2
大学数学基礎解説
文献あり

ゲージ対称性とは何か(13): BRST対称性・BRST量子化

1675
0

まえおき

★ 本記事は ゲージ対称性とは何か(12): Faddeev-Popovの方法とDiracの方法の整合性 の続きです。

★ 以下、自然単位系c==1を採用します。よって量子化の際の交換関係
[A^a(x),π^Ab(y)]=iδabδ3(xy)
の右辺にはが暗にかかってるものと理解してください。

★ 本記事には、前回までの知識が必要な箇所があります。必要に応じて Diracの方法 Faddeev-Popovの方法 、またその他の記事をご参照ください。

非可換ゲージ理論の正準量子化

一連の記事で、古典的なHamiltonianに基づいてDiracの方法を展開しました。Dirac括弧から正準量子化を行う方法にも少し言及しました。そして、非可換ゲージ理論すなわちYang-Mills(YM)理論では場の正準交換関係が複雑で、具体的な物理量の計算が難しいことを話しました。

では正準量子化は非可換ゲージ理論では実質的にできないのかというとそんなことはありません。
BRST量子化(Becchi・Rouet・StoraおよびTyutin)を用いれば、比較的容易に(いや、かなり簡単に)非可換ゲージ理論の正準量子化を展開できます。
以下これについて述べていきます。

この記事はRef.[1]を元に書いています。Ref.[2-4]はBRSTのオリジナル論文です。他の参考文献としてRef.[5-10]をあげておきます。Ref.[1][5-9]は教科書です。
[9]はBRSTの幾何学的側面を、数学的に基礎からきっちり議論し(Graded differential algebras, resolutionなどの話題から始まります)、かつ具体的な物理系も議論している教科書です。かなりのページをBRSTの話題に割いています。BRSTまわりの数学と、物理学との関係を知るのに非常に良い教科書だと思います。
[10]はtopological quantum field theoryに関する論文なのですが、BRST cohomologyとFloer cohomology, Donaldson invariantなどとの関係が書いてあります。このあたりのことに興味がある方はご一読されるとよいかと思います(Wittenの文章は読みやすいです)。以下の記事ではこのような難しい話題には触れず、具体的なBRST量子化の手順を述べます。

BRST量子化

BRST量子化はトップダウン的な量子化なので、数学分野の方には好まれると思います。また計算も非常にシンプルです。ぜひ以下の議論と、以前の Diracの方法による計算 を比較してみてください。

ちなみに、Ref.[1]では物質場を入れて議論していますが、ここではゲージ場のみの理論に関し議論します。

BRST変換の構成

お話は古典的なYM Lagrangianから始まります:
(1)L(A)=14FμνaFμνa
まずはBRST変換を定義していきます:

BRST変換の構成
  1. 次の変換δBを定義します:
    δBAμ(x)=μC+ig[C(x),Aμ(x)]Aμ:=AμaTa, C:=caTa
    場の成分で変換を表せば
    δBAμaTa=(μca+gfabcAμbcc)Ta,(2)δBAμa=μca+gfabcAμbcc=:Dμcacc
    です。この変換でEq.(1)は不変です。caはghost場( 前回の記事 の記事参照のこと)ですが、これは元のLagrangianには存在せず、この変換を導入したことにより初めて現れます。

  2. 次に、δBにベキ零性を要求します:
    δB2=0
    これは「どんな場にδB2を作用させてもゼロになる」という意味です。さらにδB
    ・Leibniz ruleを満たす
    ・Grassmann odd
    とします。すなわち、EをGrassmann oddの場、FをGrassmann evenの場とすると
    δB(EF)=(δBE)FE(δBF)
    が成立します。

  3. δBのベキ零性を元に、CδBでの変換性を決定します。そのためにδB2Aμを計算します:
    δB2Aμ=μ(δBC)+ig[((δBC)AμAμ(δBC))(μC2)ig(C2AμAμC2)]
    これがゼロとなることからδBCを決定します。解は発見法ですぐわかります:
    δBC=igC2,δBca=12gfabccbcc
    このとき、δB2C=0はすぐ確認できます。

  4. 次にghost場ca(x)に対し、anti-ghostc¯a(x)を導入し、BRST変換の下で以下のように変換することを要求します:
    δBc¯a(x)=iBa(x)
    右辺Ba(x)は、前回導入したNakanishi-Lautrup(NL)場です( 前回の記事 参照のこと)。
    これにδB2c¯a=0を要求すれば、NL場の変換性
    δBBa(x)=0
    が成立します。NL場に対するδBのベキ零性は自明です。

