非結合的な八元数の左作用を行列表現として取り出すことで現れる実クリフォード代数$\operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R)$の構造と、スピノル射影および積の復元関係を整理します。
八元数は結合法則を満たさない非結合代数ですが、ベクトル空間としての八元数に左から元を掛ける線形作用(左作用)を行列として表現すると、結合代数である行列環の中で扱えます。本記事では、八元数の基本事項を前提として、左作用のなす符号付き置換行列からクリフォード代数$\operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R) \cong M_8(\mathbb R)$が生成される仕組み、体積要素(擬スカラー)としての第7の虚数単位、右作用やスピノルの記述、および射影行列を通じた八元数乗法の復元構造を解説します。7shi-oct1
左作用のクリフォード関係、体積要素の関係、64個の単項式の直交性と同型、左作用の復元式は証明します。右作用と射影行列の具体的な展開は、係数計算の結果として示します。群論($G_2$やスピン群)の詳細には踏み込まず、作用が形成する線形代数的な構造の整理に焦点を当てます。
正の三つ組を
$$
123,\ 145,\ 176,\ 246,\ 257,\ 347,\ 365
$$
とする八元数代数$\mathbb O$を考えます。基底を$1,e_1,\dots,e_7$とし、$e_0=1$とも書きます。八元数$x$による左作用・右作用を
$$
L_x(z)=xz,\quad R_x(z)=zx
$$
と書き、基底については$L_i=L_{e_i},\ R_i=R_{e_i}\ (i=0,\dots,7)$と略記します。$L_0=R_0=I$です。$x=x_0+\sum_{i=1}^7x_ie_i$に対しては、積の双線形性から$L_x=x_0I+\sum_{i=1}^7x_iL_i$となります。
八元数のノルムは乗法性$|xy| = |x||y|$を持つため、長さ$1$の基底$e_i$を左から掛ける操作は、$\mathbb R^8$の長さや角度を保つ直交変換になります。具体的に各基底の行き先を見ると、結果は必ず$\pm e_j$の形になります。これは、基底$\{1, e_1, \dots, e_7\}$を並べ替えつつ符号を変化させる操作です。したがって、この作用を行列で表すと、各行および各列に$\pm 1$が1つだけあり、残りがすべて$0$となる$8 \times 8$の直交行列(符号付き置換行列)になります。hasebetian
例として、正の三つ組($123, 145, 176, \dots$)に基づき、$e_1$による左作用$L_1$がどのように働くかを見てみましょう。基底の順序を$(1, e_1, \dots, e_7)$とし、八元数をその実係数の列ベクトルで表します。それぞれの基底に$e_1$を左から掛けると、次のようになります。
$$ \begin{aligned} &e_1 \times 1 = e_1 \\ &e_1 \times e_1 = -1 \\ &e_1 \times e_2 = e_3,&& e_1 \times e_3 = -e_2 &&(123\text{の組より}) \\ &e_1 \times e_4 = e_5,&& e_1 \times e_5 = -e_4 &&(145\text{の組より}) \\ &e_1 \times e_6 = -e_7,&& e_1 \times e_7 = e_6 &&(176\text{の組より}) \\ \end{aligned} $$
すべての基底が、符号を除いて別の基底へと1対1で移されます。$e_j$に$e_1$を掛けた結果の成分を第$j+1$列に並べると、$L_1$は次の行列になります。行は上から$1,e_1,\dots,e_7$の成分です。
$$ L_1= \begin{pmatrix} 0 & -1 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 \\ 1 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & -1 & 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & -1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 & 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & 1 \\ 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & 0 & -1 & 0 \end{pmatrix} $$
