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大学数学基礎解説
文献あり

Chudnovskyの円周率公式の証明

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はじめに

 この記事では 前の記事 でラマヌジャンの円周率公式を理解しきれなかった代わりにChudnovskyの公式については理解できていたので、その証明について解説していきたいと思います。

主定理

 Chudnovskyの公式とは円周率公式
1π=12n=0(1)n(6n)!(3n)!(n!)3545140134n+135914096403203n+32
のことを言うのでした。この記事ではより一般的な以下の公式を示していきます。

 Im(τ)>1.25なる複素数τに対して
12πImτJ(τ)J(τ)1=n=0(1s2(τ)6+n)(6n)!(3n)!(n!)31(1728J(τ))n
が成り立つ。ただし
J(τ)=E4(τ)3E4(τ)3E6(τ)2s2(τ)=E4(τ)E6(τ)(E2(τ)3πImτ)
とした(E2k(τ)は正規化アイゼンシュタイン級数)。

 Chudnovskyの公式はこのτ=τ163=1+163i2の場合であり、このとき
1728J(τ163)=6403203
および
s2(τ163)=7726528090856689,1s2(τ163)6=13591409545140134
と計算できることから上の公式が導かれます。別の数値例については 参考文献 のp.40やp.44で見ることができます。
 ちなみに公式の右辺は|J(τ)|>1において収束し、その十分条件としてIm(τ)>1.25が仮定されています。
Im(τ)>1.25|J(τ)|>1
であることについてはこの記事では扱いませんので詳しくは 参考文献 のTheorem5.1 (p.17以降)を参照してください。

J(τ),s2(τ)の計算について

 今回証明する上の公式(定理1)は具体的にJ(τ)s2(τ)の値が計算できないと実用的に意味がありません。J(τ),s2(τ)はアイゼンシュタイン級数によって定義されており、一見無理数や超越数までもが出てきそうな見た目をしていますが、τが特殊な性質を満たすときは有理数や整数となることが知られています。ただしそのことの証明ついてはこの記事では扱いません。あくまでこの記事で示すのは上の主定理のみです。
 というのもその事実について書かれた文献を(すぐ手に入る範囲で)まだ見つけていないのでそもそも私がその証明を知らない、といった状態なのです。然るべき文献を見つけ、その証明を理解した暁には別途記事を書くつもりなのでそれまでお待ちください。
 一応 参考文献 のp.40以降に書かれているJ(τ),s2(τ)の計算の手順についてこの記事の最後に記しておきます。

証明

 まず定理1の証明において重要となる3つの格子を以下のように定めておきます。
基本周期基本擬周期Lτ(ω1,ω2)=(1,τ)(η1,η2)=(η1(Lτ),η2(Lτ))LJ(Ω1,Ω2)=g3(τ)g2(τ)(1,τ)(H1,H2)=g2(τ)g3(τ)(η1,η2)L~τ(ω~1,ω~2)=Δ(τ)112(1,τ)(η~1,η~2)=Δ(τ)112(η1,η2)
ここで
g2(τ)=60G4(τ),g3(τ)=140G6(τ),Δ(τ)=g2(τ)327g3(τ)2
としました(なお 前回の記事 で説明したようにΔはラマヌジャンのデルタΔΓとは若干異なることに注意)。

η~k=12(J1)J23dω~kdJ(k=1,2)
が成り立つ。

A(J)=J16(J127)14
とおいたとき
J=g23Δ,J1=27g32Δ
から
g3g2=A(J)Δ112
つまりLJL~τの間に
(Ω1,Ω2)=A(J)(ω~1,ω~2),(H1,H2)=A(J)1(η~1,η~2)
という関係が成り立つこと、および
A(J)=(16J+14(J1))A(J)=J+212J(J1)A(J)
に注意すると 前回の記事 の補題7
36J(J1)dΩdJ=3(J+2)Ω2(J1)H
から
36J(J1)(dω~dJ+J+212J(J1)ω~)A(J)=3(J+2)A(J)ω~2(J1)A(J)η~
つまり
η~=18JA(J)2dω~dJ=18JJ13(J127)12dω~dJ=12(J1)J23dω~dJ
を得る。

