今回の記事では,以下の対応関係にある代数的組合せ論の概念を扱います.正式な数学用語である太字の方(右側)に統一して解説します.
| しーた らの呼称 (2024) | Fu-Peng-Zhang らの呼称 (2024) |
|---|---|
| フラクタル順序集合 | upho半順序集合 |
| テトリス代数 | LCIFモノイド |
また最近,この分野の未解決問題を解決することができたので,それについても解説しようと思います.
2024年, しーた らは,テトリスの消去可能性を研究する際に用いた代数系( (旧)テトリス代数 )を抽象化し,テトリス代数という代数系を定義しました( テトリス代数の覚書 ).その後,この代数系を研究する際にフラクタル順序集合とよばれる半順序集合を定義し,次のような予想を立てました( テトリス代数の覚書2 )
すべてのフラクタル順序集合はテトリス代数から得られる.
何のことか全く分からないと思いますが,これから解説します.私も2025年にしーたに出会ってこの問題を知り,彼らと研究していました.実はその後,これと同じ予想がFu-Peng-Zhangらによって正式な論文( The monoid representation of upho posets and total positivity )で提唱されている未解決問題であることが判明しました.その予想は次のように述べられています.
すべての(finitaryな)upho半順序集合はLCIFモノイドから得られる
ここで,upho半順序集合はフラクタル順序集合と全く同じもので,LCIFモノイドはテトリス代数と全く同じものです.
つい最近,私は生成AI(Gemini)を使ってこの予想の反例を見つけました( プレプリント ).そのときはまだ先行研究があることを知らなかったので,後から未解決問題だったと知って鳥肌が立ちました.
LCIFモノイドから得られないfinitaryなupho半順序集合が存在する
そこで今回は,upho半順序やLCIFモノイドとは何かについて振り返りながら,私の結果の証明を解説します.
抽象化されすぎてテトリスはもはや関係ありません
空でない半順序集合$\mathcal{P}$がupho半順序集合あるいはフラクタル順序集合であるとは,任意の$a \in \mathcal{P}$に対して,
$$
\mathcal{P}_{\geq a} := \{ x \in \mathcal{P} \mid x \geq a \}
$$
が$\mathcal{P}$と順序同型であることをいう.定義より,upho半順序集合は無限集合で,最小元$\widehat{0}$を持つ.
upho半順序集合
代表的なupho半順序を,Hasse図で表すと次のようになります.
uphoの例
(1)は$\mathbb{N}^2$に
$$
(x_1,y_1) \leq (x_2,y_2) \iff x_1 \leq y_1 \text{ かつ } x_2 \leq y_2
$$
という順序を入れたものです.(2)の無限二分木は1つの根から必ず2本の枝が分かれ,合流せず永遠に枝分かれし続ける構造です.(3)のStern posetは,R. P. Stanleyが考えていた最初のupho半順序集合の例で,各点から上にの3本の辺を伸ばし,隣同士の点から伸びた辺が同じ上の点に合流するように構成された半順序です.
$\mathbb{R}_{\geq 0}$などもupho半順序集合ですが,少なくとも先行研究ではこのような連続的だったり非可算なものはあまり研究されておらず,次のような有限性条件を課したクラスを考えることが多いです.ですが,独立してこの概念を定義したしーたは非可算なものも考えていると思います.
$\mathcal{P}$がfinitaryであるとは,任意の$a \in \mathcal{P}$に対してそのheight
$$
\mathrm{ht}(a) := \sup\{ n \in \mathbb{N} \mid x_0 < x_1 < \cdots < x_n = a \}
$$
が有限であることをいう.
モノイドとは,単位元を持つ結合的な二項演算を備えた集合(つまり,群の定義から逆元の存在を除いたもの)です.
モノイド$(M,*,e)$がLCIFモノイド,あるいはテトリス代数であるとは,次の条件を満たすことをいう.
$M$がLCIFモノイドのとき,$M$上の順序を
$$
x \leq y \Longleftrightarrow \exists z \in M, x*z = y
$$
と定めると,$M$はupho半順序集合になる.
(反射律) $x = x * e$より$x \leq x$
(推移律) $x \leq y,\ y \leq z$のとき,ある$a,b \in M$が存在して$x * a = y,\ y * b = z$である.
