正規化された複素数のペアから全体の位相自由度を消去し、2次元球面上の点への射影(ホップ写像)を初等的な代数計算によって導出します。
シリーズ: ホップファイブレーション
量子ビットの状態ベクトル(スピノル)やブロッホ球の幾何学において、複素2次元ベクトルから3次元空間の2次元球面への射影は基本構造をなしています。しかし、この写像(ホップ写像)の定義式は一見すると天下り的であり、なぜ特定の2次の組み合わせによって球面の方程式が過不足なく満たされるのかという代数的な理由が見えにくくなっています。
本記事では、絶対値の2乗和が1に正規化された複素数のペア$(z_0, z_1)$が3次元球面$S^3$をなすことを見た上で、全体の位相回転を無視するという同値関係を要請します。位相不変な2次の組み合わせを座標の候補として選び、極の対応と単位球面の条件から係数を定めることで、ホップ写像の座標式を構成します。さらに、代表元を用いた計算を通じて、この写像が球面全体を覆うことと、同じ点に写るペアが全体位相だけ異なることを確かめます。
複素数の基本演算およびオイラーの公式($e^{iθ} = \cosθ + i\sinθ$)を前提知識とします。本記事では初等的な代数計算による写像の導出に焦点を絞り、四元数を用いた回転の定式化やファイバー束のトポロジーの詳細、量子力学の測定理論は扱いません。
複素数のペア$(z_0, z_1)$があり、その絶対値の2乗和が1になるように正規化されているとします。
$$ |z_0|^2 + |z_1|^2 = 1 $$
これは4次元空間(複素数は実数2つ分なので$2+2=4$次元)の中にある3次元球面の方程式です。
複素数$z_0, z_1$を極形式(絶対値と偏角)で表します。本記事では$α,β$を偏角に用います。$|z_0|^2 + |z_1|^2 = 1$なので、絶対値を$\cosθ,\ \sinθ$とおくことができます($0 \le θ \le π/2$)。
$$ \begin{pmatrix}z_0 \\ z_1\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}e^{iα} \cosθ \\ e^{iβ} \sinθ\end{pmatrix} $$
$\cosθ,\ \sinθ$の割り当てには任意性がありますが、本記事ではパウリ行列によって構成される標準的なブロッホ球面の定義に準拠しています。7shi-h
複素数のペアは実数で4自由度を持ちますが、正規化条件$|z_0|^2+|z_1|^2=1$によって自由度は3になります。3次元空間内の2次元球面に写すには、さらに自由度を1つ減らす必要があります。
そのために、この複素数のペアに対して「全体を回転させても同じとみなす」というルールを導入します。複素数の掛け算における回転とは、絶対値が1の複素数$e^{iω}$を掛けることです。ペアの両方の成分に同じ$e^{iω}$を掛けるとき、この位相を全体位相と呼びます。
正規化された複素数のペア$(z_0,z_1),\ (w_0,w_1)$について、ある実数$ω$が存在して次の式が成り立つとき、$(z_0,z_1)\sim(w_0,w_1)$と定める。
$$
\begin{pmatrix} w_0 \\ w_1 \end{pmatrix}
= e^{iω} \begin{pmatrix} z_0 \\ z_1 \end{pmatrix}
= \begin{pmatrix} e^{iω}z_0 \\ e^{iω}z_1 \end{pmatrix}
$$
$ω=0$を取れば自分自身と、$-ω$を取れば逆向きに、2つの位相の和を取れば続けて同一視されるため、反射律・対称律・推移律が成り立ち、$\sim$は同値関係になります。互いに同値な元の集まりを同値類と呼びます。
これは、2つの数の比$z_0 : z_1$だけに注目し、全体にかかる係数を無視することに相当します。ここでの比は、一方が0でも扱える$z_0:z_1$の意味で、商$z_1/z_0$ではありません。比が等しいペアは複素数$λ$によって$(w_0,w_1)=λ(z_0,z_1)$と表せますが、両方が正規化されていれば、$λ$の絶対値は次のように1になります。
$$ 1=|w_0|^2+|w_1|^2=|λ|^2(|z_0|^2+|z_1|^2)=|λ|^2 $$
したがって$λ=e^{iω}$の形に限られ、比による同一視は全体位相による同一視と一致します。
$(z_0,z_1)$と$e^{iω}(z_0,z_1)$を同一の点とみなすと決めた以上、これから作る3次元の座標$(x,y,z)$も、位相$ω$の取り方に依らない値でなければなりません。すなわち$(x,y,z)$は、位相の回転$z_0 \to e^{iω}z_0,\ z_1 \to e^{iω}z_1$に対して不変な、$z_0, z_1$の実数値の組である必要があります。
まず$|z_0|^2, |z_1|^2$は$|e^{iω}z_j|=|z_j|$より自明に不変です。