以上でBRST変換が構成できました。

Lagrangianにおけるゲージ固定の方法

次にゲージ固定を行います。

そのために、ghost数NFPを導入します。これは
  ghost場caに+1、anti-ghost場c¯aに-1を付加する、加法的な量子数
です。例えば
{cc:NFP=2,cc¯:NFP=0,cAμ:NFP=1
となります。

そのうえで、ゲージ固定は次のように行われます:

ゲージ固定項の構成

場の関数Fa(A,c,c¯,B)は、次の条件を満たす関数とする:

  1. ゲージ変換パラメータθaの数と同じだけ存在
  2. ghost数はゼロ

このとき
LGF+FP=iδB(c¯aFa)
を元のLagrangian L(A)に加える。これはゲージ固定項+Faddeev Popov determinantの項に対応。

たとえば
Fa=μAμa+12αBa
とすると、
LGF+FP=iδB[c¯a(μAμa+12αBa)]=BaμAμa+12αBaBa+ic¯aμDμca
です。よってtotal Lagranagianは以下のようになります:
L(A)+LGF+FP=14FμνaFμνa+BaμAμa+12αBaBa+ic¯aμDμca
これはFPの方法で導いたLagrangianに一致します。
(正確には、Faは上記1.2.の条件に加え、最終的にゲージを完全に固定するものでなくてはいけません)

正準量子化

場に交換関係を課し正準量子化をします。

特異系ではない通常の系における正準量子化とは以下の操作です:

ϕi(x)に対し、共役運動量πi(x):=L/ϕ˙i(x)を定義し
[ϕ^i(x),π^j(y)]=iδijδ3(xy)
を課す([A,B]:=ABBAi,jは場の種類およびindexを表す。^は演算子であることを表す)

ϕ,πは量子化により上記関係を満たす演算子に昇格します。

しかしながら、以前お話ししたように、特異系では拘束条件が存在するため、上記正準量子化はそのままでは使えません。特異系では、Dirac括弧を計算し、括弧を上記の交換関係[,]に置き換える(およびiを右辺にかける)ことで量子化がなされます。ただ、古典的Lagrangianから出発すると、計算はなかなかハードですし、またYMの場合交換関係が複雑になります。

一方BRST量子化では、Diracの方法を使わずとも、以下の交換関係の設定でうまくいきます:

BRST量子化における場の交換関係
  • A0,B以外の場に関しては特異系でない通常の正準交換関係を課す:
    [Aia(x,t),πbj(y,t)]=iδabδijδ3(xy),{ca(x,t),πcb(y,t)}={c¯a(x,t),πc¯b(y,t)}=iδabδ3(xy)
    ここでAi,c,c¯の共役運動量は以下:
    πaμ=L~A˙μa=Faμ0,πcaμ=L~c˙a=ic¯˙a,πc¯a=L~c¯˙a=i(D0c)a=i(0ca+gfacbA0ccb),

  • A0,Bに関しては運動量はπ0a=0,πBa=LB˙a=A0aであるから、(A0,B)のペアにおいてBのみをダイナミカルな座標とみなし、A0Bの共役運動量とする:
    (3)[Ba(x),πBb(y)]=[Ba(x),A0a]=iδabδ3(xy)
    Bは他の場とは全て可換。
    Aの共役運動量は導入せず、B以外の全ての場と交換する。

A0aの時間微分はLagrangianに含まれないのだから、独立にダイナミカルな変数では有り得ず、共役運動量を導入しないのは自然です。
以下Dirac括弧を具体的に計算することで、上記取扱いが正しいことを確かめておきます:

BRST量子化における場の交換関係の正当化

共役運動量のうち場の時間微分を含まないものが拘束条件であり、それは以下の2つです:
πa0=0ϕ1a:=π0a0,πBa+A0a=0ϕ2a:=πBa+A0a0
ϕ1ϕ2のPoisson括弧はノンゼロです:
{ϕ1a(x),ϕ2b(y)}P=δabδ3(xy)
よって、拘束条件の時間発展の無矛盾性は、新たな拘束を生まず、未定係数を決定する条件になります:
ϕ˙1b(y){ϕ1b(y),H+d3x(λ1a(x)ϕ1a(x)+λ2a(x)ϕ2a(x))}P0λ1a(x)=gfabccb(x)πcc(x),ϕ˙2b(y){ϕ2b(y),H+d3x(λ1a(x)ϕ1a(x)+λ2a(x)ϕ2a(x))}P0λ2a(x)=Aa(x)+αBa(x)
すなわちゲージは完全に固定されています。

