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大学数学基礎解説
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Picard Fuchsの微分方程式

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はじめに

 この記事では Chudnovskyの公式の証明 において重要となる公式
ΔΓ(τ)112=1(1728J(τ))1122F1(112,5121;1J(τ))
に通ずる理論:Picard Fuchsの微分方程式について解説していきます。
 なおこの記事では 楕円関数の記事 の内容を断りなく使用するので予め目を通しておくことをお勧めします。

同値な格子

 まず格子Lに対して定まる関数たちが等価な変形L=aL(a0)によってどう変化するかを見ていきます。
 ここで重要な関数、J-不変量を定めましょう。

 格子Lに対し判別式ΔJ-不変量J
Δ(L)=g2(L)327g3(L)2J(L)=g2(L)3g2(L)327g3(L)2
と定める。ただし
g2(L)=60G4(L),g3(L)=140G6(L)
とした。

 ちなみに実際によく目にする(?)j-不変量はj(L)=1728J(L)と定義されます。これと区別するためこの記事では大文字でJ-不変量と言うことにしています。

G2k(aL)=a2kG2k(L)
が成り立つ。特に
Δ(aL)=a12Δ(L),J(aL)=J(L)
が成り立つ。

 アイゼンシュタイン級数の定義より
G2k(aL)=ωaLω01ω2k=ωLω01(aω)2k=1a2kG2k(L)
とわかる。

 このようにJ-不変量は格子の等価な変形に対して不変であるため"不変"量と呼ばれています。

 格子Lと等価な格子L=aLに対しωL,aωLに対応する擬周期をそれぞれ
η(L)=ζ(z+ω,L)ζ(z,L)η(aL)=ζ(z+aω,aL)ζ(z,aL)
とおくと
η(aL)=1aη(L)
が成り立つ。

 ワイエルシュトラスのζ関数について
ζ(az;aL)=1az+ωaLω0(1azω+1ω+azω2)=1az+ωLω0(1azaω+1aω+zaω2)=1aζ(z;L)
が成り立つので
ηk(aL)=ζ(z+aωk:aL)ζ(z;aL)=ζ(az+aωk:aL)ζ(az;aL)=1a(ζ(z+ωk;L)ζ(z;L))=1aηk(L)
を得る。

特別な格子

 最後にJ-不変量によって特徴付けられる格子について解説しておきましょう。

 格子Lに対して等価な格子LJ
LJ=μ(L)L(μ(L)=g3(L)g2(L))
と定める。

 いま等価な格子L=aLに対しては
μ(L)=a6g3(L)a4g2(L)=1aμ(L)
から
LJ=μ(L)L=1aμ(L)aL=LJ
が成り立つので等価な格子たちに対してLJは一意に定まることがわかります。
 そしてこの格子がLJと名付けられているのは以下の特徴付けによるものになります。

 格子Lに対して定まる楕円曲線
X(L)=X(g2(L),g3(L))={(x,y)C2y2=4x3g2xg3}
について
X(LJ)={(x,y)C2y2=4x227JJ1(x+1)}
が成り立つ。

 LJ,μ(L)の取り方から
g2(LJ)=μ(L)4g2(L)=g2(L)3g3(L)2g3(LJ)=μ(L)6g3(L)=g2(L)3g3(L)2
つまりg2(LJ)=g3(LJ)が成り立つのでこの値をgとおくとJの定義より
J=g3g327g2=gg27
つまり
g=27JJ1
がわかる。したがって
4x3g2(LJ)xg3(LJ)=4x327JJ1(x+1)
を得る。

Picard Fuchsの微分方程式

 格子L上の(0でない)点ωに対しC上の経路β
β:0ω
と定め、これに対応するC2上の閉路α
α=((β),(β))
と定める。
 ただしβを適当に平行移動させることで以下zβにおいて(z),(z)は極も零点も取らないものとする。

