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大学数学基礎解説
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非線形シグマ模型におけるWess-Zumino-Witten項 (2/2)

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Wess-Zumino-Witten項のゲージ化

非線形シグマ模型におけるWess-Zumino-Witten項 (1/2) では、NLσ模型のもつ余分な離散対称性を破り、QCDのもつ離散対称性を実現するためにWess-Zumino-Witten項を導入しました(脚注)。この項はNLσ模型において量子アノマリーを実現する項です。

QCDにおいて量子アノマリーによりもたらされる過程で有名なものにπ02γがあります。WZW項が低エネルギー有効理論における量子アノマリーを実現するなら、π02γもこの項により実現すると考えられます。本記事ではWZW項をゲージ化し、π02γの過程の確率振幅がQCDの予言と一致することを見ます。

さらに、バリオン数に関するU(1)V変換のカレントを導くことで、Skyrme模型におけるtopological degree
B=d3xB0=i24π2d3xϵ0ναβtr(LνLαLβ),   Lμ:=UμU
がバリオン荷(=バリオンの粒子数)であることを示します。

本記事はRef.Zahed1986に基づいています。

基礎事項

最初に本記事で必要な基礎事項を述べておきます。主に変換性に関わることです。

Flavor

SU(3)のflavor空間において扱われるクォークはup quark (u),down quark (d), strange quark (s)の3種類です。これらの電荷はeを電子の電荷の絶対値として、以下の表のようになります:

クォークの種類電荷質量
up quark (u)+2/3e2.2MeV
down quark (d)-1/3e4.7MeV
strange quark (s)-1/3e93MeV

以降u, d, sをそれぞれq1,q2,q3に対応させます。このインデックスに対応する空間をflavor空間と呼びます。一方、ガンマ行列γμ,γ5が作用する空間はspinor空間であり、このインデックスに関してqはLorentz変換を受けることに注意してください。

Chirality

クォークのchiralityという概念を導入するため、PR,PLを以下のように定義します:
PL:=(1γ5)2,   PR:=(1+γ5)2
これらはprojection operatorの性質を満たします:PL2=PR2=1, PRPL=PLPR=0
Left handed (LH), right handed (RH)のクォークを
qLi:=PLqi,  qRi:=PRqi
で定義します。これらはγ5の固有状態です:γ5qR=+qR,  γ5qL=qL
qRはchiralityプラス、qLはchirality マイナスであると言います。

擬スカラー中間子Uとクォークとの対応関係

NLσ模型のUとクォークとの関係は以下です:
(1)Uij=q¯j(1γ5)2qi=qRjqLi
ここでq¯:=qγ0です。flavorの足の付き方に注意してください。またqR:=(PRq)γ0=q¯PLであることにも注意してください。

Left-handed, right-handedの変換性

クォークはLH、RHの変換に対し
(2){LH:qLLqL,   qRは不変RH:qRRqR,   qLは不変
と変換します。ここでL=exp(iQL),R=exp(iQR)です。

UはEq.(1)と(2)より
(3)Uexp(iQL)Uexp(iQR)=LUR
と変換することがわかります。これは Skyrme模型の基礎 の「非線形表現」の章で示した変換性と一致します。

Vector変換、axial vector変換

Vector charge QVとaxial vector charge QAは次のように定義されます:
{QV=12(QL+QR),QA=12(QLQR),
vector変換, axial vector変換はexp(iQV),exp(iQA)による変換ですが、QL=QRとすると、Uの変換のaxial vector変換は消え、vector変換のみが残ります。すなわちQL=QR=Qとすると、Uに対するvector変換は
Uvector変換exp(iQ)Uexp(iQ)
となります。

U(1)em,U(1)B

電磁気学の大域的な(=場所に依存しない)U(1)変換に対するUの変換はvector変換であり、クォークの電荷の行列Q=diag(+2/3,1/3,1/3)を用いて
Uexp(iQ)Uexp(iQ)
となります。以下この変換をU(1)em変換と呼びます。

クォークは電荷だけではなくバリオン荷を持ちます。すべてのクォークはバリオン荷1/3を持ちます。核子は3つのクォークからなり、バリオン荷は加法的であるため、核子はバリオン荷1を持ちます。バリオン荷は粒子の反応過程で保存されます。

本記事では強い相互作用に関わるゲージ群をSU(Nc)とします(現実はNc=3)。このときバリオン荷に関する不変性は、QB=1/Nc diag(1,1,1)に関するvector変換です。

