はじめてまして、理物B2のぴろしきです。色々な分野をつまみ食いしています。今回はPhysics Labのアドベントカレンダー企画の一環で初めて記事を執筆しました。この記事では、個人的に興味を持っている量子情報におけるランダムネスの話に簡単に触れていきたいと考えています。
ところどころ厳密じゃないところがあると思いますが物理数学の記事ということでご容赦ください。
1.数学的な準備
2.量子情報への応用
3.今後の課題
まず最初に今回のトピックとなるHaar測度について紹介しようと思います。
(左)Haar測度と書きましたが、右の場合は右移動作用に関して成り立てば良いです。これはどのようなモチベーションに基づいたものなのか考えてみます。
まず普通の
位相空間
位相空間
位相空間
実際
今回の文脈においては量子状態の存在するヒルベルト空間と作用となるユニタリオペレーターに対してHaar測度を入れたいので、以下のような形で扱って行きます。
例えばユニタリ群
Haar測度のイメージ
Haar測度は定数倍を除いて一意に定まる性質を持ちます。以下ではHaar測度を平均を取る場面で多く使っていくので、全域での積分値が1となるように取っているものとします。また与えられた測度
上で紹介したHaar測度とそれによって生まれるランダムネスは量子情報における解析で非常に有用ですが、実装が困難であることが知られています。そこでこれを近似したUnitary designという概念を導入します。
を満たすとき
なお、
この定義によれば、テンソル積の回数が等しいならHaar測度で成立したことをそのまま適応することができます。
有名なUnitary 2-design(3-designでもある)としてクリフォードゲートがあります。
パウリ演算子
パウリ群
を満たすものを(n-qubit)クリフォードゲートという。
ちょっと抽象的ですね。例えば、1qubitの場合を考えてみると、
つまり24個あるということになりますね。この上の一様分布を考えてあげれば、Unitary designとなり、ある種のHaar測度の近似になるわけです。
この点についてはAnaの最後の方で詳しく扱われています。
次に、表現論という分野で基本的な性質として使われる、Schurの補題について紹介します。まずは表現論とは何かというところからざっくり話していきましょう。
以下で単に群といったら有限群のことを指すとします。
(名古屋より)
今後このような表現を、群準同型
表現
が成立する。
要するに可換な図式が書ければ良いということになります。
次に証明の肝となる不変部分空間について紹介します。
また表現
これはつまり、部分空間
以上の定義をもとにSchurの補題を示していきます。
群
が成立するならば、
零写像の場合は明らかなので、零写像でなければ同型写像であることを示す。
まず
次に
よって零写像でなければ同型写像であることが示された。
この補題から重要な系が導出されます。
上の条件で、
ここでSchurの補題より
となってしまい、
よって
これにより、表現の不変部分空間に対する同型写像は、スカラー倍の作用の形で書けることがわかります。
以上が数学的なイントロダクションでした。次の章では量子情報の文脈で具体的にどのように生きてくるのか見ていきたいと思います。
この章ではHaarランダムの量子情報への応用として乱択ベンチマーキングと呼ばれる、量子ノイズを推定する手法を紹介します。
量子系のユニタリ時間発展は、現実ではノイズが乗ることが避けられません。しかしながらノイズによって測定が変化したとしても、そもそも量子系自体確率的なものである以上、それがどう変化したのかを判断することは不可能に近いです。ここではいくつかの仮定を置いた上で、ノイズがどう量子ゲートに影響を及ぼしたのかを考察していきます。
なお、この記事ではJosephで紹介されている手法を参考に説明していますが、中田でも、置換ユニタリを用いて少し異なる議論が展開されています。
まずは射影測定と呼ばれる測定方法について説明します。今量子状態がベクトル
これらを用いて測定を行ったときに、例えば
となります。ここで
射影測定は、状態が射影演算子の固有空間に落ちるため、何度同じ測定をやっても、出てくる値が等しいということで理想的な測定と呼ばれます。
