Wess-Zumino-Witten項のゲージ化
非線形シグマ模型におけるWess-Zumino-Witten項 (1/2)
では、NLσ模型のもつ余分な離散対称性を破り、QCDのもつ離散対称性を実現するためにWess-Zumino-Witten項を導入しました(脚注)。この項はNLσ模型において量子アノマリーを実現する項です。
QCDにおいて量子アノマリーによりもたらされる過程で有名なものにがあります。WZW項が低エネルギー有効理論における量子アノマリーを実現するなら、もこの項により実現すると考えられます。本記事ではWZW項をゲージ化し、の過程の確率振幅がQCDの予言と一致することを見ます。
さらに、バリオン数に関する変換のカレントを導くことで、Skyrme模型におけるtopological degree
がバリオン荷(=バリオンの粒子数)であることを示します。
本記事はRef.Zahed1986に基づいています。
基礎事項
最初に本記事で必要な基礎事項を述べておきます。主に変換性に関わることです。
Flavor
SU(3)のflavor空間において扱われるクォークはup quark (u),down quark (d), strange quark (s)の3種類です。これらの電荷はを電子の電荷の絶対値として、以下の表のようになります:
クォークの種類 | 電荷 | 質量 |
up quark (u) | +2/3e | 2.2MeV |
down quark (d) | -1/3e | 4.7MeV |
strange quark (s) | -1/3e | 93MeV |
以降u, d, sをそれぞれに対応させます。このインデックスに対応する空間をflavor空間と呼びます。一方、ガンマ行列が作用する空間はspinor空間であり、このインデックスに関してはLorentz変換を受けることに注意してください。
Chirality
クォークのchiralityという概念を導入するため、を以下のように定義します:
これらはprojection operatorの性質を満たします:。
Left handed (LH), right handed (RH)のクォークを
で定義します。これらはの固有状態です:。
はchiralityプラス、はchirality マイナスであると言います。
擬スカラー中間子とクォークとの対応関係
NLσ模型のとクォークとの関係は以下です:
ここでです。flavorの足の付き方に注意してください。またであることにも注意してください。
Left-handed, right-handedの変換性
クォークはLH、RHの変換に対し
と変換します。ここでです。
はEq.(1)と(2)より
と変換することがわかります。これは
Skyrme模型の基礎
の「非線形表現」の章で示した変換性と一致します。
Vector変換、axial vector変換
Vector charge とaxial vector charge は次のように定義されます:
vector変換, axial vector変換はによる変換ですが、とすると、の変換のaxial vector変換は消え、vector変換のみが残ります。すなわちとすると、に対するvector変換は
となります。
電磁気学の大域的な(=場所に依存しない)U(1)変換に対するの変換はvector変換であり、クォークの電荷の行列を用いて
となります。以下この変換を変換と呼びます。
クォークは電荷だけではなくバリオン荷を持ちます。すべてのクォークはバリオン荷1/3を持ちます。核子は3つのクォークからなり、バリオン荷は加法的であるため、核子はバリオン荷1を持ちます。バリオン荷は粒子の反応過程で保存されます。
本記事では強い相互作用に関わるゲージ群をとします(現実は)。このときバリオン荷に関する不変性は、に関するvector変換です。
ゲージ変換
ゲージ変換とは局所的な変換のことを言います。例えばvector変換をゲージ変換にpromoteする場合、のように時空に依存するパラメータを用いて
とします。
Wess-Zumino-Witten項のゲージ化
をに関してゲージ化(ゲージ場を導入することでゲージ変換に対し不変にすること)します。そのためにvector変換をゲージ変換にpromoteします:
この変換に対しては不変ではありません。これが不変になるようにを変更します。
通常、U(1)ゲージ変換に対して理論を不変にするにはゲージ場を導入し、微分をのように置き換えればよいです。ところがはこのような操作ではゲージ不変にはできません。ではどうするかというと、try & errorでゲージ不変となる作用を探します。
以下では微分形式を用いて計算します。に対しです。wedge積は明示しません。はのことと了解してください。
Try & errorによるゲージ化その1
以下の量を定義します:
これらのゲージ変換に対する変換性は以下です:
この変換を
に施します。に関しては
前回の記事
を参照してください。計算すると
ここでであり、またよりであるから
Stokesの定理から
ここではです。ということではゼロにはなりません。
Try & errorによるゲージ化その2
これを打ち消すために、ゲージ場を導入します。そして
を定義し、この量のゲージ変換性を考えます。は、より、初項のと第2項のにが作用した部分が打ち消します。よって
となります。
計算していくと、以下のようになります:
ゆえに
を得ます。下線を付した部分以外は打ち消し合ってゼロになります。以上から
ここで
