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応用数学解説
文献あり

角運動量代数の表現と球面調和関数

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【はじめに】

  • 本記事は 角運動量の合成 の続きです
  • 本記事は実質 猪木慶治・川合光著「量子力学 I」Igi の第7章問題3の解答を詳しく解説したものであることを断っておきます

水素原子の波動関数の角度依存性

この記事 で角運動量演算子の表現に関して述べました。このような考察が具体的に役に立つ例を示します。

水素原子の電子の波動関数の角度依存性を求めることを考えます。その波動関数は以下のシュレーディンガー方程式で記述されます:
[22m2+V(r)]φ(x)=Eφ(x)
ここでV(r)はクーロンポテンシャルであり
V(r)=e24πϵ01r=αcr,   α:=e24πϵ0c
です。c,はそれぞれ光速とプランク定数/2πeは電子の電荷、ϵ0は真空の誘電率、αは微細構造定数と呼ばれおよそ1/137です。
ラプラシアンを極座標表示すれば
2=1r2r2r+1r2sinθθ(sinθθ)+1r2sin2θ2φ2
となります。よってシュレーディンガー方程式(Hφ=Eφ)は
22m{1r2r2r+1r2sinθθ(sinθθ)+1r2sin2θ2φ2}φ(r,θ,φ)+V(r)φ(r,θ,φ)=Eφ(r,θ,φ)
となります。これは変数分離形なのでφ(x)=R(r)Θ(θ)Φ(φ)とすると
{1rd2dr2(rR)+{2m2(EV(r))λr2}R=0d2Φdφ2+m2Φ(φ)=01sinθddθ(sinθdΘ(θ)dθ)+(λm2sin2θ)Θ(θ)=0
が成立します。λ,mは変数分離をする際の定数です。角度依存する関数Φ,Rに関して、Φeimφの形になることがすぐわかります。一方Θはそれほど簡単に求まりません。またλ,mは特定の値しかとれませんが、どのような値が可能かを調べるのも非自明です。

一方、前々回の記事で行った角運動量代数の表現論を用いれば、Θ(θ)およびλ,mの取りうる値に関する議論を系統的に行うことができます。以下これを見ていきます。

球面調和関数

j^2,j^3の同時固有状態|j,mを具体的に極座標表示で求めます。

まず この記事 より、可能なjはゼロ以上の整数であり、そのjに対して可能なm
m=j,j1,j2,,j+1,j
の計2j+1コです。|j,mの状態を構成するには、与えられたjに対して最もmの大きい状態|j,jを極座標表示で求め、これにj^を作用させてmを1ずつ下げていけばよいです。

最初にj^3, j^±を極座標で表します。

j^±=j^1±ij^2=e±iφ(±θ+icotθφ),{j^1=isinφθ+icotθcosφφj^2=icosφθ+icotθsinφφj^3=iφj^2=2θ2cotθθ1sin2θ2φ2

空間微分を極座標で表すと
{x=sinθcosφr+cosθcosφrθsinφrsinθφy=sinθsinφr+cosθsinφrθ+cosφrsinθφz=cosθrsinθrθ
である。これを用いて計算すれば公式1を得る

以下公式1を用いて|j,mを構成していきます。ちなみにふつうj^j等は習慣としてl^,l等と書くことに注意してください。本記事では以前の記事との整合性によりj^,jを用います。

|j,jの極座標表示

|j,jの極座標表示は公式1で極座標表示された演算子の|j,jへの作用
(1)j^+|j,j=0,(2)j^3|j,j=j|j,j
から定まります。

いま上記の性質を満たす関数を
Yjj(θ,φ):=Φj(φ)Θj(θ)
のように変数分離して表します。j^3=i/φおよびEq.(2)より
iφΦj(φ)=jΦj(φ)Φj(φ)=eijφ
となります。よって
(3)Yjj(θ,φ)=eijφΘj(θ)
です。

【注】

表現論的な観点からは、j^±等の演算子を以下のように具体的な表示をとることで"行列"とするのが正しい手続きなのだと思います。

|θ,φを極座標の角度部分の基底とします。
j^3|j,j=j|j,j
の左辺のj^3|j,jの間に完全系dθdφ|θ,φθ,φ|を挟み、かつ両辺に左からθ,φ|をかけると
dθdφθ,φ|j^3|θ,φθ,φ|j,j=jθ,φ|j,j
を得ます。θ,φ|j^3|θ,φ=δ(θθ)δ(φφ)(i/φ)θ,φ|j,j=Yjj(θ,φ)として積分を実行すれば
iφYjj(θ,φ)=jYjj(θ,φ)
となります。θ,φ|j^3|θ,φのように演算子を状態で挟んだものを「行列要素(matrix element)」と呼びます。


つぎにEq.(1)にEq.(3)を代入すると
(θlcotθ)Θj(θ)=0
になります。これは簡単に積分できて、積分定数をNlとすると
Θj(θ)=Nj(sinθ)j
を得ます。Njを決めるため、|Yjj(θ,φ)|2を半径1の球面上で積分して1になる条件
dΩ|Yjj(θ,φ)|2=1
を課します。これより
Nj2=(2π0πdθ(sinθ)2j+1)1
を得ます。部分積分により
0πsinnθ=n1n0π(sinθ)n2dθ
が成立するので、これをくりかえし用いることにより
0π(sinθ)2j+1dθ=(2j)!!(2l+1)!!×2
となります。最終的な表式の都合上、Njの符号を(1)jに選べば
Nj=(1)j2jj!(2j+1)!4π
を得ます。