よって,$x * (a * b) = (x * a) * b = y * b = z$なので,$x \leq z$
(反対称律) $x \leq y,\ y \leq x$のとき,ある$a,b\in M$が存在して$x * a = y,\ y * b = x$なので,
$x * (a * b) = (x * a) * b = y * b = x = x * e$であり,左簡約性より$a * b = e$である.
また,可逆元が単位元のみであることから$a = b = e$であり,$x = y$が従う.
(upho性)
$$
\{x \in M \mid x \geq a\} = \{ a * y \mid y \in M \}
$$
であり,左$a$倍写像が順序同型
$$
M \to \{x \in M \mid x \geq a\},\quad y \mapsto a * y
$$
を与える.
この命題によって,upho半順序集合の豊富な例が得られます.実は,最初に挙げた例はすべてLCIFモノイドから得られることが分かります.
Stern posetの例は分かりやすいです.$a,b,c$を左から掛けることがHasse図上でそれぞれ左上,真上,右上への移動に対応し,$ac=ba, bc=ca$は合流規則を表しています.
upho半順序集合$(\mathcal{P}, \leq)$が「LCIFモノイドから得られる」とは,その上の演算$*$をうまく定めることで,$(\mathcal{P}, *)$がLCIFモノイドになり,
$$
x \leq y \Longleftrightarrow \exists z \in M, x * z = y
$$
をみたすこととして定義します.
次の予想がこれまで未解決で,今回私が反証するものです.
すべての(finitaryな)upho半順序集合はLCIFモノイドから得られる
なお,「モノイドから来るか」という問題は少し抽象的で分かりにくいかもしれません.これをHasse図の「色付け」という言葉に置き換えることもできます.反例の構成には必要ないので,これについては 別記事 で解説します.
ここからは私の結果である「LCIFモノイドから得られないupho半順序集合の構成」の解説です.upho半順序集合の一般論をもっと詳しく知りたい方は 別記事 をご覧ください.
構成にはグラフ理論を用います.グラフ$\Gamma$とは,有限集合$V = V(\Gamma)$(頂点集合)と,$V(\Gamma)$の2点部分集合からなる集合$E = E(\Gamma)$(辺集合)の組のことでした.頂点推移的グラフとは,どの頂点から見ても全体の構造が同じであるようなグラフのことです.正確には,$\Gamma$の自己同型群$\mathrm{Aut}(\Gamma)$が$V(\Gamma)$に推移的に作用するということです.
頂点推移的グラフ$\Gamma$の頂点$v_0$に対し,半順序集合$\mathcal{P} = \mathcal{P}(\Gamma, v_0)$を,
$$
\mathcal{P}(\Gamma, v_0) := \{ (v, n) \in V(\Gamma) \times \mathbb{Z}_{\geq 0} \mid \text{$v_0$ から長さ $n$ のwalkで $v$ に到達可能} \}
$$
とし,$\mathcal{P}$上の順序を
$$
(v, n) \leq (v', n') \Leftrightarrow \text{$v$ から長さ $n'-n$ のwalkで $v'$ に到達可能}
$$
と定める.
たとえば,完全グラフ$K_3$:
$$
V(K_3) = \{v_0,v_1,v_2\},\quad E(K_3) = \{\{v_0,v_1\}, \{v_1,v_2\}, \{v_2,v_0\}\}
$$
に対しては,次のような半順序になります.
$\mathcal{P}(K_3, v_0)$
$\mathcal{P} = \mathcal{P}(\Gamma, v_0)$はfinitaryなupho半順序集合になる.
任意の$(u,m) \in \mathcal{P}$に対し,$\sigma(v_0) = u$なるグラフの自己同型$\sigma \in \mathrm{Aut}(\Gamma)$をとれば,
$$
\mathcal{P} \to \{(v',n') \in \mathcal{P} \mid (v',n') \geq (u,m) \},\quad (v,n) \mapsto (\sigma(v), n + m)
$$
は順序同型になる.
反例の構成には,Petersenグラフという10頂点のグラフを用います.
次で定義される頂点推移的グラフをPetersenグラフという.
Petersenグラフ
私が示した結果は次の主張です.
$\Gamma$をPetersenグラフとする.$\mathcal{P} = \mathcal{P}(\Gamma, v_0)$はLCIFモノイドから得られない.
