概要
先日投稿した疑問
を解決していただいたので,記事にまとめます.
本記事のテーマは次の疑問です.
疑問(再掲).完備でない内積空間に対して,その双対空間は(作用素ノルムを誘導する)内積をもつか?
先に要点だけ書くと,上の疑問の解答は「YES」です.
の完備化をとするとき,BLT定理より「2つの双対空間とが等長線形同型である」ことがわかるので,がHilbert空間であること(Rieszの表現定理!)に注意すれば,もHilbert空間であることが言えます.
以下,上に書いたことをもう少し詳しく書きます.
ついでに,ノルム空間の完備化についても説明します.
記号について
本記事では完備化を表すためにオーバーラインを使います.
複素共役は出てこないので混乱はしないと思いますが,念のため.
準備
一様連続性と距離空間の完備化
まず一様連続性の定義を述べる.
よく知られた-論法による定義と一見異なるが,それと同値な次の定義をここでは採用する.
(追記 2023/06/27:連続度に関する記事
写像の連続性を測るもの
を書きました.)
一様連続
距離空間の間の写像に対して,の一様連続度を
と定める.このときが一様連続であるとは
が成り立つことをいう.
等長写像は一様連続
距離空間の間の等長写像は一様連続である.
実際,に対して
が成り立つから,のときである.
一様連続度の性質
距離空間の間の写像およびその一様連続度について,次のことが成り立つ.
- である.
- は上で単調増加である.
- 任意のに対してが成り立つ.
(これらはが一様連続でなくても成り立つ.)
1つ目:距離の非退化性から従う.
2つ目:のとき
3つ目:を任意に取る.上限の定義より「を満たす任意のに対してが成り立つ」から,特にのときを考えればよい.
一様連続写像は,Cauchy列をCauchy列にうつす.
距離空間の間の一様連続写像,およびのCauchy列について,はのCauchy列である.
を任意に取ると,まずより
またはCauchy列だから
すると,以上の任意のに対して
が成り立つから,もCauchy列である.
一様連続写像は,一様連続性を保ったまま,その定義域を完備化へと一意的に拡張することができる.
(距離空間の完備化の定義・存在・一意性については,既にいくつか記事があるため,ここでは解説しない.)
距離空間の完備化の普遍性
を距離空間の完備化とし,を完備距離空間,を一様連続写像とする.
このとき,を満たす一様連続写像が一意に存在する.
STEP 0:の構成とwell-defined性.
各に対して, in を満たすの点列を任意に取り
と定める.
こうして定める写像がwell-definedであることは次のように確かめられる.
の収束性
がのCauchy列であることとの等長性から,はのCauchy列である.するとの一様連続性よりはのCauchy列であり,の完備性からはの収束列となる.極限がの取り方に依らないこと
の点列がかつ in を満たすとする.このとき,上で述べたことよりはそれぞれある元に収束する.また仮定より
が成り立つから,であることが次のように示せる:
STEP 1:が成り立つこと.
の定義より,任意のに対して
が成り立つから,である.
STEP 2:の一様連続性.
およびを満たすを任意に取る.このときの稠密性より
を満たすの点列が取れるから,の定義よりかつ in であることにも注意すれば
つまりを得る.ここでとすれば,の一様連続性よりとなるからも一様連続である.
STEP 3:の一意性.
一様連続写像がを満たすとし,および in を満たすの点列を任意に取ると
つまり in が成り立つから
である.したがって一意性も示された.
途中で示した不等式から,もしが-Holder連続であれば,も-Holder連続であることが示せる.
また証明を少し改良することによって,任意のに対して
が成り立つこともわかる.
をそれぞれ距離空間の完備化とし,を一様連続写像とする.
このとき,を満たす一様連続写像が一意に存在する.
ノルム空間の完備化
ノルム空間に対して,からへの有界線形作用素全体のなす線形空間をと書く.
は,次の作用素ノルムでノルム空間となる.
特にをの双対空間という.
有界線形作用素は一様連続
とに対して
が成り立つから,は一様連続(特にLipschitz連続)である.
ノルム空間の完備化には,距離空間としての完備化であることに加えて,等長埋め込みの線形性を要請する.