例えば左から3列目($e_2$に$e_1$を掛けた列)を見ると、上から4番目($e_3$の位置)だけが$1$になっています。各行・各列の1箇所にだけ$\pm 1$が現れる符号付き置換行列になっていることが確認できます。
このような行列表現の視点に立つと、左作用$L_1,\dots,L_7$は$\mathbb O \cong \mathbb R^8$上の直交変換であり、次の関係を満たします。
$$ L_i^2=-I,\quad L_iL_j=-L_jL_i\quad(i\ne j) $$
純虚八元数$u$と任意の八元数$z$について、交代性より$u(uz)=(uu)z=-|u|^2z$である。したがって$L_u^2=-|u|^2I$であり、$u=e_i$とすれば$L_i^2=-I$を得る。$i\ne j$のとき$u=e_i+e_j$とすると、$|u|^2=2$かつ$L_u=L_i+L_j$なので、次のようになる。
$$
-2I=(L_i+L_j)^2=L_i^2+L_j^2+L_iL_j+L_jL_i=-2I+L_iL_j+L_jL_i
$$
よって$L_iL_j+L_jL_i=0$である。
一方、左作用の積は八元数の積と一致しません。
$e_1e_2=e_3$ですが、$L_1L_2\ne L_3$です。一般に、異なる$i,j$について$L_iL_j$はどの八元数の左作用とも一致しません。これは八元数の非結合性によります。ただし、交代性による$L_xL_x=L_{x^2}$のように、一致する場合もあります。
prop-cliffより、$L_1,\dots,L_7$は7個の生成元によるクリフォード代数$\operatorname{Cl}_{0,7}(\mathbb R)$の生成関係を満たすので、その行列表現を定めます。抽象的な$\operatorname{Cl}_{0,7}(\mathbb R)$の次元は、重複のない積の組み合わせの総数として二項係数を用いて
$$
\sum_{i=0}^7 \binom{7}{i} = 2^7 = 128
$$
と数えられます。しかし、表現先の$8 \times 8$実行列全体$M_8(\mathbb R)$の次元は$8 \times 8 = 64$しかありません。したがって、この表現は忠実ではなく、単項式の像のあいだには追加の関係があります。なお、$L_1,\dots,L_7$という7個の行列自体は線形独立です。単位元$1$に作用させた像$e_1,\dots,e_7$が線形独立だからです。
追加の関係は、次の命題で与えられます。
$$ L_7L_6L_5L_4L_3L_2L_1=I $$
$W=L_7L_6\cdots L_1$とおく。prop-cliffより、$L_i$を$W$の左から右へ移すと、自身と異なる6個の因子との反交換で符号は$(-1)^6=1$倍となり、自身とは可換なので、$L_iW=WL_i$である。また、三つ組から次のように計算できる。
$$
e_2e_1=-e_3,\quad e_3(-e_3)=1,\quad e_4\cdot1=e_4,\quad e_5e_4=-e_1,\quad e_6(-e_1)=-e_7,\quad e_7(-e_7)=1
$$
したがって$W(1)=1$である。各$i$について$W(e_i)=WL_i(1)=L_iW(1)=e_i$なので、$W=I$である。
すべての基底の和$o_0 = 1 + e_1 + e_2 + e_3 + e_4 + e_5 + e_6 + e_7$に対して、$e_1$から順に左乗算を適用していくと、次のようになる。
