★ 本記事は
走る結合定数の計算(4/5): Yang-Mills理論におけるくりこみの具体的な計算
の続きです。
★ 表記の規約は
走る結合定数の計算(2/5): Yang-Mills理論のくりこみ概論
の冒頭の記述に従います。
走る結合定数の計算の最終回です。
前回Yang-Mills(YM)理論の$Z_g$を求めました。本記事では、これにくりこみ群方程式を適用し、走る結合定数$g_R(\mu)$を求めます。
もともとLagrangianに入っている結合定数$g$は正則化により導入されたスケールファクター$\mu$に非依存であるという条件を、くりこみ群方程式により課します。これを解くと、次元のないくりこまれた結合定数$g_R$の$\mu$依存性が求まります。その結果、エネルギースケールが大きくなる(=長さスケールが小さくなる)と、粒子間の相互作用が小さくなることがわかります。この性質は「漸近的自由性(asymptotic freedom)」と呼ばれます。これは非可換ゲージ理論の大きな特徴のひとつです。
以下これらの事実を、Ref.[1]に基づき見ていきます。
まず、$g_R$に対するくりこみ群方程式を構築します。
前回の結果を改めて記しておきます:
$Z_g$: 結合定数のくりこみ定数 $(g=Z_g g_r, \ g_R\mu^\epsilon=g_r)$
$Z_3$: gluonの2点1PI頂点関数のくりこみ定数
${\tilde Z}_3$: ghostの2点1PI頂点関数のくりこみ定数
${\tilde Z}_1$: ghost-ghost-gluon3点1PI頂点関数のくりこみ定数
とすると、$g_R^2$のオーダーで各くりこみ定数は以下のように計算される
\begin{align}
\begin{cases}
Z_3 = \displaystyle 1+\frac{g_R^2}{(4\pi)^2}
\left\{
-\frac{4}{3}N_fT_R+\frac{1}{2}C_G
\left(\frac{13}{3}-\alpha_R\right)
\right\}\frac{1}{\epsilon}+{\cal O}(g_R^4,\epsilon^0),\\
{\tilde Z_3} \displaystyle =1
+\frac{1}{2}\frac{g_R^2}{(4\pi)^2}
C_G
\left(
1+\frac{1-\alpha_R}{2}
\right)
\frac{1}{\epsilon}+{\cal O}(g_R^4,\epsilon^0),\\
{\tilde Z}_1 = \displaystyle 1-\frac{g_R^2}{(4\pi)^2}
C_G
\frac{\alpha_R}{2\epsilon}+{\cal O}(g_R^4,\epsilon^0),
\end{cases}
\end{align}
\begin{align}
Z_g& ={\tilde Z_1}/({\tilde Z_3}Z_3^{1/2})\\
&=1-\frac{g_R^2}{(4\pi)^2}\frac{1}{6}(11C_G-4T_RN_f)\frac{1}{\epsilon}
+{\cal O}(g_R^4,\epsilon^0)
\end{align}
ここで$g_R$: 次元なしのくりこまれた結合定数、$N_f$: quarkのflavor数、$T_R=1/2$、$C_G=N$、$\alpha_R$: ゲージパラメータ
前回、次元正則化における「質量次元合わせ」のためのファクター$\mu$を導入しました。これは質量次元1の任意量です。ただし、MS schemeでは$Z_g$は顕わには$\mu$に依存しないことを見ました。
$\mu$は人為的に導入した次元合わせファクターなので、元々Lagrangianに存在しているパラメータ$g$はこれに依存することはない、という条件を課します。結合定数$g$を$g_R$で書くと
$$
g=Z_g\mu^\epsilon g_R
$$
なので、この条件式は
$$
\mu\frac{dg}{d\mu}=0
\leftrightarrow
\mu\frac{dg_R}{d\mu}\frac{dZ_g}{dg_R} g_R
+\epsilon Z_g g_R
+Z_g \mu\frac{dg_R}{d\mu}=0
$$
となります($Z_g$はあらわな$\mu$依存性を持たないことを用いた)。これはいわゆる「くりこみ群方程式」です。
$\beta:=\mu\frac{dg_R}{d\mu}$とすると以下を得ます:
$$
\beta=-\epsilon g_R-\beta\frac{g_R}{Z_g}\frac{dZ_g}{dg_R}
$$
ここで前回求めた$Z_g$の表式
$$
Z_g = 1-\frac{g_R^2}{(4\pi)^2}\frac{1}{6}(11C_G-4N_FT_R)\frac{1}{\epsilon}\\
:= 1-2\beta_0 g_R^2\frac{1}{\epsilon} \ \ \ \left(\beta_0:=\frac{1}{3(4\pi)^2}(11C_G-4N_FT_R)\right)
$$
を用いると
$$
\frac{dZ_g}{d g_R}=-g_R\beta_0\frac{1}{\epsilon}
$$
となることがわかります。よって
$$
\beta\frac{1}{Z_g}\frac{dZ_g}{d g_R}=\frac{\beta}{1-\frac{\beta_0}{2} g_R^2\frac{1}{\epsilon}}
\left( -g_R\beta_0\frac{1}{\epsilon}\right) \simeq \left( -g_R\beta_0\frac{1}{\epsilon}\right)\beta
$$
ゆえに
$$
\beta=-g_R\epsilon+\beta_0\beta g_R^2\frac{1}{\epsilon} \tag{1}
$$
が成立します。
ここで$\beta$を$g_R$と$\epsilon$で展開します:
$$
\beta=\sum_{i,j}B_{ij}(g_R)^i(\epsilon)^j
$$
$B_{ij}$はそれぞれの項の係数です。これをEq.(1)に代入すれば以下を得ます:
$$
\sum_{i,j}(B_{ij}-\beta_0 B_{i-2,j+1})(g_R)^i(\epsilon)^j=-g_R\epsilon
$$
Eq.(1)より$\beta$は$(g_R)^1$より始まります。上記の式の$(g_R)^1(\epsilon)^1$の項を見ると
$$
B_{11}=-1
$$
がわかります。$B_{1j}$でノンゼロなのはこれだけです。次にノンゼロになる$B_{ij}$は、$B_{ij}=0$ for $i\le 0$であることから、$i=3$です。$B_{11}$のみが$(g^R)^1$で残ることから$B_{3j}$でノンゼロなのは$B_{30}$のみであり、
$$
B_{30}-\beta_0 B_{11}=0
\leftrightarrow B_{30}=\beta_0 B_{11}=-\beta_0
$$
であることがわかります。
以上より、$\beta$関数を$g_R$と$\epsilon$でべき展開したとき、$\epsilon\rightarrow 0$で有限となる$g_R$の主要項は
\begin{align} \beta&=B_{30}(g_R)^3(\epsilon)^0+{\cal O}(g_R^5,\epsilon^1)\\ &=-\beta_0 g_R^3+{\cal O}(g_R^5,\epsilon^1), \ \ \ \ \beta_0:=\frac{1}{3(4\pi)^2}(11C_G-4N_FT_R) \tag{2} \end{align}
となります。
Eq.(2)
$$
\mu\frac{dg_R}{d\mu}=-\beta_0 g_R^3
$$
を解きます。ここで、$\mu$を$\mu/\lambda$と書き換えます。$\lambda$は次元なしのパラメータで、$\mu$のかわりにこれを動かします。$\mu$は質量次元1の量であり、固定して考えます。さらに$t=-\ln\lambda$と置き換え、$t$を変数とします。$\bar g(t):=g_R(\mu/\lambda)$とすると
$$
\frac{\mu}{\lambda}\frac{d g_R}{d(\mu/\lambda)}=-\beta_0{g_R}^3
\leftrightarrow \frac{d\bar g}{dt}=-\beta_0{\bar g}^3
$$
よって
$$
t=-\int_g^{\bar g(t)}\frac{dg'}{\beta_0 {g'}^3}
\leftrightarrow t=\frac{1}{2\beta_0}\left[\frac{1}{\bar g^2}-\frac
{1}{g^2}\right]\\
\leftrightarrow
\bar g^2=\frac{g^2}{1+2\beta_0g^2t}
