はじめに
距離空間の点列がコーシー列であることを
と
書くことがあります
が,左辺の極限はどういう意味なのでしょうか.-論法を略記した形式的なものと思ってもいいですが,実際にある種の極限として解釈することもできます.
先に 結論 だけ書くと,を直積順序によって有向集合とみなし,をこの有向集合によって添字づけられたネットと考えればよいです.このときがコーシー列であることは,ネットがに収束することと同値になります.
距離空間におけるネット
ネットの収束
以下,
ネットの上極限・下極限
の内容は既知とする.
上極限を使った議論に慣れるため,本記事の証明では敢えて上極限を多用します.
上極限に不慣れな人は,命題1 や 命題4 を定義とみなして読み進めることも可能です.(その場合は,上極限を用いた証明を-論法的なやり方で書き直してみることをおすすめします.)
このとき
実数列の場合
と同様に,ネットの収束が次のように定義できる.
距離空間におけるネットの収束
を有向集合とし,を距離空間とする.このとき上のネットが点に収束するとは
が成り立つことをいう.
-論法
を有向集合とし,を距離空間とする.このとき上のネットと点について,次の2条件は同値である.
- はに収束する.
- 各に対して「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが存在する.
(1)を言い換えると
であり,であれば「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質が成り立つから,が示された.
逆に(2)のとき,各に対して「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れる.この性質はを意味するから,冒頭の言い換えよりも成り立つ.
極限の一意性
を有向集合とし,を距離空間とする.このとき上のネットが2点に収束するならば,である.
収束部分ネットも収束
を有向集合,を距離空間とし,上のネットと点を考える.
このときがに収束するならば,の任意の部分ネットもに収束する.
直積順序
直積順序
を前順序集合とし,直積集合上の二項関係を
で定める.このとき,次のことが成り立つ.
- は上の前順序である.
- がともに有向集合であれば,も有向集合である.
この前順序を,との直積順序という.
とする.
- とが成り立つから,である.
- とする.このときとが成り立つから,かつ,つまりである.
の上界との上界を取れば,とよりが,とよりが成り立つから,はの上界である.
を前順序集合とし,を上の直積順序とする.このとき,次のことを示せ.
- がともに半順序集合であれば,も半順序集合である.
- がともに全順序集合であっても,が全順序集合とは限らない.
とする.
解答例
かつが成り立つとき,かつよりであり,かつよりだから,が成り立つ.
解答例
を大小関係によって全順序集合とみなすと,もも成り立たないから,は直積順序に関して全順序集合でない.
を前順序集合とし,写像とは次の2条件を満たすとする.
- 各に対して「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが存在する.
- 各に対して「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが存在する.
このとき,写像も同様の性質:
- 各に対して「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが存在する.
を満たすことを確かめよ.ただし,とはそれぞれ直積順序によって前順序集合とみなす.
直積順序の定義より明らか.(仮定と結論を見比べよ.)
コーシーネット
距離空間におけるコーシーネット
を有向集合とし,を距離空間とする.このとき,上のネットがコーシーネットであるとは,ネットがに収束すること,つまり
が成り立つことをいう.ただし,は直積順序によって有向集合とみなしている.
上の定義が-論法的なコーシーネット(コーシー列)の定義と一致するという次の命題が,本記事の主題である.
-論法
を有向集合とし,を距離空間とする.このとき,上のネットについて,次の2条件は同値である.
- はコーシーネットである.
- 各に対して「かつを満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが存在する.
:詳細
を任意に取ると,「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れる.そこでの上界を取れば,かつを満たす任意のに対してよりが成り立つ.
:詳細
を任意に取ると,「かつを満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れる.この性質は,が「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすことを意味している.
コーシーネットに対しても,コーシー列と同様に以下のような性質が成り立っている.
収束ネットコーシーネット
を有向集合とし,を距離空間とする.このとき,上のネットが点に収束するならば,はコーシーネットである.
コーシーネット部分ネットもコーシーネット
を有向集合,を距離空間とし,上のネットを考える.
このときがコーシーネットであれば,の任意の部分ネットもコーシーネットである.
コーシーネットが収束部分ネットをもつ収束
を有向集合,を距離空間とし,上のコーシーネットを考える.
このときのある部分ネットが点に収束するならば,もに収束する.
完備距離空間(復習)
距離空間が(点列)完備であるとは,上の任意のコーシー列が,のある点に収束することをいう.
を有向集合,を完備距離空間とし,上のコーシーネットを考える.
このとき,ある点が存在して,はに収束する.
上の二項演算であって,すべてのに対してかつを満たすものをつ固定する.さて,はコーシーネットだから,各に対して「かつを満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れる.そこで写像を帰納的に
で定めれば,はコーシー列となるから,ある点に収束する.
- がコーシー列であることの説明:各に対してを満たすを取れば,以上の任意のに対してかつよりが成り立つ.
このときもに収束することを示すため,を任意に取る.すると次の2性質を満たすが取れる:
そこでとおけば,を満たす任意のに対して
が成り立つから,はに収束する.連続写像とネット
距離空間における連続写像(復習)
距離空間と写像および点に対して,がにおいて連続であるとは,各に対して「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが存在することをいう.
ネットの収束による連続性の特徴づけ
距離空間と写像および点に対して,次の2条件は同値である.
- はにおいて連続である.
- 任意の有向集合とに収束する上の任意のネットに対して,はに収束する.
:詳細
有向集合とに収束する上のネットおよびを任意に取る.このときのにおける連続性より「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れて,がに収束することから「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れる.このときを満たす任意のに対してよりが成り立つから,はに収束する.