ノルム空間の完備化
ノルム空間の完備化とは,Banach空間と等長線形写像の組であって,像がの稠密部分集合となるもののことをいう.
ノルム空間の距離空間としての完備化は(定義だけ見るとただの完備距離空間だが)実はBanach空間になる.
ノルム空間の完備化の存在
ノルム空間の距離空間としての完備化をとする.
このとき,は次の和とスカラー倍によって線形空間となる:とに対して,かつ in を満たすの点列を取って
とする(この定義から,明らかには線形写像となる).
さらに写像を
で定めると,はのノルム空間としての完備化であり,次式が成り立つ:
Step 1:和とスカラー倍がwell-definedであること.
かつ in を満たすの点列を任意に取ると,これらはのCauchy列である.
するとの等長性よりはすべてのCauchy列となり,の完備性よりそれぞれある元に収束する.
このとき
だから,かつが示され,の和とスカラー倍はwell-definedである.
Step 2:が線形空間となること.
と,およびかつかつ in を満たすの点列を任意に取る.
このとき和とスカラー倍の定義より
が成り立つから,は線形空間である.
Step 3:がノルムであること.
と,およびかつ in を満たすの点列を任意に取ると
が成り立つから,とすれば
を得る.また,に対して
が成り立つから,は上のノルムである.
Step 4:が成り立つこと.
かつ in を満たすの点列を任意に取れば,和の定義より in が成り立つから
よってが誘導する距離は完備な距離だから,はBanach空間である.
距離空間と同様に,ノルム空間の完備化も次の意味で一意に定まる.
ノルム空間の完備化の一意性
ノルム空間が2つの完備化をもつとき,を満たす等長な線形同型写像がただ一つ存在する.
距離空間の完備化の一意性より,を満たす等長同型写像がただ一つ存在する.このが線形であることを示そう.
と,およびかつ in を満たすの点列を任意に取る.
このときから
等が成り立つことに注意すると,の線形性より
となる.
一様連続写像の定義域を完備化へと一意的に拡張できたのと同様に,有界線形作用素の定義域も完備化へと一意的に拡張することができる.
BLT定理(ノルム空間の完備化の普遍性)
をノルム空間の完備化とし,をBanach空間,を有界線形作用素とする.
このとき,を満たす有界線形作用素が一意に存在する.
さらに,この対応は等長かつ線形同型である.
を満たす一様連続写像が一意に存在することは既に示したから,このが線形であることをまず示そう.
Step 1:の線形性.
と,およびかつ in を満たすの点列を任意に取る.このときの構成を思い出すと
次に,対応の等長性・線形性・全射性を示す.
Step 2:等長性.
つまりは成り立つ.逆向きの不等式を示すために,を満たす,および in を満たすの点列を任意に取ると,
が成り立つから,はの上界である.よって作用素ノルムの定義からも示された.
Step 3:線形性.
とを任意に取ると,既に示した通りはかつを満たす.
すると
が成り立ち,でもあるからを得る.
Step 4:全射性.
任意のに対して,である.
特にノルム空間の双対空間は,完備化の双対空間と等長線形同型である.
をノルム空間の完備化とし,とする.
このとき,を満たすが一意に存在する.
また,この対応は等長かつ線形同型である.
がBanach空間であることに注意してBLT定理を使えばよい.
をそれぞれノルム空間の完備化とし,を有界線形作用素とする.
このとき,を満たす有界線形作用素が一意に存在する.
さらに,この対応は等長作用素である.
有界線形作用素に対してBLT定理を適用すれば,を満たす有界線形作用素が一意に存在して
つまりを満たすことはわかる.逆向きの不等式を示すため,を任意に取ると,の定義から
を満たす点が取れる.このとき
よりが成り立ち,の任意性からを得る.したがってが示された.(対応の線形性はBLT定理と同様に簡単に確かめられる)
内積空間の完備化
内積空間を完備化すると,Hilbert空間になる.
内積空間の完備化の存在
内積空間のノルム空間としての完備化をとする.このとき,上の内積で
を満たすものが存在する.
結論
の完備化をとおくと,はHilbert空間だから,Rieszの表現定理よりもHilbert空間である.また,BLT定理よりは等長線形同型だから,の中線定理
からの中線定理
が導かれる.