★ 本記事は ゲージ対称性とは何か(12): Faddeev-Popovの方法とDiracの方法の整合性 の続きです。
★ 以下、自然単位系$c=\hbar=1$を採用します。よって量子化の際の交換関係
$$[\hat A^a(\vec x),\hat \pi^b_A(\vec y)]=i\delta^{ab}\delta^3(\vec x - \vec y)$$
の右辺には$\hbar$が暗にかかってるものと理解してください。
★ 本記事には、前回までの知識が必要な箇所があります。必要に応じて Diracの方法 と Faddeev-Popovの方法 、またその他の記事をご参照ください。
一連の記事で、古典的なHamiltonianに基づいてDiracの方法を展開しました。Dirac括弧から正準量子化を行う方法にも少し言及しました。そして、非可換ゲージ理論すなわちYang-Mills(YM)理論では場の正準交換関係が複雑で、具体的な物理量の計算が難しいことを話しました。
では正準量子化は非可換ゲージ理論では実質的にできないのかというとそんなことはありません。
BRST量子化(Becchi・Rouet・StoraおよびTyutin)を用いれば、比較的容易に(いや、かなり簡単に)非可換ゲージ理論の正準量子化を展開できます。
以下これについて述べていきます。
この記事はRef.[1]を元に書いています。Ref.[2-4]はBRSTのオリジナル論文です。他の参考文献としてRef.[5-10]をあげておきます。Ref.[1][5-9]は教科書です。
[9]はBRSTの幾何学的側面を、数学的に基礎からきっちり議論し(Graded differential algebras, resolutionなどの話題から始まります)、かつ具体的な物理系も議論している教科書です。かなりのページをBRSTの話題に割いています。BRSTまわりの数学と、物理学との関係を知るのに非常に良い教科書だと思います。
[10]はtopological quantum field theoryに関する論文なのですが、BRST cohomologyとFloer cohomology, Donaldson invariantなどとの関係が書いてあります。このあたりのことに興味がある方はご一読されるとよいかと思います(Wittenの文章は読みやすいです)。以下の記事ではこのような難しい話題には触れず、具体的なBRST量子化の手順を述べます。
BRST量子化はトップダウン的な量子化なので、数学分野の方には好まれると思います。また計算も非常にシンプルです。ぜひ以下の議論と、以前の Diracの方法による計算 を比較してみてください。
ちなみに、Ref.[1]では物質場を入れて議論していますが、ここではゲージ場のみの理論に関し議論します。
お話は古典的なYM Lagrangianから始まります:
$$
{\cal L}(A)=-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}^aF^{\mu\nu a} \tag{1}
$$
まずはBRST変換を定義していきます:
次の変換${\boldsymbol \delta}_B$を定義します:
\begin{align}
{\boldsymbol \delta_B} A_\mu (x)&=
\partial_\mu C+ig[C(x),A_\mu(x)]\\
A_\mu &:= A_\mu^aT^a, \ C : = c^a T^a
\end{align}
場の成分で変換を表せば
\begin{align}
{\boldsymbol \delta_B}A^a_\mu T^a&=(\partial_\mu c^a+gf_{abc}A_\mu^bc^c)T^a,\\
\therefore {\boldsymbol \delta}_B A^a_\mu&=\partial_\mu c^a+gf_{abc}A^b_\mu c^c=:D^a_{\mu c} c^c \tag{2}
\end{align}
です。この変換でEq.(1)は不変です。$c^a$はghost場(
前回の記事
の記事参照のこと)ですが、これは元のLagrangianには存在せず、この変換を導入したことにより初めて現れます。
次に、${\boldsymbol \delta_B}$にベキ零性を要求します:
$$
{\boldsymbol \delta_B}^2=0
$$
これは「どんな場に${\boldsymbol \delta_B}^2$を作用させてもゼロになる」という意味です。さらに${\boldsymbol \delta_B}$は
・Leibniz ruleを満たす
・Grassmann odd
とします。すなわち、$E$をGrassmann oddの場、$F$をGrassmann evenの場とすると
$$
{\boldsymbol \delta_B}(EF)=({\boldsymbol \delta_B}E)F-E({\boldsymbol \delta_B}F)
$$
が成立します。
${\boldsymbol \delta_B}$のベキ零性を元に、$C$の${\boldsymbol \delta_B}$での変換性を決定します。そのために${\boldsymbol \delta_B}^2 A_\mu$を計算します:
$$
{\boldsymbol \delta_B}^2A_\mu=\partial_\mu({\boldsymbol \delta_B}C)
+ig\left[
