【Notationなど】
Skyrme模型の基礎
において、$U$をSkyrme模型の場とすると、そのtopological degreeに対応する
\begin{align}
B:=\int d^3x B^0
=\frac{i}{24\pi^2}\int d^3x \ \epsilon^{0\nu\alpha\beta}{\rm tr}(L_\nu L_\alpha L_\beta), \ \ \ L_\mu :=U^\dagger \partial_\mu U
\end{align}
がバリオン荷(=バリオンの粒子数)であると述べました。しかしその根拠はなんでしょうか。Skyrmeは1961年のその論文の中で既に$B$を核子の粒子数に同定しています(Ref.Skyrme1962)。しかしこれがトポロジカルに保存するからといってバリオン荷であるというのは、根拠としては弱いように思えます。$B$がバリオン荷である最も直接的な証明は、$B$がバリオンの粒子数に関する$U(1)_V$変換のネーターチャージであることを示すことです。本記事と次の記事でこれを示します。
そのために、本記事ではメソンの低エネルギー有効理論である非線形シグマ模型(NLσ模型)においてアノマリーを実現する項 −Wess-Zumino-Witten項−(WZW項) を導出します。次の記事でWZW項をゲージ化することで、バリオンカレントを導きます。
Skyrme模型はNLσ模型にSkyrme項を加えたものであり、以下の議論は全てSkyrme模型でも成立します。また前回はSU(2)の模型を考えましたが、本記事と次の記事ではSU(3)の場合を考えます。
本記事はRef.Zahed1986に基づいています(というかこの論文の日本語訳に近いです。文責はもちろん本記事筆者にあります)。またこの論文はSkyrme模型のreview論文であり、以下の議論は主にE.Wittenの論文Ref.Witten1983に基づいています。
NLσ模型とは以下のLagrangianで記述される理論です:
\begin{align}
{\cal L}=\frac{f_\pi^2}{4}{\rm tr}(\partial_\mu U\partial^\mu U^\dagger), \ \
U=\exp\left(i\lambda^a\frac{\pi^a({\boldsymbol x,t})}{f_\pi}\right)
\end{align}
ここで$\pi^a$はパイオンやKメソンなどの擬スカラー中間子、$\lambda^a$はSU(3)の生成子(またはSU(2))、$f_\pi$はパイオン崩壊定数と呼ばれる量です。一般にはこれに高次の相互作用項が入ります。Skyrme模型はNLσ模型に4次の微分を含む相互作用項として
\begin{align}
{\rm tr}([\partial_\mu U,\partial_\nu U]^2)
\end{align}
を加えたものです。この項によりSkyrme模型には安定なソリトン解が存在します。NLσ模型は強い相互作用の基礎理論であるQCDの低エネルギー有効理論であり、特にSkyrme模型は核子を中間子のソリトンとして記述する興味深い模型です(
Skyrme模型の基礎
参照)。
NLσ模型にはQCDに存在しない離散対称性が存在します。それは
の2つの対称性です。一方QCDは、1.と2.のコンビネーションである対称性:${\hat {\boldsymbol\pi}}_{\rm op}U({\boldsymbol x},t)\hat{\boldsymbol\pi}_{\rm op}^{-1}=U^\dagger(-{\boldsymbol x},t)$に対して不変($\hat{\boldsymbol\pi}_{\rm op}$: パリティ変換のオペレータ)ですが、1.2.それぞれの対称性は持ちません。2.の対称性は以下のようなK、π、η中間子の反応過程
$$ K^+K^-\rightarrow\pi^+\pi^0\pi^-, \ \eta\pi^0\rightarrow \pi^+\pi^-\pi^0 $$
で破れます。逆に言えば、現実に存在するこれらの過程は上記対称性を破らないとNLσ模型に取り入れられません。このような過程はQCDでは量子アノマリーにより起こります。よって、上記離散対称性を破りこれらの過程を取り入れることは、NLσ模型にアノマリーの効果を取り入れることに相当します。
Wittenはこの効果を取り入れるため、NLσ模型において
(a) Lorentz対称性を保つ
(b) $U(3)_L\otimes U(3)_R$を保つ
(c) 1.2.それぞれは破れているが、両者を同時に施す対称性は保持する
を満たすようなEoMを構築することを考えました。そのようなEoMを実現するには、
\begin{align} \lambda\epsilon_{\mu\nu\alpha\beta}L^\mu L^\nu L^\rho L^\sigma\tag{1} \end{align}
をEoMに導入すればよいです。実際この項を取り入れたEoM
\begin{align}
\frac{1}{2}f_\pi^2\partial^\mu L_\mu
+\lambda\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}
L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta=0
\end{align}
において(第1項はNLσ模型の最低次の項)${\boldsymbol x}\rightarrow-{\boldsymbol x}$を施すと
\begin{align}
\frac{1}{2}f_\pi^2\partial^\mu L_\mu