なぜPetersenグラフを考えるかというと,これがCayleyグラフではないからです.
グラフ$\Gamma$がCayleyグラフであるとは,その自己同型群$\mathrm{Aut}(\Gamma)$の部分群$H$であって,$V(\Gamma)$に正則に作用する,すなわち,
$$
\forall v, w \in V(\Gamma),\quad \exists! \sigma \in H, \quad \sigma(v) = w
$$
を満たすものが存在することをいう.
$\Gamma$がCayleyグラフのとき,$\mathcal{P} = \mathcal{P}(\Gamma, v_0)$はLCIFモノイドから得られる.
$\Gamma$はCayleyグラフなので,自己同型群の部分群$H$が存在して,任意の頂点は$\sigma \in H$を用いて$\sigma (v_0)$と一意的に表せる.そこで,$\mathcal{P}$の演算$*$を
$$
(\sigma (v_0),m) * (\tau (v_0),n) := (\sigma \tau (v_0), m+n)
$$
によって定めると,これは$\mathcal{P}$の順序を誘導するLCIFモノイドとなる.
したがって,反例を探すには「頂点推移的で,かつCayleyグラフではない」という絶妙な性質を持つグラフが必要です.そこで候補に上がるのが,そのようなグラフの最小例であるPetersenグラフなのです.このアイディアはGeminiが教えてくれました.
$\Gamma$をPetersenグラフとする.$\mathcal{P} = \mathcal{P}(\Gamma, v_0)$はLCIFモノイドから得られない.
$\mathcal{P}$の積付け(LCIFモノイドの構造) $*$が存在すると仮定し,$*$を用いて,$\mathrm{Aut}(\Gamma)$の部分群$H$であって$V(\Gamma)$に正則に作用するものを構成する.これができれば,$\Gamma$が非Cayleyグラフであることに矛盾し,$\mathcal{P}(\Gamma, v_0)$はLCIFモノイド由来でないといえる.
準備として,
$$
V_m := \{ v \in V \mid (v,m) \in \mathcal{P} \} \quad (m=0,1,2,\cdots)
$$
とします.$\Gamma$が連結な非二部グラフであることから,ある$N_0$が存在して,$m \geq N_0$に対して$V_m = V$が成り立ちます.(実際は$N_0 = 4$)
$\mathcal{P}$の積付け$*$が存在すると仮定する.$a = (u,n) \in \mathcal{P}$を固定する.左$a$倍写像は,写像$\phi_{a,m} : V_m \to V$を用いて
$$
a * (v,m) = (\phi_{a,m}(v), n+m)
$$
と書ける.この証明の肝は,$\phi_{a,m}$が$m$によらないということである.
一旦この主張を認める.このとき,
$$
a * (v,m) = (\phi_a(v), m+n)
$$
である.$*$ の結合性から$\phi_{a * b} = \phi_a \circ \phi_b$であり,$\phi_{(v_0,0)} = \mathrm{id}$なので,
$$
(\mathcal{P}, *) \to (\mathrm{Aut}(\Gamma), \circ),\quad a \mapsto \phi_a
$$
はモノイドの準同型となる.さて,$\mathcal{P}_n := V_n \times \{n\} \subset \mathcal{P}$とすると,$m,n \geq N_0$に対しては,
$$
\mathcal{P}_m * \mathcal{P}_n = \mathcal{P}_{m+n}
$$
である.よって,$H_n := \{ \phi_a \mid a \in \mathcal{P}_n \}$とすると,
$$
H_m H_n = H_{m+n}
$$
である.よって$\{H_n \mid n \geq N_0\}$は半群となる.空でない有限半群は冪等元をもつので,ある$N$が存在し,
$$
H_N H_N = H_N
$$
である.よって$H_N$は有限群$\mathrm{Aut}(\Gamma)$の部分半群だから部分群である.また,$a = (v,N) \in \mathcal{P}_N$に対し,$a * (v_0,0) = (v,N)$
であるので,$\phi_a(v_0) = v$であり,$H_N$は$V$に正則に作用することが分かる.これは$\Gamma$がCayleyグラフであることを意味するが,$\Gamma$は非Cayleyグラフなので矛盾.
示し残した主張を証明する.頂点$v,w$が隣接していることを$v \sim w$で書くことにし,
$$
N(v) := \{ w \in V \mid v \sim w \} \quad (v \in V)
$$
とする.