\left(({\boldsymbol \delta_B}C) A_\mu -A_\mu ({\boldsymbol \delta_B}C)\right)-(\partial_\mu C^2)-ig(C^2 A_\mu - A_\mu C^2)
\right]
$$
これがゼロとなることから${\boldsymbol \delta_B}C$を決定します。解は発見法ですぐわかります:
$$
{\boldsymbol \delta_B}C=igC^2,\\
\leftrightarrow {\boldsymbol \delta}_B c^a=-\frac{1}{2}gf_{abc} c^b c^c
$$
このとき、${\boldsymbol \delta_B}^2C=0$はすぐ確認できます。
次にghost場$c^a(x)$に対し、anti-ghost$\bar c^a(x)$を導入し、BRST変換の下で以下のように変換することを要求します:
$$
{\boldsymbol \delta_B}\bar c^a(x)=iB^a(x)
$$
右辺$B^a(x)$は、前回導入したNakanishi-Lautrup(NL)場です(
前回の記事
参照のこと)。
これに${\boldsymbol \delta_B}^2\bar c^a=0$を要求すれば、NL場の変換性
$$
{\boldsymbol \delta_B} B^a(x)=0
$$
が成立します。NL場に対する${\boldsymbol \delta_B}$のベキ零性は自明です。
以上でBRST変換が構成できました。
次にゲージ固定を行います。
そのために、ghost数$N_{FP}$を導入します。これは
$ \ $ ghost場$c^a$に+1、anti-ghost場$\bar c^a$に-1を付加する、加法的な量子数
です。例えば
\begin{align}
\begin{cases}
cc: N_{FP}=2,\\
c\bar c: N_{FP}=0,\\
cA_\mu: N_{FP}=1
\end{cases}
\end{align}
となります。
そのうえで、ゲージ固定は次のように行われます:
場の関数$F^a(A,c,\bar c,B)$は、次の条件を満たす関数とする:
このとき
$$
{\cal L}_\text{GF+FP}=-i{\boldsymbol \delta_B}(\bar c^a F^a)
$$
を元のLagrangian ${\cal L}(A)$に加える。これはゲージ固定項+Faddeev Popov determinantの項に対応。
たとえば
$$
F^a=\partial^\mu A^a_\mu+\frac{1}{2}\alpha B^a
$$
とすると、
\begin{align}
{\cal L}_\text{GF+FP}
&=-i{\boldsymbol \delta}_B\left[\bar c^a\left(\partial^\mu A_\mu^a+\frac{1}{2}\alpha B^a\right)\right]\\
&=B^a\partial^\mu A_\mu^a+\frac{1}{2}\alpha B^aB^a
+i\bar c^a\partial^\mu D_\mu c^a
\end{align}
です。よってtotal Lagranagianは以下のようになります:
\begin{align}
{\cal L}(A)+{\cal L}_\text{GF+FP}=-\frac{1}{4}F_{\mu\nu}^aF^{\mu\nu a}+B^a\partial^\mu A_\mu^a+\frac{1}{2}\alpha B^aB^a
+i\bar c^a\partial^\mu D_\mu c^a
\end{align}
これはFPの方法で導いたLagrangianに一致します。
(正確には、$F^a$は上記1.2.の条件に加え、最終的にゲージを完全に固定するものでなくてはいけません)
場に交換関係を課し正準量子化をします。
特異系ではない通常の系における正準量子化とは以下の操作です:
場$\phi^i(x)$に対し、共役運動量$\pi_i(x):=\partial{\cal L}/\partial \dot\phi^i(x)$を定義し
$$
[\hat \phi^i(\vec x),\hat \pi_j(\vec y)]=i\delta^{ij}\delta^3(\vec x-\vec y)
$$
を課す($[A,B]:=AB-BA$。$i,j$は場の種類およびindexを表す。$\hat {}$は演算子であることを表す)
$\phi,\pi$は量子化により上記関係を満たす演算子に昇格します。
しかしながら、以前お話ししたように、特異系では拘束条件が存在するため、上記正準量子化はそのままでは使えません。特異系では、Dirac括弧を計算し、括弧を上記の交換関係$[\cdot,\cdot]$に置き換える(および$i$を右辺にかける)ことで量子化がなされます。ただ、古典的Lagrangianから出発すると、計算はなかなかハードですし、またYMの場合交換関係が複雑になります。
一方BRST量子化では、Diracの方法を使わずとも、以下の交換関係の設定でうまくいきます:
$A^0,B$以外の場に関しては特異系でない通常の正準交換関係を課す:
\begin{align}
[A^a_i(\vec x,t),\pi^{bj}(\vec y,t)]&=i\delta^{ab}\delta^{ij}\delta^3(\vec x-\vec y),\\
