡単な計算により、線分PMの長さはk1cos2(p)+tan2(p)、線分PNの長さは1k1cos2(p)+tan2(p)であるとわかります。すなわちPM×PN=1cos2(p)+tan2(p)が成り立ちます。k1kの符号が一致することから、この事実はN=inv(M,γ)と言い換えられます。円γを登場させたのはこれが目的です。


2つの双曲線を追加しよう

 さて、x1,y1,x2,y2に注目すると、以下の関係は明らかです。
{x1 2y1 21=k2x2 2y2 21=1k2x1y1k2=x2y2
 ここで任意の実数tをとり、Ψおよびu
{Ψ=cos(2t)((x1 2y1 21)(x2 2y2 21)1)+2sin(2t)(x1y1(x2 2y2 21)+x2y2)u=cos(2t)(x1 2y1 2)+2sin(2t)x1y1(i)と定義してみましょう。
 ……既にお気付きのことと拝察しますが、どう見てもΨ=0ですね。とはいえそれで終わってしまうのも面白くないので、ついでに定義しておいたuを使ってΨを表してみます。気合で計算すると
Ψ=cos(2t)((x1 2y1 21)(x2 2y2 21)1)+2sin(2t)(x1y1(x2 2y2 21)+x2y2)=(cos(2t)(x1 2y1 21)+2sin(2t)x1y1)(x2 2y2 21)+2sin(2t)x2y2cos(2t)=(ucos(2t))(x2 2y2 21)+2sin(2t)x2y2cos(2t)=(ucos(2t))(x2 2y2 2)+2sin(2t)x2y2u
となるので、Ψ=0より(ucos(2t))(x2 2y2 2)+2sin(2t)x2y2=u(ii)を導けます。


▲我ながらどうやってΨを思いついたのでしょう

 先の段落ではΨやらuやら謎めいた文字が古文書並みに頻出していましたが、どうにかしてこれらをレムニスケートと関連づけられないものでしょうか。色々試行錯誤してみると、(i)
u=cos(2t)(x1 2y1 2)+2sin(2t)x1y1=(cos2(t)sin2(t))(x1 2y1 2)+4sin(t)cos(t)x1y1=(x1cos(t)+y1sin(t))2(x1sin(t)+y1cos(t))2
と変形できることに思い至ります。したがって、原点Oを中心として、直角な双曲線x2y2=uを角度tだけ回転させた双曲線η2を用意してあげれば、Mη2上に乗ると言えますね( η2の式が(xcos(t)+ysin(t))2(xsin(t)+ycos(t))2=uとなるため)。直角な双曲線とレムニスケートは反転で互いに移りあうので(有名事実)、かなり有用な手がかりと考えられます。
 ところで、点Mの定義よりη2は(lと共有点をもつ範囲内で)任意の角度・大きさになりえます。この任意性もあとで使うため、頭の片隅に入れておきましょう。
 

 類推から、(ii)の式も「何らかの直角な双曲線上に点Nが乗る」と示唆しているように見えてきます。この直感をもとに(ii)を整理していくと、
tan(2v)=sin(2t)ucos(2t)
をみたす実数v(2通りの値が考えられますが、そのうちの片方)を用いて、(ii)
(xcos(v)+ysin(v))2(xsin(v)+ycos(v))2=uu22ucos(2t)+1
と表せます。行間の広さがパンゲア大陸級ですね。反省します。
 何はともあれ、この変形によって判明することがあります。つまり、直角な双曲線x2y2=uu22ucos(2t)+1を角度vだけ回転させた双曲線η3について、Nη3上に乗るわけです。


反転してレムニスケートの世界へ

 現状を整理します。中心を共有する3つの直角な双曲線η1,η2,η3があり、η2上の点Mは円γに関する反転によってη3上の点Nに移ります。また、2点M,Nはいずれもη1の特定の接線上に乗っています。
 そうですね。『三平方の定理』のときと同じ状況です。要するに、ここまでで登場した全オブジェクト(双曲線、円、直線など)を、中心がO、半径が1の円(この円をδとします)で反転すれば一気に話が進みます。というわけで直ちに反転しましょう。Inverse the universe.


▲見た目の不穏さが凄まじいです

 λx=inv(ηx,δ)(x=1,2,3)とすると、λ1,λ2,λ3はいずれも点Oを中心としたレムニスケートになります。P=inv(P,δ)と定めれば、 前回の記事 補題5より、inv(M,δ)inv(N,δ)は線分OPの垂直二等分線inv(γ,δ)に関して対称な位置にあるとわかります。
 ゆえに、inv(γ,δ)に関するλ3の対称移動で得られるレムニスケートλ3を考えると、inv(M,δ)λ3上に乗ることになります( inv(N,δ)λ3上に存在するため)。