$$ \begin{aligned} o_1 &= e_1 o_0 = -1 + e_1 - e_2 + e_3 - e_4 + e_5 + e_6 - e_7 \\ o_2 &= e_2 o_1 = 1 + e_1 - e_2 - e_3 - e_4 + e_5 - e_6 + e_7 \\ o_3 &= e_3 o_2 = 1 + e_1 + e_2 + e_3 - e_4 - e_5 - e_6 - e_7 \\ o_4 &= e_4 o_3 = 1 - e_1 - e_2 - e_3 + e_4 - e_5 - e_6 - e_7 \\ o_5 &= e_5 o_4 = 1 - e_1 - e_2 + e_3 - e_4 + e_5 - e_6 + e_7 \\ o_6 &= e_6 o_5 = 1 - e_1 + e_2 + e_3 - e_4 - e_5 + e_6 - e_7 \\ o_7 &= e_7 o_6 = 1 + e_1 + e_2 + e_3 + e_4 + e_5 + e_6 + e_7 = o_0 \end{aligned} $$
7回掛け合わせると、符号が巡って元に戻る。これはprop-volと整合する。
ここから逆順の積$L_1L_2L_3L_4L_5L_6L_7$を求めるために、prop-volの両辺に右から$L_1, L_2, \dots$を順に掛けて右辺へ移していく操作を行います。$L_i^2 = -I$であるため、掛けるたびに左辺の符号が反転することに注意してください。
$$ \begin{aligned} L_7L_6L_5L_4L_3L_2L_1 &= I \\ -L_7L_6L_5L_4L_3L_2 &= L_1 &&(\text{右から } L_1 \text{ を掛ける}) \\ L_7L_6L_5L_4L_3 &= L_1L_2 &&(\text{右から } L_2 \text{ を掛ける}) \\ -L_7L_6L_5L_4 &= L_1L_2L_3 &&(\text{右から } L_3 \text{ を掛ける}) \\ L_7L_6L_5 &= L_1L_2L_3L_4 &&(\text{右から } L_4 \text{ を掛ける}) \\ -L_7L_6 &= L_1L_2L_3L_4L_5 &&(\text{右から } L_5 \text{ を掛ける}) \\ L_7 &= L_1L_2L_3L_4L_5L_6 &&(\text{右から } L_6 \text{ を掛ける}) \\ -I &= L_1L_2L_3L_4L_5L_6L_7 &&(\text{右から } L_7 \text{ を掛ける}) \end{aligned} $$
この変形の6段階目で、
$$
L_7=L_1L_2L_3L_4L_5L_6
$$
が導かれます。したがって$L_1,\dots,L_6$の6つをクリフォード代数の生成元として選べば、$L_7$はそれらの積として表されます。
どれを生成元として選択するかには任意性があります。
$L_1,\dots,L_6$から選んだ添字集合$S=\{i_1<\cdots< i_r\}$に対して、単項式$B_S=L_{i_1}\cdots L_{i_r}$を考えます($B_\varnothing=I$)。$r=|S|$を単項式の次数と呼びます。$S$の選び方は
$$
\sum_{r=0}^6 \binom{6}{r} = 2^6 = 64
$$
通りです。これらが$M_8(\mathbb R)$の基底をなすことを示すために、トレースを調べます。
$S\ne\varnothing$なら、$B_SC=-CB_S$を満たす$C\in\{L_1,\dots,L_6\}$が存在する。
$L_j$を$B_S$の左から右へ移すとき、$j\notin S$なら$r$個の因子すべてと反交換するので符号は$(-1)^r$倍、$j\in S$なら自身とは可換で残る$r-1$個と反交換するので$(-1)^{r-1}$倍となる。$r$が偶数なら$j\in S$を選べば反交換する。$r$が奇数なら$r\le5$なので$j\notin S$を選ぶことができ、反交換する。
$S\ne\varnothing$なら$\operatorname{Tr}(B_S)=0$である。
lem-antiの$C$は$C^2=-I$より可逆であり、$B_S=-CB_SC^{-1}$である。行列の積の順序を循環させてもトレースが変わらないトレースの巡回性$\operatorname{Tr}(XY)=\operatorname{Tr}(YX)$を用いると、次のようになる。
$$
\operatorname{Tr}(B_S) = -\operatorname{Tr}(C B_S C^{-1}) = -\operatorname{Tr}(C^{-1} C B_S) = -\operatorname{Tr}(B_S)
$$
よって$\operatorname{Tr}(B_S)=0$である。