ゲージ変換

ゲージ変換とは局所的な変換のことを言います。例えばvector変換をゲージ変換にpromoteする場合、ϵ(x)のように時空に依存するパラメータを用いて
Uexp(iϵ(x)Q)Uexp(iϵ(x)Q)
とします。

Wess-Zumino-Witten項のゲージ化

ΓWZU(1)Vに関してゲージ化(ゲージ場を導入することでゲージ変換に対し不変にすること)します。そのためにvector変換をゲージ変換にpromoteします:
Uexp(iϵ(x)Q)Uexp(iϵ(x)Q)
この変換に対してΓWZは不変ではありません。これが不変になるようにΓWZを変更します。

通常、U(1)ゲージ変換に対して理論を不変にするにはゲージ場を導入し、微分μμiAμのように置き換えればよいです。ところがΓWZはこのような操作ではゲージ不変にはできません。ではどうするかというと、try & errorでゲージ不変となる作用を探します。

以下では微分形式を用いて計算します。a(x)に対しda:=μa dxμです。wedge積は明示しません。dadbdadb=(μa)(νb) dxμdxνのことと了解してください。

Try & errorによるゲージ化その1

以下の量を定義します:
{α:=UμUdxμ=UdU=dUU=UβU,β:=UμUdxμ=UdU=dUU=UαU

これらのゲージ変換に対する変換性は以下です:
{δQα=iϵ[Q,α]+idϵUQUidϵQ,δQβ=iϵ[Q,β]+idϵUQUidϵQ
この変換を
ΓWZ=ND5+tr(α5)=ND5+tr(β5),   N:=in240π2
に施します。ΓWZに関しては 前回の記事 を参照してください。計算すると
δQΓWZ=5ND5+tr(α4δQα)=5ND5+tr(α4{iϵ[Q,α]+idϵUQUidϵQ})(4)=5NiD5+dϵtr{(UQUQ)α4}
ここでtr(UQUα4)=tr(QUα4U)であり、またUαU=βよりUα4U=(UαU)4=β4であるから
Eq.(4)=5NiD5+dϵ tr[Q(α4β4)]=5NiD5+dϵ tr[Qd(α3β3)]=5iND5+d(dϵtr(Q[α3β3]))
Stokesの定理から
(5)=5iNM4dϵ tr(Q(α3β3))
ここでM4D5+です。ということでδQΓWZはゼロにはなりません。

Try & errorによるゲージ化その2

これを打ち消すために、ゲージ場A:=Aμdxμを導入します。そして
ΓWZ(1):=ΓWZ5nM4A tr[Q(α3β3)]
を定義し、この量のゲージ変換性を考えます。δQΓWZ(1)は、δQA=idϵより、初項のδQΓWZと第2項のAδQが作用した部分が打ち消します。よって
δQΓWZ(1)=5NM4A tr[QδQ(α3β3)]
となります。

計算していくと、以下のようになります:
tr(QδQα3)=tr[Q{(idϵUQUidϵQ)α2+α(idϵUQUidϵQ)α+α2(idϵUQUidϵQ)}]tr(QδQβ3)=tr[Q{(idϵUQUidϵQ)β2+β(idϵUQUidϵQ)β+β2(idϵUQUidϵQ)}]
ゆえに
tr[QδQ(α3β3)]=id ϵtr[2Q2(α2β2)Q(UQUdUdUUQUdUdU)+Q(dUQdUdUQdU)+Q(dUdUUQU+dUdUUQU)+QUdUQUdUQUdUQUdU]
を得ます。下線を付した部分以外は打ち消し合ってゼロになります。以上から
δQΓWZ(1)=5NM4A tr(QδQ(α3β3))=5iNM4A dϵ tr[2Q2(β2α2)QdUQdU+QdUQdU]=10iNM4A dϵ tr[Q2(β2α2)QdUQdU]
ここで
QdUQdU=d(aQUQddUbQdUQU),  a+b=1
であり、これがparity対称性をもつようにa=b=1/2とします。またα2β2=d(α+β)であることを用いて変形すれば
=10iNM4dϵ A tr[Q2d(αβ)+12d(QdUQUQUQdU)]=10iNM4dϵ dA tr[Q2(αβ)+12(QdUQUQUQdU)]
2行目では部分積分を行いました。この結果からδΓWZ(1)もゲージ不変ではないことがわかります。

