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大学数学基礎解説
文献あり

リー群・リー代数の初歩

1883
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リー群とリー代数について、簡単な例により取っ掛かりを説明します。数学的厳密さよりも直観性を重視します。

前提知識

本記事では複素数の集合に対する積を扱います。

群とオイラーの公式exp(iθ)=cosθ+isinθの基本的な知識を前提とします。

群についてはそれほど深い知識は必要としません。複素数の積は結合的であり、以下の条件を満たす集合Gを用意すればが構成できることが分かれば十分です。7shi-group

  • 積が集合に対して閉じている(任意の2つの元の積が集合Gに含まれる)
  • 積の単位元1であり(どの数に1を掛けても変化しない)、単位元が集合Gに含まれる
  • 積の逆元は逆数であり(ある数とその逆数との積は1になる)、すべての元に逆元が存在して集合Gに含まれる(逆元を求める操作が閉じている)

複素数全体から0を除いた集合C×は、積について群となります。

  • どの2つの複素数の積も別の複素数になる(閉じている)
  • 単位元1を含む
  • 0を除いたすべての複素数に逆数(逆元)が存在する

リー群

リー群は19世紀後半のノルウェーの数学者ソフス・リーの研究に由来する概念です。群のうち、特に連続的な変換が記述できるものをリー群と呼びます。

リー群は多数あり、それぞれ記号的な名前で区別します。その中でも簡単なU(1)を構成して、その基本的な性質を見ていきます。

U(1)

U(1)という名前について説明します。「U」はユニタリ(unitary)の頭文字で、unitaryはunit(単位)の派生語で「単位的」という意味を持ちます。また、ユニタリという用語は複素数に対して用いられます。

直交

実数に対してはorthogonal(直交)という用語が用いられます。

括弧内の数字は正方行列のサイズを表します。(1)の場合、この群の元が「1次」の正方行列、つまり1個の成分で構成されることを表します。U(1)は、ユニタリが複素数を対象とすることから1個の複素数で構成されます。また、ユニタリが「単位的」ということは、その元は絶対値が1となる単位複素数であることを意味します。

U(1)という名前の(1)は絶対値の1とは無関係です。

まとめると、U(1)単位複素数全体の集合を表します。

U(1)={zC|z|=1}

絶対値が1の複素数は、複素平面上の単位円上の点として表せます。オイラーの公式を使えば、U(1)の任意の元は、θを実数として以下の形で表せます。

z=exp(iθ)=cosθ+isinθ

群構造

U(1)の元同士を掛け合わせても、その結果はまたU(1)の元になります。これは積がexp(iθ)の形になるためです。任意の実数θ1,θ2に対して、指数法則より以下のように確認できます。

exp(iθ1)exp(iθ2)=exp(i(θ1+θ2))

また、exp(iθ)の逆元はexp(iθ)となることから、どの元にも逆元が存在します。exp(i0)=1より単位元1も含まれます。これにより、U(1)は積について群となります。

リー群としての基本的性質

U(1)は単なる群ではなく、リー群と呼ばれる特別な性質を持つ群です。それについて簡単に説明します。

U(1)は複素平面上の単位円です。単位円上のどの点にも接線を引くことができます。これは円を構成する曲線が滑らかに変化し、尖った点や不連続点がないためです。リー群はこのような「滑らかな性質を持つ群」です。

接線

U(1)は複素平面上の単位円で表されるため「接線」という用語を使用しています。より高次元も含めて一般化する場合は「接空間」という用語が使用されます。

また、U(1)上の演算(複素数の積や逆元)も滑らかに変化します。θが少しずつ変わると、対応するexp(iθ)やその逆元exp(iθ)も、不連続点などはなく滑らかに変化していきます。

数学的には「リー群は無限回微分可能な多様体」として定義されます。本記事では、最低限必要となる事項に絞って直観的な説明を試みています。

リー代数

リー群はexp(z)の形の元を持ちます。このexp(z)の引数のzを取り出したのがリー代数です。リー代数はリー群の接線上の変化を記述するための概念です。

リー群上のどの点にも接線を引くことができるという性質と密接に関係しています。

リー代数は積については閉じていませんが、括弧積と呼ばれる独自の演算を持ちます。ただし群にはならないため、名称にも「群」ではなく「代数」という用語が使われます。

リー環

「リー環」という用語が使われることもありますが、「リー代数」と同じものを指します。

u(1)

リー群が大文字で表記されるのに対して、対応するリー代数は小文字で表記されます。また、リー代数であることを明示するためフラクトゥールで表記することが一般的です。

リー群U(1)に対応するリー代数はu(1)となります。U(1)の元はexp(iθ)で表されるのに対して、その引数iθu(1)の元となります。

u(1)={iθθR}

θ=0のときの0を除いて、元は純虚数となります。

この関係を逆に見れば、指数写像expを通すことで、リー代数u(1)の元iθから、対応するリー群U(1)の元exp(iθ)が得られることになります。

exp:u(1)U(1),iθexp(iθ)

リー代数の基底

U(1)上の点の接線方向を考えます。U(1)の元exp(iθ)θで微分します。

ddθexp(iθ)=d(iθ)dθdd(iθ)exp(iθ)=iexp(iθ)

微分によってiが生じることがわかります。iを掛けることは、複素平面上で反時計回りの90度回転を表します。これは、原点から点exp(iθ)に引いた直線に対して、その接線が直交することを表します。