次に転置を調べます。各生成元$L_i$は直交行列で$L_i^2=-I$なので、$L_i^T=L_i^{-1}=-L_i$を満たす反対称行列です。行列の積の転置は順序が逆転するので、次数$r$の単項式の転置は次のようになります。
$$
B_S^T=(L_{i_1} L_{i_2} \dots L_{i_r})^T = L_{i_r}^T \dots L_{i_2}^T L_{i_1}^T = (-1)^r L_{i_r} \dots L_{i_2} L_{i_1}
$$
これはクリフォード代数の共役を与える操作に対応します。また、$B_SB_S^T$は内側から順に$L_{i_m} L_{i_m}^T = I$として相殺されるので$B_SB_S^T=I$、すなわち$B_S^T = B_S^{-1}$です。
転置が逆行列となる関係は、係数を持たない単項式(直交行列)だからこそ成り立つ性質であり、一般の線形結合では成り立ちません。
$$ \operatorname{Tr}(B_S^TB_T)=8\delta_{ST} $$
$S=T$なら$B_S^TB_S=I$よりトレースは$8$である。$S\ne T$なら、$B_S^TB_T$は反交換関係で並べ替えて$L_i^2=-I$で約すと、符号を除いて対称差$S\triangle T\ne\varnothing$に対応する単項式$B_{S\triangle T}$に等しい。prop-traceよりそのトレースは$0$である。
prop-cliffより、$L_1,\dots,L_6$は実クリフォード代数$\operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R)$の生成関係を満たします。したがって、生成元をそれぞれ$L_1,\dots,L_6$に送る代数準同型$\rho:\operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R)\to M_8(\mathbb R)$が定まります。
$\rho$は同型であり、$\operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R)\cong M_8(\mathbb R)$である。64個の単項式$B_S$は$M_8(\mathbb R)$の基底をなす。
$\operatorname{Tr}(X^TY)$は$M_8(\mathbb R)$の内積である。prop-orthより、64個の$B_S$はこの内積について互いに直交し、零でないので線形独立である。$\dim M_8(\mathbb R)=64$なので、これらは基底をなす。$\operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R)$の単項式からなる基底の64個の元はそれぞれ$B_S$に移るので、$\rho$は基底を基底に移す線形写像であり、同型である。
このとき
$$
\omega:=L_1L_2L_3L_4L_5L_6
$$
は体積要素であり、prop-volから導いた関係式より$\omega=L_7$となります。つまり八元数の7番目の虚数単位は、新しい生成元ではなく、$\operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R)$の擬スカラーとして現れています。
thm-isoより、任意の$A\in M_8(\mathbb R)$は$A=\sum_Sc_SB_S$と一意に書けます。prop-traceより$\operatorname{Tr}(A)=8c_\varnothing$なので、行列のトレースは、クリフォード代数の言葉ではスカラー成分の抽出(の8倍)にあたります。
一般の係数も同様に取り出せます。行列$A$に、抽出したい単項式の逆元$B_S^{-1}$(すなわち転置$B_S^T$)を左から掛けます。
$$
B_S^T A = c_S (B_S^{-1} B_S) + \sum_{T \neq S} c_T (B_S^{-1} B_T)
$$
すると、目的の項だけが$c_S I$となります。それ以外の項は非スカラーの単項式の符号倍になるため、トレースをとるとprop-traceより消えます。
$$ c_S = \frac{1}{8} \operatorname{Tr}(B_S^T A) $$
この式に現れる$\operatorname{Tr}(B_S^T A)$はフロベニウス内積と呼ばれ、$\langle B_S, A \rangle$と表記されます。