Try & errorによるゲージ化その3

さらにこの項を打ち消すため、「その2」と同様に
ΓWZ(2):=ΓWZ(1)+10NM4AdA tr[Q2(αβ)+12(QdUQUQUQdU)]
を定義します。δQΓWZ(2)を計算すると、δΓWZ(1)と第2項においてAδQが作用する部分は消えるので
δQΓWZ(2)=10NM4AdA δQtr[Q2(αβ)+12(QdUQUQUQdU)]=10NAdA tr[Q2{iϵ([Q,α][Q,β])+idϵ(UQUUQU)}+12{Qd(iϵ[Q,U])QU+QdUQ(iϵ[Q,U])Qiϵ[Q,U]QdUQUQd(iϵ[Q,U])}]
となります。あとはϵに比例する部分とdϵに比例する部分をそれぞれ計算すれば、どちらもゼロになることがわかります:
δQΓWZ(2)=0
これでU(1)Vのゲージ変換に対して不変なWZW項が求まりました。

まとめると以下のようになります:

ゲージ化されたWess-Zumino-Witten項

U(1)Vに関してゲージ化されたWZW項は以下で与えられる:
ΓWZ[U,A]=ND5+tr[α5]5NM4A tr[Q(α3β3)]+10NM4AdA tr[Q2(αβ)+12(QdUQUQUQdU)],(6)(α:=UμUdxμ,  β:=UμUdxμ,  N=in240π2)

この作用はゲージ場と擬スカラー中間子の相互作用項となっています。

カレントの導出

U(1)V変換に関するカレントを求めることを考えます。その際に便利なのがGell-Mann-Levyの方法です( この記事 参照のこと)。これは、カレントを導く際の変換パラメータϵを時空に依存させて作用の変化を計算し、変化した部分のうちμϵに比例する部分がカレントに対応する、という定理です。これに習えば、上で計算したδQΓWZのうちdϵに比例する部分がU(1)Vのカレントに対応します。ということで既にカレントの計算は終わっていて、Eq.(5)からμϵを除いたものが対応します。ゆえにカレントは
(7)Jμ=in48π2ϵμναβtr[Q(LνLαLβRνRαRβ)]
となります。U(1)emのカレントが欲しければQ=diag(+2/3,1/3,1/3)とすればよいです。

バリオンカレント

バリオンカレントは最初の章で述べたU(1)Bに関する変換のカレントです。Eq.(7)でQB=1/Nc diag(1,1,1)として
JBμ=nNci48π2ϵμναβtr[LνLαLβRνRαRβ](8)=nNci24π2ϵμναβtr[LνLαLβ]
がバリオンカレントです。ここでn=Ncとすれば
JBμ=i24π2ϵμναβtr[LνLαLβ]
を得ます。よってバリオン数B
B=d3xJB0=i24π2d3x ϵ0ναβtr[LνLαLβ]
となり、 Skyrme模型の基礎 で示したバリオン数と係数まで含めて一致します。こうしてUをmapとするtopogical degreeをバリオンの粒子数とみなすことが正当化されます。

ちなみに、LHとRHの変換それぞれのカレントを計算すると
JLμ=5Nϵμαβγtr(QLRαRβRγ),JRμ=5Nϵμαβγtr(QRLαLβLγ)
となります。ここでRμ:=UμUです。QL=QR=QBとして、JLJRを足せば
JBμ=JLμ+JRμ=i24π2nNcϵμαβγtr(LαLβLγ)
となり、Eq.(7)と一致します。

中性パイオンの崩壊過程

WZW項はNLσ模型に量子アノマリーの効果を導入します。量子アノマリーによる擬スカラー粒子の崩壊で有名なのが、中性パイオンが2光子に崩壊するπ02γです。Eq.(6)の第3項は2つの光子と擬スカラー中間子の結合を表す項です。よって、この項はπ02γの崩壊を表す項を含み、それはQCDのABJ anomalyから導かれる崩壊の確率振幅と一致する結果を与えると考えられます。

これを確かめるため、Eq.(6)の第3項の中から対応する項を抜き出します。低エネルギーの状況を考え、π~a:=πa/fπのべきで展開します。このとき
U1+iπ~,  U1iπ~αidπ~,  βidπ~
これらより
tr(Q2(αβ))2itr(Q2dπ~),12tr(QduQUQUQdU)itr(Q2dπ~)
ゆえにEq.(6)第3項は
10NM4AdA tr[Q2(αβ)+12(QdUQUQUQdU)]10NM4AdA 3itr(Q2dπ~)(9)=30iNM4dAdA tr(Q2π~)
ここでN=in240π2。また
dAdA=(μAνdxμdxν)(αAβdxαdxβ)=14ϵμναβFμνFαβ d4x
です。tr(Q2π~)の中で中性パイオンに対応するπ3πa=3の意)の部分を抜き出すと
tr(Q2π~)π3の部分tr(Q2π3λ3/fπ)=13e2π3fπ
となります。ここでQに電荷e2を付加しておきました。以上より
Eq(9)=e2n96π2d4x ϵμναβFμνFαβ
を得ます。n=NcとすればQCDのアノマリーの計算のそれと完全に一致します。バリオンカレントの計算においてn=Ncとすると、Skyrme模型のトポロジカル不変量(map Uのtopological degree)がバリオン数と一致しましたが、この例でもn=Ncと同定することが正当化されます。

