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大学数学基礎解説
文献あり

保型形式入門:Γ\ℍの位相

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$$\newcommand{a}[0]{\alpha} \newcommand{b}[0]{\beta} \newcommand{C}[0]{\mathbb{C}} \newcommand{d}[0]{\delta} \newcommand{dis}[0]{\displaystyle} \newcommand{e}[0]{\varepsilon} \newcommand{farc}[2]{\frac{#1}{#2}} \newcommand{G}[0]{\Gamma} \newcommand{g}[0]{\gamma} \newcommand{Gal}[0]{\operatorname{Gal}} \newcommand{H}[0]{\mathbb{H}} \newcommand{id}[0]{\operatorname{id}} \newcommand{Im}[0]{\operatorname{Im}} \newcommand{Ker}[0]{\operatorname{Ker}} \newcommand{l}[0]{\left} \newcommand{L}[0]{\Lambda} \newcommand{la}[0]{\lambda} \newcommand{Li}[0]{\operatorname{Li}} \newcommand{li}[0]{\operatorname{li}} \newcommand{N}[0]{\mathbb{N}} \newcommand{O}[0]{\Omega} \newcommand{ol}[1]{\overline{#1}} \newcommand{ord}[0]{\operatorname{ord}} \newcommand{P}[0]{\mathfrak{P}} \newcommand{p}[0]{\mathfrak{p}} \newcommand{q}[0]{\mathfrak{q}} \newcommand{Q}[0]{\mathbb{Q}} \newcommand{r}[0]{\right} \newcommand{R}[0]{\mathbb{R}} \newcommand{Re}[0]{\operatorname{Re}} \newcommand{s}[0]{\sigma} \newcommand{t}[0]{\theta} \newcommand{ul}[1]{\underline{#1}} \newcommand{vp}[0]{\varphi} \newcommand{vt}[0]{\vartheta} \newcommand{Z}[0]{\mathbb{Z}} \newcommand{z}[0]{\zeta} \newcommand{ZZ}[1]{\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z}} \newcommand{ZZt}[1]{(\mathbb{Z}/#1\mathbb{Z})^\times} $$

はじめに

 この記事では 前回の記事 に引き続き保型形式の基礎理論について要所を掻い摘んで解説していきます。

商空間$\G\backslash\H^*$

 $\G\backslash\H$には自然な写像
$\pi:\H\to\G\backslash\H\quad z\mapsto\G z$
による商位相、つまり
$\{V\subset\G\backslash\H\mid\pi^{-1}(V)\,は\,\H\,の開集合\}$
を開集合系とする位相を入れることができる。
 多くの場合$\G\backslash\H$はコンパクトにはならないが、これに$\G$の尖点を付け加えるとコンパクト化できることがある。そのことについての事実を簡単に紹介しておこう。

$\H^*$の位相

 Fuchs群$\G$に対しその尖点全体の集合を$P_\G\subset\R\cup\{\infty\}$とし
$\H^*=\H\cup P_\G$
とおく。この集合に対し次のような基本近傍系によって位相を定める。
$U_l=\{z\in\H\mid\Im(z)>l\},\quad U^*_l=U_l\cup\{\infty\}$
とおいておく。

  1. $z\in\H$に対しては$z$$\H$における基本近傍系を取る。
  2. $x\in P_\G$に対しては$\s x=\infty$なる$\s\in SL_2(\R)$を取り
    $\{\s^{-1}U^*_l\mid l>0\}$
    を基本近傍系として取る($\s^{-1}U_l$は実軸で$x$と接する円の内部を表す)。

 $\G$$\H^*$にも作用するので商空間$\G\backslash\H^*$を考えることができる。

ハウスドルフ性について

 任意の$x,y\in\H$に対しそれぞれの開近傍$U,V$であって
$\g U\cap V\neq\emptyset\iff\g x=y\quad(\g\in\G)$
を満たすようなものが存在する。

  前々回の記事 の定理3より任意の$x,y\in\H$の近傍$U_0,V_0$であって
$\{\g\in\G\mid\g U_0\cap V_0\neq\emptyset\}$
が有限集合となるようなものが取れる。このとき
$\{\g\in\G\mid\g U_0\cap V_0\neq\emptyset\}=\{\g_1,\g_2,\ldots,\g_n\}$
とおき、必要に応じて順番を入れ替えることで
$\g_k x\neq y\;(1\leq k\leq m),\quad\g_k x=y\;(m< k\leq n)$
としてよい。
 いま($\H$のハウスドルフ性から)$1\leq k\leq m$に対し$\g_kx,y$の近傍$U_k,V_k$であって$U_k\cap V_k=\emptyset$なるものを取り
$U=U_0\cap\g_1^{-1}U_1\cap\cdots\cap\g_m^{-1}U_m,\quad V=V_0\cap V_1\cap\cdots\cap V_m$
とおくと
$\g U\cap V\neq\emptyset\iff\g\in\{\g_{m+1},\ldots,\g_n\}\iff\g x=y$
が成り立つ。