-\lambda\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}
L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta=0
\end{align}
となります。更に$\pi^a\rightarrow -\pi^a$を施せば
\begin{align}
\frac{1}{2}f_\pi^2\partial^\mu L_\mu
+\lambda\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}
L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta=0
\end{align}
のように元に戻ります。ということで、このEoMは確かにWittenの提唱どおりの性質を持ちます。
問題はこの項を導く作用が簡単には作れないことです。上記の項を導くには、Lagrangianに
\begin{align}
\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}{\rm tr}
(L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta)
\end{align}
を加えればよいように思えます。しかし$\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}$の完全反対称性と${\rm tr}$の巡回不変性よりこの項はゼロになってしまいます。
EoMに$\lambda\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta$をもたらす作用を求めるのに参考になるのが、単磁荷を持つU(1)Diracモノポールが存在する下で、そのモノポールを中心とする球面上を動く電子の運動を考えることです。この電荷の運動は以下の運動方程式
$$ m\ddot r_i+m\dot r^2r_i=eg\epsilon_{ijk}\dot r^j r^k $$
によって記述されます。$m,e$はそれぞれ電子の質量、電荷、$g$はモノポールの磁荷です。$r^i$はモノポールの座標です($i$は方向のインデックス)。この式は$t\rightarrow -t$と$r_i\rightarrow -r_i$それぞれの変換に対しては不変ではありませんが、その組み合わせに関して不変性を持ちます。かつ単純に思いつく右辺の項を導く作用$\epsilon^{ijk}\dot r^i r^j r^k$は消えてしまいます。ということで状況は同じです。
この解決法はよく知られています。詳しいことは省きますが、作用に
\begin{align}
eg\int_\gamma {\bf A}\cdot d{\bf r}=e\int_{D^+_2}d{\bf \Sigma}\cdot {\bf B} \tag{2}
\end{align}
を加えればよいです。ここで$A$はDirac string(半無限の特異点のひも)をもつモノポールに対応するU(1)ゲージ場、$B$はモノポールが作る磁場です。$\gamma$は球面$S^2$上の方向を持つ閉経路です。$D_2^+$は$\gamma$を境界とする$S^2$の領域であり、ここでは$\gamma$の向き付けの左手側の領域とします。$D_2^-$はその反対側の領域とします。Dirac stringは$D^2_\pm$のうちどちらかを貫きます。Eq.(2)の右辺の積分は、Dirac stringにより貫かれていない方の領域で行います。しかしDirac stringの位置はゲージ変換で変わるため物理的ではなく、どちらの領域での積分も同じ結果を与えなければなりません。このことから、経路積分の位相部分は
\begin{align}
\exp
\left[\frac{ie}{\hbar}\int_{D_2^+}
d{\bf \Sigma}\cdot {\bf B}
\right]
=
\exp
\left[-\frac{ie}{\hbar}\int_{D_2^-}
d{\bf \Sigma}\cdot {\bf B}
\right]
\end{align}
を満たす必要があります。これはDirac quantizationの条件$eg=n/2$($n:$整数)を導きます。
この例より、Eq.(2)の作用のNLσ模型における対応物を構成すれば、望むEoMを実現できます。
以下NLσ模型を4次元Euclid空間において考えます。時間方向を$S^1$にコンパクト化し、さらに空間も$S^3$であるとします。例えばSkrme模型において解に無限遠でゼロとなる境界条件をつければ空間を$S^3$とみなせます。
このようなセットアップのもとで、モノポールの場合の$S^2$上の閉経路 $S^1$は、NLσ模型では$S^3\times S^2$上の$S^3\times S^1$に対応します。$S^3\times S^2$において$S^2$を分解し
\begin{align}
D_5^+=S^3\times S^1\times [0,1], \ \ D_5^-=S^3\times S^1\times[-1,0] \tag{3}
\end{align}
を定義して、$S^3\times S^1$を$D_5$の境界とみなします。
一方map $U$に対応するSU(3)の多様体は$S^5\times S^3$に同型です(Bott's theorem)。
