まえがき
こんにちは!的場 沙雪です.今回は複素積分の解説をします.解説と言っても問題の解説ではなく,積分を解く際のテクニックについて解説していこうと思います.
概要
みなさんは,以下の積分をどう解きますか?
数Ⅲで頻出の積分ですね.恐らく部分積分を回行った回答をされた方が多いと思いますが,実は以下のような解き方もあります.詳しくは
神鳥奈紗
さんの
こちらの記事
を参照してください.
では,以下の不定積分はどうでしょうか?
以下の不定積分を,複素変数を用いて,積分定数はとして求めてください.
もちろん部分積分を回行えば良いです.でも,先ほどのような解答もしてみたくなります.
果たして本当にこれで良いのでしょうか?は複素数なので,一般にはの虚部はではないはずですよね……(実際,とするとなので,虚部はとなり,とは異なります.そもそもこれは実数ではないです).ああ,が実変数であればよかったのに!一致の定理を使っても出来そうだけど,なんか不定積分で関数が定まってないしどういう風に言えばいいのかよくわからないなあ…….
……実は,この方法を正当化することが出来ます.もちろんこのままではダメですが,以下に導入する関数虚部を使えばこれと実質的に同じ方法で解くことが出来ます.結論から言ってしまえば,複素変数を実変数だと思って虚部を取れば良いのです.
下準備
本題に移る前に,関数に関するいくつかの定義をしておこうと思います.これらの定義はよく知られたものではありますが,定義域などを再確認しておきます.
複素関数
定義域がの部分集合で,終域がである写像を「複素関数」とよびます.
正則関数
は複素関数,は複素領域であり,
を満たすとき,かつそのときに限り,を「正則関数」とよび,複素関数は正則であるといいます.
複素定数関数,複素零関数
の部分集合,複素数に対して,
により定義される複素関数をと表し,「値を持つ上の複素定数関数」とよびます.特にをと表し,「上の複素零関数」とよびます.
複素関数の四則演算
複素関数,に対して,
により定義される複素関数をや,括弧を省略してや,や,と表し,「との和」とよびます.
により定義される複素関数をや,括弧を省略してや,や,と表し,「との差」とよびます.
により定義される複素関数をや,括弧を省略してや,や,と表し,「との積」とよびます.
により定義される複素関数をや,括弧を省略してや,や,と表し,「との商」とよびます.
複素関数の定数倍
複素数,複素関数に対して,
により定義される複素関数をや,括弧を省略してや,や,と表し,「の倍」とよびます.
複素関数の反数
複素関数に対して,
により定義される複素関数をや,括弧を省略してと表し,「の反数」とよびます.
関数共役(関数共軛)
まず集合共役(集合共軛)と関数共役(関数共軛)の定義をします.これ以降にする定義は全てオリジナルのものですが,もし既に名前などついているのであれば,ご一報いただければ幸いです.
集合共役(集合共軛)
の部分集合に対して,
により定義されるの部分集合をや,括弧を省略してと表し,「の共役集合」や,「の共軛集合」とよび,集合は集合に関して共役であるもしくは共軛であるといい,作用素を「集合共役」や,「集合共軛」とよびます.
集合共役をで書くと,閉包や,代数的数全体の集合と紛らわしいので使わないことにします.
関数共役(関数共軛)
複素関数に対して,
により定義される複素関数をや,や,括弧を省略してや,と表し,「の共役関数」や,「の共軛関数」とよび,はに関して共役であるもしくは共軛であるといい,作用素を「関数共役」や,「関数共軛」とよびます.またが複素変数である場合,をや,括弧を省略してと表します.
は空集合でも構いません.その場合は空関数となり,空関数の共役関数は空関数自身となります.
関数共役は通常の共役とは異なります.例えば
により定義される複素関数に対して,,を実数とするとですが,一方です.
cjgは「共役」の英語"conjugate"の略です.関数共役は簡単にいうと,変数を実数だと思って共役をとることです.
「変数を実数だと思って共役をとる」というのは一般論ではないので,この方法で求めてはいけないものもあります(一部はたまたまその方法でも一致しますが).
勘が鋭い人は気づいたかもしれませんが,要は正則関数なら変数を実数だと思って共役をとる方法が使えます.それ以外は基本的に定義に従って変形してください.
では,この関数共役の基本的性質を見ていきましょう.証明は省略します(命題 3は一見非自明ですが,Schwarzの鏡像の原理からすぐにわかります).
対合
以下の等式が成り立ちます.ただしは複素関数とします.
写像の一致を述べるためには,全点での値の一致のみでなく定義域,終域の一致を示す必要があります.今回示すべきはの部分集合に対して,となることです.これはを示しておけば楽に証明できます.後述する命題 5も同様です.命題 5に関してはの部分集合,に対して,となること,そして複素関数に対して,となることを示す必要があります.