\{c^a(\vec x,t),\pi^b_c(\vec y,t)\}&=\{\bar c^a(\vec x,t),\pi^b_{\bar c}(\vec y,t)\}=i\delta^{ab}\delta^3(\vec x-\vec y)
\end{align}
ここで$A^i,c,\bar c$の共役運動量は以下:
\begin{align}
\pi^{a\mu}&=\frac{\partial\tilde L}{\partial \dot A^a_\mu}=F^{a\mu0},\\
\pi^{a\mu}_c&=\frac{\partial\tilde L}{\partial \dot c^a}=-i\dot {\bar c}^a,\\
\pi^{a}_{\bar c}&=\frac{\partial\tilde L}{\partial \dot {\bar c}^a}=i(D_0 c)^a=i(\partial_0 c^a+gf_{acb}A^c_0 c^b),
\end{align}
$A^0,B$に関しては運動量は$\pi^a_0=0, \pi_B^a=\frac{\partial {\cal L}}{\partial \dot B^a}=-A^{0a}$であるから、$(A^0,B)$のペアにおいて$B$のみをダイナミカルな座標とみなし、$-A^0$を$B$の共役運動量とする:
$$[B^a(\vec x),\pi^b_B(\vec y)]=[B^a(\vec x),-A^{0a}]=i\delta^{ab}\delta^3(\vec x-\vec y) \tag{3}$$
$B$は他の場とは全て可換。
$A$の共役運動量は導入せず、$B$以外の全ての場と交換する。
$A^{0a}$の時間微分はLagrangianに含まれないのだから、独立にダイナミカルな変数では有り得ず、共役運動量を導入しないのは自然です。
以下Dirac括弧を具体的に計算することで、上記取扱いが正しいことを確かめておきます:
共役運動量のうち場の時間微分を含まないものが拘束条件であり、それは以下の2つです:
\begin{align}
\pi^{a0}=0\rightarrow \phi^a_1&:=\pi^a_0\approx 0,\\
\pi^{a}_B+A^a_0=0\rightarrow \phi^a_2&:=\pi^{a}_B+A^a_0\approx 0
\end{align}
$\phi_1$と$\phi_2$のPoisson括弧はノンゼロです:
\begin{align}
\{\phi^a_1(\vec x),\phi^b_2(\vec y)\}_{\rm P}=-\delta^{ab}\delta^3(\vec x-\vec y)
\end{align}
よって、拘束条件の時間発展の無矛盾性は、新たな拘束を生まず、未定係数を決定する条件になります:
\begin{align}
\dot\phi_1^b(\vec y)
&\approx
\left\{\phi^b_1(\vec y),
H+\int d^3 x
\left(\lambda_1^a(\vec x)\phi^a_1(\vec x)+\lambda_2^a(\vec x)\phi^a_2(\vec x)
\right)
\right\}_{\rm P}\approx 0\\
&\leftrightarrow \lambda^{1a}(\vec x)=gf_{abc}c^b(\vec x)\pi^c_c(\vec x),\\
\dot\phi_2^b(\vec y)
&\approx
\left\{\phi^b_2(\vec y),
H+\int d^3 x
\left(\lambda_1^a(\vec x)\phi^a_1(\vec x)+\lambda_2^a(\vec x)\phi^a_2(\vec x)
\right)
\right\}_{\rm P}\approx 0\\
&\leftrightarrow \lambda^{2a}(\vec x)=\vec\partial\cdot\vec A^a(\vec x)+\alpha B^a(\vec x)
\end{align}
すなわちゲージは完全に固定されています。
以上を踏まえ、Dirac括弧を計算します。場$C,D$の間のDirac括弧は
\begin{align}
\{C,D\}_{\rm D}&=\{C,D\}_{\rm P}
-\{C,\phi_\alpha\}_{\rm P}(C^{-1})^{\alpha\beta}\{\phi_\beta,D\}_{\rm P},\\
C_{\alpha\beta}&:=\{\phi_\alpha,\phi_\beta\}_{\rm P}
\end{align}
ですが、今$\phi_\alpha$は場$A^0,B$しか含まないので、右辺第2項は$A^0,B$以外の場に関しゼロです。すなわち$A^i,c,\bar c$のDirac括弧はPoisson括弧に等しく、自身の共役運動量との括弧のみが残ります。よって量子論に移行すれば、ふつうの正準量子化における交換関係が成立します:
\begin{align}
[A^a_i(\vec x,t),\pi^{bj}(\vec y,t)]&=i\delta^{ab}\delta^j_i\delta^3(\vec x-\vec y),\\
\{c^a(\vec x,t),\pi^b_c(\vec y,t)\}&=\{\bar c^a(\vec x,t),\pi^b_{\bar c}(\vec y,t)\}=i\delta^{ab}\delta^3(\vec x -\vec y).