計算過程を見ると、そのiは合成関数の微分において、iθの微分によって生じることがわかります。これはリー代数の変化方向であり、exp(iθ)=1となるθ=0における接線方向と一致します。

ddθexp(iθ)|θ=0=iexp(i0)=i

これはリー代数u(1)が、リー群U(1)の単位元1における接線と同一視できることを示します。リー群に含まれるすべての点は局所的な構造が等しいため(等質空間)、数学的な性質を調べるには、単位元とその接線で代表して考えることができます。

このことから、単位元における接線の方向iリー代数の基底として扱われます。これにより、リー代数u(1)の任意の元は、基底iの実数倍iθの形で表されます。

ここで重要なのは、リー代数の元が単に実数θではなく、必ずiθの形で基底iを伴っていることです。この基底iがあることで、指数関数expを通してリー代数の元をリー群の元に変換できます。

u(1)ではiを省略した方がすっきりしそうな気がするかもしれません。しかし、より高次元のリー代数では複数の基底が存在し、それらが異なる方向を表すことから、基底を省略することはできません。

括弧積

リー群は積について閉じているのに対して、リー代数は積について閉じていません。例えばu(1)において、2つのリー代数の元は虚数単位iが打ち消されて実数になるため、リー代数の集合から外れてしまいます。

(iθ1)(iθ2)=θ1θ2u(1)

リー代数の中で演算が閉じるように、括弧積と呼ばれる独自の演算があります。括弧積は2つのリー代数の元x,yに対して[x,y]と表記され、複素数や行列では一般に以下のように定義されます。

[x,y]=xyyx

xyyxは積の因子を交換したときのずれを表しており、交換子と呼ばれます。複素数の積は可換なため、u(1)において括弧積は常に0となります。

[iθ1,iθ2]=(iθ1)(iθ2)(iθ2)(iθ1)=0

括弧積が0であることは、U(1)可換なリー群であることを意味します。これはU(1)の特殊な性質であり、一般のリー代数では括弧積は0にはならず、リー代数の構造を特徴付ける重要な情報となります。

行列のリー群

リー群は行列の形で表現されることが多いです。代表的なものを以下に挙げます。

  • 直交群O(n):実行列でATA=Iを満たすもの(ATAの転置行列)
  • 特殊直交群SO(n)O(n)のうち、行列式が1のもの(Sはspecialの頭文字)
  • ユニタリ群U(n):複素行列でAA=Iを満たすもの(AAの共役転置行列)
  • 特殊ユニタリ群SU(n)U(n)のうち、行列式が1のもの

ここで(n)は行列のサイズで、n×nの正方行列を表します。Sはspecial(特殊)を意味し、行列式が1であることを表します。「直交」と「ユニタリ」は本質的に同じ概念で、実か複素かの違いです。

U(1)の行列式

U(1)AA=Iを適用すると、Aは1個の複素数のためAは共役複素数となり、AAは絶対値の2乗となります。それが1になることから、単位複素数となります。

行列のリー群の例として、複素数の行列表現を利用して、既に見たU(1)と同じ性質を持ったSO(2)を構成します。

複素数の行列表現

複素数は2×2の実行列としても表現できます。複素数 z=a+ib は以下の行列に対応します。

z=a+ib(abba)

この対応関係は複素数の演算をそのまま再現します。例えば、複素数の積は対応する行列の積になります。

(a+ib)(c+id)=(acbd)+i(ad+bc)(abba)(cddc)=(acbd(ad+bc)ad+bcacbd)

複素数の絶対値の2乗は、対応する行列の行列式に等しくなります。

|a+ib|2=a2+b2=det(abba)

SO(2)

先ほど見た複素数と行列の対応で、絶対値1の複素数は行列式12×2実行列に対応します。

cosθ+isinθ(cosθsinθsinθcosθ)

右辺は2次元の回転行列で、特殊直交群SO(2)の元です。これはU(1)SO(2)が本質的に同じ構造を持つことを意味します。このような対応関係を同型と呼び、U(1)SO(2)と表記します。

この対応関係は指数写像でも成り立ちます。

exp(iθ)exp(0θθ0)

右辺のexpの引数は反対称行列で、リー代数so(2)の元です。このように、複素数で理解したリー群とリー代数の関係は、行列の世界でも同様に成り立ちます。

ここからさらに高次元のリー群であるSO(3)SU(2)などへと拡張できます。それらはより複雑な構造を持ち、物理学(特に量子力学)との深い関連があります。

まとめ

リー群は、図形として表現すれば、すべての点で微分可能な滑らかな形をした群です。局所的な構造はすべての点で等しいため、単位元において接空間を代表させて括弧積を入れ、リー代数を構成します。リー代数からリー群へは指数写像expを通して変換できます。

代表的なリー群には、実行列で構成される直交群O(n)と、複素行列で構成されるユニタリ群U(n)があります。それらのうち行列式が1となるものが、特殊直交群SO(n)と特殊ユニタリ群SU(n)です。なお、nは正方行列のサイズを表します。

複素数で構成されるリー群U(1)は、複素平面上の単位円を表します。U(1)は複素数の行列表現を通じてSO(2)と同型です。

参考文献

投稿日:31日前
更新日:30日前
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  1. 前提知識
  2. リー群
  3. U(1)
  4. 群構造
  5. リー群としての基本的性質
  6. リー代数
  7. u(1)
  8. リー代数の基底
  9. 括弧積
  10. 行列のリー群
  11. 複素数の行列表現
  12. SO(2)
  13. まとめ
  14. 参考文献