 いま関数は微分方程式
(z)2=4(z)3g2(z)g3
を満たしていたのでαX(L)が成り立つことに注意しましょう。

 ωLに対応する擬周期を
η=ζ(z+ω,L)ζ(z,L)
とおくとω,ηC2上の周回線積分を用いて
ω=(x,y)αdxy,η=(x,y)αxydx
と表せる。

 変数変換
(x,y)=((z),(z)),dx=(z)dz=ydz
により
αdxy=βdz=ωαxydx=β((z))dz=[ζ(z)]β=η
とわかる。

 C2R上の4次元空間なので線積分?といった感じですが単なる積分
αf(x,y)dx=zβf((z),(z))d(z)
だと思えばそう難しくないと思います。
 以下ΩLJを任意に取り、対応する擬周期をHとおきます。

g=g2(LJ)=g3(LJ)=27JJ1
および
In=αxn2y3dx
とおくと
dΩdg=I1+I0,dHdg=I2I1
が成り立つ。

 (x,y)αX(LJ)に対し
y2=4x3g(x+1)
という関係から
ddgy2=2ydydg=ddg(4x3g(x+1))=(x+1)
特に
ddg(1y)=yy2=2yy2y3=x+12y3
が成り立つことに注意する。
 いまΩ,Hの積分表示
Ω=αdxy,H=αxydx
gについて微分することで
dΩdg=αddg(1y)dx=αx2y3dx+α12y3dx=I1+I0dHdg=αxddg(1y)dx=αx22y3dxαx2y3dx=I2I1
を得る。

I0=9Ω6H2g(g27),I1=gΩ18H4g(g27),I2=3Ω2H8(g27)
が成り立つ。

 まず(x,y)αに対し
fn(x,y)=xny
xについて微分することを考える。これは
ddxfn+1(x,y)=ddx(xfn(x,y))=fn(x,y)+xddxfn(x,y)
および
2ydydx=12x2g
が成り立つことに注意すると
ddxf0(x,y)=12x2g2y3ddxf1(x,y)=1y12x3gx2y3=1y3(y2+g(x+1))gx2y3=12y2gx+3g2y3ddxf2(x,y)=xyx(12y+2gx+3g2y3)=x2y2gx2+3gx2y3
と求まる。
 いま積分公式
αddxf(x,y)dx=[f(x,y)]α=0
に注意してこれらを積分することで
αddxf0(x,y)dx=12I2+gI0=0αddxf1(x,y)dx=12Ω2gI13gI0=0αddxf2(x,y)dx=12H2gI23gI1=0
つまり
(120g023230)(I2I1I0)=12g(0ΩH)
が成り立つので、これをI0,I1,I2について解くことで主張を得る。

36J(J1)dΩdJ=3(J+2)Ω2(J1)H24J(J1)dHdJ=3JΩ2(J+2)H
が成り立つ。

 いま補題5,6から
dΩdg=(18g)Ω+6H4g(g27)dHdg=gΩ+2(18g)H8g(g27)
が成り立つので
g=27JJ1=27+27J1
特に
ddg=(dgdJ)1ddJ=(J1)227ddJ18g=9(J+2)J1
に注意してこれを整理することで主張を得る。

Picard Fuchsの微分方程式

 任意のΩLJに対し
d2ΩdJ2+1JdΩdJ+31J4144J2(J1)2Ω=0
が成り立つ。

 いま補題7の式をH,dHdJについて整理することで
2(J1)H=36J(J1)dΩdJ+3(J+2)Ω24J(J1)2dHdJ=3J(J1)Ω(J+2)(36J(J1)dΩdJ+3(J+2)Ω)=36J(J1)(J+2)dΩdJ3(5J+4)Ω
が成り立つので2dHdJを二通りに計算することで
2dHdJ=ddJ(36JdΩdJ+3J+2J1Ω)=36Jd2ΩdJ2+(36+3J+2J1)dΩdJ9(J1)2Ω=112J(J1)2(36J(J1)(J+2)dΩdJ3(5J+4)Ω)
つまり
d2ΩdJ2+1JdΩdJ+31J4144J2(J1)2Ω=0
を得る。

Picard Fuchsの微分方程式の解

 Picard Fuchsの微分方程式はRiemannのP方程式というものの一つであり、そのP図式は
P{011614016340;J}
と求まります。したがってこれは超幾何関数によって解くことができ、特に
P{011614016340;J}=P{010141603416;1J}=(1J1)14P{0100112012512;1J}
と変形できることからJ=の周りで以下のような解が得られます(詳しくは この記事 の第1~3節をご参照ください)。

b(J)=J14(1J)142F1(112,5121;1J)
はPicard Fuchsの微分方程式
d2bdJ2+1JdbdJ+31J4144J2(J1)2b=0
を満たす。

