4
大学数学基礎解説
文献あり

リー群・リー代数の初歩

3314
0
$$$$

リー群とリー代数について、簡単な例により取っ掛かりを説明します。数学的厳密さよりも直観性を重視します。

前提知識

本記事では複素数の集合に対する積を扱います。

群とオイラーの公式$\exp(i\theta) = \cos\theta + i\sin\theta$の基本的な知識を前提とします。

群についてはそれほど深い知識は必要としません。複素数の積は結合的であり、以下の条件を満たす集合$G$を用意すればが構成できることが分かれば十分です。7shi-group

  • 積が集合に対して閉じている(任意の2つの元の積が集合$G$に含まれる)
  • 積の単位元$1$であり(どの数に$1$を掛けても変化しない)、単位元が集合$G$に含まれる
  • 積の逆元は逆数であり(ある数とその逆数との積は$1$になる)、すべての元に逆元が存在して集合$G$に含まれる(逆元を求める操作が閉じている)

複素数全体から$0$を除いた集合$\mathbb{C}^\times$は、積について群となります。

  • どの2つの複素数の積も別の複素数になる(閉じている)
  • 単位元$1$を含む
  • $0$を除いたすべての複素数に逆数(逆元)が存在する

リー群

リー群は19世紀後半のノルウェーの数学者ソフス・リーの研究に由来する概念です。群のうち、特に連続的な変換が記述できるものをリー群と呼びます。

リー群は多数あり、それぞれ記号的な名前で区別します。その中でも簡単な$\operatorname{U}(1)$を構成して、その基本的な性質を見ていきます。

$\operatorname{U}(1)$

$\operatorname{U}(1)$という名前について説明します。「U」はユニタリ(unitary)の頭文字で、unitaryはunit(単位)の派生語で「単位的」という意味を持ちます。また、ユニタリという用語は複素数に対して用いられます。

直交

実数に対してはorthogonal(直交)という用語が用いられます。

括弧内の数字は正方行列のサイズを表します。$(1)$の場合、この群の元が「1次」の正方行列、つまり1個の成分で構成されることを表します。$\operatorname{U}(1)$は、ユニタリが複素数を対象とすることから1個の複素数で構成されます。また、ユニタリが「単位的」ということは、その元は絶対値が$1$となる単位複素数であることを意味します。

$\operatorname{U}(1)$という名前の$(1)$は絶対値の$1$とは無関係です。

まとめると、$\operatorname{U}(1)$単位複素数全体の集合を表します。

$$ \operatorname{U}(1) = \{z \in \mathbb{C} \mid |z| = 1\} $$

絶対値が$1$の複素数は、複素平面上の単位円上の点として表せます。オイラーの公式を使えば、$\operatorname{U}(1)$の任意の元は、$θ$を実数として以下の形で表せます。

$$ z = \exp(i\theta) = \cos\theta + i\sin\theta $$

群構造

$\operatorname{U}(1)$の元同士を掛け合わせても、その結果はまた$\operatorname{U}(1)$の元になります。これは積が$\exp(iθ)$の形になるためです。任意の実数$\theta_1, \theta_2$に対して、指数法則より以下のように確認できます。

$$ \exp(i\theta_1) \exp(i\theta_2) = \exp(i(\theta_1 + \theta_2)) $$

また、$\exp(i\theta)$の逆元は$\exp(-i\theta)$となることから、どの元にも逆元が存在します。$\exp(i0)=1$より単位元$1$も含まれます。これにより、$\operatorname{U}(1)$は積について群となります。

リー群としての基本的性質

$\operatorname{U}(1)$は単なる群ではなく、リー群と呼ばれる特別な性質を持つ群です。それについて簡単に説明します。

$\operatorname{U}(1)$は複素平面上の単位円です。単位円上のどの点にも接線を引くことができます。これは円を構成する曲線が滑らかに変化し、尖った点や不連続点がないためです。リー群はこのような「滑らかな性質を持つ群」です。

接線

$\operatorname{U}(1)$は複素平面上の単位円で表されるため「接線」という用語を使用しています。より高次元も含めて一般化する場合は「接空間」という用語が使用されます。

また、$\operatorname{U}(1)$上の演算(複素数の積や逆元)も滑らかに変化します。$\theta$が少しずつ変わると、対応する$\exp(i\theta)$やその逆元$\exp(-i\theta)$も、不連続点などはなく滑らかに変化していきます。