一方でいつもこのように測定ができるとは限りません。例えば測定に誤差が発生したり、測定時に状態が固有空間に落ちない場合などは別の考え方をする必要があります。そこで出てくるのが間接測定です。間接測定では、実際の系を直接測定する代わりに、プローブと呼ばれる観測用の系を別に用意し、それをシステムと相互作用させて、プローブを測定することでシステムの状態を計算するという手法を取ります。
まずシステムとプローブの初期状態をそれぞれ
数式で流れを追うと以下のようになります。
ここでクラウス演算子を導入します。
上の例で
となる。ここで内部のプローブにかかるところだけまとめることで
ここで
このクラウス演算子は規格化条件を満たしています。実際kについて和を取ると、
ここで今上に書いた
POVM
実際上で作ったPOVMはこれらの条件を満たしていますね。
最後に量子ゲートの内積の定義について書いておきます。
任意の量子ゲート
この章の議論から、間接的な測定についても、クラウス演算子によって測定に伴うシステムの状態変化を見ることができ、その結果を得る確率はPOVMによって計算することができました。以下の節ではシンプルな
まずはノイズに対して以下の仮定を置きます。
ユニタリ時間発展
に対して、ノイジーな量子ゲートを とする。この時 はユニタリ時間発展を表す と量子ノイズ の合成になる。
すなわちとなる。
また量子ノイズは量子ゲートの種類に依存しない。
一つ目の仮定に対する物理的な意味を考えると、ノイズが影響を及ぼす時間よりも量子ゲートの実装にかかる時間の方が十分小さい時にこのような形になることが推察されます。また二つ目の仮定については、各ユニタリに依存しない背景ノイズに対する推定と見做せます。
ここで量子状態の忠実度という概念を考えます。
量子状態の密度演算子
を
これには例えば純粋状態
ある量子ゲート
量子チャンネル
を平均忠実度という。
ここでさっき出てきた量子ノイズ
となります。これが意味していることは、量子ノイズの平均忠実度が理想的な量子ゲートとノイジーな量子ゲートとの間の平均忠実度と等しくなっているということです。
この平均忠実度に関する以下の定理を提示しておきましょう。こちらの証明は省略しますがNielsenで示されれています。
量子チャンネル
ここで以下のようなアルゴリズムを与えます。
乱択ベンチマーキングのアルゴリズム
初期状態
Haar測度
これらに対応する実際のゲート(ノイズがのってる)
結果をPOVMで測定し、
POVMを繰り返すことで測定結果
を推定する。
さらに選び方AについてHaar測度に基づいた平均をとる。
以上のプロセスを色々な値の
これがなぜノイズの評価につながるのでしょうか?ポイントとなるのは色々な
エラーの影響のイメージ
というわけで、この
量子ノイズ
ただし
まず
ここで
と変形できる。
今一つ一つの
以上より
と書ける。ここで
今
に分ければ、それぞれがユニタリ作用で不変であることがわかる。そのため、Schurの補題を思い出すと
まず1点目として、ノイズが状態空間の間の作用であることを加味すると、トレース保存性を持っていて、
ここで定理4を用いて整理すると、
と書ける。これは
となる。係数は
今、Haar測度で与えたユニタリーを用いて証明を行いましたが、実はこの議論はunitary 2-designでも成り立つことが知られています。そのため、実際にはクリフォードゲートを用いて実験が行われています。また、今回Schurの補題を用いて計算をした部分は、Twirling(トワリング)と呼ばれる操作に対応しています。
これでこの記事のメインの部分は終了です!最後に論文を読んでいて気になったことや、近年の話について調べたことを軽くまとめておきます。
今回紹介した乱択ベンチマーク(RBと書きます)の手法は試行回数が少なくても良い精度が出る一方で使用するUnitary designを量子的にどう作成するかという点で課題を抱えています。
例えば、詳しい定義は載せませんが、RawadではUnitary Designに対して、
また、そもそもの構造として、今回紹介したRBは不十分であるという指摘もあります。例えばAnaで解説されている同時RBでは2つの系を用意し、それぞれの系で通常のRBを行ったのち、両者で同時にRBを実行することで、平均忠実度に止まらない測定結果の獲得や、RBを行うことによる互いへの影響などをみることができるようです。
今後量子技術が実用に近づくにつれ、量子ゲートの特徴を評価できる今回のような分野は発展していくことが期待されます。今後も様々な手法とその背後の数理に取り組んでいきたいと思います。