これで|j,jに対応する、θ,φで表示された状態が

Yjj(θ,φ)=Njeijφ(sinθ)j,   Nj=(1)j2jj!(2j+1)!4π

となることがわかりました。「公式1」にあるj^2の極座標表示をYjjに作用させると
j^2Yjj=j(j+1)Yjj
となることはちょっと計算すれば確認できます。

|j,m   (m=j,j1,,j)の極座標表示

つぎにYjj(θ,φ)j^を作用させることでYjm(θ,φ), m=j,j1,,jを求めます。ここで
j^|j,m=j(j+1)m(m1)|j,m1
です。よってYjjj^kを作用させると
(j^)kYjj(θ,φ)=j(j+1)(jk+1)(jk)j(j+1)(jk+2)(jk+1)×j(j+1)j(j1)Yjjk(θ,φ)
になります。m:=jkとすれば
Yjm(θ,φ)=1j(j+1)(m+1)m1j(j+1)(m+2)(m+1)12j(j^)jmYjj(θ,φ)=k=0jm11(2jk)(1+k)(j^)jmYll(θ,φ)=(j+m)!(2j)!(jm)!(j^)jmYjj(θ,φ)
を得ます。これを計算するには次の公式が便利です:

(4)(j^)k(eimφf(θ))=(1)kei(mk)φ1(sinθ)mk(1sinθθ)k((sinθ)mf(θ))
ここでf(θ)θに依存する任意関数。


公式2の証明はここをクリック

帰納法で示す。
あるkでこの式が成立したとする。k+1のとき
(j^)k+1(eimφf(θ))=j^{(1)kei(mk)φ1(sinθ)mk(1sinθθ)k((sinθ)mf(θ))}
j^=eiφ(/θ+cotθ/φ)を代入すると
=(1)k+1ei(m(k+1))φ[θ{1(sinθ)mk(1sinθθ)k((sinθ)mf(θ))}(A)+(mk)cotθ{1(sinθ)mk(1sinθθ)k((sinθ)mf(θ))}]
ここで上の式の大括弧内の初項は
θ{1(sinθ)mk(1sinθθ)k((sinθ)mf(θ))}=(mk)cotθ(sinθ)mk(1sinθθ)k((sinθ)mf(θ))+1(sinθ)m(k+1)(1sinθθ)k+1((sinθ)mf(θ))
だが、この第1項とEq.(A)の大括弧の中の第2項は打ち消し合う。以上からあるkで公式2が成立すれば
(j^)k+1(eimφf(θ))=(1)k+1ei(m(k+1))φ1(sinθ)m(k+1)(1sinθθ)k+1((sinθ)mf(θ))
となってk+1でも成立する。

k=1のとき
j^(eimφf(θ))=ei(m1)φ1(sinθ)mθ((sinθ)mf(θ))
である。左辺は
j^(eimφf(θ))=ei(m1)φ(θ+mcotθ)f(θ)
右辺は
ei(m1)φ1(sinθ)mθ((sinθ)mf(θ)))=ei(m1)φ(mcotθf(θ)+fθ)
で等しい。

以上から公式2が成立する



Eq.(4)においてmj,k=jm,f(θ)=(j+m)!(2j)!(jm)!Θj(θ)=(j+m)!(2j)!(jm)!Nj(sinθ)jとすると、左辺はYjm(θ,φ)になります。一方右辺は
(右辺)=eimφ×(1)m12jj!14π(2j+1)(j+m)!(jm)!1(sinθ)m(1sinθθ)jm(sinθ)2j
以上から|j,m   (m=j,j1,,j)の極座標表示は以下のようになります(球面調和関数と呼ばれます):

球面調和関数

Yjm(θ,φ)=eimφΘjm(θ),Θjm(θ):=(1)m12jj!14π(2j+1)(j+m)!(jm)!1(sinθ)m(1sinθθ)jm(sinθ)2j
ここでjはゼロ以上の整数であり、mj,j1,,j+1,jを取りうる。

まとめ

本記事では、角運動量の大きさおよび角運動量の第3成分の固有値がそれぞれj,mである状態|j,mの極座標における表示を具体的に求めました。

最初の章「水素原子の波動関数の角度依存性」に現れた変数分離の変数λ,mはそれぞれ、j^2の固有値j(j+1)および角運動量の第3成分の固有値mに対応します。それらの取りうる可能な値は角運動量が満たす代数関係で決定されます。またΦ(φ),Θ(θ)
j^+|j,j=0 ,j^3|j,j=j|j,j
の2つの関係式から|j,jを求め、これをj^で下げていくという系統的な方法で求めることができました。ちなみに水素原子の状態を表す際に用いられるs,p,d,f,g,等の記号はj=0,1,2,3,4,に対応します。

このように水素原子のような具体的な物理系を調べる際にも代数の表現論が重要です。表現論は物理学において見通しのよい議論を与えます。

おしまい。

参考文献

[1]
猪木 慶治, 川合 光, 量子力学 I, 講談社サイエンティフィック, 1994
投稿日:2024616
更新日:2024629
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bisaitama
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  1. 水素原子の波動関数の角度依存性
  2. 球面調和関数
  3. |j,jの極座標表示
  4. |j,m   (m=j,j1,,j)の極座標表示
  5. まとめ
  6. 参考文献