以上を踏まえ、Dirac括弧を計算します。場C,Dの間のDirac括弧は
{C,D}D={C,D}P{C,ϕα}P(C1)αβ{ϕβ,D}P,Cαβ:={ϕα,ϕβ}P
ですが、今ϕαは場A0,Bしか含まないので、右辺第2項はA0,B以外の場に関しゼロです。すなわちAi,c,c¯のDirac括弧はPoisson括弧に等しく、自身の共役運動量との括弧のみが残ります。よって量子論に移行すれば、ふつうの正準量子化における交換関係が成立します:
[Aia(x,t),πbj(y,t)]=iδabδijδ3(xy),{ca(x,t),πcb(y,t)}={c¯a(x,t),πc¯b(y,t)}=iδabδ3(xy).
ここでghost・anti-ghostに関しては、Grassmann oddのため反交換関係を課します。
A0,BのDirac括弧を計算するため、拘束の交換関係を計算します:
{ϕ1a(x),ϕ2b(y)}P={π0a(x),πBb(y)+A0a(y)}P=π0aπ0cA0c(πBb+A0b)=δcaδcbδ3(xy)=δbaδ3(xy)
よってCαβおよびその逆行列(C1)αβは以下です:
Cαβ=(0δabδ3(xy)δabδ3(xy)0),    (C1)αβ=(0δabδ3(xy)δabδ3(xy)0)
以上よりA0,BのDirac括弧は以下のようになります:
{Ba(x),A0b(y)}D={Ba(x),A0b(y)}P{Ba(x),ϕα}P(C1)αβ{ϕβ,A0b(y)}P={Ba(x),πBa+A0a}P(C1)21{π0a,A0b(y)}P=δabδ3(xy)
ゆえにA0,Bの正準交換関係は、{,}D[,]におきかえて
[Ba(x,t),A0b(y,t)]=iδabδ3(xy)
になります。これはEq.(3)と等しいです。

このように、LGF+FPが存在するため、ゲージが完全に固定され第1類拘束が存在せず、議論が非常に単純です。

L~のBRST対称性、BRST量子化の一般性

BRST量子化では、以下の理由によりLagrangianのBRST対称性は非常に明白です。

  • L(A)のBRST対称性に関して。これは大変重要なのですが、AのBRST変換は、特別な形をしたゲージ変換です。ゲージバラメータをθa(x)=λca(x)とします。ここでλはGrassmann oddな任意定数です。このときAに関する無限小ゲージ変換は
    δAμa=Dμbaθb=λDμbacb
    ですが、これはEq.(2)で右辺にλをかけた表式と等しいです。よってL(A)のBRST対称性はL(A)のゲージ対称性より明らかです。Aだけでなく他の場に関しても、本来λという変換のパラメータが存在することに注意してください。δBは、λ依存性をもつ変換δBに対し、δB=λδBとしてλを省いたものです。
  • LGF+FP=iδB(c¯aFa)のBRST対称性は、δBの冪ゼロ性から明らかです。

加えて、BRST量子化はFPの方法より一般的です。なぜならLGF+FPに関して、FPの方法ではFP determinantの項はcc¯の形をしていますが、BRST量子化では、Fの取り方を変えることで、ccc¯c¯のような4次の項を導入することもできるからです。

まとめとコメント

BRST量子化の概要をまとめておきます:

BRST量子化まとめ
  1. 古典的なLagrangian L(A)=14FμνaFμνaは、以下のBRST変換性δBに対し不変である:
    {δBAμa=μca+gfabcAμbcc=Dμcacc,δBca=12gfabccbcc,δBc¯a(x)=iBa(x),δBBa=0
    δBはベキ零: δB2=0である。
  2. ghost数NFP: ghost場caに+1、anti-ghost場c¯aに-1を付加する、加法的な量子数
    を導入する
  3. 以下のゲージ固定およびFaddeev-Popov determinantの項LGF+FPL(A)に加える:
    LGF+FP=iδB(c¯aFa)
    ここでFaA,c,c¯,Bの関数であり、θa(gauge parameter)の数だけ存在し、かつNNF=0を満たす。
  4. 場の交換関係は以下のように課す:
    • A0,B以外は通常の交換関係
      [Aia(x,t),πbj(y,t)]=iδabδijδ3(xy),{ca(x,t),πcb(y,t)}={c¯a(x,t),πc¯b(y,t)}=iδabδ3(xy).
      を課す。
    • A0,Bに関しては
      [Ba(x),πBb(y)]=[Ba(x),A0b(y)]=iδabδ3(xy)
      を課す。Bは他の場とは可換。
      A0に関しては共役運動量は設定せず、B以外の全ての場と可換とする。

