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大学数学基礎解説
文献あり

ゲージ対称性とは何か(12): Faddeev-Popovの方法とDiracの方法の整合性

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Faddeev-Popovの方法はDiracの方法と無矛盾か?

(本記事は ゲージ対称性とは何か(11):経路積分量子化におけるFaddeev-Popovの方法 の続きです。)

前回の終わりで述べたように、Faddeev-Popov(FP)の方法において、ゲージ固定を施したYang-Mills(YM)理論の分配関数は

Faddeev-Popovの方法におけるYMの分配関数

DAexp(iS)=VDAexp(iS~),    S~:=d4x(L12α(μAμa)2+ic¯aμDμbacb)

と書けることを述べました。これはLagrange formalismに基づきます。

一方で、Diracの方法では「ゲージ固定は第1種拘束条件の数だけ必要」でした。YM理論では第1種拘束条件は2つ、それに応じて2つのゲージ固定が必要です。典型的に以下がよく用いられます:
(1)π0a=0, Dbiaπib=0,A0a=0, iAai=0
(このへんのことは ゲージ対称性とは何か(8):Yang-Mills理論とDiracの方法 をご参照ください)
こちらはHamiltonian formalismで展開されます。

FPの方法ではEq.(1)の条件が課されているようには見えず、両者は不整合に見えます。しかし実は両者は整合的です

今回はFPの方法とDiracの方法の整合性に関して述べます。
以下はRef.[1]P162-の議論に基づいています(今回ちょっとオリジナリティが低いです...。)。

他の参考文献としてRef.[2-4]をあげておきます。ちゃんと読んでないのですが、本記事の関連事項が扱われており、有用かと思います。

Diracの方法からFPの方法へ

以下、Diracの方法に基づいた分配関数の経路積分表示から出発して、公式1で示した、FPの方法における経路積分を導きます。

特異系における経路積分

ゲージ理論等特異系における経路積分において、次の遷移振幅を計算します:
T:=ψF,tF=|ψI,tI=(2)=DpDqψFψIexpidt[pq˙H(p,q)]
上記のTは無限遠の過去で|ψIであり(ψI(x)=x,t=|ψI)、無限遠の未来で|ψFとなる(ψF(x)=ψI|x,t=)確率振幅です。ψF,ψIが真空ならTは分配関数です。 ただ、ψF,ψIは気にしなくてよいです。なぜなら、tI,tF+では、実質上初期・終状態に依存しなくなるからです(Ref.[1]P88)。すなわち、Tは分配関数だと考えてよいです。以下ψFψIのファクターを落として議論します。

ここで、q,p,Hは、拘束を用いて余分な自由度を消去した位置, 運動量, ハミルトニアンを表していますψFは複素共役を表しています。念の為)。以前述べたように、Diracの方法とは、この縮約位相空間q,pを用いた古典・量子力学を展開する方法ですから、Eq.(2)はDiracの方法に基づいた経路積分です。しかし拘束を解いて余計な変数を消去するのは一般に難しいし、見通しも悪いです。

そこで次の事実を用います。Eq.(2)と以下の経路積分は等価です:
(3)T=DpDqt[α=12mδ(ϕα)det1/2({ϕα,ϕβ}P)]expidt[pq˙H(p,q)]

この式ではq,pが使われておらず、かわりに拘束とそのPoisson括弧の行列式が使われています。この表式ではDiracの方法で必要な拘束条件がすべて課されています。Eq.(2)と(3)の等価性の証明はAppendixにまわします。とりあえず特異系ではEq.(3)を計算すればよく、またこれはDiracの方法と整合的、と理解しておいてください。