 いま、点Mη2lの交点の1つでした。一般に、直線と双曲線が交わっているとき、交点の数は2つです。それでは、もう1つの交点についても考えてみたくなりますよね。
 こちらの交点R=(x3,y3)の座標を
(x3,y3)=(tan(p)j+1cos(p),jcos(p)+tan(p))
とおいて(jは実数)、
S=(x4,y4)=(tan(p)j+1cos(p),1jcos(p)+tan(p))
という点Sを定めれば、あれがああなってこれがこうなって……………………、もう良いですね。kjになっただけなので、kのときの議論が同様に回ります(x3,y3)もまたη2上の点ですから、cos(2t)(x3 2y3 2)+2sin(2t)x3y3=uが成り立って、
(ucos(2t))(x4 2y4 2)+2sin(2t)x4y4=u
も従います。その後も同様に計算して、η2lの2つの交点はいずれもλ3上に乗ります

▲ねえみてみてこれねえこれ(語彙力消失)

「任意」という語彙の素晴らしさ

 inv(l,δ)は原点Oを通り点Pλ1に接する円です。よって、λ1,λ2,λ3について『余弦定理』の成立を確認すれば、適当な拡大縮小によりもとの定理を証明できます( λ2が任意の角度・径をとりうることを確認すればよいですが、先述したη2の任意性より確かめられます)。
 η1,η2,η3の式に注目すると、これらの相似比は
η1:η2:η3=1:u:uu22ucos(2t)+1=1u:1:1u22ucos(2t)+14
となっています。よって、これらを反転したλ1,λ2,λ3の相似比は
λ1:λ2:λ3=u:1:u22ucos(2t)+14
ですね。λ3λ3は合同なので、結局3つのレムニスケートにおける周長の比はu:1:u22ucos(2t)+14だったのです。


 この組について『余弦定理』の成立は自明であり、証明の全編を統合して定理が証明されましたやっと終わった。 


応用

 前回は汎用性が絶無であることを嘆くにとどまりましたが、今回は少しだけ汎用性を主張できそうです。ここでは3つの系を紹介しますね。

レムニスケート版『余弦定理』の系・その1

 点Oを中心とするレムニスケートL1,L245の角度で交わっているL1上に点P(O)をとり、「PL1と接しOを通る円」とL2との交点が2つできるとき、それをX,Yとする。「Pを中心としX,Yを通るレムニスケート」をL3としたとき、L1,L2,L3の周長をそれぞれa,b,cとすると、a4+b4=c4 が成立する。

▲数学的にはこちらが『三平方』だったのかもしれません

レムニスケート版『余弦定理』の系・その2

 点Oを中心とするレムニスケートL1,L2があり、L2の長軸の端点はいずれもL1上に乗っているL1上に点P(O)をとり、「PL1と接しOを通る円」とL2との交点が2つできるとき、それをX,Yとする。「Pを中心としX,Yを通るレムニスケート」をL3としたとき、L1,L2,L3の周長をそれぞれa,b,cとすると、a4b4=c4 が成立する。

b=acos(2θ)から従います

レムニスケート版『余弦定理』の系・その3

 点Oを中心とするレムニスケートL1,L2があり、L2の焦点はいずれもL1上に乗っているL1上に点P(O)をとり、「PL1と接しOを通る円」とL2との交点が2つできるとき、それをX,Yとする。「Pを中心としX,Yを通るレムニスケート」をL3としたとき、L1L3は合同である

▲きれい(突然の自画自賛)


 読者の皆様が具有する莫大かつ精緻な数学力に信頼を寄せて、系の証明は省略します。「他にもこういった応用が利くよ!」という情報をお持ちの方はコメントでご教示ください。


結語

▲点線で描かれたレムニスケートはすべて同じ大きさです

 私がレムニスケートを研究対象としてから、ちょうど1年になります。日本語の論文が殆ど無い分野で、初めは英語の濁流に呑まれ右往左往していましたが、少しは有用な結果を残せたでしょうか。私自身の見解としては、数学よりもむしろ物理の領域で使い道を見つけられそうに感じていますが……。


 ところで、本記事の執筆中に、 レチセン 氏が奇しくも『 余弦定理の四面体ver. 』という記事を投稿なさっていました。余弦定理を2次元から3次元に拡張されたわけですね。そして私の記事では余弦定理を三角形からレムニスケートに拡張しています。
 すると、2つの記事を合わせて、「3次元におけるレムニスケート的なもの」に余弦定理を拡張できる可能性も考えられますね。未だ予想さえ立てられていない段階ですが、果たしてどうなることやら。


 話題は尽きませんが、この辺りで記事を締め括ります。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。感想・指摘・先行研究の紹介・これから高騰する株の紹介などはコメントまで。あと誰か定理を使ってください。ちなみに、用紙サイズA3の倍率85%で本記事を印刷すると綺麗に刷れます。


追記 (2023/05/08)

 記事投稿時点では見逃していましたが、なんとレムニスケート版『余弦定理』は以下と同値になります

レムニスケート版『余弦定理』・改

 図で、白い点はレムニスケートの焦点である。このとき、x×y=z2 が成立する。

▲幻聴が教えてくれました


 断然こちらのほうがエレガントですね。どうして記事投稿前に気づけなかったのでしょう……。

▲レムニスケートは最強だった(個人の感想です)

参考文献

投稿日:202357
OptHub AI Competition

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投稿者

匿(Tock)
匿(Tock)
201
28677
主に初等幾何・レムニスケート。時々偏差値・多重根号。 「たとえ作曲家が忘れ去られた日であっても、彼の旋律が街並みを縫って美しく流れていますように。」

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