古典論のLagrangianL(A)から導かれるHamiltonianに基づきDiracの方法を適用して正準量子化をするのに比較すると、非常に簡単であり、かつ見通しのよい量子化であると言えます。

3つほどコメントを加え、本記事を終えようと思います。


  1. ゲージ対称性は、理論の構築に非常に重要な対称性ですが、量子化する際にこれを固定するため、量子論ではこの対称性は破れてしまいます。しかしながらここまで見たように、BRST対称性は量子論でも破れません。そしてゲージ場に関しては、BRST変換は特殊な形のゲージ対称性:θa(x)=λca(x)による対称性です。そのため、BRST対称性は「量子論におけるゲージ対称性」とみなせます。ただし(変換パラメータλが定数という意味で)globalな変換です。

  2. 正準形式における非可換ゲージ理論の量子化は、BRST変換に基づく考察により、初めて可能になったと言って良いかと思います。その際重要なこととして

    • 理論のHermite性
    • 物理的状態を選び出す条件

があります。正準形式における非可換ゲージ理論の量子化は、この2つの側面の理解無しには成し得ませんでした。Ref.[1]の著者の九後太一先生とその共同研究者の小嶋泉先生は、これらの側面に関して本質的な貢献をしました。これらに関しては(たぶん)後の記事でお話しします。

  1. 最初にも書いたように、BRST変換は幾何学的な側面を持ち、数学的にも非常に面白い話題です。本来これについて語るのがMathlogではよいのかもしれません。そのうち書きたいと思います。

おしまい。

☆次の記事: ゲージ対称性とは何か(14): Ward-Takahashi恒等式とBRST対称性

本・論文では「汰一郎」名義で書かれています。

参考文献

[1]
九後汰一郎, ゲージ場の量子論 I, 新物理学シリーズ 23, 培風館, 1989
[2]
C.Becchi, A.Rouet, R.Stora, Renormalization of gauge theories, Annals of Physics, 1976
[3]
C.Becchi, A.Rouet, R.Stora, Renormalization of the abelian Higgs-Kibble model, Comm. Math. Phys., 1975
[4]
I.V.Tyutin, Gauge Invariance in Field Theory and Statistical Physics in Operator Formalism, preprint of P.N. Lebedev Physical Institute (also in arXiv:0812.0580), 1975
[5]
S.Weinberg, The Quantum Theory of Fields Volume II, Cambridge University Press, 1996
[6]
藤川和男, ゲージ場の理論, 岩波講座 現代の物理学 20, 岩波書店, 1993
[7]
近藤慶一, ゲージ場の量子論入門, SGCライブラリー 45, サイエンス社, 2005
[8]
H. J. Rothe and K. D. Rothe, Classical and Quantum Dynamics of Constrained Hamiltonian Systems , World Scientific Publishing, 2010, pp. 196 -
[9]
Marc Henneaux and Claudio Teitelboim, Quantization of Gauge Systems, Princeton University Press, 1991, pp. 383-
[10]
E.Witten, Topological Quantum Field Theory, Communications in Mathematical Physics, 1988, pp. 353-386 ・p. 33
投稿日:202263
OptHub AI Competition

この記事を高評価した人

高評価したユーザはいません

この記事に送られたバッジ

バッジはありません。
バッチを贈って投稿者を応援しよう

バッチを贈ると投稿者に現金やAmazonのギフトカードが還元されます。

投稿者

bisaitama
bisaitama
142
65197

コメント

他の人のコメント

コメントはありません。
読み込み中...
読み込み中
  1. 非可換ゲージ理論の正準量子化
  2. BRST量子化
  3. BRST変換の構成
  4. Lagrangianにおけるゲージ固定の方法
  5. 正準量子化
  6. L~のBRST対称性、BRST量子化の一般性
  7. まとめとコメント
  8. 参考文献