以下、YM理論におけるEq.(3)から出発して、最初に示した「公式1(Faddeev-Popovの方法における分配関数)」を導きます

Coulomb gaugeにおけるYang-Mills理論でのEq.(3)の計算

Eq.(3)をCoulombゲージのYM理論(拘束・ゲージ固定はEq.(1))に適用すると以下になります:
T=DπDA x[aδ(A0a(x))δ(Aa(x))]×x[aδ(π0a(x))δ(Dπa(x))]t(DetM)(4)×expid4x[πaμA˙μaH~(π,A)]
ここで
H~:=12[(πa)2+(Ba)2]+πa(A0agfabcAaA0c)+π0aλa
であり、πμaAμaの共役運動量で
πμa:=LA˙μ, πa=A0aA˙a+gfabcAbA0c
です。またDetMは以下のM:
Mxyab(t)=x(δabxgfabcAc(x))δ3(xy)
の汎関数行列式です。
Eq.(4)のデルタ関数を見ると、Eq.(3)の拘束・ゲージ固定が課されていることがわかります。つまりDiracの方法と整合的です。これを変形し、最終的にFPの方法と同じ表式を導きます。

まず
S~=id4x[πaμA˙μaH~(π,A)]
を定義しておきます。

DA0a,Dπ0aの積分をします。δ(A0a(x)),δ(π0a(x))により、これは自明に実行できます:
S~id4x[πiaA˙ia12[(πa)2+(Ba)2]]

次に、以下の等式を用います:

δ(Dπaρa)の書き換え

x,aδ(Dπaρa)=Dλaexpid4x[λa(Dπaρa)],Dπa:=πagfabcAbπc

この式を使って、デルタ関数をexpの肩に乗せます。ρaは物質場がもたらすカラー電荷の源ですが、いま物質場はないので、ρaはゼロです。ここで、λaを、既に積分したA0aと改めて書き直しておきます
id4x[πiaA˙ia12[(πa)2+(Ba)2]+A0a(Dπa)]=id4x[πiaA˙ia12[(πa)2+(Ba)2]+A0a(iπiagfabcAibπic)]=id4x[πiaA˙ia12[(πa)2+(Ba)2]+(πiaiA0agfabcA0aAibπic)]      ()=id4x[πia(A˙iaiA0a+gfabcA0bAic)12[(πa)2+(Ba)2]]=id4x[12(πa)2+πiaF0ia12(Ba)2]   (F0ia=A˙iaiA0a+gfabcA0bAic はfield strength)=id4x[12(πiaF0ia)2+12F0iaF0ia12(Ba)2]
πaに関して積分を実行すれば(Gauss積分)
id4x[12F0iaF0ia12(Ba)2]
磁場に関し、(Ba)2=12FijaFijaなので
=id4x[12F0iaF0ia14FijaFija]=id4x[14FμνaFμνa]=id4x L(A)
L=14FμνaFμνaはYM理論のLagrangianです。

以上より

(5)T=DAx,aδ(Aa(x))t(DetM)exp[id4xL]

となります。
これがCoulomb gaugeにおける遷移振幅の経路積分表示です。
(注意:上記の計算で、A˙iaを、共役運動量の定義:πia=F0ia=A˙iaiA0a+gfabcA0bAicを使ってπで書いてはダメです。同様にF0iaπiaで書き直すのもいけません)

ここまでの計算で重要なことをまとめておきます:

  • 特異系の遷移振幅の経路積分Eq.(4)において、被積分関数はexpid4x[πaμA˙μaH~(π,A)]のようにπ,Aで書かれており、積分はπ,Aで行う。Diracの方法における拘束条件・ゲージ固定が全て課されている。
  • π0,A0は自明に積分でき、これらは被積分関数においてゼロになる。するとA0が消えてしまうが、δ(Dbiaπib)を積分の形にして、その積分変数であるLagrange multiplierをA0と書くことで復活する。
  • πiに関してはGauss積分なので、これを実行すれば、expの肩はLagrangianの積分に一致する。これにCoulomb gauge条件およびDetMをかけたものをAで積分した経路積分が最終的な表式。

ゲージ固定項、FP determinantの導出

ここまで導けば、あとは基本的に前回行った計算と同様です。

まずFPの方法におけるゲージ固定項12α(μAμa)を導いておきます。

次の量を定義します:
(Δ[A,f])1:=Dθx,aδ(μAμafa)
θはゲージ変換のパラメータです。DθはHaar measure: Dθ=DθなのでΔ[Aθ,f]=Δ[A,f]となりゲージ不変です(AθAθだけゲージ変換した配位)。このことから
(6)1=Dθx,aδ(μAμθf)Δ[A,f]
です。これをEq.(5)にかければ
T=DAx,aδ(Aa(x))t(DetM)exp[id4xL]Dθx,aδ(μAμθf)Δ[A,f]
となります。