フロベニウス内積は、行列を1列のベクトルに変形して内積を計算したものに相当します。
thm-isoより$8 \times 8$行列の空間全体が64個の単項式で張られる以上、各右作用$R_i$も左作用の積の線形結合として表されます。係数の抽出の公式で具体的に係数を計算し、$L_7=L_1\cdots L_6$を用いて整理すると、次の対称的な形になります。
$$ \begin{aligned} R_1 &= \frac{1}{2} ( -L_1 + L_2 L_3 + L_4 L_5 + L_7 L_6 ), \\ R_2 &= \frac{1}{2} ( -L_2 + L_3 L_1 + L_4 L_6 + L_5 L_7 ), \\ R_3 &= \frac{1}{2} ( -L_3 + L_1 L_2 + L_6 L_5 + L_4 L_7 ), \\ R_4 &= \frac{1}{2} ( -L_4 + L_5 L_1 + L_6 L_2 + L_7 L_3 ), \\ R_5 &= \frac{1}{2} ( -L_5 + L_1 L_4 + L_7 L_2 + L_3 L_6 ), \\ R_6 &= \frac{1}{2} ( -L_6 + L_1 L_7 + L_2 L_4 + L_5 L_3 ), \\ R_7 &= \frac{1}{2} ( -L_7 + L_6 L_1 + L_2 L_5 + L_3 L_4 ). \end{aligned} $$
ここで各$R_i$の後半3項は、三つ組を循環させて$e_ae_b=e_i$と読んだ3組$(a,b)$にちょうど対応しています。たとえば
$$
e_2e_3=e_1,\quad e_4e_5=e_1,\quad e_7e_6=e_1
$$
に対応して
$$
R_1=\frac12(-L_1+L_2L_3+L_4L_5+L_7L_6)
$$
となります。
したがって右作用は独立な新要素ではなく、自身の左作用の符号を反転したものと、ファノ平面上で自身を作る3つの対の左作用の積とを加え、$\frac12$を掛けた線形結合として記述できます。
クリフォード代数を演算子と見なしたとき、それが作用する加群の元をスピノルと呼ぶことがあります。本記事では、$M_8(\mathbb R)$の自然な実8次元既約加群$\mathbb R^8$の元をスピノルと呼びます。八元数の左作用から生成した行列をクリフォード代数とすれば、スピノルは八元数のベクトル表現に対応します。
クリフォード代数(行列)とスピノル(ベクトル)は形状が異なる別の数学的対象ですが、これらを統一的に扱うために「スピノルをクリフォード代数自身の内部に埋め込んで表現したい」という動機が生じます。
これを行列の言葉で実現する方法が、「第1列以外がすべて0であるような行列」を考えることです。これにより、8次元の列ベクトルを$8 \times 8$行列に埋め込んで、同一視することができます。この特殊な行列の集合に左からどのような行列を掛けても、結果の行列はやはり第1列以外が0のまま保たれます。つまり、この集合は左からの行列の掛け算に対して閉じており、左イデアルと呼ばれます。
左作用$L_x$の第1列は$x\cdot1=x$のベクトル表現です。特に$L_i$の第1列は、基底$e_i$のベクトル表現と一致しています。したがって、$L_x$の第1列以外をすべて$0$にすれば、スピノルと見なすことができます。
この操作を実現するために、
$$
P=\operatorname{diag}(1,0,0,0,0,0,0,0)
$$
という射影行列を導入します。任意の行列に右から$P$を掛けると、第1列だけが残り他の列はすべてゼロになります。この射影によって、
$$
L_x P \mapsto x
$$
というように、演算子$L_x$から$x$のベクトル表現を抽出することができます。特に$L_iP\mapsto e_i$です。第1列以外が$0$の行列全体$M_8(\mathbb R)P=\{L_xP\mid x\in\mathbb O\}$は実8次元の極小左イデアルであり、既約加群$\mathbb R^8$と同型です。
作用を左から受ける空間(左イデアル)を切り出すため、射影行列$P$を右から掛けています。