次に、$z_0$と$z_1$を混ぜた項を考えます。位相回転$z_0 \to e^{iω}z_0$の複素共役を取ると$z_0^* \to e^{-iω}z_0^*$となり、位相の回転方向が逆になります。したがって$z_0$の代わりに$z_0^*$を使って$z_1$と掛け合わせれば、$e^{-iω}$と$e^{iω}$が打ち消し合うはずです。実際に確認すると
$$ z_0^*z_1 \to (e^{-iω}z_0^*)(e^{iω}z_1) = z_0^*z_1 $$
となり、$z_0^*z_1$自体は複素数のままですが、位相$ω$には依存しません。したがって、その実部・虚部
$$ \mathrm{Re}(z_0^*z_1), \quad \mathrm{Im}(z_0^*z_1) $$
も位相不変な実数です。ここで2次の組み合わせとは、$z_0,z_1$とその共役$z_0^*,z_1^*$から2つを掛けた式のことです。共役を含まない$z_jz_k$には$e^{2iω}$、共役どうしの$z_j^*z_k^*$には$e^{-2iω}$が掛かるため不変ではなく、不変なのは$z_j^*z_k$の形に限られます。$z_1^*z_0=(z_0^*z_1)^*$なので、位相不変な実数値の2次の組み合わせは、次の4つの実数係数の線形結合で尽くされます。
$$ |z_0|^2,\quad |z_1|^2,\quad \mathrm{Re}(z_0^*z_1),\quad \mathrm{Im}(z_0^*z_1) $$
正規化条件$|z_0|^2+|z_1|^2=1$により、最初の2つは独立ではなく、一方が決まれば他方も決まります。また、残る2つとの間にも次の関係があり、これが後で球面の方程式になります。
$$ \mathrm{Re}(z_0^*z_1)^2+\mathrm{Im}(z_0^*z_1)^2=|z_0^*z_1|^2=|z_0|^2|z_1|^2 $$
$|z_0|^2, |z_1|^2$から作られる不変量は本質的に1つのため、$z$座標は、最も単純な選択としてその線形結合で定めます。$|z_0|^2=1$を北極$z=1$に、$|z_1|^2=1$を南極$z=-1$に対応させることにします。
$$ \text{北極:}\begin{pmatrix}1 \\ 0\end{pmatrix},\quad\text{南極:}\begin{pmatrix}0 \\ 1\end{pmatrix} $$
求める式は次の形です。
$$
z=a|z_0|^2+b|z_1|^2
$$
両端の条件
$$
a \cdot 1 + b \cdot 0 = 1, \quad
a \cdot 0 + b \cdot 1 = -1
$$
より、$a=1,\ b=-1$と定まり、次の式が得られます。
$$ z = |z_0|^2-|z_1|^2 $$
残る$\mathrm{Re}(z_0^*z_1), \mathrm{Im}(z_0^*z_1)$を$x, y$としてそのまま採用すると、単位球面$x^2+y^2+z^2=1$の上に乗らなくなってしまいます。そこで$x = c\,\mathrm{Re}(z_0^*z_1),\ y = c\,\mathrm{Im}(z_0^*z_1)$と定数倍$c$を残しておき、単位球面に載るという要請から$c$を求めます。
$$ \begin{aligned} x^2+y^2+z^2 &= c^2\left(\mathrm{Re}(z_0^*z_1)^2+\mathrm{Im}(z_0^*z_1)^2\right) + (|z_0|^2-|z_1|^2)^2 \\ &= c^2|z_0^*z_1|^2 + (|z_0|^2-|z_1|^2)^2 \\ &= c^2|z_0|^2|z_1|^2 + |z_0|^4 - 2|z_0|^2|z_1|^2 + |z_1|^4 \\ &= |z_0|^4 + (c^2-2)|z_0|^2|z_1|^2 + |z_1|^4 \end{aligned} $$
これが$1$に一致するには、$|z_0|^2|z_1|^2$の係数について$c^2-2=2$、すなわち$c=\pm 2$である必要があります。符号は$x,y$の向きを決める慣習の問題なので、正の$c=2$を採用します。
$$ x^2+y^2+z^2 = |z_0|^4 + 2|z_0|^2|z_1|^2 + |z_1|^4 = (|z_0|^2 + |z_1|^2)^2 = 1 $$
こうして、単位球面に載ることが保証された座標として次の定義が得られます。
$$ \begin{pmatrix}x \\ y \\ z\end{pmatrix} := \begin{pmatrix} 2\,\mathrm{Re}(z_0^*z_1) \\ 2\,\mathrm{Im}(z_0^*z_1) \\ |z_0|^2 - |z_1|^2 \end{pmatrix} $$
この定義は代表元を選ぶ以前の、一般の$(z_0,z_1)$に対して成り立っています。したがって$(x,y,z)$は、位相の選び方とは無関係に、同値類ごとに一意に定まる座標です。
