はじめに
この記事では超幾何関数の変換に関する理論について解説していきます。
以下ではを有理関数、を無理関数(多項式の冪根とその四則演算によって表される関数)として
なる変換公式について考察していきます。なお
のような一般の代数変換については扱わないのであしからず。
超幾何微分方程式
超幾何関数の変換を考えるには超幾何関数
はの満たす超幾何微分方程式
の話に帰着させるのが効果的である。
超幾何微分方程式に関する基本事項は
以前書いた記事
の序盤にてまとめているのでここではそのステートメントを確認するだけに留める。
確定特異点
確定特異点
微分方程式
に対しが共に正則となる点をの通常点、そうでない点を特異点と言う。またの極の位数がそれぞれ高々となるような特異点を確定特異点、そうでない特異点を不確定特異点と言う。
また無限遠点がの通常点、特異点、確定特異点であるとはに関して変形した微分方程式
がを通常点、特異点、確定特異点に持つことを言う。
特性指数
確定特異点に対し
とおいたときについての方程式
のことをにおける決定方程式と言い、その解のことを特性指数と言う。
通常点においても決定方程式を考えることができ、その場合の特性指数はと求まる。
確定特異点周りの解
の特異点が確定特異点であることと、の周りでの任意の解がを高々極に持つ、つまりあるが存在して
を満たすことは同値である。
また確定特異点における特性指数をとおくと、であれば
という形の解が、が正整数のときは
という形の解が、のときは
という形の解がの周りで定まる。このことについては
この記事
にて紹介している。
リーマンの方程式
Fuchs型微分方程式
において不確定特異点を持たない微分方程式のことをフックス型微分方程式と言う。
Riemannの方程式
において丁度つの確定特異点を持つ二階のフックス型微分方程式のことをリーマンの方程式と言う。
その特異点を、対応する特性指数をとおいたとき、方程式の解全体を
と表し、これをリーマンの関数と言う。またこの図式のことをリーマンの図式とも言う。
リーマンの方程式はその図式から
と逆算できることが知られている。
ちなみに一般のフックス型微分方程式では特異点や特性指数に依らないパラメーター(アクセサリー・パラメーター)が出現するため、このように微分方程式を逆算することはできない。
関数の変換
を一次分数変換
とすると
が成り立つ(ただしのときはとおく)。
超幾何微分方程式
に対応する微分方程式
のことを超幾何微分方程式という。
超幾何微分方程式は周りにおいて
という基本解を持つ(ただしとした)。
有限被覆
以下では微分方程式が有理関数によってどのように変換されていくかを見ていくことになるが、それには有限被覆の考え方(用語)を用いるのが便利である。単に用語を用意するだけなので特に深く理解する必要はない。
有理関数とは一口に言えば多項式の商として表される関数のことを言うが、複素解析的な見方ではからへの正則写像という特徴付けがあった。これを一般化した概念として有限被覆というものがある。
被覆
位相空間に対し全射が
・任意のに対してある開近傍が存在し、の任意の連結成分に対しは位相同型となる。
を満たすときはの被覆であると言う。
が連結であるときファイバーの濃度はに依らず定まり、その値のことをの被覆の次数あるいは被覆度と言いと表す。
有限被覆
コンパクトリーマン面に対し正則写像のことを有限被覆と言う。
適当な局所座標を取ることでは各点の周りでと局所座標表示できる。こののことを分岐指数と言いと表す。またなる点またはのことをの分岐点と言う。
分岐点全体のなす集合はにおいて有限集合となり、は有限次の被覆を成す(はramification、はbranchの頭文字を取っている)。
これは有理関数に関して言えば
- におけるの分岐指数とは方程式における解の重複度のこと
- がの分岐点であるとは方程式が重解を持つこと
- の被覆度とは各点におけるの解の個数、つまり互いに素な多項式を用いてと表したときののこと
を意味している(についている添え字は始域と終域を区別するためのもの)。
本記事で有限被覆の理論が関わってくることは特にないが次の式は覚えておきたい。
なおの種数はなので有理関数に関して言えば
とおいたときが成り立つことを意味している。
微分方程式の変換
以下ではを有理関数、を無理関数とし、におけるフックス型微分方程式がその解の変換
によってどのような微分方程式に写るのかを考える。
このような変換のことをpull-back transformationまたはRS-transformationと言う(直訳するなら引き戻し変換と言うべきだろうか)。
フックス型微分方程式の解に対し
は再びあるフックス型微分方程式を満たす。
が何らかの微分方程式を満たすことは簡単にわかる。またそれがフックス型であることはの特異点が常に高々極であることからわかる。
irrelevantな特異点
いまの特異点の振る舞いを考えるために以下のような分類を考える。
フックス型微分方程式に対し
- の周りの基本解がの項を持つときは対数的な点であると言う。
- における特性指数の差(の絶対値)がかつは対数的でないとき、はirrelevantな点であると言う。
- 特異点がirrelevantでないとき、はrelevantな特異点であると言う。
参考文献Vidでは対数的やirrelevantの定義にが特異点であることが含まれているが、簡単のためここでは対数的ではない点、irrelevantな点と言ったときは通常点も含むものとする。
ちなみにirrelevantな特異点は適当な無理関数を掛けることで簡単に取り除くことができる。
リーマンの方程式を拡張してつの確定特異点と個のirrelevantな点を持つフックス型微分方程式