以下つの論理式は恒真です.ただしは複素関数とします.
命題 2の逆,即ち
及び
は一般には成り立ちません.いずれも前件は実数直線上での話でしかないですが,後件は複素平面上での話になっているためです.に注意してください.
以下つの論理式は恒真です.ただしは正則関数とします.
命題 2とは異なりの場合が気になりますが,今は複素領域なので連結です.このような状況は起こり得ません(ただし要証明です).
以下の等式が成り立ちます.ただし,とします.
また特に以下の等式が成り立ちます.
以下つの等式が成り立ちます.ただし,は複素関数とします.
以下の等式が成り立ちます.ただし,は複素関数とします.
以下の等式が成り立ちます.ただしは複素関数とします.
以下の論理式は恒真です.ただしはを変数とする実数係数多項式,は複素関数とします.
,において定数項は,の定数倍として扱ってください.
このように,通常の共役と似た性質を持つことがわかります.関数共役はこれらの命題を用いて容易に計算できます.
では,今回の話題の核心に迫る定理の紹介です.
は正則関数とします.
このときは正則で,
を満たします.
この定理によって,色々なことがわかります.例えば,後述する関数実部,関数虚部に関する系が証明できます.また証明は省略しますが以下の系がいえます.
は正則関数とします.
このとき,を複素変数,を積分定数として以下の不定積分に関する等式が成り立ちます.
は正則関数,,とします.
このとき,以下の等式が成り立ちます.
をとしたり,をとしたりすることはできません.つまり関数共役は外に出せません.これは,「が従属変数だから」というのはもちろんなのですが,通常の共役が値に作用するのと違って,関数共役は関数(もしくは特定の変数)に作用するからです.をとするのも(正しいですが計算するときは)やめた方が良いです.後述する関数実部,関数虚部も同様です.
とりあえず定理 9を証明しましょう.
解説
は正則ですから,
です.ここで
なので,を得ます.つまり,が正則でかつです.ここでの定義域は,終域はであり,の定義域は,終域はですから,です.
以上よりは正則で,を満たします.
関数実部,関数虚部
さあ,いよいよ大詰めです.関数実部と関数虚部を導入します.
関数実部,関数虚部
複素関数に対して,
により定義される複素関数をや,や,括弧を省略してや,と表し,「の実部関数」や,「の実部」とよび,作用素を「関数実部」とよびます.またが複素変数である場合,をや,や,括弧を省略してや,と表します.
により定義される複素関数をや,や,括弧を省略してや,と表し,「の虚部関数」や,「の虚部」とよび,作用素を「関数虚部」とよびます.またが複素変数である場合,をや,や,括弧を省略してや,と表します.
関数実部,関数虚部も関数共役と同じく正則関数なら変数を実数だと思って計算する方法が使えます.
では,関数実部,関数虚部の基本的性質を見ていきましょう.こちらも証明は省略します.
以下つの等式が成り立ちます.ただしは複素関数とします.
以下の論理式は恒真です.ただし,は複素関数とします.
以下つの論理式は恒真です.ただしは複素関数とします.
以下つの等式が成り立ちます.ただしは複素関数とします.
以下つの等式が成り立ちます.ただし,とします.
また特に以下つの等式が成り立ちます.
以下つの等式が成り立ちます.ただし,は複素関数とします.
以下つの等式が成り立ちます.ただし,は複素関数とします.
以下つの等式が成り立ちます.ただしは複素関数とします.
さて,定理 9から直ちに以下の系を得ます.
定理 9
は正則関数とします.
このとき,は正則で,
及び
を満たします.
この系から,さらに以下の系を得ます.
定理 9 系
は正則関数とします.
このとき,を複素変数,を積分定数として以下つの不定積分に関する等式が成り立ちます.
定理 9 系
は正則関数,,とします.
このとき,以下つのの等式が成り立ちます.
これが今回一番言いたかったことでした.冒頭の問題 2を解くことができます!
さらに,積分範囲が実数区間でない定積分にも適用できます!
あとがき
お疲れ様でした!これで心置きなく実部や虚部を取って複素積分が計算できます!実は
解説6
や
解説7
の不定積分はいきなり思いついたのではなく,この方法を使ってあらかじめ求めていたのでした.ただ実際の解答に書くわけにもいかず,複素数範囲で不定積分を求めようとしたらあんなに複雑になってしまっただけです.この方法はあくまで目標となる不定積分を求めるための手法,くらいに思っていただければと思います.
長くなりましたが,ここまで読んでいただきありがとうございました.