射影行列$P$の第1列は単位元$1$のベクトル表現で、第1列以外は$0$であるため、単位元$1$に対応するスピノルとも見なせます。$P$を係数の抽出の公式で$L_1,\dots,L_6$の単項式に展開し、$L_7=L_1\cdots L_6$を用いてファノ平面の対称性が見える形に書き直すと、次のようになります。
$$ P = \frac{1}{8} ( I - L_1 L_2 L_3 - L_1 L_4 L_5 - L_1 L_7 L_6 - L_2 L_4 L_6 - L_2 L_5 L_7 - L_3 L_4 L_7 - L_3 L_6 L_5 ) $$
この7つの三重積は、ちょうど
$$
123,\ 145,\ 176,\ 246,\ 257,\ 347,\ 365
$$
というファノ平面の7本の直線に対応します。したがって$P$は、恒等行列と、7本の線に対応する負号付き三重積の、計8項の平均として解釈できます。なお、$L_7$を含む三重積は、$L_1,\dots,L_6$の単項式としては次数3とは限りません。ここでの「三重」は表示上の因子の数です。
四元数の同様の射影は
$$
P = \frac14(I - L_iR_i - L_jR_j - L_kR_k)
$$
という$L_iR_i$の形で書けます。八元数でも$L_iR_i$は対角行列になり、対角成分は「位置$0$と位置$i$が$-1$、それ以外が$+1$」という共通のパターンを持ちます。このパターンは代数全体の結合性を必要とせず、交代性から従います。このパターンを仮定して、虚数基底の個数$n\ (n>1)$に対する係数を解くと$a = \frac{1}{2-2n},\ a_0 = (2-n)a$という一般公式が得られます。$n=3$(四元数)では$a_0=-a=\frac14$と係数がそろって上の四元数の対称な形になりますが、これは$n=3$特有の偶然です。$n=7$(八元数)では$a_0=\frac{5}{12},\ a=-\frac{1}{12}$となり、
$$
P = \frac{1}{12}\left(5I - \sum_{i=1}^{7} L_iR_i\right)
$$
という係数の不揃いな形で成り立ちます。つまり八元数でも$L_iR_i$形式の射影表現自体は成り立ちますが、係数の対称性は失われます。
64個の単項式は$8 \times 8$行列の空間全体を張ります。$P$は単位元$1$を表すスピノルと同一視できるため、行列に右から$P$を掛けることは、その行列を単位元$1$に作用させたとき、八元数のどの元に着地するかを表しています。
$8P$を構成する8つの符号付き項は、それぞれ単独で$1$を$1$に送ります。恒等項は自明に$IP\mapsto1$であり、たとえば$-L_1L_2L_3$の項は
$$
-L_1L_2L_3P \mapsto -e_1(e_2e_3) = -e_1e_1 = 1
$$
となります。残り6つの三重積の項も同様です。したがって、それらに左から$L_i$を掛けた$8L_iP$の各項は、どれも$1$を$e_i$に送ります。たとえば$8L_1P$の項$L_2L_3$は
$$
L_2L_3P \mapsto e_2e_3 = e_1
$$
です。$8L_iP$を単項式で展開すると、次の8本の等式が得られます。$L_7$を含む項は、$L_7=L_1\cdots L_6$を用いた表示です。
$$ \begin{aligned} 8IP &= I - L_1 L_2 L_3 - L_1 L_4 L_5 - L_1 L_7 L_6 - L_2 L_4 L_6 - L_2 L_5 L_7 - L_3 L_4 L_7 - L_3 L_6 L_5 \\ 8L_1P &= L_1 + L_2 L_3 + L_4 L_5 + L_7 L_6 + L_7 L_5 L_3 - L_3 L_4 L_6 - L_2 L_5 L_6 - L_7 L_4 L_2 \\ 8L_2P &= L_2 - L_1 L_3 + L_7 L_6 L_3 + L_3 L_4 L_5 + L_4 L_6 + L_5 L_7 + L_1 L_5 L_6 + L_7 L_4 L_1 \\ 8L_3P &= L_3 + L_1 L_2 - L_7 L_6 L_2 - L_2 L_4 L_5 - L_7 L_5 L_1 + L_1 L_4 L_6 + L_4 L_7 + L_6 L_5 \\ 8L_4P &= L_4 + L_7 L_6 L_5 - L_1 L_5 + L_2 L_3 L_5 - L_2 L_6 - L_1 L_3 L_6 - L_3 L_7 - L_7 L_2 L_1 \\ 8L_5P &= L_5 - L_7 L_6 L_4 + L_1 L_4 - L_2 L_3 L_4 - L_2 L_7 + L_7 L_3 L_1 - L_1 L_2 L_6 + L_3 L_6 \\ 8L_6P &= L_6 + L_7 L_5 L_4 + L_7 L_3 L_2 + L_1 L_7 + L_2 L_4 + L_1 L_3 L_4 + L_1 L_2 L_5 - L_3 L_5 \\ 8L_7P &= L_7 + L_4 L_5 L_6 + L_2 L_3 L_6 - L_1 L_6 + L_1 L_3 L_5 + L_2 L_5 + L_3 L_4 - L_1 L_2 L_4 \\ \end{aligned} $$
この対応を積の観点から言い換えると、2つの左作用の合成$L_iL_j$に右から$P$を掛けることは、八元数の積$e_ie_j$のベクトル表現を取り出す操作にほかなりません。
$$ L_iL_jP \mapsto e_ie_j $$
$L_x$は$x$について線形なので、この関係は一般の八元数$x,y$にも拡張され、$L_xL_yP \mapsto xy$が成り立ちます。射影後の行列として書けば、次の等式です。
$$ L_xL_yP=L_{xy}P $$
射影前には一般に$L_xL_y\ne L_{xy}$ですが、第1列だけを見れば一致します。なお、$A\mapsto AP$は一般には代数準同型ではありません。結合的な行列の積だけで非結合性が消えたのではなく、行列の積の後に射影を挟むことで、八元数の積を取り出しています。
前節の射影$L_xP \mapsto x$とは逆に、スピノル$L_xP$から演算子$L_x$を復元することを考えます。左イデアルは左からの積に対して閉じているため、左からどのような行列を掛けてもイデアルの外へ戻ることはできません。しかし、右から掛ける操作はこの拘束を受けません。実際、右作用$R_i$による共役の和として、次の復元式が成り立ちます。
任意の八元数$x$について、次が成り立つ。ここで$R_0=I$、$R_i^{-1}=-R_i\ (i=1,\dots,7)$である。
$$
L_x = \sum_{i=0}^{7} R_i (L_x P) R_i^{-1}
$$
$L_xP$は、$e_0=1$に対応する列に$x$のベクトル表現を持ち、他の列が$0$の行列である。$R_i^{-1}$の第1行($e_0$の成分)は、$e_i$に対応する位置だけが$1$である。$R_i^{-1}(e_j)=-e_je_i$の実部は、$j=i$のとき$1$、それ以外のとき$0$だからである。したがって、右から$R_i^{-1}$を掛けると、$e_0$に対応する列が$e_i$に対応する列へ移る。一方、左から$R_i$を掛けると、列ベクトル$x$は$xe_i$に変わる。$L_x$の$e_i$に対応する列はちょうど$xe_i$のベクトル表現なので、各項$R_i(L_xP)R_i^{-1}$は$L_x$の$e_i$に対応する列だけを正しい位置に置いた行列となり、8項の和で全列がそろう。
ただし、第1列だけから任意の行列を復元できるわけではありません。行列$A$について、単位元$1$の座標ベクトルに$A$を作用させた結果($A$の第1列)を八元数と同一視したものを$A(1)$と書きます。任意の$A \in M_8(\mathbb R)$について$AP=L_{A(1)}P$なので、この和は常に$L_{A(1)}$を返します。復元先を左作用に限ることで、射影で失われた残りの列を八元数の乗法から補っているわけです。
この復元式を、前節の$L_xL_yP=L_{xy}P$と組み合わせると、八元数の積を左作用のレベルで閉じた形にできます。
$$ L_{xy} = \sum_{i=0}^{7} R_i (L_x L_y P) R_i^{-1} $$
prop-recを$xy$に適用し、$L_{xy}P=L_xL_yP$を代入すればよい。
非結合性のため$L_xL_y$は一般には単一の左作用ではありませんが、射影$P$で積$xy$を取り出し、右作用による共役で左作用へ復元することで、行列代数$M_8(\mathbb R)$の演算だけで八元数の積$xy$を再現しています。
ここで$P$が取り出すのは、単位元$1$に対する作用の結果だけです。$P=\operatorname{diag}(1,0,\dots,0)$自体は一般の行列代数にも置けるもので、八元数の乗法の情報は、左作用$L_x$と右作用$R_i$の構成が担っています。復元では、その乗法を用いて残りの列を補っています。