η13g32g2s2(τ)=πImτ
が成り立つ。

  楕円関数の記事 の定理16および 前回の記事 から
η1=π23E2(τ),g2=4π43E4(τ),g3=8π627E6(τ)
であったので
s2(τ)=E4(τ)E6(τ)(E2(τ)3πImτ)=2π2g29g3(3π2η13πImτ)=2g23g3(η1πImτ)
を得る。

F(J)=2F1(112,5121;1J)
とおいたとき
12πIm(τ)JJ1=1s2(τ)6F2JddJF2
が成り立つ。

  前回の記事 の定理11
(ω~1=)Δ112=2π124J112F
から
η1=Δ112η~1=ω~1(12(J1)J23dω~1dJ)=3(J1)J23ddJω~12=3(J1)J232π23J16(16JF2+ddJF2)=π23J1J(F26JddJF2)3g32g2=32(A(J)Δ112)2=32J13(J127)124π212J16F2=π23J1JF2
と表せるので、補題3から
πIm(τ)=η13g32g2s2(τ)=π23J1J((F26JddJF2)s2(τ)F2)=π23J1J((1s2(τ))F26JddJF2)
がわかり、これを適当に整理することで主張を得る。

定理1の証明

 ここまで来ればあとは Ramanujanの円周率公式の記事 と似たようなことをするだけである。
 いまClausenの公式
2F1(a,ba+b+12;z)2=3F2(2a,2b,a+b2a+2b,a+b+12;z)
から
F2=2F1(112,5121;1J)2=3F2(16,56,121,1;1J)=n=0(16)n(56)n(12)n(1)n(1)n(1)n1Jn=n=0(6n)!(3n)!(n!)3zn(1728J)n
(最後の等号については この記事 参照)と表せるので、定理4から
12πIm(τ)JJ1=1s2(τ)6F2J1dJF2=n=0(1s2(τ)6+n)(6n)!(3n)!(n!)31(1728J)n
を得る。

J(τ),s2(τ)の計算について

J(τ)の計算

 ある互いに素(gcd(A,B,C)=1)な三整数A,B,Cに対して二次方程式Az2+Bz+C=0を満たすような複素数zで虚部が正のもの全体の集合を
CM={τHA+Bτ+Cτ2=0(A,B,C)}
とおく。
 このとき任意のτCMに対し虚二次体Q(τ)の類数をhとおくと、j(τ)=1728J(τ)は次数hの代数的整数となることが知られている。特に類数が1となるようなτCMを持ってくればj(τ)は次数1の代数的整数、つまり整数となる。
 またIm(τ)>1.25においてj(τ)
j~(τ)=(1+240(q+9q2))3q(1qq2)24(q=e2πiτ)
によって
|j(τ)j~(τ)|<0.2
とよく近似されるので機械計算によってj~(τ)を概算することでその四捨五入としてj(τ)の具体的な値が求められる(ちなみにj~(τ)の分母・分子はそれぞれデデキントのイータ関数η(τ)・アイゼンシュタイン級数E4(τ)q-展開を途中で打ち切ったものとなっている)。