モノポールの作用は、$D_2^\pm$上でU(1)不変です($\gamma$上の線積分はゲージ場で書かれているのでU(1) variant、$D_2$上の磁場はU(1) invariant)。これとのアナロジーで考えれば、NLσ模型の場合、作用は$D_5^{\pm}$上で$SU(3)_L\times SU(3)_R$不変です。$D_5$上の$U$を$U(x;s)$のように表し、SU(3)へのmapであるとします。このときhomotopyは
\begin{align}
(S^3\times S^2,S^5\times S^3)\sim
(S^5,S^5)\sim
\pi_5({S^5})={\mathbb Z}
\end{align}
となり、トポロジカルな不変量が存在します。
De-Rhamの定理によれば、トポロジカルに不変なclosed 5-form $\omega_5^0$が$S^5$上に存在します:
\begin{align}
\int_{S^5}\omega_5^0=\int_{S^5}
d^5x Q_5^0=2\pi
\end{align}
$Q_5^0$は$\pi_5(S^5)={\mathbb Z}$に対応するChern-Pontryagin densityであり
\begin{align}
Q_5^0=\frac{-i}{240\pi^2}
\epsilon^{0\mu\alpha\beta\gamma\delta}
{\rm tr}(L_\mu L_\alpha L_\beta L_\gamma L_\delta)
\end{align}
です。$\omega_5^0$は、1-form $\alpha=L_\mu dx^\mu$を定義すると
\begin{align}
\omega_5^0=\frac{-i}{240\pi^2}{\rm tr}
(\alpha^5)
\end{align}
と書けます。$d\alpha+\alpha^2=0$を用いると、$\omega^0_5$はclosedであることがわかります:
\begin{align}
d\omega^0_5=\frac{-i}{48\pi^2}
{\rm tr}(d\alpha^5)
=\frac{i}{48\pi^2}{\rm tr}(\alpha^6)=0
\end{align}
よってPoincare lemmaから$\omega_5^0$はlocally exactになります。
モノポールの場合に習うと、上記したWittenの条件(a)-(c)を満たす作用は
\begin{align}
\Gamma_{WZ}=+\lambda\int_{D_5^+}\omega_5^0=-\lambda\int_{D^-_5}\omega^0_5
\end{align}
となります。$D_5^{\pm}$はEq.(94)で定義された領域です。
$\Gamma_{\rm WZ}$は以下の性質を満たします:
以上から、QCDの離散対称性を持つNLσ模型は
\begin{align}
S_\pm
=-\frac{f_\pi^2}{4}
\int d^4x {\rm tr}[L^\mu L_\mu]
\pm
\frac{(-i)\lambda}{240\pi^2}
\int_{D_5^{\pm}}
d^5x
\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta\gamma}
{\rm tr}
(L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta L_\gamma)
\end{align}
となります。そして$S^3$上のEoMは
\begin{align}
-\frac{f_\pi^2}{2}\partial^\mu L_\mu
+\frac{(-i\lambda)}{48\pi^2}
\epsilon^{\nu\alpha\beta\gamma}
L_\nu L_\alpha L_\beta L_\gamma=0
\end{align}
となり、望むEoMが得られます。Wittenは$\Gamma_{WZ}$がこのEoMを与える唯一の項であることを示しています。
モノポールの場合と同様、$\lambda$には量子化条件がつきます:
\begin{align}
\exp\left(i\lambda\int_{D_5^+}\omega_5^0\right)&=\exp\left(-i\lambda\int_{D_5^-}\omega_5^0\right)\\
\leftrightarrow\lambda\left(
\int_{D_5^+}\omega_5^0+
\int_{D_5^-}\omega_5^0
\right)
&=2n\pi \ \ \ (n:\text{integer})
\end{align}
ここで2行目の左辺は
\begin{align}
\lambda\left(
\int_{D_5^+}\omega_5^0+
\int_{D_5^-}\omega_5^0
\right)=\lambda\int_{D_5^+\cup D^-_5} \omega_5^0
=\lambda \int_{S^3\times S^2} \omega_5^0
=2\pi\lambda
\end{align}
より、$\lambda$は整数であることがわかります。
$U$はSU(3)の元であり、「QCDの離散対称性を実現する」の章で書いたように$U=\exp(i\phi), \phi:=\lambda^a\pi^a/f_\pi$です。低エネルギーの場合を考え$\pi$は$f_\pi$に対して小さいとすると、$\phi$の成分は1より十分小さくなり
\begin{align}
{\rm tr}\left[L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta L_\gamma\right]