結合的な四元数と非結合的な八元数を比較します。
四元数の左作用を符号付き置換行列$L_I,L_J,L_K$として表現すれば$4 \times 4$実行列となります。四元数では結合律が成り立つため$L_IL_J=L_K$となり、左作用をいくら合成しても再び単一の左作用に戻ります。q-rm
四元数でも八元数でも、元$x$を左作用$L_x$に対応させた部分空間の次元は、元の空間と同じです(四元数では4、八元数では8)。違いは、その部分空間が合成で閉じているかどうかにあります。四元数では左作用だけで4次元の部分代数にとどまり、$M_4(\mathbb R)$全体を張るには右作用も必要です。
$4 \times 4$実行列全体を張るには16個の基底が必要です。$I,L_I,L_J,L_K$(4個)だけでは足りないため、左作用で右作用を表現することはできません。行列全体を張るには右作用$R_I,R_J,R_K$(3個)と、左作用と右作用の積$L_xR_y$($3 \times 3=9$個)が必要です。
結合性により左作用と右作用は交換するため、左右ごとにまとめられます。
$$
L_IR_IL_JR_J=L_IL_JR_IR_J=-L_KR_K
$$
左作用と右作用を組み合わせると、四元数による3次元回転の行列も得られます。左右から単位四元数とその共役で挟む回転は、左作用と右作用の積として表せます。7shi-qrot
これに対して八元数では、非結合性のため、異なる$i,j$について$L_iL_j$はどの左作用とも一致しません。左作用の積が新しい変換を生み出し、その結果、左作用の合成だけで64次元の行列代数$M_8(\mathbb R)$全体が生成され、右作用はその内部に吸収されます。
したがって八元数における本質は、単に左作用と右作用が違うことではありません。非結合性によって左作用が合成で閉じず、作用を受ける8次元のスピノル空間と、作用する64次元の演算子代数とが、左作用だけから得られることにあります。
一般のクリフォード代数において、作用する演算子(行列表現)と、作用を受けるスピノル(極小左イデアルや既約加群の元)は別の空間に属します。スピノルは抽象的な加群の元として定義されることが多く、成分にどのような意味を与えるかは構成によります。
本構成では、作用を受ける8次元のスピノル空間を八元数と同一視し、スピノルを八元数の実部と7つの虚部によって具体的に記述できました。ただし、この記述には八元数としての同一視と、単位元$1$の選択(射影$P$)を用いています。
八元数は非結合性のため計算が煩雑ですが、スピノルを具体的な成分計算やファノ平面の対称性として扱えるという点で、スピノルを理解するための具体例となります。
本記事では、八元数の左作用を行列として表現し、そこから結合的なクリフォード代数を取り出す構成を整理しました。左作用は交代性からクリフォード関係を満たし、$L_1,\dots,L_6$を生成元として選ぶと、64個の単項式の直交性から$\operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R)\cong M_8(\mathbb R)$が得られます。残る$L_7$は新しい生成元ではなく、その体積要素(擬スカラー)として現れます。右作用$R_i$も左作用の積の線形結合として表され、その項はファノ平面で$e_i$を生成する三つ組に対応します。
第1列だけを残す射影行列$P$を右から掛けると、行列からスピノルが取り出されます。2つの左作用の合成に$P$を掛けると$L_xL_yP=L_{xy}P$として八元数の積が取り出され、さらに右作用による共役で左作用$L_{xy}$へ戻せます。これにより、行列の積に射影と復元を組み合わせることで、非結合的な八元数の積が再現されます。
四元数でも八元数でも、左作用がなす部分空間の次元は元の空間と同じです。四元数では左作用が合成で閉じて4次元にとどまるのに対し、八元数では非結合性によって左作用の合成から64次元の行列代数全体が生成されます。
$$ \operatorname{Cl}_{0,6}(\mathbb R)\cong M_8(\mathbb R),\quad L_7=L_1L_2L_3L_4L_5L_6 $$
$$ L_{xy} = \sum_{i=0}^{7} R_i (L_x L_y P) R_i^{-1} $$