\end{align}
ここでghost・anti-ghostに関しては、Grassmann oddのため反交換関係を課します。
$A^0,B$のDirac括弧を計算するため、拘束の交換関係を計算します:
\begin{align}
\{\phi_1^a(\vec x),\phi_2^b(\vec y)\}_{\rm P}
&=\{\pi_0^a(\vec x),\pi_{\rm B}^b(\vec y)+A^{0a}(\vec y)\}_{\rm P}\\
\\&=-\frac{\partial \pi^a_0}{\partial\pi^c_0}\frac{\partial}{\partial A^c_0}
(\pi^b_B+A^b_0)\\
&=-\delta^a_c\delta^b_c\delta^3(\vec x-\vec y)\\
&=-\delta^a_b\delta^3(\vec x-\vec y)
\end{align}
よって$C_{\alpha\beta}$およびその逆行列$(C^{-1})^{\alpha\beta}$は以下です:
\begin{align}
C_{\alpha\beta}=
\begin{pmatrix}
0&-\delta^{ab}\delta^3(\vec x-\vec y) \\
\delta^{ab}\delta^3(\vec x-\vec y) & 0
\end{pmatrix}
, \ \ \ \
(C^{-1})^{\alpha\beta}=
\begin{pmatrix}
0&\delta^{ab}\delta^3(\vec x-\vec y) \\
-\delta^{ab}\delta^3(\vec x-\vec y) & 0
\end{pmatrix}
\end{align}
以上より$A^0,B$のDirac括弧は以下のようになります:
\begin{align}
\{B^a(\vec x),-A^b_0(\vec y)\}_{\rm D}
&=\{B^a(\vec x),-A^b_0(\vec y)\}_{\rm P}
-\{B^a(\vec x),\phi_\alpha\}_{\rm P}
(C^{-1})^{\alpha\beta}
\{\phi_\beta,-A^b_0(\vec y)\}_{\rm P}\\
&=
-\{B^a(\vec x),\pi^a_B+A^a_0\}_{\rm P}
(C^{-1})^{21}
\{\pi^a_0,-A^b_0(\vec y)\}_{\rm P}\\
&=\delta^{ab}\delta^3(\vec x- \vec y)
\end{align}
ゆえに$A^0,B$の正準交換関係は、$\{\cdot,\cdot\}_D$を$[\cdot,\cdot]$におきかえて
\begin{align}
[B^a(\vec x,t),-A^b_0(\vec y,t)]=i \delta^{ab}\delta^3(\vec x-\vec y)
\end{align}
になります。これはEq.(3)と等しいです。
このように、${\cal L}_{\rm GF+FP}$が存在するため、ゲージが完全に固定され第1類拘束が存在せず、議論が非常に単純です。
BRST量子化では、以下の理由によりLagrangianのBRST対称性は非常に明白です。
加えて、BRST量子化はFPの方法より一般的です。なぜなら${\cal L}_{\rm GF+FP}$に関して、FPの方法ではFP determinantの項は$c\bar c$の形をしていますが、BRST量子化では、$F$の取り方を変えることで、$cc\bar c\bar c$のような4次の項を導入することもできるからです。
BRST量子化の概要をまとめておきます:
古典論のLagrangian${\cal L}(A)$から導かれるHamiltonianに基づきDiracの方法を適用して正準量子化をするのに比較すると、非常に簡単であり、かつ見通しのよい量子化であると言えます。
3つほどコメントを加え、本記事を終えようと思います。
ゲージ対称性は、理論の構築に非常に重要な対称性ですが、量子化する際にこれを固定するため、量子論ではこの対称性は破れてしまいます。しかしながらここまで見たように、BRST対称性は量子論でも破れません。そしてゲージ場に関しては、BRST変換は特殊な形のゲージ対称性:$\theta^a(x)=\lambda c^a(x)$による対称性です。そのため、BRST対称性は「量子論におけるゲージ対称性」とみなせます。ただし(変換パラメータ$\lambda$が定数という意味で)globalな変換です。
正準形式における非可換ゲージ理論の量子化は、BRST変換に基づく考察により、初めて可能になったと言って良いかと思います。その際重要なこととして
があります。正準形式における非可換ゲージ理論の量子化は、この2つの側面の理解無しには成し得ませんでした。Ref.[1]の著者の九後太一$^\dagger$先生とその共同研究者の小嶋泉先生は、これらの側面に関して本質的な貢献をしました。これらに関しては(たぶん)後の記事でお話しします。
おしまい。${}_\blacksquare$
☆次の記事: ゲージ対称性とは何か(14): Ward-Takahashi恒等式とBRST対称性
$\dagger$ 本・論文では「汰一郎」名義で書かれています。