$$
を得ます。ここに現れる$g$はLagranginaの中に現れる$g$とは関係なく、$\bar g$の初期条件の値です。
図1の左図は、$\beta(\bar g)$のグラフ、右図が$\bar g(t)$のグラフです。今$\beta=-\beta_0 {\bar g}^3 \ (\beta_0>0)$なので$\beta$は負であり、$\bar g$がゼロで$\beta$もゼロになります。つまり、$d\bar g/dt$は負なので$\bar g$は$t\rightarrow$大で小さくなり、それにつれ$\bar g$の変化はどんどん小さくなり、$\bar g=0$が$t$に対する"running"が止まる点です。ここで$t\rightarrow +\infty$で$\mu/\lambda\rightarrow +\infty$です。つまり、$t$を大きくすることは、エネルギースケールを大きくすることに相当します。よって、Yang-Mills理論は、エネルギースケールが大きくなると、走る結合定数$\bar g$は小さくなり、相互作用が弱くなります。この性質を「漸近的自由性(asymptotoc freedom)」と呼びます。$t\rightarrow +\infty$における$\beta(\bar g)$のゼロ点は、ultraviolet fixed pointと呼ばれます。また、この$\bar g=0$の点のように、相互作用のない自明な理論になるようなfixed pointをGaussian fixed pointと呼びます。
$\beta$関数(左図)と走る結合定数のグラフ(右図)。
ここで更に
$$
e^t=\sqrt{-q^2}/\mu, \ \ \ \Lambda=\mu \exp[-1/(2\beta_0 g^2)]
$$
という変換を施すことで($q$は系に入る典型的な運動量。運動学的な理由より$-q^2>0$の場合を考える)、$t$を$\sqrt{-q^2}$、$g$を$\Lambda$で書き直せば
$$
\bar g^2=\frac{1}{\beta_0\ln(-q^2/\Lambda^2)}
$$
となります。これもまた、典型的な運動量が大きくなると結合定数が小さくなるという漸近的自由性を表しています。ここで$\Lambda$は、quark質量以外にYang-Mills理論がもつ唯一のスケールです。次元のない結合定数$g$が次元をもつ$\Lambda$で書き換えられています。これを「次元転移(dimensional transmutation)」と呼びます。このように、古典的にはスケール対称性が成立している(=スケールをもつ量が存在しない)のに、量子論ではそれが破れる現象をトレース・アノマリーと呼びます。これは、古典的対称性が量子論で破れる現象である量子アノマリーの一種です。
2つほどコメントです。
全5回を通して、Yang-Mills(YM)理論の走る結合定数を計算し、この理論が漸近的自由性をもつことを見ました。これらは場の量子論のスタンダードかつ重要な計算であり、これが一通り理解できていれば、場の量子論のループ計算はとりあえずは理解したと言えるのではないかと思います。
ループ計算で足りないことがあるとすると、高次のダイアグラムのくりこみでしょうか。より$g$の次数の高いくりこみを行う際には、部分ダイアグラムに発散が存在します。これを低次のくりこみ定数で打ち消し、それでも残った全体的な発散を高次のくりこみ定数でくりこむという作業が必要です。とりあえずはそういう話があるんだと思っておいて下さい。
ここで触れなかった場の量子論の重要な話題として、正準量子化、場の量子論における経路積分、Feynman則の作り方、散乱振幅の具体的な計算、くりこみの一般論 (=BPHZくりこみ)、Ward-Takahashi恒等式、量子アノマリー等があります。特に最後の2つ:Ward-Takahashi恒等式、量子アノマリーは重要ですので、そのうち記事にしたいと思います。
おしまい。${}_\blacksquare$
$(*)$ Yang-Mills理論の漸近的自由性はGross、Politzer、Wilczek以前に3回発見されていた、という話があります。特に't Hooftが先に発見していたことは有名です。例えば以下の文献をご参照ください:
G. 't Hooft, "The Evolution of Quantum Field Theory -From QED to Grand Unification," arXiv:1503.05007.