頂点集合の全単射$\phi, \psi : V \to V$が,任意の$v,w \in V$に対して$v \sim w \iff \phi(v) \sim \psi(w)$を満たすならば,$\phi = \psi$である.
$\Gamma$の隣接行列を$A$とし,$\phi,\psi$に対応する置換行列を$P,Q$とすれば,
$$
PA = AQ, \quad QA = AP
$$
である.よって,$B := P-Q$とすると,
$$
AB = -BA
$$
である.したがって,$A$の固有値$\lambda$の固有ベクトル$x$に対して,
$$
ABx = -BAx = -\lambda Bx
$$
なので,$Bx$は$-\lambda$の固有空間に属す.一方,Petersenグラフの隣接行列$A$の固有値は$3, 1^5, (-2)^4$であり,$\lambda$と$-\lambda$が同時に固有値になることはない.$A$は実対称行列であり対角化可能であるため,すべての固有空間に対してこの考察をすることで$B = O$が得られる.
$\phi_a \in \mathrm{Aut}(\Gamma)$が存在して,任意の$m$について,
$$
\phi_{a,m} = \phi_a|_{V_m}
$$
左$a$倍写像は全単射なので,
$$
\phi_{a,m}(v) = \phi_{a,m}(w) \iff a*(v,m) = a*(w,m) \iff (v,m) = (w,m)
$$
であり,$\phi_{a,m}$は単射である.特に$m \geq N_0$のとき,$\phi_{a,m}$は全単射である.
任意の$(v,m) \in \mathcal{P}$と$w \in V$に対して,
\begin{align}
v \sim w &\iff (v,m) \leq (w,m+1) \\
&\iff a * (v,m) \leq a * (w,m+1) \\
&\iff (\phi_{a,m}(v), n + m) \leq (\phi_{a,m+1}(w), n + m + 1) \\
&\iff \phi_{a,m}(v) \sim \phi_{a,m+1}(w)
\end{align}
である.特に,$m \geq N_0$のとき,
$$
\forall v,w \in V, \quad v \sim w \iff \phi_{a,m}(v) \sim \phi_{a,m+1}(w)
$$
であるから,補題7より
$$
\phi_{a,N_0} = \phi_{a,N_0+1} = \cdots
$$
である.これを$\phi_a$と書く.このとき,任意の$v,w \in V$に対して,
$$
v \sim w \iff \phi_a(v) \sim \phi_a(w)
$$
なので,$\phi_a \in \mathrm{Aut}(\Gamma)$である.次に,各$0 \leq m < N_0$に対して$\phi_{a,m}$が$\phi_a$の制限になっていることを,$m$についての減少する帰納法で示す.$\phi_{a,m+1} = \phi_a|_{V_{m+1}}$と仮定する.任意の$v \in V_m$と$w \in N(v) \subset V_{m+1}$に対して,
$$
\phi_{a,m}(v) \sim \phi_{a,m+1}(w) = \phi_a(w)
$$
であることから,
$$
N(\phi_a(v)) = \phi_a(N(v)) \subset N(\phi_{a,m}(v))
$$
であり,両辺の元の数が等しく$3$なので,等号$N(\phi_a(v)) = N(\phi_{a,m}(v))$が成り立つ.$\Gamma$はtwin-free($N(v) = N(w) \Longrightarrow v = w$)なので,$\phi_{a,m}(v) = \phi_a(v)$が得られる.
Cayleyグラフでない頂点推移的グラフに対しては必ず,$\mathcal{P}$がLCIFモノイドから得られないのかというと,実はそんなことはありません.実際,Petersenグラフの線グラフはCayleyグラフでない頂点推移的グラフですが,補題7が成り立たず,病的なLCIFモノイドの構造が存在することが証明できます.どのようなグラフなら反例になるかという問題は現在のところopen problemです.
私の結果から,今後の研究は「upho束」に移っていくと思われます.upho束は,これはupho半順序集合に束という条件を加えたものです.次の予想が現在,この分野の最大の未解決問題になっています.
すべての(finite-type $\mathbb{N}$-gradedな)upho束はLCIFモノイドから得られる
upho束については面白い話題が色々とあり,この予想の重要性にも関わってきます.これらについては次回紹介しようと思います.
次回は こちら