$z_0^*z_1$のように、$z_0,z_1$のペアから片方だけを共役にして掛け合わせた式は、$z_1$については線形(1次)ですが、$z_0$については複素共役を取っているため、厳密には線形ではありません。複素共役は$\mathbb C$上では線形写像ではなく、共役線形(conjugate-linear)写像だからです。実ベクトル空間の写像として見れば線形です。wiki-antilinear
したがって数学的に正確な呼び方は「双線形形式(bilinear form)」ではなく、半双線形形式(sesquilinear form)、すなわち複素内積$\langle z_0, z_1\rangle$と同じ構造です。ただし物理では、状態とその共役から作るこの種の2次式を、慣用的に「双線形」と呼ぶ場合もあります。本記事では、この区別を踏まえて「2次の組み合わせ」と表記しています。
$(x,y,z)$が実際に球面全体をどう覆うかを見るため、代表元を使って具体的に計算します。
同値と見なされる無数のペアの中から、代表となる1つを選び出します。$z_0\ne0$($θ\neπ/2$)のとき、第1成分$z_0 = e^{iα} \cosθ$の位相を打ち消すため、全体に$e^{-iα}$を掛けます。
$$ \begin{pmatrix} z_0 \\ z_1 \end{pmatrix} \sim e^{-iα} \begin{pmatrix} z_0 \\ z_1 \end{pmatrix} = e^{-iα} \begin{pmatrix} e^{iα} \cosθ \\ e^{iβ} \sinθ \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \cosθ \\ e^{i(β-α)} \sinθ \end{pmatrix} $$
$θ$の範囲を$0\le θ\le π/2$に選んだので、第1成分$\cosθ=|z_0|$はすでに非負の実数です。$ϕ = β-α$とおくと、代表元は次の形になります。
$$ \begin{pmatrix} z_0 \\ z_1 \end{pmatrix} \sim \begin{pmatrix} \cosθ \\ e^{iϕ} \sinθ \end{pmatrix} $$
第1成分を正の実数にするこの代表元は、$z_0\ne0$のペアに対して一意に定まります。$z_0=0$($θ=π/2$)では偏角$α$が定まらないためこの選び方はできませんが、このときペアは$(0,e^{iβ})$の形で、すべて$(0,1)$と同値です。そこで$θ=π/2$では$ϕ$を任意として、上の形に含めます。
先ほどの定義式に代入します。
$$ z_0^*z_1 = \cosθ \cdot e^{iϕ}\sinθ = \frac{1}{2}e^{iϕ}\sin 2θ $$
$$ \begin{pmatrix}x \\ y \\ z\end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \cosϕ \sin 2θ \\ \sinϕ \sin 2θ \\ \cos 2θ \end{pmatrix} $$
$θ$を固定して$ϕ$を$0\le ϕ<2π$の範囲で動かすと、高さ$z=\cos 2θ$、半径$\sin 2θ$の緯線全体を描きます。$θ$を$0$から$π/2$まで動かすと、高さ$\cos 2θ$は$1$から$-1$まで連続的に変化するので、北極($θ=0$)から南極($θ=π/2$)まで、両極を含む球面全体が覆われます。
$θ=0$(北極、$z_1=0$)と$θ=π/2$(南極、$z_0=0$)では、$ϕ$の値に関わらず$(x,y,z)$は同じ点になります。これは緯度・経度で地球上の点を表すとき、北極・南極で経度が意味を持たなくなるのと同じ、極座標一般に共通する見かけ上の特異点であり、写像がそこで壊れているわけではありません。
なお、$z_0=0$で代表元の選び方が定まらないことは、ペアから代表元を選ぶ側の事情であり、像の座標の縮退とは別のものです。元の成分から定義した$(x,y,z)$自体は、極でも問題なく定まります。
球面全体を覆うことに加え、異なる同値類が同じ点に写らないことも確かめます。
正規化された2つのペアが同じ点$(x,y,z)$に写ることと、全体位相だけ異なること($\sim$で同値であること)は同値である。
全体位相だけ異なれば同じ点に写ることは、$(x,y,z)$が位相不変な量から作られていることによる。逆を示す。
ペア$(z_0,z_1)$の像を$(x,y,z)$とする。$|z_0|^2+|z_1|^2=1$と$z=|z_0|^2-|z_1|^2$より$|z_0|^2=(1+z)/2$である。
$z>-1$のとき$z_0\ne0$なので、$(z_0,z_1)$と同値で第1成分が正の実数である代表元$(w_0,w_1)$が取れる。$w_0=\sqrt{(1+z)/2}$であり、$x+iy=2w_0^*w_1=2w_0w_1$より$w_1$は次のように定まる。