&\simeq
{\rm tr}\left[
(-i\partial_\mu\phi)(i\partial_\nu\phi)
(-i\partial_\alpha\phi)(i\partial_\beta\phi)
({\bf 1}-i\phi)(i\partial_\gamma\phi)
\right]\\
&\simeq
i{\rm tr}[\partial_\mu \phi\partial_\nu \phi\partial_\alpha \phi\partial_\beta \phi\partial_\gamma \phi]
\end{align}
となります。これを用いて$\Gamma_{WZ}$を書きなおすと、$\lambda$を整数$n$として
\begin{align}
\Gamma_{WZ}&=
\pm\frac{(-i\lambda)}{240\pi^2}
\int_{D_5^\pm}
d^5x\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta\gamma}{\rm tr}\left[
L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta L_\gamma
\right]\\
&\simeq
\pm\frac{n}{240\pi^2}
\int_{D_5^\pm}
d^5x\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta\gamma}
{\rm tr}
\left[
\partial_\mu\phi \partial_\nu\phi \partial_\alpha\phi \partial_\beta\phi \partial_\gamma\phi
\right]\\
&=\frac{n}{240\pi^2}\int_{\partial D_5=S^3\times S^1}
d\Sigma_\mu
\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta\gamma}
{\rm tr}
\left[
\phi \partial_\nu\phi \partial_\alpha\phi \partial_\beta\phi \partial_\gamma\phi
\right]
\end{align}
を得ます。この式は5次元の座標による表式ですが、境界は通常の時空なので、4次元の座標で書けば
\begin{align}
=\frac{n}{240\pi^2}\int d^4x
\epsilon^{\mu\nu\alpha\beta}
{\rm tr}
\left[
\phi \partial_\mu\phi \partial_\nu\phi \partial_\alpha\phi \partial_\beta\phi
\right]
\end{align}
となります。この項は5つの擬スカラー中間子を含むアノマリーによる反応過程、例えば$K^+K^-\to \pi^+\pi^0\pi^-$を含みます。NLσ模型における低エネルギー極限でのアノマリーの効果はすべてこの項に含まれます。NLσ模型は対称性と低エネルギー性のみで特徴づけられる一般的な模型なので、この結果も大変一般的な結論です。
改めてWZW項は以下のようになります:
\begin{align}
\Gamma_{WZ}&=\frac{(-in)}{240\pi^2}\int_{D_5^+}d^5x \epsilon^{\mu\nu\alpha\beta\gamma}
{\rm tr}(L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta L_\gamma)\\
&=-\frac{(-in)}{240\pi^2}\int_{D_5^-}d^5x \epsilon^{\mu\nu\alpha\beta\gamma}
{\rm tr}(L_\mu L_\nu L_\alpha L_\beta L_\gamma)
\end{align}
$n$は整数、$D_5^{\pm}$はEq.(3)で定義された領域。$L_\mu:=U^\dagger \partial_\mu U$。$U$は$S^3\times S^1$上で定義されたSU(3)の値をとる場。
非線形シグマ模型(NLσ模型)には存在するがQCDには存在しない離散対称性を破るために、Wess-Zumino-Witten項(WZW項)を導入しました。この対称性を破る作用は単純に考えると消えてしまいます。そこで磁気モノポールが単位球の中心に存在する際の球面上を動く電子を参考にして、そのような項 −WZW項− を構成しました。NLσ模型に存在する余分な離散対称性を破る効果は、QCDでは量子アノマリーによってもたらされます。よってWZW項はNLσ模型に量子アノマリーを導入する効果を持ちます。実際低エネルギー極限におけるアノマリーによる擬スカラー中間子の結合項を完全に書き下すことができます。
ここで紹介した方法はRef.Witten1983に基づくものです。発見法的であり、またトポロジカルな側面が強調されている方法かと思います。一方、アノマリーに直接則した方法でWZW項を導くことも可能です。WessとZuminoはRef.Wess1971において、アノマリーに関する積分可能条件(現在ではWess-Zumino条件とも呼ばれます)からこの項を導いています。
次の記事では、WZW項をゲージ化することで、U(1)ゲージ場とWZW項との相互作用を記述するWZW項を導きます。この計算からバリオンカレントを導き、冒頭で示した$B$がバリオン荷であることを示します。
おしまい。${}_\blacksquare$