 $\G\backslash\H$はハウスドルフである。

 $\H$から$\G\backslash\H$への自然な写像を$\pi$とおく。いま任意の$x,y\in\H$に対し補題のような開近傍$U,V$を取ると
$\pi^{-1}(\pi(U))=\bigcup_{\g\in\G}\g U$
より$\pi(U),\pi(V)$はそれぞれ$\pi(x),\pi(y)$の開近傍となる。また
\begin{eqnarray} \pi(U)\cap\pi(V)\neq\emptyset &\iff&\exists\g\in\G,\;\g U\cap V\neq\emptyset \\&\iff&\exists\g\in\G,\;\g x=y \\&\iff&\pi(x)=\pi(y) \end{eqnarray}
が成り立つので$\G\backslash\H$はハウスドルフであることがわかる。

 $\G\backslash\H^*$についても概ね同様にしてハウスドルフであることが示せるが、具体的に確かめるには少し手間がかかるためここでは特に解説しない。ただ補題1の系として得られる次の主張は後でも何度か使うので紹介しておく。

 任意の$z\in\H^*$に対しその近傍$U$であって
$\g U\cap U\neq\emptyset\iff\g z=z\quad(\forall\g\in\G)$
を満たすようなものが存在する。

 補題1のような$U,V$$x=y=z$に対して取ると、$U\cap V$は主張を満たす。

コンパクト性について

 $\G\backslash\H^*$をコンパクトにする$\G$のことを第一種のFuchs群と言う。
 補題3を使うとコンパクト性の必要条件として次のようなことがわかる。

 $\H^*$から$\G\backslash\H^*$への自然な写像を$\pi$とおいたとき、$\H^*$における楕円点/尖点$z$$\G\backslash\H^*$における像$\pi(z)$$\G\backslash\H^*$楕円点/尖点という。また$\G\backslash\H^*$の楕円点でも尖点でもない点を通常点という。

 $\G$が第一種のFuchs群なら$\G\backslash\H^*$の楕円点および尖点は有限個である。

 任意の$z\in\H^*$に対し補題3のような近傍$U_z$を取る。このとき$U_z$がある$\g w=w$なる固定点$w$を含んだとすると$U_z$の取り方から$\g z=z$でもあるが、$\g$$\H^*$上で二つ個以上の固定点を持たないので$w=z$となる。特に$U_z$は高々一つしか固定点を持たない。
 また$\G\backslash\H^*=\bigcup_{z\in\H}\pi(U_z)$からコンパクト性より$\G\backslash\H^*=\bigcup^n_{k=1}\pi(U_{z_k})$とできるので主張を得る。

 またコンパクト性の必要十分条件として次のような非常に強力な定理が知られている。なおその証明については非常に煩雑であるためここでは紹介しない。

(Siegel)

 $\G$の基本領域を$\O$とおいたとき、$\G$が第一種のFuchs群であることと
$$v(\G\backslash\H)=v(\O):=\int_{\O}\frac{dxdy}{y^2}<\infty$$
が成り立つことは同値である。

 例えば$\G=SL_2(\Z)$に対する基本領域として
$\O=\{z\in\H\mid|\Re(z)|<\frac12,|z|>1\}$
が取れることが知られているので
$$v(\O)=\int^\frac12_{-\frac12}\int^\infty_{\sqrt{1-x^2}}\frac{dxdy}{y^2} =\int^\frac12_{-\frac12}\frac{dx}{\sqrt{1-x^2}}=\frac\pi3$$
と計算でき、$SL_2(\Z)$は第一種のFuchs群であることがわかる。

 また例えば
$\G=\l\{\begin{pmatrix}1&n\\0&1\end{pmatrix}\mid n\in\Z\r\}$
とおくと、その基本領域として
$\O=\{z\in\H\mid0<|\Re(z)|<1\}$
が取れるので
$$v(\O)=\int^1_0\int^\infty_0\frac{dxdy}{y^2}=\infty$$
と計算でき、$\G\backslash\H^*$はコンパクトではないことがわかる。

 第一種のFuchs群$\G$に対し、その指数有限の部分群$\G'$も第一種のFuchs群となる。

 $\O$$\G$の基本領域とし、$\pi:\H\to\G'\backslash\H$を自然な写像$z\mapsto\G'z$とする。このとき
$$\G=\bigcup^n_{i=1}\g_i\G'\quad(n=[G:G'])$$
と直和分解すると$\pi(\bigcup^n_{i=1}\g_i\O)=\G'\backslash\H$が成り立つので
$$v(\G'\backslash\H)\leq\sum^n_{i=1}v(\g_i\O)=nv(\O)<\infty$$
を得る。

 レベル$N$の主合同部分群$\G(N)$は第一種のFuchs群である。

参考文献

[1]
土井公二, 三宅敏恒, 保型形式と整数論, 紀伊國屋書店, 1973
投稿日:2023629

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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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