数学的には「リー群は無限回微分可能な多様体」として定義されます。本記事では、最低限必要となる事項に絞って直観的な説明を試みています。

リー代数

リー群は$\exp(z)$の形の元を持ちます。

$\operatorname{U}(1)$のすべての元は$\exp(z)$の形で表せますが、他のリー群では必ずしもすべての元が指数写像で表せるとは限りません。

この$\exp(z)$の引数の$z$を取り出したのがリー代数です。リー代数はリー群の接線上の変化を記述するための概念です。

リー群上のどの点にも接線を引くことができるという性質と密接に関係しています。

リー代数は積については閉じていませんが、括弧積と呼ばれる独自の演算を持ちます。ただし群にはならないため、名称にも「群」ではなく「代数」という用語が使われます。

リー環

「リー環」という用語が使われることもありますが、「リー代数」と同じものを指します。

$\mathfrak{u}(1)$

リー群が大文字で表記されるのに対して、対応するリー代数は小文字で表記されます。また、リー代数であることを明示するためフラクトゥールで表記することが一般的です。

リー群$\operatorname{U}(1)$に対応するリー代数は$\mathfrak{u}(1)$となります。$\exp(iθ)$で表される$\operatorname{U}(1)$の元に対して、$\exp$の引数$iθ$$\mathfrak{u}(1)$の元となります。

$$ \mathfrak{u}(1) = \{iθ \mid θ \in \mathbb{R}\} $$

$θ=0$のときの$0$を除いて、元は純虚数となります。

この関係を逆に見れば、指数写像$\exp$を通すことで、リー代数$\mathfrak{u}(1)$の元$iθ$から、対応するリー群$\operatorname{U}(1)$の元$\exp(iθ)$が得られることになります。

$$ \exp: \mathfrak{u}(1) \to \operatorname{U}(1), \quad i\theta \mapsto \exp(i\theta) $$

リー代数の基底

$\operatorname{U}(1)$上の点の接線方向を考えます。$\operatorname{U}(1)$の元$\exp(i\theta)$$\theta$で微分します。

$$ \frac{d}{d\theta}\exp(i\theta) = \frac{d(i\theta)}{d\theta} \frac{d}{d(i\theta)}\exp(i\theta) = i \exp(i\theta) $$

微分によって$i$が生じることがわかります。$i$を掛けることは、複素平面上で反時計回りの90度回転を表します。これは、原点から点$\exp(i\theta)$に引いた直線に対して、その接線が直交することを表します。

計算過程を見ると、その$i$は合成関数の微分において、$iθ$の微分によって生じることがわかります。これはリー代数の変化方向であり、$\exp(iθ)=1$となる$\theta=0$における接線方向と一致します。

$$ \left.\frac{d}{d\theta}\exp(i\theta)\right|_{\theta=0} = i \exp(i0) = i $$

これはリー代数$\mathfrak{u}(1)$が、リー群$\operatorname{U}(1)$の単位元$1$における接線と同一視できることを示します。リー群に含まれるすべての点は局所的な構造が等しいため(等質空間)、数学的な性質を調べるには、単位元とその接線で代表して考えることができます。

このことから、単位元における接線の方向$i$リー代数の基底として扱われます。これにより、リー代数$\mathfrak{u}(1)$の任意の元は、基底$i$の実数倍$iθ$の形で表されます。

ここで重要なのは、リー代数の元が単に実数$\theta$ではなく、必ず$i\theta$の形で基底$i$を伴っていることです。この基底$i$があることで、指数関数$\exp$を通してリー代数の元をリー群の元に変換できます。

$\mathfrak{u}(1)$では$i$を省略した方がすっきりしそうな気がするかもしれません。しかし、より高次元のリー代数では複数の基底が存在し、それらが異なる方向を表すことから、基底を省略することはできません。

括弧積

リー群は積について閉じているのに対して、リー代数は積について閉じていません。例えば$\mathfrak{u}(1)$において、2つのリー代数の元は虚数単位$i$が打ち消されて実数になるため、リー代数の集合から外れてしまいます。

$$ (i\theta_1)(i\theta_2) = -\theta_1\theta_2 \not\in \mathfrak{u}(1) $$

リー代数の中で演算が閉じるように、括弧積と呼ばれる独自の演算があります。括弧積は2つのリー代数の元$x,y$に対して$[x,y]$と表記され、複素数や行列では一般に以下のように定義されます。

$$ [x, y] = xy - yx $$

$xy-yx$は積の因子を交換したときのずれを表しており、交換子と呼ばれます。複素数の積は可換なため、$\mathfrak{u}(1)$において括弧積は常に$0$となります。

$$ [i\theta_1, i\theta_2] = (i\theta_1)(i\theta_2) - (i\theta_2)(i\theta_1) = 0 $$

括弧積が$0$であることは、$\operatorname{U}(1)$可換なリー群であることを意味します。これは$\operatorname{U}(1)$の特殊な性質であり、他のリー代数では括弧積は必ずしも$0$にはならず、リー代数の構造を特徴付ける重要な情報となります。