$$
w_1=\frac{x+iy}{2w_0}
$$
代表元は像だけから一意に復元されるので、同じ像を持つペアは同じ代表元と同値であり、互いに同値である。
$z=-1$のとき$|z_0|^2=0$なので、ペアは$(0,e^{iβ})$の形であり、すべて$(0,1)$と同値である。
これにより、$(x,y,z)$は同値類と球面上の点を1対1に対応させることが分かります。
こうして得られた$(x,y,z)$は、角度$θ,ϕ$を経由した表現ですが、もともとの定義は$z_0^*z_1$と$|z_0|^2-|z_1|^2$という、$z_0,z_1$そのものから作られる式でした。角度を経由せず、この形をそのまま最終的な変換式として採用します。
ここでの$θ$は球面の天頂角ではなく、$\sin 2θ,\cos 2θ$を経由してその半分の役割を果たしています。文献では天頂角を最初から角度の変数とし、複素数の側を半角にしておく書き方が一般的です。天頂角を$\vartheta=2θ$と書くと、次のようになります。
$$
\begin{pmatrix}z_0 \\ z_1\end{pmatrix}
= \begin{pmatrix}e^{iα} \cos\dfrac{\vartheta}{2} \\ e^{iβ} \sin\dfrac{\vartheta}{2}\end{pmatrix}
\sim \begin{pmatrix}\cos\dfrac{\vartheta}{2} \\ e^{iϕ} \sin\dfrac{\vartheta}{2}\end{pmatrix}
$$
スピノルから2次式でベクトルを作る関係と、この半角の表示から、複素数のペア(スピノル)は比喩的に球面上のベクトルの「平方根」と表現されることがあります。
まとめると、正規化された複素数のペア$(z_0, z_1)$から2次元球面上の点$(x,y,z)$への変換式は以下のようになります。
$$ \begin{pmatrix}x \\ y \\ z\end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 2\mathrm{Re}(z_0^* z_1) \\ 2\mathrm{Im}(z_0^* z_1) \\ |z_0|^2 - |z_1|^2 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} z_0^* z_1 + z_1^* z_0 \\ -i(z_0^* z_1 - z_1^* z_0) \\ z_0^* z_0 - z_1^* z_1 \end{pmatrix} $$
「全体の位相を無視する」という要請から位相不変な量を座標の候補として選び、極の対応と単位球面の条件から係数を定めることで、この式が得られました。
$z_0, z_1$の順序や符号は文献により多少異なりますが、本質的な構造は同じです。
また、$z_0=a+ib,\ z_1=c+id$を実2次元ベクトル$(a,b),\ (c,d)$とみなすと、$z_0^*z_1=(ac+bd)+i(ad-bc)$の実部は内積、虚部は外積の係数です。極形式では$z_0^*z_1=|z_0||z_1|e^{i(β-α)}$となり、絶対値の積とともに、個々の位相ではなく位相差$β-α$だけが反映されます。7shi-h
正規化された複素数のペア$(z_0,z_1)$は3次元球面$S^3$上の点であり、全体位相$e^{iω}$を同一視する同値関係により、実質的な自由度は2次元球面$S^2$分に落ちます。位相不変な量として$z_0^*z_1$の実部・虚部と$|z_0|^2-|z_1|^2$を座標の候補に選び、単位球面に載るよう係数を定めることでホップ写像の式が得られました。
$$ \begin{aligned} \begin{pmatrix}z_0 \\ z_1\end{pmatrix} &=\begin{pmatrix}e^{iα} \cosθ \\ e^{iβ} \sinθ\end{pmatrix} \sim \begin{pmatrix}\cosθ \\ e^{iϕ} \sinθ\end{pmatrix} \\ \begin{pmatrix}x \\ y \\ z\end{pmatrix} &=\begin{pmatrix} 2\mathrm{Re}(z_0^* z_1) \\ 2\mathrm{Im}(z_0^* z_1) \\ |z_0|^2 - |z_1|^2 \end{pmatrix} =\begin{pmatrix} \cosϕ \sin 2θ \\ \sinϕ \sin 2θ \\ \cos 2θ \end{pmatrix} \end{aligned} $$
代表元による具体的な計算では、この写像が球面全体を覆い、同じ点に写るペアは全体位相だけ異なることを確認しました。$z_0^*z_1$と$|z_0|^2-|z_1|^2$の組が、全体位相の自由度を消しつつ球面上の点を過不足なく指定しているという点に、この構成の本質があります。