作用とΔのgauge不変性を用い、Dθを外にもってくれば
T=DθDAx,aδ(Aa(x))ΔM[A]x,aδ(μAμθf)Δ[Aθ,f]exp[iS[Aθ]],S[A]:=d4xL,   ΔM[A]:=t(DetM)

ここでAの積分をA:=Aθの積分に変更します。このときA=Aθ1です。Aを改めてAと書き直せば
=DθDAx,aδ(Aθ1a(x))ΔM[Aθ1]x,aδ(μAμf)Δ[A,f]exp[iS[A]]
さらにDθがHaar measureであることを使って書き直せば
T=DA(Dθ δ(Aθ)ΔM[Aθ])δ(μAμf)Δ[A,f]exp(iS[A]),
となります(x,aは省略しました)。

次にΔ[A,f]=(Dθx,aδ(μAμafa))1を評価します。これは前回の計算( この記事 の「証明(ΔF(A)の計算)」)と同様です。積分変数がθなので、デルタ関数の中をθで書きます。μAθ
μAθ=μA+μDμbaθb+O(θ2)
なので、デルタ関数の性質よりθの係数行列の行列式の逆数が現れ、(Δ[A,f])1=(Det(μDbμa)δ4(xy))1を得ます。ゆえに
Δ[A,f]=Det(μDbμaδ4(xy))
です。これはFP determinantです。

さらに
(Dθ δ(Aθ)ΔM[Aθ])=1
であることが証明できます。これはEq.(6)の証明とほぼ同じなので省略します。

以上より
T=DAx,aδ(μAμafa)Δ[A,f]exp(iS[A])
とかけます。

あとは前回と同様、
(7)1=Dfexpid4x[12αfafa]
を用いてデルタ関数部分を作用にとりこみ、さらにFP determinant Δ[A,f]をghost・anti-ghostで書き直せば
T=DAexp(L12α(μAμa)2+ic¯aμDμca)
となります( 前記事 の「局所場の形で書き直す」をご参照ください)。

これは公式1と一致します。
よってDiracの方法とFPの方法の整合性が示されました。

Nakanishi-Lautrup場を使った表式

ここで、Eq.(7)の代わりに、以下の等式
1=DBDfexpid4x[Bafa+α2BaBa]
を用いて変形すると、遷移振幅は
T=DADBexpid4x[L(A)+BaμAμa+α2BaBa]
とかけます。ここで導入された補助場BaはNakanishi-Lautrup(NL)場と呼ばれます。この表式は有用で、今後の記事で出てきます。

まとめ

今回はDiracの方法とFaddeev-Popov(FP)の方法の整合性に関して議論しました。Eq.(3)から公式1を導くことで、両者の整合性を示しました。

正直この話は、両者の整合性が気にならない限りはあまり知る必要はないかもしれません。しかし本シリーズでは、Diracの方法をずっと話していたのにそこから突然FPの方法に話が移ったので、この点は気になるのではないかと思い、記事にすることにしました。

おしまい。

☆次の記事: ゲージ対称性とは何か(13): BRST対称性・BRST量子化

Appendix: 本文Eq.(3)とEq.(2)の等価性の証明

ここではRef[1]P155-に基づき、本文Eq.(3)がEq.(2)に等しいことを示します。
Eq.(3)に正準変換を施してq,pq,pに書き直すとEq.(2)に帰着することを示す、という方針を取ります。