を考えるとこれは
と表せる。
微分方程式
の特性指数がなるirrelevantな点は通常点、つまりはにおいて正則となることを示せばよい。
が正則となることはその決定方程式からわかる。またirrelevantという仮定から特性指数に対応する
なる正則解が存在するので
も正則となることがわかる。
引き戻しと特異点
を任意に取りとおく。このとき
- がの対数的な点であることとがの対数的な点であることは同値である。
- におけるの特性指数の差(の絶対値)をそれぞれとおくとが成り立つ。
- 特にがirrelevantであることとが対数的ではなくを満たすことは同値である。
- を内の三点とする。の分岐点がで尽くされるときが成り立ち、そうでなければが成り立つ。
- が共に超幾何微分方程式であるとする。このときの被覆度を、の特性指数の差(の絶対値)をそれぞれとおくと
が成り立つ。
各点に対し
が成り立つことに注意するとリーマン・フルヴィッツの公式より
を得る。この等号成立条件は明らかにである。
またフックス型微分方程式のにおける特性指数の差をと表すことにすると
つまり
を得る。
変換の決定
が超幾何微分方程式であるとき、も超幾何微分方程式となるための条件を考える。
いまがにおいてつ以上の分岐点を持つとすると補題7の(3)よりはつ以上のrelevantな特異点を持つことになり不適である。したがっては内の三点、特に適当な一次変換によって以外の点で分岐しないものとしてよい。
また同じく補題7の(3)よりのうち点におけるの特性指数の差は対応する分岐指数によってに制限される。またこのとき以下が成り立つ。
が超幾何微分方程式となるためには
特に
となることが必要である。
またなる点があるときは以下の主張が成り立つことにも注意したい。
のある特異点がirrelevantであるとすると残る二つの特異点における特性指数の差(の絶対値)は一致しなければならない。
は
と表せることに注意してがirrelevant、特にであるものとしてよい。
このときにおける特性指数はとなるので補題6での議論から
および
はにおいて正則でなければならない。したがってでなければならず、とするとこの図式は
となる。
このことを踏まえてどのような変換があり得るのかを考えてみよう。
のとき
補題9の不等式から、つまりこれは一次分数変換であり、特に
という形のものはEulerの変換公式
およびPfaffの変換公式
に他ならない。
のとき
補題10よりの図式は例えば
のようになり、これは
と明示的に解ける。したがって特に面白い変換公式は得られない。
参考文献VidのSection 5では少し深堀りされているので、興味があればそちらを参照されたい。
のとき
以下、とする。
補題9の不等式およびよりとなる。このとき適当な一次変換によって
としてよく、この条件からと決定できる。このとき上での議論から
つまり
という二次変換変換が得られる(これが成り立つことは両辺がにおいて正則であることとにおいてとなることから導ける)。
またこれを適当に一次変換することで(という条件下で)計通りの二次変換公式が得られる。その一覧については
この記事
を参照されたい。
のとき
のときはおよびの二通りの場合が考えられる。
の場合からはよく知られた三、四、六次の変換公式が出てくることとなる。それについては後で別途解説する。
の場合は適当な二次変換によって
のようにirrelevantな特異点を持つ場合に帰着できるのでやはり面白い変換公式は得られない。
これについても参考文献VidのSection 6にて少し深堀りされている。
のとき
のときはがより大きいか小さいか等しいかの三通りに場合分けして考える。やはり長くなるので詳しくは後で別途解説するが、端的にまとめると
- のとき、の解は代数関数となる。
- のとき、の解は不完全楕円積分として表せる。
- のとき、次の特殊な変換公式が得られる。
という結果が得られることとなる。
の場合
不等式
の解は
のつで尽くされ、このうち
を満たすものは
のつに限られる。
またの分岐の仕方を考えると以下のような可能性が考えられる。
真ん中の列は個の点の分岐の仕方を表しており、最後の列はがある次変換を用いてと表せることをと表している。
実際これを満たすような有理関数を考えると例えば
のような変換公式が得られることとなる(多分)。
このようにして得られる変換の一覧については
この記事
を参照されたい。
のとき
のとき
の場合は上で考えたのでとしてよい。このとき不等式
の解は
のつで尽くされる。
このときのモノドロミーの変換のされ方を考えることで特殊な変換が構成できるらしい。詳しくは参考文献VidのSection 7を参照されたい。
のとき
不等式
の解は
のつで尽くされる。このときオイラー積分表示
からの解は
という形に表せる。
これの変換についてはこの積分をイジっていくと何か得られるらしい。詳しくは参考文献VidのSection 8を参照されたい。
のとき
不等式
が成り立つとき以下が成り立つ。
第一式は
および補題9からわかる。
第二式は補題8の(2)(および補題7の(2))より
とわかる。
第三式は第二式の左辺においてとすることでわかる。
第四式は不等式が実数解を持つための条件がであることから
とわかる。またこの等号が成り立つときはつまりとなるため不適である。
まず第四式からの候補が
に絞られ、および第三式からの候補は
に絞られる。
また第一式、第二式、を満たすようなおよびの分岐の仕方を考えると以下のような可能性が考えられる。
このようにして次のような変換公式が得られることとなる。
また次の変換は上の公式を合成することで得られる。特に次変換公式は以下のようになる。