であり、これがparity対称性をもつようにとします。またであることを用いて変形すれば
2行目では部分積分を行いました。この結果からもゲージ不変ではないことがわかります。
Try & errorによるゲージ化その3
さらにこの項を打ち消すため、「その2」と同様に
を定義します。を計算すると、と第2項においてにが作用する部分は消えるので
となります。あとはに比例する部分とに比例する部分をそれぞれ計算すれば、どちらもゼロになることがわかります:
これでのゲージ変換に対して不変なWZW項が求まりました。
まとめると以下のようになります:
ゲージ化されたWess-Zumino-Witten項
に関してゲージ化されたWZW項は以下で与えられる:
この作用はゲージ場と擬スカラー中間子の相互作用項となっています。
カレントの導出
変換に関するカレントを求めることを考えます。その際に便利なのがGell-Mann-Levyの方法です(
この記事
参照のこと)。これは、カレントを導く際の変換パラメータを時空に依存させて作用の変化を計算し、変化した部分のうちに比例する部分がカレントに対応する、という定理です。これに習えば、上で計算したのうちに比例する部分がのカレントに対応します。ということで既にカレントの計算は終わっていて、Eq.(5)からを除いたものが対応します。ゆえにカレントは
となります。のカレントが欲しければとすればよいです。
バリオンカレント
バリオンカレントは最初の章で述べたに関する変換のカレントです。Eq.(7)でとして
がバリオンカレントです。ここでとすれば
を得ます。よってバリオン数は
となり、
Skyrme模型の基礎
で示したバリオン数と係数まで含めて一致します。こうしてをmapとするtopogical degreeをバリオンの粒子数とみなすことが正当化されます。
ちなみに、LHとRHの変換それぞれのカレントを計算すると
となります。ここでです。として、とを足せば
となり、Eq.(7)と一致します。
中性パイオンの崩壊過程
WZW項はNLσ模型に量子アノマリーの効果を導入します。量子アノマリーによる擬スカラー粒子の崩壊で有名なのが、中性パイオンが2光子に崩壊するです。Eq.(6)の第3項は2つの光子と擬スカラー中間子の結合を表す項です。よって、この項はの崩壊を表す項を含み、それはQCDのABJ anomalyから導かれる崩壊の確率振幅と一致する結果を与えると考えられます。
これを確かめるため、Eq.(6)の第3項の中から対応する項を抜き出します。低エネルギーの状況を考え、のべきで展開します。このとき
これらより
ゆえにEq.(6)第3項は
ここで。また
です。の中で中性パイオンに対応する(の意)の部分を抜き出すと
となります。ここでに電荷を付加しておきました。以上より
を得ます。とすればQCDのアノマリーの計算のそれと完全に一致します。バリオンカレントの計算においてとすると、Skyrme模型のトポロジカル不変量(map のtopological degree)がバリオン数と一致しましたが、この例でもと同定することが正当化されます。
まとめ
前回と今回で以下の事項に関して書きました:
- 前の記事: 非線形シグマ模型(NLσ模型)に存在する余分な離散対称性を破るために、磁気モノポールの存在下での電子の運動を参考にして、トポロジカルな議論からWess-Zumino-Witten項(WZW項)を導入しました。
- 本記事: WZW項をゲージ化することで、以下の2つを示しました:
1. ゲージ化されたWZW項がQCDのABJ anomalyによるの過程を完全に再現すること
2. 変換に関するカレントを導き、このカレントから定義されるバリオン数が、Skyrme模型におけるトポロジカル不変量と一致すること
低エネルギー有効理論におけるアノマリーの効果がWZW項のみで記述でき、さらにそれがトポロジカルな側面を持つのは大変興味深い事実です。さらに、Skyrme模型におけるバリオン数が、 WZW項を通してanomalousな形でトポロジカル不変量と結びつくという発見は、その模型の提唱当時には(おそらく)思いもよらなかった驚くべき発展だと思います。実際に核子がパイオンのソリトンかどうかはわかりませんが、純粋に理論的にも面白いと思います。
おしまい。
(脚注)1971年にWessとZuminoによりWess-Zumino(-Witten)項は導入されました(Ref.Wess1971)が、その際には量子アノマリーの積分可能条件により同項が導かれています。
Appendix
ここではと実在の粒子との関係についてメモしておきます。以下のnotationはRef.Zahed1986に従います。登場する粒子については、例えばRef.WikipediaやPDGをご参照ください。
ととの関係
本記事におけるととの関係は以下です:
はパイオン崩壊定数, はGell-Mann行列(Ref.Gell-Mann)です。
と実在の粒子との関係
と実在の粒子との関係は以下のようになります:
右辺に現れるは中性パイオンを表す記号です(ではない)。これら8個の中間子は8重項と呼ばれます。本文のEq.(1)より、flavor SU(3)の基本表現と反基本表現をそれぞれと表すとはですが、これを既約分解すると
になります。上の中間子はこの8表現に属するので8重項と呼ばれます。
正確なことを言うと、行列中のは実在の粒子の(Ref.PDG参照)ではなく、と書くべきものです。既約分解の1重項の粒子をと書くと、実在の粒子であるは、理想的なSU(3)におけるの混ざった状態です。
は以下のようになります:
以上。