モジュラー形式と超幾何関数

  楕円関数の記事 では任意の格子Lに対し等価な格子Lτ=Z+Zτ(τH)
が(複数)存在することを紹介しました。
 いまそのような格子Lτを変数に取るような関数を単にτを変数とした形で表すこととしましょう。つまり
G2k(Lτ)=G2k(τ)Δ(Lτ)=Δ(τ)=g2(τ)327g3(τ)2J(Lτ)=J(τ)=g2(τ)3g2(τ)327g3(τ)2μ(Lτ)=g3(τ)g2(τ)
といった具合になります。

モジュラー形式との関係

 ちなみに
G2k(Lτ)=ωLτω01ω2k=(m,n)(0,0)1(mτ+n)2k=G2k(τ)
はモジュラー形式のアイゼンシュタイン級数と一致するが
g2(τ)=60G4(τ)=602ζ(4)E4(τ)=602π490E4(τ)=4π43E4(τ)g3(τ)=140G6(τ)=1402ζ(6)E6(τ)=1402π6945E6(τ)=8π627E6(τ)
なので
Δ(Lτ)=(4π43)3E4(z)327(8π627)2E6(τ)2=26π1227(E4(τ)3E6(τ)2)=(2π)121728(E4(τ)3E6(τ)2)
となりこれはラマヌジャンのデルタ
ΔΓ(τ)=qn=1(1qn)24=E4(τ)3E6(τ)21728
とは(2π)12倍だけ異なることに注意する。
 またJ(Lτ)μ(Lτ)
J(Lτ)=E4(τ)3E4(τ)3E6(τ)2,μ(Lτ)=2π6E6(τ)E4(τ)
と表せる。

 さて上ではJ-不変量によって特徴付けられる格子
LJ=μ(L)L
に対し任意のΩLJがPicard Fuchsの微分方程式
d2ΩdJ2+1JdΩdJ+31J4144J2(J1)2Ω=0
を満たすこと、および
b(J)=J14(1J)142F1(112,5121;1J)
も同じ微分方程式を満たすことを示したのでした。
 このことから以下の事実を示してこの記事の締めとしましょう。

μ(τ)=2π6J14(1J)142F1(112,5121;1J)
が成り立つ。

 Lτに対して定まる格子LJ=μ(τ)Lτの基本周期としてΩ=μ(τ),μ(τ)τが取れ、これらは二階線形微分方程式
d2ΩdJ2+1JdΩdJ+31J4144J2(J1)2Ω=0
の解であったのでこの微分方程式を満たす任意の関数g(J)はこれらの線形結合
g(J)=cμ(τ)+dμ(τ)τ=(c+dτ)μ(τ)(c,dC)
として表せる(解空間が二次元線形空間であることからわかる)。
 いまb(J)はその微分方程式を満たすのであるc,dCが存在して
b(J)=(c+dτ)μ(τ)
が成り立ち、またJ,μの周期性
J(τ+1)=J(τ),μ(τ+1)=μ(τ)
に注意すると
b(J)=(c+d+dτ)μ(τ)
となるのでd=0でなければならないことがわかる。
 そしてτiにおいて
E4(τ),E6(τ)1,J(τ)
となることに注意すると
b(J)1,μ(τ)2π6
つまり
b(J)=62πμ(τ)
を得る。

Δ(τ)112=2π124J(τ)1122F1(112,5121;1J(τ))
が成り立つ。

J=g23Δ,J1=27g32Δ
つまり
g2=(JΔ)13,g3=((J1)Δ27)12
が成り立つことに注意すると
μ=g3g2=((J1)Δ)142714(JΔ)16=2714J16(J1)14Δ112
と表せることから上の補題と合わせて主張を得る。

参考文献

投稿日:202148
更新日:2024520
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子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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  3. 特別な格子
  4. Picard Fuchsの微分方程式
  5. Picard Fuchsの微分方程式の解
  6. モジュラー形式と超幾何関数
  7. 参考文献