まとめ

前回と今回で以下の事項に関して書きました:

  • 前の記事: 非線形シグマ模型(NLσ模型)に存在する余分な離散対称性を破るために、磁気モノポールの存在下での電子の運動を参考にして、トポロジカルな議論からWess-Zumino-Witten項(WZW項)を導入しました。
  • 本記事: WZW項をゲージ化することで、以下の2つを示しました:
    1. ゲージ化されたWZW項がQCDのABJ anomalyによるπ02γの過程を完全に再現すること
    2. U(1)B変換に関するカレントを導き、このカレントから定義されるバリオン数が、Skyrme模型におけるトポロジカル不変量と一致すること

低エネルギー有効理論におけるアノマリーの効果がWZW項のみで記述でき、さらにそれがトポロジカルな側面を持つのは大変興味深い事実です。さらに、Skyrme模型におけるバリオン数が、 WZW項を通してanomalousな形でトポロジカル不変量と結びつくという発見は、その模型の提唱当時には(おそらく)思いもよらなかった驚くべき発展だと思います。実際に核子がパイオンのソリトンかどうかはわかりませんが、純粋に理論的にも面白いと思います。

おしまい。


(脚注)1971年にWessとZuminoによりWess-Zumino(-Witten)項は導入されました(Ref.Wess1971)が、その際には量子アノマリーの積分可能条件により同項が導かれています。


Appendix

ここではUと実在の粒子との関係についてメモしておきます。以下のnotationはRef.Zahed1986に従います。登場する粒子については、例えばRef.WikipediaPDGをご参照ください。

Uπaとの関係

本記事におけるUπaとの関係は以下です:
U(x,t)=expi[λaπa(x,t)fπ],  tr(λaλb)=2δab   (a,b=1-8)

fπはパイオン崩壊定数, λaはGell-Mann行列(Ref.Gell-Mann)です。

πaと実在の粒子との関係

πaと実在の粒子との関係は以下のようになります:
λaπa(x,t):=2(π0/2+η/6π+K+ππ0/2+η/6K0KK¯023η)

右辺に現れるπ0は中性パイオンを表す記号です(πa=0ではない)。これら8個の中間子は8重項と呼ばれます。本文のEq.(1)より、flavor SU(3)の基本表現と反基本表現をそれぞれ3,3¯と表すとU3¯3ですが、これを既約分解すると
3¯3=18
になります。上の中間子はこの8表現に属するので8重項と呼ばれます。

正確なことを言うと、行列中のηは実在の粒子のη(Ref.PDG参照)ではなく、η8と書くべきものです。既約分解の1重項の粒子をη0と書くと、実在の粒子であるη,ηは、理想的なSU(3)におけるη0,η8の混ざった状態です。

πaは以下のようになります:

π1=2(π++π)π2=2i(π+π)π3=2π0π4=2(K++K)π5=2i(K+K)π6=2(K¯0+K0)π7=2i(K0K¯0)π8=2η

以上。

参考文献

投稿日:2023717
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bisaitama
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  1. Wess-Zumino-Witten項のゲージ化
  2. 基礎事項
  3. Flavor
  4. Chirality
  5. 擬スカラー中間子$U$とクォークとの対応関係
  6. Left-handed, right-handedの変換性
  7. Vector変換、axial vector変換
  8. $U(1)_{\rm em}, U(1)_B$
  9. ゲージ変換
  10. Wess-Zumino-Witten項のゲージ化
  11. Try & errorによるゲージ化その1
  12. Try & errorによるゲージ化その2
  13. Try & errorによるゲージ化その3
  14. カレントの導出
  15. バリオンカレント
  16. 中性パイオンの崩壊過程
  17. まとめ
  18. Appendix
  19. $U$$\pi^a$との関係
  20. $\pi^a$と実在の粒子との関係
  21. 参考文献