本文Eq.(3)からEq.(2)を導く
  1. ϕα(1α2m)の拘束条件を、最初のm個の拘束すべてが{ψa,ψb}P0となる組と、そうでない組に分けます。それは次の線形変換:
    (LaαLbα)(ϕα):=(ψaφb)      L:=(LaαLbα)
    で実現するとします(Lq,pの関数、1a,bm)。よって
    (A1)α=12mδ(ϕα)=|detL|a=1m(δ(ψa)δ(φa))
    が成立します。 
    ここで、ϕα=0で指定される部分位相空間Γでは
    {(ψaφb),(ψc  φd)}P={Lϕ,ϕTLT}P=L{ϕ,ϕT}PLT      ((ϕ)α:=ϕα)
    が成立するので (2つめのイコールは、Poisson括弧を定義に従い展開し、ϕα=0を使うと示せる)、
    L{ϕ,ϕT}PLT({ψa,ψc}P{ψa,φd}P{φb,ψc}P{φb,φd}P)
    が成立します。
    Γでは{ψa,ψb}P0なので、これの行列式をとれば
    det2Ldet({ϕα,ϕβ}P)=det2({ψa,φb}P)
    が、Eq.(A1)のデルタ関数との積の形で成立します。よってEq.(A1)とあわせて
    α=12mδ(ϕα)det1/2({ϕα,ϕβ}P)=a=1m(δ(ψa)δ(φa))|˙det({ψa,φb}P)|
    となります。

  2. 位相空間全体をΓで表し、これは2N次元とします。すると、Γ(2N2m)次元であり、その座標付けは本文Eq.(2)に現れるq,pです。Γ全体の座標を、(Nm)対のq,pと、残りm対の変数を
    qa:=ψa(q,p)   (a=1,2,,m)
    及びそれに共役な運動量paに選びます。ここでΓ上では拘束ψa=0が成立するので
    ψaq|Γ=ψap|Γ=0
    です。更にΓ上で{ψa,ψb}P=0です。よって、Γの無限小近傍では、ψaq,pに独立な座標としてとれます。すなわち(q,p)(q,q,p,p)は正準変換であり、変換のJacobianは1です。

  3. 以上から
    本文Eq.(3)=DpDqDpDqt[α=1m(δ(qa)δ(φa))|det(φa/pb)|](A2)×expidt[pq˙+pq˙H(p,p,q,q)]
    ここではPoisson括弧が正準変換で不変なことから導かれる
    det({ψa,φb}P)=det({qa,φb}P)=det(φb/pa)
    を使っています。Γqa=0および
    φa(q,q=0,p,p)=0   (a=1,,m)
    を満たす解pa=pa(q,p)で指定されます。すなわちEq.(A2)のHamiltonian H
    H(p,q)=H(p,p(q,p),q,q=0)
    のことです。
    拘束φbΓの近傍で
    φb(q,q,p,p)=φbqa|Γqa+φbpa|Γ[papa(q,p)]
    と展開されるから、デルタ関数の性質より
    a=1m(δ(qa)δ(φa))|det(φb/pa)|=a=1mδ(qa)δ(papa(q,p))
    となります。これらより
    Eq.(A2)=DpDqDpDqtδ(qa)δ(papa(q,p))×expidt[pq˙+pq˙H(p,p,q,q)]=DpDqexpidt[pq˙H(p,p(q,p),q,q=0)=H(p,q)]
    となり、本文Eq.(2)に帰着します(ψFψIは落としています)。

参考文献

[1]
九後汰一郎, ゲージ場の量子論 I, 新物理学シリーズ 23, 培風館, 1989
[2]
D. Gitman and I. V. Tyutin, Quantization of Fields with Constraints, Springer Series in Nuclear and Particle Physics, Springer-Verlag, 2012, pp. 148-159・p. 11
[3]
H. J. Rothe and K. D. Rothe, Classical and Quantum Dynamics of Constrained Hamiltonian Systems , World Scientific Publishing, 2010, pp. 196 -
[4]
Marc Henneaux and Claudio Teitelboim, Quantization of Gauge Systems, Princeton University Press, 1991, pp. 383-
投稿日:2022527
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  1. Faddeev-Popovの方法はDiracの方法と無矛盾か?
  2. Diracの方法からFPの方法へ
  3. 特異系における経路積分
  4. Coulomb gaugeにおけるYang-Mills理論でのEq.(3)の計算
  5. ゲージ固定項、FP determinantの導出
  6. Nakanishi-Lautrup場を使った表式
  7. まとめ
  8. Appendix: 本文Eq.(3)とEq.(2)の等価性の証明
  9. 参考文献