この記事では
前回の記事
に引き続き保型形式の基礎理論について要所を掻い摘んで解説していきます。
なお、とりあえず書きたいことは書けたのでこのシリーズはこの記事で一旦完結となります。
$SL_2(\Z)$およびその指数有限な部分群のことをモジュラー群という。
またモジュラー群
$\G(N)=\l\{\M abcd\in SL_2(\Z)\mid\M abcd\equiv\M1001\pmod N\r\}$
のことをレベル$N$の主合同部分群と言い、ある$N$に対し$\G(N)$を含むようなモジュラー群を合同部分群という。
モジュラー群$\G$に関する保型形式、保型関数のことをモジュラー形式、モジュラー関数と言う。
また$\G(N)$についてのモジュラー形式のことをレベル$N$のモジュラー形式と言う。
$\G(N)$における尖点$\infty$の固定部分群は
$$\G(N)_\infty=\l\{\M1{Nn}01\mid n\in\Z\r\}\cdot Z(\G(N))$$
であるのでレベル$N$のモジュラー形式$f$は(重さが偶数のとき)
$$f(z)=\sum^\infty_{n=m}c_nq^n\quad(q=e^{2\pi iz/N})$$
とフーリエ展開できる。これを$f$の$q$-展開と言う。
また有理数$r$に対し$\s r=\infty$なる$\s\in SL_2(\Z)$を取ると、$\G(N)$は$SL_2(\Z)$の正規部分群であることから$f|[\s^{-1}]_k$もレベル$N$のモジュラー形式となり、
$$f|[\s^{-1}]_k(z)=\sum^\infty_{n=m}c_nq^n$$
と展開できる。これも$f$の$r$における$q$-展開と言うことがある(なおこの展開は一意には定まらない)。
Fuchs群$\G$が有限個の行列$\g_1,\g_2,\ldots,\g_n$によって生成されているとき、作用の結合性
$$f|[\g\g']_k=(f|[\g]_k)|[\g']_k$$
から$f\in\O_k(\G)$であるためには
$$f|[\g_1]_k=f|[\g_2]_k=\cdots=f|[\g_n]_k=f$$
が成り立つことを確認すれば十分である。
特にモジュラー群$\G=SL_2(\Z)$は
$$\G=\l\langle\M1101,\M0{-1}10\r\rangle$$
と生成されることが知られているので、$f$が$\G$-モジュラー形式であるためには
$$f(z+1)=f(z),\quad f\l(-\frac1z\r)=z^kf(z)$$
が成り立つことを確認すれば十分となる。
また有限生成群の指数有限な部分群は再び有限生成となることが知られているので、一般のモジュラー群に対してもこのような判定法は有効となる。
以下$\G=SL_2(\Z)$とおき、$\G$-モジュラー形式のことを単にモジュラー形式と言うこととする。また$\G\backslash\H$と基本領域
$\O=\{z\in\H\mid|\Re(z)|<1/2,\;|z|>1\}$
(に適当に境界を加えたもの)を同一視して考える。
$z\in\H$と整数$k\geq2$に対し
$$G_{2k}(z)=\sum_{(m,n)\neq(0,0)}\frac1{(mz+n)^{2k}},\quad E_{2k}(z)=\frac12\sum_{\gcd(m,n)=1}\frac1{(mz+n)^{2k}}$$
と定められる関数$G_{2k},E_{2k}$のことをアイゼンシュタイン級数という。ただし$m,n$はそれぞれ整数全体を渡るものとした。
これは重さ$2k$の正則モジュラー形式を定める。
$G_{2k},E_{2k}$は$G_{2k}(z)=2\z(2k)E_{2k}(z)$という関係にある。実際
\begin{eqnarray}
G_{2k}(z)&=&\sum^\infty_{l=1}\sum_{\gcd(m,n)=l}\frac1{(mz+n)^{2k}}
\\&=&\sum^\infty_{l=1}\frac1{l^{2k}}\sum_{\gcd(m,n)=1}\frac1{(mz+n)^{2k}}=2\z(2k)E_{2k}(z)
\end{eqnarray}
とわかる。
$z\in\H$に対し
$$j(z)=1728\frac{E_4(z)^3}{E_4(z)^3-E_6(z)^2}$$
と定められる関数$j$のことを$j$-不変量と言う。これはモジュラー関数を定める。
この分母は
$\dis\frac{E_4(z)^3-E_6(z)^2}{1728}=q\prod^\infty_{n=1}(1-q^n)^{24}\quad(q=e^{2\pi iz})$
と展開できることが知られており、特に$j(z)$は$\H$において極を持たないことがわかる。
また
$\dis E_4(z)^3=1+O(q),\quad\frac{E_4(z)^3-E_6(z)^2}{1728}=q+O(q^2)$
と$q$-展開できるので$j(z)$は
$\dis j(z)=\frac1q+O(1)$
という$q$-展開を持ち、
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の定理3系から以下の主張を得る。
$j(z)$は$\G\backslash\H^*$において$z=\infty$のみを極を持ち、特に$j(z)$は基本領域から$\C$への全単射をなす。
任意のモジュラー関数は$j(z)$についての有理関数として表せる。つまり$A_0(\G)=\C(j)$が成り立つ。
モジュラー関数の$\G\backslash\H^*$における零点、極をそれぞれ$\a_1,\a_2,\ldots,\a_n,\b_1,\b_2,\ldots,\b_n$とし
$$g(z)=\frac{(j(z)-j(\a_1))(j(z)-j(\a_2))\cdots(j(z)-j(\a_n))}{(j(z)-j(\b_1))(j(z)-j(\b_2))\cdots(j(z)-j(\b_n))}\in\C(j(z))$$
とおく($\g=\infty$に対しては$(z-j(\g))\to1$とする)。このとき$f(z)/g(z)$は零点も極も持たないモジュラー関数となるので定数である。つまり$f(z)=Cg(z)$と表せる。
$j$-不変量は代表的なモジュラー関数としてよく紹介されるが、この性質こそ$j$-不変量がモジュラー関数の代表たる所以だと私は思っている。特にその$q$-展開の係数が上のように正規化されているのも都合がよく、上における$f$の$q$-展開を
$\dis f(z)=\frac a{q^m}+O(q^{-(m-1)})$
とおくと
$\dis g(z)=\frac1{q^m}+O(q^{-(m-1)})$
となるので$f(z)/g(z)=a$と求めることができる。
$j$-不変量と似た性質を持つ関数としてモジュラー$\la$関数というものがある。これはテータ関数
$\dis\t_2(\tau)=\sum^\infty_{n=-\infty}q^{(n+\frac12)^2},\quad\t_3(\tau)=\sum^\infty_{n=-\infty}q^{n^2}\quad(q=e^{\pi i\tau})$
に対し
$\dis\la(\tau)=\frac{\t_2(\tau)^4}{\t_3(\tau)^4}$
と定められる関数で、これは$\La=\G(2)$についてのモジュラー関数をなす。
この逆数を取った関数$\tla=16/\la$は$\H$および尖点$-1,0$において極を持たず、
$\dis\frac{16}{\la(\tau)}=\frac1q+O(1)$
という$q$-展開を持つことからやはり$A_0(\La)=\C(\la)$が成り立つ。
また$\G$-モジュラー関数は$\La$-モジュラー関数でもあるので$j$も$\la$の有理関数として表せ、実際
$\dis j=256\frac{(1-\la+\la^2)^3}{(\la(1-\la))^2}$
となることが知られている。
ちなみに一般のレベルに対しては$A_0(\G(N))=\C(f)$を満たすようなモジュラー関数$f$が存在するとは限らない。