 類数が1のときにj(τ)が整数となるのはラマヌジャン定数eπ163がほとんど整数であることのトリックとしてもよく知られていますね(参考:自由研究:ラマヌジャン定数のナゾ (1) , (2) - tsujimotterのノートブック)。
 また虚二次体Q(d)(dは平方因子を持たない正整数)の類数が1となるのは
d=1,2,3,7,11,19,43,67,163
の場合に限ることが知られており、Chudnovskyの公式に使われているτ163Q(163)はその中でも最大のものd=163の場合となっています。j(τ)q-展開
j(τ)=1q+744+196884q+
を見てもわかる通りj(τ)Im(τ)の増大によって|q1|=e2πIm(τ)のオーダーで増大することになります。j(τ)=1728J(τ)の値が大きければ大きいほど円周率公式(定理1)の収束が速くなるのでそういう意味でChudnovskyの公式は最良のτを持ってきたと言えるでしょう。

s2(τ)の計算

 τCMに対してs2(τ)Q(j(τ))が成り立つことが知られており、特に上で言及したようにQ(τ)の類数が1であるときはs2(τ)Q(j(τ))=Qとなる。
 また
η(τ)=q124n=1(1qn)=(E4(τ)3E6(τ)21728)124E2(τ)=E2(τ)3πIm(τ)
とおいたとき、τの満たす二次方程式Aτ2+Bτ+C=0とその判別式D=B24ACに対して
D(AC)2E2(τ)η(τ)4
は代数的整数となることが示せ、特にj(τ)は整数であったことから
E4(τ)η(τ)8=j(τ)13,E6(τ)η(τ)12=(j(τ)1728)12
も代数的整数であることに注意すると
bτ=cτD(j(τ)1728)(AC)2
が整数となるような整数cτを任意にとることで
aτ=bτs2(τ)Q=cτDE6(τ)η(τ)12E4(τ)E6(τ)E2(τ)=cτE4(τ)η(τ)8D(AC)2E2(τ)η(τ)4Z
つまりaτQZ=Zとなるのでs2(τ)は二つの整数aτ,bτの商aτbτとして求めることができる。
 j(τ)の値がわかればbτは構成できるのであとはaτの値を求める必要があるが、Im(τ)>1.25においてs2(τ)
s~2(τ)=1+240(q+9q2)1504(q+33q2)(124(q+3q2)3πIm(τ))
によって
|s2(τ)s~2(τ)|<222000|q|3
とよく近似されるのでa~τ=bτs~2(τ)とおいたとき
|aτa~τ|<222000|q|3|bτ|<0.5
と評価できるようにcτが取れれば機械計算によってbτs~2(τ)を概算することでその四捨五入としてaτの具体的な値が求められる。

追記:別証明

 ちなみに定理1は楕円関数を用いたややこしい議論を介さずとも
E4(τ)14=2F1(112,5121;1J)
および ラマヌジャンの恒等式
qdE4dq=E2E4E63(q=e2πiτ)
を用いれば簡単に導出することができます。

qdJdq=E6E4J
が成り立つ。

 J(τ)はラマヌジャンのデルタΔΓ(τ)を用いて
1729J(τ)=E4(τ)3ΔΓ(τ)
と表せたのでこれを対数微分すると
1JqdJdq=3E4qdE4dqqddqlogΔΓ=3E4E2E4E63E2=E6E4
を得る。

F(J)=2F1(112,5121;1J)
とおいたとき
12πIm(τ)JJ1=1s2(τ)6F2JddJF2
が成り立つ。

 F2=E4(τ)であったことに注意すると
JddJF2=J(qdJdq)1qddqE4=E4E6E2E4E66E4=16(1E4E6E2)F2
が成り立つので、この両辺に
12πIm(τ)JJ1=12πIm(τ)E43E62=163πIm(τ)E4E6F2
を足し合わせることで主張を得る。

参考文献

投稿日:202148
更新日:2024520
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投稿者

子葉
子葉
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主に複素解析、代数学、数論を学んでおります。 私の経験上、その証明が簡単に探しても見つからない、英語の文献を漁らないと載ってない、なんて定理の解説を主にやっていきます。 同じ経験をしている人の助けになれば。最近は自分用のノートになっている節があります。

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  1. はじめに
  2. 主定理
  3. 証明
  4. 定理1の証明
  5. J(τ),s2(τ)の計算について
  6. 追記:別証明
  7. 参考文献