行列のリー群

リー群は行列の形で表現されることが多いです。代表的なものを以下に挙げます。

  • 直交群$\operatorname{O}(n)$:実行列で$A^\mathsf{T} A = I$を満たすもの($A^\mathsf{T}$$A$の転置行列)
  • 特殊直交群$\operatorname{SO}(n)$$\operatorname{O}(n)$のうち、行列式が$1$のもの($\operatorname{S}$はspecialの頭文字)
  • ユニタリ群$\operatorname{U}(n)$:複素行列で$A^\dagger A = I$を満たすもの($A^\dagger$$A$の共役転置行列)
  • 特殊ユニタリ群$\operatorname{SU}(n)$$\operatorname{U}(n)$のうち、行列式が$1$のもの

ここで$(n)$は行列のサイズで、$n \times n$の正方行列を表します。$\operatorname{S}$はspecial(特殊)を意味し、行列式が$1$であることを表します。「直交」と「ユニタリ」は本質的に同じ概念で、実か複素かの違いです。

$\operatorname{U}(1)$の行列式

$\operatorname{U}(1)$$A^\dagger A = I$を適用すると、$A$は1個の複素数のため$A^\dagger$は共役複素数となり、$A^\dagger A$は絶対値の2乗となります。それが$1$になることから、単位複素数となります。

行列のリー群の例として、複素数の行列表現を利用して、既に見た$\operatorname{U}(1)$と同じ性質を持った$\operatorname{SO}(2)$を構成します。

複素数の行列表現

複素数は2×2の実行列としても表現できます。複素数 $z = a + ib$ は以下の行列に対応します。

$$ z = a + ib \quad \Leftrightarrow \quad \begin{pmatrix} a & -b \\ b & a \end{pmatrix} $$

この対応関係は複素数の演算をそのまま再現します。例えば、複素数の積は対応する行列の積になります。

$$ \begin{aligned} (a+ib)(c+id)&=(ac-bd)+i(ad+bc) \\ &\Updownarrow \\ \begin{pmatrix} a & -b \\ b & a \end{pmatrix} \begin{pmatrix} c & -d \\ d & c \end{pmatrix} &=\begin{pmatrix} ac-bd & -(ad+bc) \\ ad+bc & ac-bd \end{pmatrix} \end{aligned} $$

複素数の絶対値の2乗は、対応する行列の行列式に等しくなります。

$$ |a + ib|^2 = a^2 + b^2 = \det\begin{pmatrix} a & -b \\ b & a \end{pmatrix} $$

$\operatorname{SO}(2)$

先ほど見た複素数と行列の対応で、絶対値$1$の複素数は行列式$1$$2×2$実行列に対応します。

$$ \cos\theta + i\sin\theta \quad \Leftrightarrow \quad \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix} $$

右辺は2次元の回転行列で、特殊直交群$\operatorname{SO}(2)$の元です。これは$\operatorname{U}(1)$$\operatorname{SO}(2)$が本質的に同じ構造を持つことを意味します。このような対応関係を同型と呼び、$\operatorname{U}(1) \cong \operatorname{SO}(2)$と表記します。

この対応関係は指数写像でも成り立ちます。

$$ \exp(i\theta) \quad \Leftrightarrow \quad \exp\begin{pmatrix} 0 & -\theta \\ \theta & 0 \end{pmatrix} $$

右辺の$\exp$の引数は反対称行列で、リー代数$\mathfrak{so}(2)$の元です。このように、複素数で理解したリー群とリー代数の関係は、行列の世界でも同様に成り立ちます。

ここからさらに高次元のリー群である$\operatorname{SO}(3)$$\operatorname{SU}(2)$などへと拡張できます。それらはより複雑な構造を持ち、物理学(特に量子力学)との深い関連があります。

まとめ

リー群は、図形として表現すれば、すべての点で微分可能な滑らかな形をした群です。局所的な構造はすべての点で等しいため、単位元において接空間を代表させて括弧積を入れ、リー代数を構成します。リー代数からリー群へは指数写像$\exp$を通して変換できます。

代表的なリー群には、実行列で構成される直交群$\operatorname{O}(n)$と、複素行列で構成されるユニタリ群$\operatorname{U}(n)$があります。それらのうち行列式が$1$となるものが、特殊直交群$\operatorname{SO}(n)$と特殊ユニタリ群$\operatorname{SU}(n)$です。なお、$n$は正方行列のサイズを表します。

複素数で構成されるリー群$\operatorname{U}(1)$は、複素平面上の単位円を表します。$\operatorname{U}(1)$は複素数の行列表現を通じて$\operatorname{SO}(2)$と同型です。

参考文献

投稿日:38
更新日:13日前
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。

投稿者

7shi
7shi
35
10915

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中