:詳細
を任意に取る.もしがにおいて連続でなければ,各に対してかつを満たすを取ることによって上のネットが得られる(は逆大小関係によって有向集合とみなす).このとき
よりはに収束するが,一方
よりはに収束しないので(2)に矛盾する.したがってはにおいて連続である.
ネットの収束による一様連続性の特徴づけ
距離空間と写像に対して,次の2条件は同値である.
- は一様連続である.
- 「がに収束する」という性質を満たす任意の有向集合と上の任意のネットに対して,はに収束する.
:詳細
有向集合と
を満たす上のネットを任意に取る.写像を次式で定めると,の一様連続性よりはにおいて連続である.
また仮定よりはに収束するため,はに収束する.すると,任意のに対してが成り立つことから
:詳細
を任意に取る.もしが一様連続でなければ,各に対してかつを満たすを取ることによって上のネットが得られる(は逆大小関係によって有向集合とみなす).このとき
よりはに収束するが,一方
よりはに収束しないから(2)に矛盾する.したがっては一様連続である.
一様連続写像はコーシーネットをコーシーネットにうつす
を有向集合,を距離空間とし,を一様連続写像,を上のコーシーネットとする.このとき,もコーシーネットである.
写像を次式で定めると,の一様連続性よりはにおいて連続である.
またがコーシーネットであることからはに収束するため,はに収束する.すると,任意のに対してが成り立つことから
余談:位相空間におけるネット
ネットの収束
位相空間上のネットに対しても,収束を次のように定義することができる.
位相空間におけるネットの収束
を有向集合,を位相空間とする.このとき上のネットが点に収束するとは,の各近傍に対して「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが存在することをいう.
距離空間上のネットに対しては2通りの方法で収束を定義したが,これらの定義は同値である.
を有向集合とし,を距離空間とする.このとき上のネットと点について,次の2条件は同値である.
- はに(定義1の意味で)収束する.
- はに(定義5の意味で)収束する.ただし,はが定める距離位相によって位相空間とみなす.
:詳細
の近傍を任意に取る.このときを満たすが取れるから,(1)より「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが存在する.このときの取り方によって,を満たす任意のに対してが成り立つから,はに(2)の意味でも収束する.
:詳細
を任意に取る.このときはの近傍だから,(2)より「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れる.したがって,はに(1)の意味でも収束する.
収束部分ネットも収束
を有向集合,を位相空間とし,上のネットと点を考える.
このときがに収束するならば,の任意の部分ネットもに収束する.
の近傍を任意に取る.このときがに収束することから「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れて,部分ネットの定義から「を満たす任意のに対してが成り立つ」という性質を満たすが取れる.するとを満たす任意のに対して,よりが成り立つから,もに収束する.
距離空間とは違い,ハウスドルフでない位相空間においては極限の一意性は成り立たない.
コンパクト性
位相空間における様々な概念をネットの収束によって書き直せることが知られているが,ここではコンパクト性について軽く触れるに留める.
コンパクト空間(復習)
位相空間がコンパクトであるとは,の任意の開被覆が有限部分被覆を持つことをいう.
収束部分ネットの存在
を有向集合,を位相空間とする.このとき,上のネットと点が次の性質:
- 各との各近傍に対して,かつを満たすが存在する.
(つまり,各に対してが成り立つ.)
を満たすならば,の部分ネットであってに収束するものが存在する.
の近傍系を逆包含関係によって有向集合とみなすと,は直積順序の制限によって有向集合となる.
が有向集合となることの説明:詳細
を任意に取ると,まずの上界が存在する.すると仮定よりかつを満たすが取れるが,このときがの上界となっている.
あとは,写像が所望の部分ネットを定めることを確かめればよい.
部分ネットであること:詳細
各に対してとおくと,を満たす任意のに対して直積順序の定義からが成り立つ.
に収束すること:詳細
を任意に取ると,仮定よりを満たすが存在する.このときであり,を満たす任意のに対してが成り立つから,はに収束する.
ネットの収束によるコンパクト性の特徴づけ
位相空間について,次の2条件は同値である.
- はコンパクトである.
- 任意の有向集合と上の任意のネットに対して,の部分ネットと点で「はに収束する」という性質を満たすものが存在する.
:詳細
有向集合と上のネットを任意に取る.このとき各に対して開集合を
で定めると,はを被覆しない.もし被覆すると仮定すると,(1)よりある有限個の添字によってと書けるが,の上界を取ればとなり矛盾するからである.したがってどのにも属さない点が存在し,前補題よりに収束する部分ネットも存在する.
:詳細
の開被覆を任意に取り,の有限部分集合全体の集合を包含関係によって有向集合とみなす.もしがコンパクトでなければ,各に対してを満たすを取ることによって上のネットが得られ,さらに(2)よりある部分ネットがある点に収束する.このときとの近傍を任意に取ると,次の2性質を満たすが取れる.
- (部分ネットの定義)を満たす任意のに対してが成り立つ.
- (がに収束する)を満たす任意のに対してが成り立つ.
そこでの上界を取れば,であり,さらにの取り方から
も成り立つ.つまりはの任意の近傍と交わるからであるが,は任意だったからがの開被覆であることに矛盾する.したがって,はコンパクトである.
のコーシー列を任意に取ると,のコンパクト性よりは収束部分ネットをもつ.このときコーシー列自身も収束するから,は完備である.
誤りがあればご指摘いただけると幸いです.
ここまでお読みいただきありがとうございました.